26話 『異国の寒風は心を醒ます 終』
脆くなっていた氷の鎧は、今度は容易く剣で砕かれた。
「やった――ッッ!」
ニーナのFEZERから隆起していた氷の鎧が、バラバラに砕け散る。
それとほぼ同時に魔素が切れ、ミコトのリジェクターが輝きを失い、フォースAの効果が無くなった。
危ない……ギリギリのところだった――
「ふぅ……」とミコトは安堵の息を吐く。
「あーあ……割っちゃった」
前方にいるニーナが、地面にそう言葉を落とした。
だがすぐに上を向くと、
「い〜けないんだ〜いけないんだ〜。悪い子供は地獄行き〜♪」
フランスの童謡を口ずさみ、ニーナは楽しそうにくるくると回る。
「な、何。急にそんなの歌い出して」
フォースIが砕かれ、不利な状況にも関わらず余裕の姿を見せるニーナ。
理解の及ばないその行動に、ミコトは恐怖を覚え顔を顰めた。
「“命はもっと大事にしましょう”っていうワタシ様からの忠告よ」
「強がらないでよね。自慢のその氷が溶けたら、あなたはもう何も出来ないじゃない」
ミコトのその言葉に、ニーナはマスクの内側で不敵に口の端を釣り上げた。
「臨機応変……ジャポンのことわざよね。ワタシ様は博識だから知ってるのよ」
「何が言いたいの?」
「ワタシ様のフォースI――その形は一つじゃない。常に高みを目指すワタシ様と同じ様に、共に進化し、共に全ての者の上を行くの」
「…………⁉︎」
突然、ニーナから発せられた衝撃波が空間を揺らす。
「冷たいお水に溺れなさいな!フォースII!dérouler!」
ニーナの背部から、翼のように二本の『I』が出現する。
氷の鎧が融解し、ニーナのFEZERから大量の白い蒸気が発せられる。
ツーアイ⁉︎フォースが進化するの――⁉︎
突然の事に動揺するミコト。
蒸気の中から現れたニーナが、素早い一撃を加える。
「ぐっ――」
防ぐ事が出来ず、よろめくミコト。
位置を変え、高速で四方八方から現れるニーナは、ミコトに容赦なく連撃が加えていく。
重い固体であった氷が崩れた事で、ニーナは身軽となり身のこなしが先程までと比べ物にならない程早くなっていた。
ニーナの攻撃が当たるたび、魔法で生成された水の飛沫が上がり、FEZERの外装を砕く。
「フォースA……展開!」
FEZERのリアクターが一瞬光る。
だがすぐに光を失い、灰色となった。
魔力切れか――ッッ‼︎
ヒュッと風を切る音と共に、目の前に鋭く尖った爪が見えた。
殺される――ッッ‼︎
今までの連撃を受けた事で、ミコトのFEZERはかなりの部分が損傷していた。
その状況下での攻撃に、ミコトは死を覚悟する。
「…………⁉︎」
刹那、ミコトの意思とは関係無く両腕が動くと、ニーナの攻撃を受け止めた。
「ぅ……おえぇぇ……」
魔力逆流による過負荷で内臓にダメージを受けたミコトは、FEZERの中で嘔吐した。
思わず鼻を摘みたくなるような刺激臭と、生温かい感触が喉を伝い、嫌悪感に苛まれる。
「きったな〜い♪こんな奴、あんまり触りたくなくなっちゃった」
ケタケタとニーナは口元に手を当て笑う。
「勝手なことを……」
睨むミコト。
「でも殺すんだけどね。汚いのが生きてるの、ワタシ様は超許せないから」
「じゃあまず、私より殺すべき人がいると思うけど……」
「Han?誰よそれ」
小首を傾げるニーナに、ミコトは人差し指を向け指差した。
「ニーナ」
「ナ……ナ……」
ニーナはマスクの下で顔を真っ赤にすると、ミコトに吠える。
「Zut!Zut!Zut!アンタ絶対許さない!覚悟しなさいよ!」
「覚悟なんて、神になるって決めた日から出来てるわよ!」
ミコトは銃身をニーナへ向け、光弾を発射する。
無数の光弾が雨のようにニーナへと降り注ぐ。
「アハハハ!単調単調!なワケ!」
ニーナは体を翻し、まるでそこに舞台でもあるかのように華麗に宙を舞い、避ける。
「くそっ……!」
当たらない攻撃に、ミコトは苛立ちと焦りが合わさった複雑な表情を浮かべる。
「ワタシ様は蝶!」
光弾の雨が止んだ刹那、ニーナは地面を蹴ると天高く跳躍する。
