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21話 『異国の寒風は心を醒ます 承Ⅰ』

「Bonjour, enchanté. C’est “Ninaニーナ・Cシー・Romanchetロマンチェッタ”. Je suis très heureuse de vous connaître」


 白いワンピースに身を包んだ少女は、フランス語でそう自己紹介すると頭を下げお辞儀をした。


 肌は雪のように白く、日本人形のように平らく均等に切り揃えられた髪には水色のメッシュ。


 首には神石により作り上げられたリングがチョーカーのように巻かれている。


 だが何よりミコトの目を引いたのは、彼女の頭部に付いているFEZERの変身を一部だけ残した猫耳だった。


「天月ミコト。この子がヨーロッパ支部から来た貴方のパートナー――ニーナ・C・ロマンチェッタよ」


 薬師町がそう言い終わるのとほぼ同時、ニーナが顔を上げパートナーであるミコトの顔を見た。


「Hann……⁉︎」


 薄く余裕に満ちた微笑みを浮かべていたニーナの顔が、驚愕へと変わった。


「アンタ……まさか今朝のアンポン⁉︎」


「あんぽん……?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げるミコト。

 ふとその時、ニーナの横に置いてある大きなトランクケースとサングラスが目に入った。


「あなた、さっきの口の悪い外国人⁉︎」


 今朝のぶつかった人の事を思い出し、ミコトは思わず驚愕の声を上げた。


 だがその言葉に苛立ちを覚えたニーナがミコトへと怒鳴る。


「Han⁉︎誰が口の悪い外国人よ⁉︎ニーナ・C・ロマンチェッタよ!このアンポンピンク頭‼︎」


「ピンク頭……」


 髪の毛を触り困惑するミコトをよそに、ニーナは薬師町へと詰め寄る。


「Pourquoi mon partenaire qui est cette élite une fille de campagne si terne⁉︎(薬師町‼︎どういう事よ‼︎何でエリートのこのワタシ様が、こんなド田舎娘と一緒に組んで戦わないといけないワケ⁉︎)」


 ニーナは地団駄を踏み、捲し立てるように薬師町へ怒鳴る。

 だが、


「生憎、私はフランス語は分からないわ」


 薬師町は怒ることも無く、ただ一言そう言い放った。


Zut(クソ)Zut(クソ)Zut(クソ)‼︎」


 言葉が伝わらない事にニーナは更に怒りを募らせ、床を蹴り飛ばす。


「GRADのトップが崇高なるフランスワードを話せないって、一体どうなってるワケ‼︎」


 ニーナのその言葉を、薬師町は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「王の統制が取れずに“革命”という名の内戦を起こした国の言語が崇高とは、面白いジョークね。フランス人の割にユニークだわ」


 図星を突かれ言い返す事の出来ないニーナは「Grrr……」と歯軋りをしながら顔を真っ赤にして薬師町を睨んだ。

 だが薬師町はそれに何を言うでもなく、ただニーナの冷たい視線を向ける。


 痺れを切らしたニーナは「あーもーッ!」と叫んだ。


「ホントムカつく連中ッ!侍も忍者も何処にもいやしないし、最悪よこの国‼︎」


 まるで天にでも怒鳴るかのように、部屋の天井に向かいニーナは叫んだ。

 その直後、


「随分と騒がしいな。もう歓迎会を始めてるのかい?」


 式神アウラが扉を開け、部屋へと入った。

 その瞬間、


「Ms.Aura!(アウラ様‼︎)」


 今まですこぶる不機嫌だったニーナの顔がぱぁっと明るい笑顔に満たされる。


「Je voulais te voir ! Je t’attendais !(アウラ様!会いたかった!)」


 ニーナは一目散にアウラへと駆け寄ると、そのまま飛び込むように抱きついた。


「Ça fait deux ans, Nina(2年ぶりだね、大きくなったなニーナ)」


 驚くこともなく、アウラは柔らかな表情でニーナの頭を優しく撫でた。

 アウラに撫でられ喜ぶニーナのその姿は、まるで大きな猫のようだった。


「Pourquoi étais-tu si en colère ?(どうしたんだい?随分と騒いでいたようだけど)」


 ニーナの頭を撫でながら、アウラがそう質問した。


「Cette truie me taquine. Ton cerveau est vide, n’est-ce pas ? Cette langue la plus Français, qui est un langage universel, n’est pas transmise(あの雌豚共が私をいじめるの。脳みそ空っぽなのよ?世界共通言語であるこの最高言語フランス語が伝わらないんだもの)」


