24話 『異国の寒風は心を醒ます 結Ⅰ』
PM13:00。
GRAD管制室。
「ごめんなさい、遅くなりました」
小走りでやや息を切らしながら、ミコトは管制室へと入る。
「来たか、ミコトくん」
管制室へ入ると、五メートル程の高さがある巨大モニターの前にはアウラ、薬師町。そして腕を組み仁王立ちするニーナの姿が既にあった。
「Han、ノロマね。ワタシ様は二分も早く着いてたわ」
癪に触る言い方をするニーナに、クラスにいる時の雰囲気は無い。
それにニーナの頭には、また猫耳が付いていた。
昨日までの普段通りの姿に戻ったらしい。
「では、今回の作戦を伝えます」
薬師町はストレートティーの入ったマグカップを電子表示板の上に置くと、口を開く。
「新東京第十四地区の民間住居エリアにジーヴァが発生。魔素の数値は1000オーバーという事からタイプⅡと断定。天月、ロマンチェッタの両名にはFEZERを行使し、これを速やかに撃退してもらいます。既に出現エリア付近にソーラーを繋げておいたので、状況を伺い行動しなさい」
「私からは以上よ」と薬師町は言うと、隣にいるアウラに視線をやる。
「アウラ、貴方から二人に指示は?」
その質問にアウラは即答する。
「死ぬな、それだけだ」
「一番難しい命令ね」
冷たい口調でそう言うと、薬師町は電子板の横に置いてあるストレートティーを啜った。
「フッフーン♪遂に出撃か。相手はタイプⅡ――ワタシ様の晴れ舞台にはうってつけの強敵ってワケね!」
ニーナのその言葉に、ミコトが首を傾げる。
「晴れ舞台……?闘ったこと無かったの?」
ニーナの自惚れの強さから、きっとヨーロッパ支部の方で相当な経験を積んでいたのだろう。そう勘繰っていたミコトは驚き目をパチクリと瞬きする。
「悪い⁉︎なんか文句あるわけこのアンポン⁉︎」
「い、いや別に悪いとかじゃないけど……ずっと自信満々だったから、凄い戦闘経験があるのかと思って」
「Han⁉︎」とミコトの言葉に苛立ったニーナが叫ぶ。
「たしかにワタシ様は実践経験は無いわよ。けどね!ワタシ様は模擬演習で実践に近い訓練を受けてるし、そこであらゆる神の中でも最優の――」
ニーナがそう話す中、「二人とも!」と突然アウラが怒鳴った。
「ジーヴァは既に出現してるんだぞ!口喧嘩してる場合じゃないだろ!」
「「は、はい……」」
あまり怒鳴る事のないアウラのその声に、二人は恐怖を感じすぐに黙った。
私は何も言ってないのに……ニーナのせいで怒られた……。
心の中でミコトは愚痴をこぼす。
「タイプⅡのジーヴァは、最恐と称されるタイプⅢ程では無い。だがそれでも数多くの神の命を奪ってきた個体だ。油断していると死ぬ。気を引き締めろ」
アウラが言い終わるのを見計らって、薬師町が口を開く。
「では天月ミコト、ニーナ・C・ロマンチェッタ。出撃準備!」
「はい!」「Dacodac!」
敬礼すると、二人は管制室を抜け、地上へと繋がるポッド――ソーラーがある部屋へと入る。
薬師町の指示を受け、無数に存在するソーラーの中から十四地区へと繋がるソーラーへと二人はそれぞれ乗り込んだ。
「気をつけて行ってくるんだよ。二人とも」
ソーラーの扉が閉まる一瞬前、そう言って心配そうな顔をするアウラの顔が見えた。
閉まりかけの扉の前でミコトが頷くと、ソーラーは地上へ向けて地下三千メートルから一気に上昇を始める。
ビリビリと唸り揺れるソーラー。
何度も経験したその感覚に、ミコトの心はざわつく。
