20話 『異国の寒風は心を醒ます 起』
新東京第十三区画中学校――昼休み。
「海行きたいよね〜海」
「ルリ……あんたそれ、もう二ヶ月近く言ってるじゃん」
隣同士に座る女生徒二人が、いつもと変わらない与太話に花を咲かせていた。
「えぇ〜、だって行きたいんだも〜ん海!水着見たい〜!揺れるおっぱいが見たい〜!」
「はぁ……私はもう海は勘弁だ。最近太ったし……」
「えっ⁉︎なんて⁉︎」
「何でもないですー」
生産性の無い会話―― これからの人生において、何の意味も無さない話。
有限である時間を浪費して行う価値のある物では無い。
「なぁルリ、行くなら山にしようぜ。あそこもあんたの好きな女子いるしさ」
「山かぁ……私は行くなら海がいいな。ルリ達の会話聞いててなんか最近行きたくて」
女生徒達の隣に座るユキナが会話に加わる。
「マジかよ……柊木さんまでかよ……」
「よーしこれで2対1!あと一票あれば3点先取でルリ達の勝ちだ!」
「いつからそう言うルールになったのよ……」
不良っぽい女生徒はため息をついたあと、後ろに座るクラスメイトの方を見た。
「ねぇ、あんたはどっちがいいと思う?」
女生徒に話を振られたそのクラスメイトは「うーん」と少し考えた後、口を開いた。
「私は、海がいいかな」
生産性の無い会話――意味のない時間。
かつてそう蔑んでいたその会話に、天月ミコトが加わっていた。
「良かった!天月さんとお揃いの意見だ」
天月ミコト――彼女が神となりジーヴァと戦う様になってから、一ヶ月の時が経った。
一月前にミコトのいるこのクラスはジーヴァに襲われ、数名は危うく命を落としそうになる大惨事だった。
GRADはこの災害での人類の混乱を防ぐ為、ジーヴァの目撃者を一人づつ研究機関へと預け、記憶を抹消させた。
今のユキナは、自分がジーヴァからミコトが守ってくれたという事実さえも覚えていない。
けれどミコトはそれで良しとした。
記憶が無くなっても、自分とユキナの繋がりは消えない。
もう一度やり直せばいいと。
ミコトはそう笑って、ユキナを見送った。
「やっほーい!ミコ太郎ハイセンス!」
女生徒の片方がキラキラと目を輝かせると、椅子の上で跳ね喜んだ。
「はぁ……結局海かぁ、痩せないとなぁ……男落とせねぇ」
「いいのよサヤサヤはそのままで。ダイエットすると男だけじゃなくて、自慢のおっぱいも落ちちゃうよ〜」
ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべ、ルリが不良っぽい女生徒の胸を揉んだ。
「ルリ……それセクハラだから」
その会話を傍で見ていたミコトが「ふふっ」と笑う。
「それにしても、何で天月さんが海?太陽が眩しいし、ちょっと意外かも」
おもむろにそう言うと、ユキナが小首を傾げる。
「あぁ、それは――」
以前と違い、ミコトの過剰に人を見下し、他人と比較する捻くれた癖が無くなった。
「だって山は登らないといけないけど、海だったら行きさいすれば何もしなくても言い訳でしょ?それで時間が過ぎるなら楽だし」
というわけではないが……ミコトは前より少し、人として成長していた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
放課後。
帰宅通学路。
「じゃあ天月さん、私今日こっちだから」
談笑しながら歩いていると、大通りの分かれ道でユキナがそうミコトに告げた。
「え?柊木さんの家って六地区の先だよね?」
いつもとは違うルートを指し示すユキナに、ミコトは小首を傾げた。
「それが今日は、妹を小学校まで迎えに行かないといけなくって」
「お迎え?怪我でもしたの?」
「ううん」とユキナは頭を横に振る。
「昨日二十五地区の方で大火災あったでしょ?あれがあったせいで『危険だから』って、家族の付き添いが無いと下校禁止らしいの』
「あぁ、大火災……」
ユキナのその言葉に、ミコトは一昨日のジーヴァとの戦闘を思い返す。
身体中が燃え盛る敵で、苦戦したのは記憶に新しい。
死人こそ出さなかったものの、任務区域の30%は燃やし尽くしてしまった。
『熱いのは苦手だから』と後退すると、炎ですら凍らせるのではないかという薬師町の冷たい悪罵が頭に響き、恐怖を押し殺し無理やり戦った。