 ミコトと薬師町を指差しそう訴えるニーナ。


 大方自分たちの事を悪く言ってのだろう事は、ミコトも薬師町も容易に予想出来た。


「Nina, n’utilise pas un langage aussi sale. Votre bouche n’est pas sur d’être maltraité. Parce que ta bouche rend les gens heureux(ニーナ、そんな汚い言葉を使ってはいけないよ。君のその口は悪罵をたれるためについているのでは無い。君のその口は、人を幸せについているのだから)」


「Ugu……」


 アウラに諭され、ニーナは苦い顔をする。


 アウラはニーナから視線を外すと、ミコト達の方を見た。


「悪いね、二人とも。ニーナが少し迷惑を掛けてたようだ」


「ハハハ」と悪戯っぽく笑うアウラに、薬師町はいつもと変わらない様子で口を開いた。


「何を話してたの?」


「聴きたいか?」


「いいえ、何となく予想はつくし別にいいわ」


 薬師町のその返答に「賢明だ」とアウラは鼻を鳴らし笑った。


「あの、アウラさん」


 二人の会話が終わったのを見計らって、ミコトが話を切り出す。


「その子に随分となつかれてるんですけど、どういう関係ですか?」


「Pourquoi dois-je dire une truie comme toi sur moi et Aula!(あんたみたいな雌豚に、何で私とアウラ様の事を教えてあげないといけないのよ!)」


