23話 『異国の寒風は心を醒ます 転』
新東京第十三区画中学校。
「はぁ……疲れた……」
崩れ落ちるように机に座ると、ミコトは大きなため息をついて机にぐでっと倒れた。
昨日のゲームに付き合ったのと、朝から部屋の掃除をさせられた事で完全に精神は疲弊していた。
「はは。朝からため息って、天月さん何かあったの?」
あまり感情を表に出さないミコトの珍しい姿に、隣に座るユキナが笑う。
「う〜ん……昨日拾ってきたドラ猫が、どうも躾がなってなくてね……お世話してたら疲れちゃった」
「えっ⁉︎天月さん猫拾ったの?」
「うん……すごい大きな猫。ふてぶてしいし、その癖要求は多いし……本当払わなきゃ良かった……」
「はは……大変そうだね。天月さん」
そうユキナが言い終わるのと同時に、担任の女教師が教室へと入ると、口を開いた。
「突然だけど、今日はみんなにフランスからの留学生を紹介するわ。仲良くしてあげてね」
「えっ!留学生?」と全く聞いていなかったその情報に教室がどよめく。
「フランスからの留学生……」
だが『フランス』というその単語に何かを察したミコトは、嫌そうに扉の方を見た。
「さっ、入って」
と担任に促されると、留学生が教師へと入った。
白い肌。日本人形のようにストレートな長い黒髪。その中に数本入った水色のメッシュは流水の風情を感じさせる。
そして教壇へと歩くその少女の所作は凛とした花の様で美しいものだった。
「Bonjour, enchanté. C’est “Nina・C・Romanchet”. Je suis très heureuse de vous connaître」
昨日と同じように頭を下げお辞儀をするニーナ。
ミコトはそのニーナの頭を見る。
そこには、トレードマークだった猫耳が無くなっていた。
「すげぇ!外国人だ!ルリ初めて見た外国人!」
クラスメイトの一人がそう叫ぶと、堰を切ったように一斉にクラスメイトが騒ぎ始めた。
「日本語は喋れるんですか?」「血液型知りたい!」「誕生日いつなん?」「趣味は何ですか?」「山派ですか?海派ですか?」「連絡先教えて〜」「彼氏いるの?」
「ちょ、ちょっと皆さん。そんな一斉に質問しては――」
慌てて止めさせようとする先生の前に手を出すと、ニーナはそれを静止させた。
ニーナは瞳を閉じ微笑すると、深呼吸する。
ややあって口を開いた。
「日本人の母に教えて頂いたので、この通り日本語は喋れます。血液型はA型、誕生日は3月3日です。趣味は料理で、色々な国の色々な料理を作るのが大好きです。山か海かどちらかと問われたら、海派ですね。昔スイミングをやっていて泳ぐのは得意なので。昨日到着したばかりでまだ日本の連絡先を持っていないので、是非後日交換しましょう。最後に、彼氏はまだいません♪」
しんと静まり返る教室。
皆、ニーナの完璧な返答に圧倒され、言葉を失っていた。
「す、すげぇ!質問全部返しやがったよ!」
クラスメイトの一人が立ち上がり、ニーナに拍手を送る。
それにつられてクラス中がニーナに拍手を送った。
「ハハ、日本はいい国ですね。ワタシ、こんなにも沢山の拍手を頂いたのは初めてです」
「ワタシ……?ワタシ様じゃなくって?」
悪寒が走り、ミコトは身震いをする。
あれは何だ。新種のニーナによく似た生き物だろうか――
「え〜っと、じゃあロマンチェッタさん。席はあの1番後ろの空いている場所を使って下さい」
先生が指した方をミコトは目線で追う。
見ればそれは自分の隣だった。
数日前から不自然に空いていた席、よく考えればすぐに予想がつくはずだった。
「はい♪」
ニーナは気味の悪い猫撫で声で返事をすると、こちらへと歩いてくる。
ど、どうしよう……なんて言おうか――
明らかにニーナは猫をかぶっている(猫耳は取っているのに)。
知らないフリをするのが正解か、それとも“いつもと違うね”とここで茶化して仕返しするべきか。
色々な選択肢がミコトの頭を混乱させる。
その間にミコトの正面へと来たニーナが「フフッ」と微笑を浮かべ可愛らしく微笑んだ。
「初めまして。これからよろしくお願いしますね」
「は、はい……」
ミコトは弱々しく、そう返答した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ではこの問題、分かる人はいますか?」
「Oui」
一限目の数学の授業。
クラスメイトの誰もが分からず首をひねる中、ただ一人ニーナが凛と真っ直ぐ手を挙げた。
「ではロマンチェッタさん、お願いします」
立ち上がり、黒板へと難しい数式を書いていくと、手に持ったチョークを置いた。