次に扉が開いた先で起こるのは、いつだって命を懸けた闘いだ。
逃げてしまいたい。
何度もそう思った。
けれど自分が逃げたら、誰が人々を守るのか。
ニーナ・C・ロマンチェッタ――彼女は我儘で自己中心的過ぎる。
彼女に主導権を握らせれば、滅茶苦茶になるのは容易に想像出来る。
「パートナーね……頼れるのは、結局自分だけか」
結局変わらない現状に、諦めのため息を吐いた直後、ソーラーが目的地へと到着する。
繋がっていたのは、住宅街に設置されている電話ボックス内だった。
電話ボックスの床が自動で開くと、そこからソーラーが現れる。
そしてミコトを下ろすと床が自動で閉まり、ソーラーは再び地下へと帰っていった。
「ドコにいンのよ……この辺りのはずよね」
声につられ横を見る。
一瞬先に到着していたニーナが、苛立った様子で辺りを見渡していた。
ミコトは自分の右手首に装着されたアンクレットを見る。
アンクレットに刻まれた紋様が、ジーヴァの魔素の影響を受け赤く光っている。
この近くにジーヴァがいるのは間違いなかった。
だが何処にもその影らしきものは見つからない。
「現在この地区は、化学研究所より漏れ出した放射線の影響により封鎖を行なっております!」
道路を挟んだ奥。
片手に避難指示の表示されたスマートフォンを見ながら叫ぶGRADの隊員がいた。
GRAD第二十三護衛隊・小鳥遊ミツル二等。
現在GRADの衛兵となって半年。
銀縁の眼鏡を掛け、引き締まったその表情は真面目そうな印象を受ける。
「住民の方々は十十地区まで速やかな避難を――。うっ……噛んでしまった」
十九地区と言おうとしたが呂律が回らず噛むミツル。
「住民の方々は十十地区――あぁまたやってしまった」
ため息を吐き、後ろ首を掻いた。
「両親は医療関係の資産家で、実家は金持ち。俺自身も容姿端麗な上に新東京第一大学を主席で卒業したエリート。なのに就職先で酒と女にハマり金はすぐに消えていき、両親からは金使いの荒さから家を追い出され、子供が出来た女の為に養育費を払って路上生活……どこで間違えてしまったんだ俺の人生」
暗雲の立ち込める空を見上げため息をついた後、再びミツルはスマホを見る。
「十十――。言い辛いんだよなぁ……もう適当な地区言おうかな。どうせ神様達がどうにかしてくるだろうし」
そう愚痴をこぼした直後、ベトっと粘着性のある透明の液体がミツルの頭へと落ちた。
「ん……なんだこれ?」
首元を触り、その液体を見る。
ねばねばとしたスライムのようなその液体に、ミツルは顔を顰めた。
「汚ねぇなぁ……だからこういう外でやる仕事は嫌――」
そうミツルが愚痴を溢した直後だった。
体に付着した液体が、空気中に含まれる酸素を取り込むと、勢いよく燃え上がった。
「うわああぁぁああ――‼︎」
炎は止まる事を知らず、じゅうじゅうと音を立て、ミツルを焼き尽くし、消し炭にした。
「――――‼︎」
屋根の上に潜んでいたジーヴァが咆哮を上げる。
体に付着した粘液を発火させると、粘液を反射させ隠れていたジーヴァが姿を現した。
「ジーヴァ⁉︎あんな所に‼︎」
視界の奥で突如発生した眩い光に、ミコトは顔を歪める。
屋根を覆い尽くす巨体。赤い一つ目に、白い胴体。
壁に貼りつくその姿は、まるで巨大なトカゲのようだった。
「また炎タイプ……嫌だって言ったのに」
爆炎で体を燃え上がらせるジーヴァ。
数日前の苦い思い出が蘇る。
今度こそ、上手くやらないと――!