「and!蜂ってワケよ!」
足に水流を纏わせ、ミコトへと飛び蹴りを喰らわせた。
「ぐふっ……⁉︎」
強烈な一撃が、ミコトの腹部を強打した。
FEZERの外装は割れ、ミコトは蹴り飛ばされると硬いコンクリートで出来た壁へ激突した。
「HaHan♪……もう降参しちゃいなさいな」
土埃の中、よろよろと立ち上がるミコトにニーナは妖しく微笑んだ。
ミコトの上半身の半分はFEZERが破壊され、露出している。
状況は絶望的だった。
「せっかく覚悟したのに……死んでもいいから、守る物を決めたのに……」
額から流れてきた鮮血が口に入る。
鉄の味が口に広がった。
「死んでもいいって言ったんだ……お姉ちゃんみたいに惨い死に方をしてもいいって言ったんだよ」
自分の命は無くなってしまうかもしれない。
だがそれでも、自分はあの無精髭の隊員や、薬師町、アウラさん――GRADの人全てを守れるならと覚悟を決めた。
「Han、それは立派ね。もう飽きたからさっさとやられなさいよ」
「それぐらいに私は本気なんだ。私は……GRADの人達を守る為にジーヴァと戦うんだ」
その覚悟を、こんな奴に折られる訳にはいかない――
「だから――」ミコトは拳をギリギリと音が鳴る程強く握り、熱を帯びた瞳でニーナを睨んだ。
「私が死ぬ理由はお前じゃない!」
ミコトの叫びに、一緒ニーナは後ずさる。
「アルティミオス、重複装備‼︎」
空間に桜色の魔法陣が出現すると、白銃が九つそこから生成される。
ミコトは持っていた銃と、その銃を全て一気に宙へと投げ捨てた。
「Han。威勢が良かった割にお手上げってワケ?いいわ、お望み通り殺してやるから感謝しなさいな!」
ニーナは水流を纏わせ、一気にミコトへと距離を詰めてくる。
だがミコトは目を閉じ、攻撃を避けようともしない。
ニーナの攻撃はFEZERで捉えきれない程早い。
けれどどんなに早かろうと、狙いは一つだ――
「これでもう死んじゃいなさい!」
ミコトを撹乱させる為、周りをぐるぐると高速で移動していたニーナは、狙いを定めるとミコトの背後へと、FEZERに装着された鋭い爪を立てて襲い掛かる。
だが、
「Han⁉︎」
ミコトへと攻撃しようとしたその刹那、ニーナは宙が桜色に輝くのを見た。
次の瞬間、無数の光弾が宙から降り注ぎ、ミコトとニーナを貫いた。
「キャアァァア――――ッッ‼︎」
魔力を乗せた光弾がニーナのFEZERを削ぎ落とし、砕き割った。
「げほ……げほっ……」
地面や建物が割れ、土埃が舞う。
ニーナと共に光弾を受けたミコトは、身体中から血を流し、フラフラと立ち上がった。
「あ、アンタ何やってるワケ⁉︎自分ごと撃つなんて、信じらンないんですけど⁉︎」
「ニーナが私に攻撃してくることは分かってたけど、どこからまでは予想がつかなかったからね。目で追える訳じゃないし、こうするしかなかったんだよ」
「だ、だからって……イかれてるわ!葉っぱでもやってるワケ⁉︎」
「イかれてない。覚悟だよ」
熱を帯びた声で、ミコトは話す。
「ニーナにはその覚悟が足りてない。だから私の攻撃を予想出来なかった――」
地面に転がる白銃を持ち上げると、ニーナへと銃口を向ける。
「私の覚悟は……ニーナみたいな馬鹿には測れないよ!」
「わ、ワタシ様がバカですって……」
貶された事に怒り、ニーナは何度も地面を踏み付ける。
「Zut……Zut!Zut!Zut!チョベリバむかつく!エリートのワタシ様に従わないとか!エリートのワタシをバカにするとか!弱いアンポンのくせに‼︎」
ニーナは半壊したマスクを投げ捨てると、威嚇するように爪をミコトへと向ける。
「アンタだけは百年あっても許さない!絶対にぶっ凍らせてやるから‼︎」
「奇遇だね。私様もニーナを許す気はないよ」
「Zuuuut――‼︎」
自身の真似をされ、ニーナは激昂しミコトへと突進する。
ニーナが突進する丁度その時、魔力の充填完了を示すアラートがFEZERに響いた。
「フォースA!展開ッッ‼︎」
FEZERのリジェクターが桜色の輝きを放つ。
