22話 『異国の寒風は心を醒ます 承Ⅱ』
「全く……何で私がこんな事しないといけないのよ」
湿らせた雑巾でニーナの靴跡を拭きながら、ミコトは小言を溢した。
後悔の二文字が頭に浮かぶ。
外国から来たあの子がいきなりそんなゴミ屋敷に行くのは可哀想だろう。と引き受けてしまったのが間違いだった。
「はぁ……ようやく綺麗になっ……た……」
床を吹きあげたミコトは「いたた……」と痛む腰を拳で叩きながら立ち上がる。
スマートフォンを見れば15分程経っていた。
大きなため息を吐くと、ミコトはリビングへの扉を開ける。
「えぇーーーッッ⁉︎」
全く予想だにしていなかった光景が視界に広がる。
元々ミコトは自室で過ごすことが多い。
だからリビングが散らかるという事はありえない。
だが今、目の前には横に倒されたソファ。ぐちゃぐちゃの皺だらけになっているカーペット。引き出しに入っていた文房具や本が部屋中に散乱していた。
そしてメチャクチャになった部屋の中央、そこで屈んで何かを探していたニーナが振り返った。
「ちょっと、ムクロノサムライはどこよ。早くやらせなさいな」
「こ、これ……あなたがやったの?」
あまりのことに声を震わせながらミコトは話す。
「当たり前でしょう?物どかさなきゃ探せないじゃない」
“何か悪い?”とでも言ったようにニーナはあっけらかんとして答えた。
「こ、ここ人の家だよ⁉︎なんでそんな散らかせるの⁉︎普通遠慮があるよね⁉︎」
「Han?もうワタシ様の家ですけど」
「全然違うからッッ‼︎」
「探しておくからお風呂でも入ってて!」と叫び、ニーナの背中を押して無理やりリビングから追い出し扉を閉めた。
「文化の違いというより、もう人間性の違いだよこれ……」
散乱とした部屋を見て、自然とため息が出る。
そこでふと視線を向いたミコトは、足元にある物を見て、顔を顰めた。
「ここにあるじゃない……」
拾い上げたそれには『骸ノ侍』と書かれていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
数時間後――
「あの、ニー……ロマンチェッタさん。もう寝たいんだけど」
深夜二時。
床に座り全くゲームを辞める気配の無いニーナ。
その隣でミコトは眠そうに瞼を擦り、付き添っていた。
「今いい所なのよ!こんな所で眠るなんて生殺しよ!アンタは先に寝てればいいじゃない」
「ロマンチェッタさん何するか分からないから、もう目離せない……」
「Han⁉︎アンタ超失礼なヤツね!」
「何でもいいから、もう終わろうよ……」
心底疲れたミコトは、あくびをする。
以前の学校に通っていなかった自分ならこれから起床と言ったような時間だが、最近の規則正しい生活リズムでは流石にこの時間に起きているのは厳しい。
「う……ん……」
視界が霞み、思考がぼうっとまとまらなくなってくる。
眠さの境地に達したミコトは、フラついてニーナの体にぶつかった。
「アッ……!」
ぶつかった衝撃で、ニーナの操作がズレる。
画面に映る操作キャラクターは敵の前で突然立ち止まると、一瞬にして倒され、画面には『GAME OVER』と無慈悲な文字が表示された。
「ちょっとこのアンポン!アンタのせいで死んじゃったじゃないのよ!」
「ご、ごめん……ちょっと眠くてうとうとしてて……」
ニーナに怒鳴られ、ミコトは瞼を擦りながら謝罪した。
だが全く怒りのおさまらないニーナは立ち上がりミコトへと頭上から怒鳴りつけた。
「Zut!Zut!あとちょっとって所だったのに!今までの苦労が水の泡じゃない!」
「だから悪かったって……またやり直せばいいだけじゃない」
「Grrr……」とニーナは歯軋りする。
「フン!もういいわ。飽きたから寝る」
気分を害したニーナはそう吐き捨てるように言うと、ぽいっとコントローラーを床に投げ捨てた。
「寝室は何処よ。早く案内しなさいな」
「2階。案内するよ……」
ようやくか……。
ミコトは疲れ切った体を動かし立ち上がると、ニーナと共に2階へと上がる。
「ここが私とあなたの部屋」
『みことのへや』とサナキ手作りの看板が掛けられた扉の前でミコトは止まる。
「Han?アンタとワタシ様の部屋?他に部屋があるじゃない」
ニーナは隣のサナキと両親の部屋を指差し、不満そうに顔を顰める。