二日たった今でも、何処となく手が熱い気がする。
出来れば炎を扱うジーヴァとは、もう戦いたくは無い。
「分かった。じゃあ気を付けてね、柊木さん」
頷き、ミコトは柔らかい声色で話す。
「うん、天月さんも!また明日!」
爽やかに手を振るユキナにミコトも、
「うん、また明日」
と手を振り返した。
ユキナの姿が見えなくなると、ミコトは家の方へと再び歩き始めた。
その足は二ヶ月前より随分と軽い。
明日会ったら何を話そうか。
明日はどんな曲をユキナに聴かせてあげようか。
あの子の性格ならきっとモーツァルトの様な明るい楽曲は喜んでくれるだろう。
そんな事を考えると、自然と口角も上がっていた。
学校に通う事がこんなに楽しいと感じたのは、そして家への一人の帰り道が少し寂しいものだなんて、初めて知る事だった。
ジーヴァとの戦闘はあるものの、充実した毎日を送れていると、心の底からそう思えた。
「イタッ……」
物思いに耽っていたミコトは、前から歩いてくる少女に気付かず、すれ違いざまに肩同士がぶつかった。
「あ……ごめんなさい」
咄嗟にミコトは謝罪を述べる。
だがぶつかった相手は怒りが収まらないのか、ズレたサングラスを二本指で戻すと、レンズ越しにミコトを睨んだ。
「ちょっとアンタ、鈍臭過ぎね。このワタシ様にぶつかるなんていい度胸」
片手には大きなキャリーケース。
白いワンピースに、それと同じくらい白い麦わら帽子。
マスクとサングラスで顔を隠すその少女の風貌は、まるでテレビで見る芸能人だった。
「ジャポンには“当たり屋”っていうのがいるらしいけど、アンタそれってワケ?」
ジャポン……?外国人……?
ミコトは彼女の顔をマジマジと見つめる。
サングラスの隙間から少し見える瞳は黄色く、異国情緒に溢れていた。
日本人形の様に切り揃えられた長い藍色の髪は、横の方はふわりとカールしていて、氷のような水色のメッシュが入っている。
日本には無い独特なセンスだ。
「いや、そんなんじゃないですよ。ただぼーっとしてて……」
「Ha。顔がトロそうだけど、中身もホントにトロットロのニブチンね」
その言葉に、ミコトはムッと眉間に皺を寄せた。
たしかにぶつかった自分が悪いけど、自分だって避けられたんだから、避ければ良かったのに――
「何その目。アンタ、ワタシ様に異議申し立てってワケ?」
ミコトの心境を察した少女は、腕を組み仁王立ちすると背の低いミコトを文字通り見下した。
「言いたい事があるならちゃんと言いなさいよ。その口、飾りじゃないんでしょ?アンタみたいな根暗を見てると、ワタシ様超ムカつくのよね」
ただぶつかっただけで、ここまで自分の人格を否定されなきゃいけないなんて――
「たしかに私が悪かったよ。でも――」
心の丈を彼女へとぶつける。
二ヶ月前の自分だったら、絶対に出来ない行動だった。
「でもあなたも私に気付いてたなら避ければ――」
「まぁいいわ」
「え……」と思わずミコトは言葉を漏らす。
話そうとしたミコトの言葉を、異国の少女は最後まで聞くことなく遮った。
「今回は許してあげる。ワタシ様、急いでるってワケだからさ。アンタみたいな根暗に構ってる暇ないってワケ」
一方的に異国の少女はそう言うと、ガラガラとキャリーケースを引き摺り、ミコトの横を通り過ぎた。
「Mange même le〜♪」
と軽やかに異国の少女は母国のフランス語を口にし、手を振るとすぐに見えなくなった。
「何あれ、ムカつく奴……」
少女がいなくなった方を暫く睨んでいると、ポケットのスマートフォンが振動した。
「ん……?メッセージ?」
ポケットからスマホを取り出し画面を見る。
『緊急招集。15分以内にGRADへ来るように。場所は後で伝えるので管制室まで来たら連絡しなさい』
液晶に写っていたのは、思いやりのカケラも感じない薬師町からのメッセージだった。
薬師町からの呼び出しで良かった事など一度も無い。
この前の火災の説教だろうか。
「はぁ……疲れるなぁ神様って……」
ため息を吐くと、怒られまいとミコトはすぐに近くのデパートへと向かった。
人がいなくなったのを見計らい、一人でソーラーと繋がったエレベーターへと乗り込む。
GRADから支給されたIDをエレベーター内部のICリーダーへと翳すと、天井に備えられた偽装防犯カメラから網膜認証が行われる。