フォースにより驚異的に身体能力を向上させたミコトは、素早いニーナの蹴りを受け止めた。
「Grr……ホントムカつく奴よ!アンタ‼︎」
ニーナは体を回転させ、回し蹴りをする。
「アンタがいなければ、今頃アウラ様と一緒に過ごせてた!ようやく夢が叶うはずだった!この日の為に、ワタシ様がどれだけ鍛錬してきたと思ってんのよ‼︎」
十年間、ニーナとアウラが会えたのはほんの数回程度だった。
アウラのいない間、ニーナはヨーロッパ支部で神となる為に、過酷な訓練を受けてきた。
それも全て、日本でアウラと共に生活する為。
その為だけにニーナは必死で血の滲む努力を続けてきた。
その想いの強さは力となり、ミコトへとぶつかる。
「知らないよそんな事‼︎私だって必死に戦って来たんだ!それにニーナの我儘にもたくさん耐えた!今日の朝、どれだけ片付けるの大変だったと思ってるのよ‼︎」
ニーナの攻撃を受け止め、今度はミコトが銃を乱射し応戦する。
「知らないわよ!アンタのそんなどうでもいい事なんて‼︎」
二人はお互いの気持ちをぶつけ合い、血まみれになりながら戦った。
「ばか!あほ!」
「ドジ!マヌケ!」
光弾が弾け、水流がいくつも上がる。
「自己中!分からず屋!」
「根暗!チビ!」
お互いが、お互いを絶対にそりの合わない相手だと感じた。
だからこそ、容赦の無い想いを二人はぶつけ合った。
「猫被り!」
「トリ頭!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一時間後――。
「ハァ……ハァ……」
ニーナのフォースは完全に消失し、FEZERの纏う水はカラカラに乾き切っていた。
その動きは鈍く、まるで老人の動きに見える。
「はぁ……はぁ……」
だがそれは、時限的に自身を強化するフォースAを使うミコトも同じだった。
体にある魔素を完全に使い切り、ヨタヨタと足を動かすそれは、もはや常人よりも遅い。
お互いの拮抗した力では、一時間経っても決定的な一打を加えるには至っていなかった。
「私の勝ちって事で……もういいでしょ」
「バカ言わないで……ワタシ様に敗北はないのよ」
「あっそ……じゃあもう一発くれてあげる」
ミコトは空になった銃を鈍器のように掲げると、突進する。
だがその動きは、まるでハエが止まりそうな程遅かった。
「Ha……アンタみたいなノロマの攻撃……当たるもんですか……」
向かってくるミコトの攻撃を、ニーナは上体を後ろに逸らし、避けた。
「HaHa〜n……どんなもんです……か……」
だがもはや自分の体を支える力も残っていなかったニーナは、そのまま背中から地面に倒れた。
「うぅ……」
避けられた事でバランスを崩し、ミコトも地面へ顔から崩れ落ちた。
その直後――
「二人とも!大丈夫か!」
連絡が途切れた事に違和感を感じたアウラが、地下にあるGRADから車を走らせ二人の元へと駆けつけた。
「キミ達……」
明らかに二人の攻撃だと断言出来るその二人の傷のつき方に、状況を察したアウラは苦い顔を浮かべる。
「仲間同士で潰し合うなんて、全く愚かだとは思わないかね……」
頭を抱えるアウラに、息を切らしながらミコトが口を開いた。
「いいえ、違いますよアウラさん。私達は、ジーヴァにやられたんです」
「え……?」とアウラが驚く。
ミコトの水で削られたような傷は、どう考えてもニーナによるものだった。
「Oui,そうですよアウラ様。ワタシ様が、こんなアンポンザコ女に、ボコボコにされるワケ無いわ」
「雑魚は……ニーナでしょ。先に倒れたのニーナだし」
ムッと頬を膨らませ、弱々しくニーナへ怒るミコト。
「Han……アンタの脳みそってトリ以下ね。一分前の事も記憶できないワケ?」
ボロボロに力尽きながらも口喧嘩だけはやめない二人。
アウラはその二人に呆れ、大きなため息をついた。
「はぁ……全く、似た者同士だな」
だがそのアウラの言葉は、どこか嬉しそうだった。
ニーナ・C・ロマンチェッタ。A型。Eカップ。フォースI。