「どうせ使ってないんでしょ。なら使わせなさいよ」
そう言ってニーナがサナキの部屋のドアノブに手を掛けた。
その瞬間、
「駄目!そこは絶対に入らないでッッ‼︎」
ミコトが声を荒げ、ニーナへと怒鳴った。
急なミコトの怒鳴り声に、ニーナは顔を引きつらせる。
「な、何よ急に叫んで。使ってないんでしょ?ならいいじゃない」
「駄目……駄目なんだよ」
絞り出すようで、ミコトはニーナへと訴える。
「そこは、お姉ちゃんがいた部屋なの。もう死んじゃったけど、いつか帰ってくるんじゃないかって、そんな気がしてて。だから――お姉ちゃんが帰って来た時にビックリしないように、そのままにしておきたいの……」
自分が愚かなのは分かっている。
けれど片付けてしまえば、そこを開けてしまえば、もうそこに姉はいないのだと知ってしまう。
それが怖かった。
一人だと気付きたくなかった――
「バカらし。バカってほんとにバカの考えしかできないのね」
吐き捨てるような口調でニーナはおもむろにそう話した。
ここまで自分の感情が伝わらない物なのか――
怒りよりも、諦めに近い感情をミコトは感じた。
「馬鹿馬鹿って……そんな言い方ないんじゃ――」
「バカよ」
有無を言わさない口調で、ニーナが断言した。
「人の死は糧にするもの。重しにするもンじゃないのよ」
そのニーナの言葉に何も言い返せず、ミコトは黙る。
彼女の言っていることは事実だと、心の何処かでは理解していて、言い返すことが出来なかった。
「フン」としびれを切らしたニーナは鼻を鳴らす。
「ま、いいわ。じゃあここで寝るから」
ニーナはそう言ってミコトの部屋へと入ると、真っ直ぐにベッドへと飛び乗る。
「おやすみ」
そう言うと、ニーナはミコトに背を向けて横になった。
「あ、私のベッド……」
ミコトはニーナへと駆け寄ると、
「ロ、ロマンチェッタさん……そこ私の寝る場所なんだけど」
恐る恐るニーナの顔を覗き込んだ。
「すぅ……すぅ……」
可愛らしい寝息をたてて、ニーナは既に眠りへと落ちていた。
「寝るの早……」
呆れた顔で寝顔を見る。
どうやら自分と同じく、彼女も相当に眠かったらしい――
このまま起こすのも流石に悪いか――
「はぁ……まぁ仕方ない」
ベッドの下から予備の薄いシーツと毛布を取り出すと、床の上に敷き、そこにミコトは寝そべった。
「今日は……本当に疲れたなぁ……」
目を閉じ、今日あった事を思い出す。
パートナーの話を聞いた時、これからの戦闘が楽になるだろう。と期待した。
けれどその期待は一瞬にして裏切られる。
もはやこれだけの相性の悪さなら、一人でやった方が効率が良いのではないかとも思える。
「先が思いやられる……」
不安を抱えつつも、疲労の溜まっていたミコトはすぐに眠りへと落ちた――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
鳥の囀り。
カーテンの隙間から溢れる朝日を浴び、ゆっくりとミコトは意識を覚醒させる。
「ハッ⁉︎学校‼︎」
思い出し、ミコトは慌てて飛び起きる。
壁に掛けてある時計を見れば時刻は7時30。学校にはどうにか間に合う時間だった。
ホッとミコトは胸を撫で下ろす。
そこでミコトはある事に気付いた。
「あれ?いない」
横のベッドで寝ていたはずのニーナの姿が消えていた。
昨日の出来事は、全て悪い夢だったのだろうか。
そんな淡い期待は、目の前にあったニーナのキャリーケースと、何より自分が床で寝ている事実ですぐに打ち砕かれた。
「はぁ……夢であって欲しかった……」
あくびより先にため息を吐くと、ミコトは立ち上がり部屋から出る。
1階の方から水道の水が流れる音が聞こえた。
どうやらニーナは下にいるらしい。
寝起き眼を擦りながら、ミコトは階段を降りる。
だが、
「おはよ…………えっ⁉︎」
目の前に飛び込んできた壮絶な光景に、ミコトは思わず言葉を失った。
流しっぱなしの水道。
何か物でも作ったのか切った野菜の破片が床に散乱し、大量の汚れた皿とコップが流しに置かれていた。
ケチャップやマヨネーズはあちらこちらに散らばり、壁は赤と白の絵の具で塗りたくられていた。
「あ、あいつ……」
奥歯を噛み締め、ミコトは拳を握った。
もう絶対に、あんな奴に容赦はしない――
ミコトはそう心に誓った。