対象が天月ミコトであると確認したソーラーは自動で目的地を設定すると地下にあるGRAD本部へと降下する。
「うーん……やっぱこれ乗ると耳おかしくなるんだよね……」
GRADに到着後、ソーラーから降りたミコトは愚痴をこぼす。
そのミコトの視線の先に、見慣れた金色の髪が靡く姿が映った。
「あっ、カグラ」
カグラはミコトの存在に気付かず、自動扉を開け管制室を後にした。
また名物のカツカレーでも食べに来たのだろうか――
久しぶりにカグラの姿を見たミコトは、話をしようと後を追いかける。
だが管制室を出ると、そこにはもうカグラの気配は無かった。
だがその代わり、
「おぉ神様、久しぶりだなぁ!」
一ヶ月ぶりに集中治療室から出てきたGRADの隊員と出会った。
ミコトが以前命を救い、それなりの縁がある隊員だ。
「おじさん!もう歩いて大丈夫なんですか?」
「おう!もうこの通りすっかりピンピンよ!ハッハ!」
自分の胸を強く叩き、男は笑ってみせた。
その男の元気そうな笑みに、ミコトは安堵した微笑みを浮かべた。
「ところで神様、今日もこれから出撃か?」
「あっ、いや。そうじゃないんですけど。人を探してて」
「人……?」と男は小首を傾げ、無精髭のある顎に手を当てた。
「カグラっていう子なんですけど、知ってますか?」
「カグラ……?カグラ聞いたことあるけどなぁ……」
と、そこまで言い切った後、急に思い出したように「あっ、そういうことか」と男は手を叩いた。
「悪い悪い。随分久しぶりに聞いた名前で忘れちまってたよ。カグラさんならさっき60階の待合室に行ってたぜ神様」
「待合室ですか。ありがとうございます。おじさん!」
「おう!カグラさんと仲良くやれな」
男に手を振り別れを告げると、ミコトはエレベーターに乗り込み60階のボタンを押した。
ゴウンと重厚な音が響き渡らせながら上がるエレベーター。暫くして、目的の階へと到着すると扉が開いた。
「あら、天月ミコト。よくここが分かったわね。管制室に着いたら連絡するよう言っておいたのに」
「あれ?薬師町さん……?」
エレベーターを降りると、目の前にいたのは腕を組み仏頂面をした薬師町だった。
ミコトは予想していなかったその人物に、キョトンとした表情をして呆気に取られた。
「あの薬師町さん、ここにカグラが――」
「もうパートナーは先に来てるわ。早く挨拶を済ませましょう」
ミコトの話など興味ない、と言った様に薬師町はミコトの言葉を遮った。
「パートナー?」
おもむろに告げられたその言葉に、ミコトの興味もそちらに移る。
「ここ一年間のジーヴァの日本への出現率を垣間見てね、ヨーロッパ支部の方で新しく適正を得た子をこっちに派遣してもらったのよ」
「ヨーロッパ支部……神って、私以外にもいたんですか?」
「えぇそうよ。GRADはアジア圏に二つ、ヨーロッパとロシアに一つずつ。そしてアメリカに一つで――貴方を含め、今は世界に九人の神がいるわ」
「九人も⁉︎」
他にいるのなら、自分が戦わなくても良かったじゃないか――
その言葉を喉元で抑えた。
そう言ってしまえば、まるで自分の戦っている事が無意味になってしまう様な気がしたから。
「この奥で待ってるわ」
薬師町はそう言うと、防音機能のある重い扉を開けた。
だだっ広い殺風景な空間――その1番奥には黒いオフィスチェアがあり、ミコト達に背を向けそこに少女が座っていた。
少女は鼻歌を口ずさみ、ぐるぐると椅子を半周ずつ回転させている。
「ニーナ、貴方のパートナーを連れて来たわ。挨拶なさい」
「Dacodac♪」
ニーナと呼ばれたその少女は、フランス語を話すと椅子から跳ね起き、くるくるとクリーニングのよくかかった床の上で回る。
まるでその姿はバレリーナだ。
数度回転した後、少女は白いワンピースの裾を上品に二つ指で持ち上げ、深々と頭を下げお辞儀をした。
「Bonjour, enchanté. C’est “Nina・C・Romanchet”. Je suis très heureuse de vous connaître」
異国の少女が去り際に言った
「Mange même le」
は「馬のくそでも食ってろ」です!
Au revoir !