「FEZER!飛翔!」
右手を天に掲げ、ミコトは叫ぶ。
右手に装着されたアンクレットが眩い光を放つと、光の輪がミコトの体を包んだ。
ミコトの体組織を魔力により変革させ、皮膚の上に鎧を作る。
「HaHan♪遂にお出ましってワケね」
カールした横髪を撫で、余裕の笑みを浮かべるニーナ。
初陣だというのに、それを感じさせない風格だった。
「初めての相手なんだから、そう簡単にやられないでよね‼︎」
ニーナの体内の魔素が膨張し、首につけたチョーカーが鮮やかな蒼色の光を放つ。
「Saute!FEZER!」
チョーカーから光の輪が出現すると、ニーナの体を包む。
FEZERがニーナの体組織を変革させ、皮膚の上に新たな組織体を作り、それは硬度な鎧となった。
何者をも寄せ付けない絶対的な冷徹の蒼。
全身に巡らされたリジェクターは氷色の鮮やかな光を放っている。
鳥を模したミコトのFEZERとは異なり、頭には猫耳、腕には鋭い巨大な爪。腰の辺りからはくねくねと動く尻尾が装飾されていて、猫のような装いをしたFEZERだった。
「Han!イイわぁ。この蒼く美しい色。完成しつくされたワタシ様だけのフォルム。それにこの湧き上がる絶対的な力――Parfait‼︎」
自分のFEZERを眺め、ニーナはマスクの内側で恍惚とした表情を浮かべる。
『魔力反応増幅。来るわ!』
魔力を通して薬師町の声が二人の頭に響く。
その直後、ジーヴァから粘液が飛ばされる。
「くっ……」
二人は横に転がると、そのジーヴァの攻撃を避ける。
地面に付着した粘液は、酸素を取り込むとバチバチと音を立て激しく燃え上がった。
避けられていなければどうなっていただろうか――
ミコトの額から冷たい汗が落ちる。
「ロマンチェッタさん、まずは敵の様子を伺おう。私が銃で牽制するから隙を見て援護を――」
突然、横から強烈な風が当たりミコトは話すのを止める。
頭上で天高く舞うニーナを見て、跳躍による衝撃だと理解した。
「ロマンチェッタさん!何を!」
考え無しに突っ込むニーナに向かって叫ぶ。
「ここはワタシ様の晴れ舞台――ワタシ様だけの独壇場なのよ!アンタはそこで観客と化してなさいな!」
初めての戦闘――十年間もヨーロッパの訓練所で模擬戦闘しか行えなかったニーナの感情は、かつて無いほどに昂っていた。
この日の為に自分は生きてきた。
そう思える瞬間だ。
「ここで勝って、アウラ様に認めてもらうのよニーナ」
自分をそう鼓舞すると、ニーナは目を閉じ深く息を吸った。
「ForceI。dérouler‼︎」
ニーナの叫びに呼応し、リジェクターが一際大きな輝きを放つと、増幅された魔素がFEZERの装甲を突き抜け、背部から出現する。
鮮やかな光の粒子で出来たそれはアルファベットの『I』を形作ると、隆起した氷の鎧がFEZERを包んだ。
「ハァァアアアッッ――‼︎」
宙に浮いていたニーナは、飛び蹴りの姿勢でジーヴァへと突進する。
「――――」
ニーナから発せられるオーラから危機を感じ取ったジーヴァは、隣の屋根へと飛び移り、その攻撃を避ける。
「Zut……ちょこまかと!」
勢いを止められず、ニーナはそのまま建物へ突っ込む。
重い金属が壊れる音が響き、衝撃で割れた瓦礫が宙に飛散する。
「きゃあああッッ‼︎」
悲鳴が聞こえ、ミコトはその方向を見る。
100メートル程奥、避難に遅れた女性が衝撃で腰を抜かし道に倒れていた。
その頭上に飛散したコンクリートの瓦礫が迫る。
「危ない――ッッ!」
ミコトは地面を蹴り音速の速さで女性の元へと走ると、寸前の所で瓦礫を受け止めた。
「ここは危険です。早く逃げて下さい」
「あ、ありがとうございます」
女性は御礼を言うと、避難区域の方へと走っていた。