 ミコトが質問をした瞬間、ニーナはアウラから離れると、ミコトへと顔を近づけ怒鳴った。


「な、何を言ってるの……?」


 だがニーナの言葉が理解出来ず、ミコトはただただ驚き目を丸くした。


 狼狽するミコトの様子を見て、アウラがニーナを嗜める。


「ニーナ、ここは日本だ。彼女に分かるように日本語で話しなさい」


「Je me fiche des truies comme ça !(こんな雌豚どうでもいいじゃない!気にする事なんてないわ!)」


「ニーナ――」


 アウラが熱を帯びた低い声で唸る。


Zut(でも)…………」


 納得のいかないニーナはそう口にする。


 だが無言で静観するアウラに恐れを感じ、


「はい……分かりました」


 煮え切らない表情を残しつつも、ニーナは日本語を喋った。


 ニーナのその様子に少し安堵したアウラは、ミコトの方を見て微笑む。


「悪いなミコトくん。ニーナは少し言葉が乱暴な所もあるが、本当は素直でいい子なんだ。許してあげてほしい」


「“本当に”って枕詞がつく人は、実際は悪い子だと思うんですけど……」


「ハァ⁉︎何ですって⁉︎」


 ミコトの言葉にニーナが怒鳴る。

 だが、


「ハハハハ!たしかにミコトくんの言う通りだな!」


 ニーナとは対照的にアウラはその言葉に、腹を抱えて笑った。


「アウラ様⁉︎」と味方だと思っていたアウラの裏切りにニーナは驚愕の声を上げる。


「“本当は”と前置きが付く人間に、たしかに良い奴はいないな」


 一頻り笑った後、涙を拭き「すまないすまない」と笑うとアウラは口を開いた。


「それで、私とニーナの関係だったな」


 咳払いをすると、ニーナの両肩に手を置き、アウラは微笑んだ。



「私はニーナの母親だ」



「え⁉︎」とミコトが驚嘆の声をあげ目を丸くする。


 アウラはどう上に見積もっても30歳手前にしか見えない。

 こんな自分ほどの娘がいるのは衝撃だった。

 何よりあまり似ていない。


「産みの親ってわけでは無いけどね」


 とアウラが付け加えた。


「私がヨーロッパ支部にいた時、たまたま立ち寄った孤児院でニーナと出会って、私が引き取ったんだ」


「そういうことですか……」


「あの頃のニーナは髪もボサボサだったし、今よりもっと口が悪かった。本当にここまでよく立派に成長してくれたものだよ」


 ブラッシングを行うような様で、アウラはニーナの髪を優しく撫でる。


「母親として、私はニーナをとても誇りに思う」


 聖書に出てくる聖母のような微笑みを浮かべると、アウラはニーナの頭を優しく撫でる。


「アウラ様――!」


 ニーナは一瞬驚いた顔をした後、嬉しそうにアウラにされるがままにされていた。


「ところでミコトくん、一つ頼みがあるんだがいいかな?」


 アウラは髪を結える黒いボンを締め直すと、おもむろにそう話を切り出した。


「……この状況での頼み事って、嫌な予感しかしないんですけど」


 何かを察したミコトは怪訝そうに顔をしかめる。


「そう言わずに」とアウラは冗談っぽく笑う。


「……まぁ、聞くだけならいいですけど」


「ありがとう」とアウラは笑う。


「実はニーナの住まう予定の住居が先日のジーヴァ討伐の際に燃え尽きてしまってね……。しばらくでいい、ニーナをミコトくんの家に置いてやって欲しいんだ」


「え――」と驚くミコト。


 だがそれよりもニーナが叫ぶ方が早かった。


「Han⁉︎このアンポンとニーナが一緒に暮らすンですか⁉︎」


「GRADの住居施設もあるが、白ばかりの味気ない施設だ。あまり心身に良くない。ミコトくんの一緒に暮らして、日本の良さというのを体感してきなさい」


「嫌よ!アウラ様の部屋があるでしょ?アウラ様と一緒にニーナは眠りたいわ!」


「私の部屋はなぁ……うん……そうだなぁ」


 ニーナのその提案に、アウラは気まずそうに目線を逸らした。


「無理よ。あそこは到底人が住める場所じゃないわ」


 感情のこもってない声で薬師町が言い放った。


「そんな言い方ないじゃないか薬師町!」


 とやや顔を赤くしてアウラが薬師町に叫ぶ。


「どういう事ですか?何か危険物でも置いてあるんですか?」


 話についていけず質問するミコト。

 それに薬師町が答える。


「この人の部屋、この世のものとは思えない程汚いのよ」


「えっ、そうなんですか……?」


 意外――


 という言葉は、普段の書類の出し忘れや、作戦会議中の居眠りをするアウラを知っているミコトの口からは出てこなかった。


「ベッドの上には読み終わっただろう本の山。床には食べ終わった食品の容器とペットボトル。ジーヴァに関しての重要機密書類がメモ用紙がわりに使われてその辺に落っこちているなんて日常茶飯事よ」


「そ、そこまでなんですか……」


 予想以上のアウラのだらしなさに、ミコトは若干引き気味に笑った。


 説明を終えると、薬師町はニーナの方を見る。


「ニーナ。貴方は天月ミコトのパートナーとして、これから同じ任務を遂行してもらう事が多くなるわ。同じ任務を遂行する上でチームワークは何よりも重要なものよ。今回の共同生活は貴方達のコミュニケーションを深めるという意味もあるの。大人しく従いなさい」