「すごいですねロマンチェッタさん。解法も全て合っています。フランスで習っていたんですか?」
「いえ、母が理数系が得意で、幼い頃から教えられていたので」
「素晴らしいお母様ですね」
完璧なその解答に、先生は眼鏡を抑え感心する。
「凄いなぁロマンチェッタさん。顔もスタイルもいいし、同じ人間じゃないみたい」
惚れ惚れとした様子でユキナが黒板の前に立つニーナを眺める。
「そりゃあ神様だからね……」
「えっ、何?天月さん?」
「何でもない」
まさかニーナが、こんなにも出来る人間だったなんて――
抜け駆けされたような気がして、ムスッとミコトは頬を膨らませる。
だがニーナの秀でた学力は理数系だけには止まらなかった。
二限の国語では古文の和歌を全て暗記しており、先生を驚愕させた。
三限の英語では、フランス語以外にも複数の言語に精通していたニーナは流暢に英語を話し、補足で若者言葉や現代の訛りまでも説明し、先生よりも分かりやすい内容だった。
そして四限の体育――50mは6秒台。バスケでは驚異のジャンプ力でダンクシュートを決めクラスメイト全てを圧巻させた。
だがニーナは何をしても「母のおかげです」と言って淑やかに微笑むだけでまるで自分を奢らない。
ドッペルゲンガーは本当にいたんだ。とミコトはその時確信した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
音楽室。昼休み。
「天月さん上手!」
ミコトが音楽室で演奏を終えると、いつもと同じようにユキナが机の下から現れ、ミコトへ拍手を送った。
「ふっ」とそのいつもと変わらない安心感にミコトは微笑んだ。
「ありがと。なんか柊木さんのそれ見て、元気出た」
「うわ、初めて言われたそんな事。天月さん朝も疲れてたみたいだし風邪?それとも今日って雪だっけ?」
「もう、違うって……」
「分かってる。冗談冗談」
白い歯を見せてユキナは笑う。
その眩しい笑顔に、自然とミコトの顔もほころんだ。
ずっとこの時間が続けばいいのに――
そう思いながら、ミコトはユキナとの他愛もない話に花を咲かせた。
数十分後。
「じゃあ私、ピアノ拭いて戻るから。先教室行ってて」
「うん、分かった。また教室でね天月さん!」
「うん」とお互いに手を振る。
そしてユキナが音楽室を後にした。
その直後、
「Ha〜n。アンタ、ピアノなんて弾けたんだ」
人を小馬鹿にした意地悪い笑みを浮かべ、ユキナと入れ替わる様にニーナが現れた。
「ロマンチェッタさん……」
もはや“面倒くさい”と言った表情を隠さず、ニーナを睨む。
教室での優等生っぷりは消え、昨日と同じ雰囲気に戻っていた。
「でもヘタクソね。ワタシ様のフランスではもっと上手いピアニストがうんといたわ」
「下手……」
ニーナのその言葉が、酷く心に刺さった。
別に自分が上手いと驕っている訳ではない。
けれどユキナが褒めてくれた演奏を貶す事は、ユキナの事さえも貶されたような気がして、許す事が出来なかった。
「別にそれ、あなたが上手い訳じゃないでしょ。虎の威を借る狐だね」
「ナ…………」
言いくるめられると思っていたミコトの思わぬ反論に、思わずニーナはあんぐりと口を開けた。
「た、例えワタシ様が弾けなくても、アンタより上がいる事実は変わらないでしょ⁉︎」
「私はそんな人達と競う為に演奏をしてるんじゃない。一人のために弾いてるの。だからそんな比較をして私の演奏を貶すのはお門違いだよ」
昨日からの事もあり、静かだが強い口調でニーナへ話す。
「Zut……屁理屈が得意なアンポンよ」
言い返せない事に苛立ち、ニーナは下唇を噛む。
その仕草とほぼ同時に、ミコトとニーナのスマートフォンが鳴った。
二人はポケットからそれを取り出すと通話ボタンを押す。
スピーカーから薬師町の声が響く。
『ミコト、ニーナ。十四地区/住居エリア付近にジーヴァが出現。ただちにGRADへ戻りなさい』
それだけ伝えると、一方的に通話は切れた。
「ハハ。ま、いいわ。今日はこれぐらいにしといてあげる」
同じく通話を終えたニーナは、スマートフォンをポケットにしまうと妖しい笑みを浮かべる。
「どうやらワタシ様の為のショーが始まるみたいだからね。アンタはそこでピアノの練習でもしときなさいな」
「Au revoir」と手を振ると、背中を向けニーナは姿を消した。
「ジーヴァが住居エリアに――私も早く行かないと」
ロマンチェッタさんと同じ作戦か――
窓を見ると黒い雲が外を覆っている。
不安を抱えつつも、ミコトはGRADへと向かった。