「ロマンチェッタさん!まだ避難してる人が近くにいるんだよ⁉︎もっと周りに気を付けて‼︎」
宙を跳ね回りジーヴァを追うニーナへ、ミコトが叫ぶ。
「ンな事分かってるわよ!アンポンがワタシ様に指図しないでよね‼︎」
ニーナは住居など構う事なく屋根屋根を飛び回り、ジーヴァを追い掛ける。
着地する度に氷を纏った一撃が図らなくとも住居の壁を突き破り、半壊させていく。
「あぁ……あとでアウラさんが怒られる……」
局長としてGRADの責任の一端を担うアウラの苦しみを想像し、ミコトの顔が青ざめる。
そして十数棟の家が破壊された頃、
「追い詰めたッッ‼︎」
周りをコンクリートの壁で固められた路地裏へとジーヴァを追い詰めた。
逃げ場を失い、辺りを見渡すジーヴァを空中から眺め、ニーナは残虐な笑みを浮かべると、天高く舞い上がった。
「ワタシ様の伝説の一ページ/一項目目、そこに名が載るのを光栄に思いなさいな!」
リジェクターが激しく音を立てて、一際大きな輝きを放つ。
「ForceI、maximum‼︎」
「うっ……!寒っ!」
突然の冷気にミコトは体を震わせる。
フォースIの強烈な凍結能力は、四方の百メートル範囲に極寒の空間を作り上げた。
ニーナの足裏に冷気の塊が集まると、円錐型の氷柱となる。
「――――‼︎」
空中から突進するニーナに、ジーヴァは口から粘液を発射し応戦する。
粘液は酸素を取り込むと一気に燃え上がり、火球となりニーナへと襲い掛かる。
だが氷柱に当たると火球は全て燃えたまま凍らされ、地面へと無惨に転がった。
「ハハハハ!ムダよ!アンタのみみっちい炎じゃ、ワタシ様に触れる事なんて出来ゃしないわ!」
無防備となったジーヴァ。
その額部分に氷柱がぶつかり、キンッと高い音が響く。
「A mort‼︎」
氷柱がジーヴァの硬い皮膚に穴を開けた。
だがその威力はそれだけで萎える事は無く、そのまま一気にニーナはジーヴァの体を突き破り、ジーヴァの背中から現れ、地面へと着地した。
「――――」
氷柱で体を貫かれたジーヴァの細胞が、原子レベルで変化を起こすと、内部から凍結し氷漬けとなった。
「Adieu♪」
コツンとニーナが軽く踵で氷を蹴ると、凍ったジーヴァの体は音を立てて崩れ、バラバラに砕け散った。
「お、終わった……」
唖然と、そのバラバラになったジーヴァをミコトは見つめる。
マスクに表示されるモニターに表示される数字は、作戦開始からまだほんの数分しか経っていない事を知らせていた。
正直ニーナの実力を侮っていた。
彼女のあの自信は、実力に足りえる確かな根拠のあるモノだった。
自分ならこれ程までにあっさりと、あんなジーヴァを倒す事は出来なかっただろう。
「強いには強いけど……あの無鉄砲ぶりは、どうにかならないのかな……」
顔を上げ、辺りを見渡せば半壊した家々、木々は氷りつき、美しい氷の彫刻が何本も咲き誇っていた。
予想通りニーナの戦い方は周りを気にしない滅茶苦茶な戦い方だった。
自分がいなければ、民間人を巻き込んでいた所だ。
だがニーナは強い。
もしちゃんとした信頼関係を築けたのなら、心強いパートナーになる事は間違いなかった。
「…………」
コツ、と背後から足音が聞こえた。
「何はともあれ、取り敢えずお疲れ様。ロマンチェッタさ……ん……」
労いの言葉を言おうと、ミコトが振り返った刹那、脇腹の辺りに強烈な痛みが走った。
FEZERにジーヴァからの攻撃警戒音は無かった。
ならばこの攻撃は、ジーヴァからでは無いのは明白だった。
衝撃で体が飛ばされる最中、ミコトは背後に立つ人物を見て驚愕し、マスクの下で目を見開いた。
「アハハ♪」
雪でも降り出しそうな黒い空を背景に、ニーナの装着するFEZERのアイライトが、月のような黄金に輝いていた。
ミツルが死んだ!