 薬師町のその言葉に、ニーナ頬を膨らませムスッとして黙る。


「あ、あの薬師町さん……」


 その状況の中、ミコトが弱々しく手を挙げ口を開いた。


「勝手に話進めてますけど、私まだ許可するって言ってないんですが……」


 不安げにミコトがそう薬師町に話す。


「お願いだミコトくん。ニーナの成長のためにここは一つ」


 手のひらを合わせ、アウラは頭を下げる。


「私からもお願いするわ天月ミコト。この子をゴミの神にはしたくないのよ」


 ミコトは二人を見る。


 まさか薬師町さんにも頼まれるなんて、相当アウラさんの場所に入れたくないんだな――


 ゴミの山の中で生活をするニーナを想像し、ミコトは仕方なく、


「分かりました。しばらくならいいですよ」


 と言ってその提案を承諾した。


「よしっ!流石ミコトくんだ!」


 パチンと指を鳴らすアウラ。


「Oh là là⁉︎ホントに決定なワケ⁉︎」


 ありえない、といったような表情を浮かべた後、ニーナは腕を組み抗議する。


「嫌よ!ワタシ様は絶対に嫌!こんなアンポンピンク頭と一緒に暮らすなんて絶対ナッシング!」


 全く折れないニーナ。


 そこでアウラは名案を思いつき、ミコトへと話し掛ける。


「そういえばミコトくん、この前貸したゲームはもうクリアしたかい?」


 い、今ゲームの話?――


 少し呆気に取られながらミコトは答える。


「は、はい。ゲームはあまりやらないので、とても難しかったですけど、ストーリーに趣があって面白かったのでクリアしましたよ」


 “ゲーム”というミコトの言葉に、ニーナの猫耳がピコンッと生物のように動く。


「ハハハ!そうだろう面白かっただろう?『骸ノ侍』は日本を代表するゲーム作品だからな」


「ムクロノサムライ――ッ⁉︎」


 ニーナは組んでいた腕を崩すと、ミコトの肩に手を置き詰め寄る。


「アンタ、ムクロノサムライ持ってんの⁉︎」


「う、うん。アウラさんに借りてるだけだけど……」


「アンタん家どこよ‼︎一瞬でワタシ様をそこに連れて来なさい‼︎」


「え……えぇ……。さっきまであんなに行かないって言ってたじゃない」


「さっきはさっき!今は今よ!ムクロノサムライがあるなら話は別だわ!クリアするために行ってあげるから感謝なさい!」


「なんて暴論……」


 ニーナの突然の興奮様に若干引き、顔を逸らす。


「よし、決まりだな。ではミコトくん、ニーナをしばらくの間頼んだ」


 そうして仕方なく、ミコトはニーナを自宅へと住まわせることになった。



 ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「これが家?犬小屋の間違いじゃないの?」


 ミコトの家を見て、最初にニーナが発した言葉はそんな言葉だった。


「日本では普通の大きさだよ」


「ヘェ。ま、心も領土も小ちゃい奴等が住むにはちょうどいい場所ね」


 ニーナのその言葉にミコトは苛立ちを覚えるが、ぐっとそれを我慢した。


 パートナーになる人なんだから、喧嘩はしちゃいけないよね――


「さ、ムクロノサムライを出しなさい。何処にあるワケ?」


 扉を開け中へと入ると、ニーナは土足のまま玄関を踏み越え廊下へと上がった。


「ちょ、ちょっとニーナさん!靴脱いで!」


 慌てて止めるミコト。

 だがそれにニーナは顔を顰める。


「Han?何でワタシ様がそんな事しないといけないのよ。汚い地べたを直接踏めっての?」


 本当に自分勝手な――


「それぐらいも守れないんだったら、アウラさんに言ってここから出て行ってもらうよ」


 ミコトは出会ってからのニーナの態度に遂に我慢出来ず、ニーナを睨むとやや低い声で嗜めた。


「はいはい、分かったわよ。脱げばいいんでしょ脱げば」


 さも面倒くさいと言ったようにニーナは白いハイヒールを脱ぐと、玄関へと投げ捨てた。


「ホントこうるさいアンポンよ。これで神とかお笑いものね」


 そう吐き捨てるように言うと、ニーナはリビングへと歩き始める。


 だが先程のハイヒールで出来た廊下の黒い汚れを見て、慌ててミコトがニーナを止める。


「あ、ニーナさん待っ――」


 そうミコトがニーナを止めようとするのと、

 ニーナが振り返るのはほぼ同時だった。


「ちょっとアンタ、さっきからワタシ様の事気安くファーストネームで呼ばないでよね。アンタ如きが口にしていい名前じゃないわ」


 怒りのこもった目でミコトを睨み、そう言うだけ言うとニーナはリビングへと入っていった。


「床……拭いて欲しかったんだけど……」


 玄関に取り残されたミコトは、ただ呆然と立ちつくした。

ムクロノサムライはダウンロード版なしの数量限定販売品でマニアから評価が異様に高い。

自身の骨を刀として使う侍の話。

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