19話 『甘い嘘に焦がれる 結』
「第四隊から七隊を回した。もう少し持ち堪えてくれ」
「三隊。“対物電磁砲”の使用も許可します。予算など構っていられません。何としてでもジーヴァを殲滅して下さい」
管制室。
薬師町とアウラは巨大なスクリーンの前でジーヴァとの戦闘をモニターしながら、命令を送っている。
そこにミコトがエレベーターを開けて現れた。
背後に人の気配を感じ、二人が同時に振り返る。
「天月ミコト……?」
「ミコトくん、来てくれたのか!」
ミコトの姿を見るなり、薬師町は眉を顰めミコトを睨んだ。
「今更何をしに来たと言うの?戦わないのなら、邪魔だから消えて頂戴」
軽蔑の色を強く含んだ瞳。
それに睨まれると今にも逃げ出したくなった。
「60億の命は分からない……けど、守りたい命があったんです」
けれどミコトは、一歩踏み出すと薬師町に向かって叫んだ。
「私は――あの人を助けたいんです!」
もう迷いは無かった。
「神として、私に人類を守らせて下さい!」
薬師町は胸の前で腕を組み、ミコトを睨む。
「FEZERは装着する程に魂との癒着が強くなる。二度も変身すれば、もう後戻りは出来ないわよ」
「分かってます。けど決めたんです」
ミコトの決意に満ちた瞳に圧倒され、目を背けるように薬師町は「そう――」と一言漏らした。
「こっちへ来なさい。天月ミコト」
促され、薬師町とアウラに続きミコトは管制室の隣の部屋へと入った。
今までの白い空間とは違い幾つもの剥き出しの配線や、卵型の無数のポッド――GRAD内に存在する出撃地だ。
「これは『ソーラー』。地下に存在するこのGRADから新東京23地区の全てに短時間でアクセス出来るわ」
卵型のソーラーを、薬師町は指差し説明する。
23地区から更に細分化され、460箇所へとアクセスルートを持つ。所狭しと横一列にソーラーが並んでいた。
「FEZERは貴方の感情の昂りに応じて変身するけれど、任意で変身するためにはキーとなる『FEZER』『飛翔』の二単語を組み合わせればいいわ」
静かな口調で薬師町は言葉を続ける。
「ソーラーを出ればジーヴァは目の前よ。戦闘前にFEZERを装着して変身しておきなさい」
冷たい視線の薬師町に怯える事なく、ミコトは真っ直ぐにその視線を受け止めると「はい」と強く返答し、ソーラーへと乗り込んだ。
薬師町の隣いるアウラが前に出ると、複雑な趣で口を開いた。
「ミコトくん、人類の命運はキミに任せた。こう言うしか出来ないが……頑張ってくれ」
「ありがとうございます、アウラさん」
ミコトがそう言った直後、ソーラーの扉が閉まると、地上へと向けて高速で動き出した。
ソーラーの内部の液晶が、目的地までの到達時間を表示する。
そこには“10.00”と表示されていた。
ミコトは自分の右腕に装着されたFEZERを祈るように握ると、目を閉じた。
「FEZER!飛翔‼︎」
右手に装着されたアンクレットが眩い光を放つと、その光がミコトの体を包んだ。
ミコトの体組織を魔力により変革させ、皮膚の上に鎧を作る。
ミコトが変身した直後、目的地に到達しソーラーの扉が自動的に開かれる。
「真っ暗……何も見えないじゃない」
ソーラーの扉が閉じると、その空間は完全な闇に閉ざされた。
ミコトが不安の中辺りを見渡していると、電流の走る音が聞こえ、眩い黄金の光が空間を照らした。
「うっ……眩し……!」
突然の強烈な光に、ミコトは顔を覆った。
「ここ、何よ……お城?」
目を細め、辺りを見る。
複雑なアーチを描いた白い柱、床は金色に輝き目に優しく無い。
建物の壁には虹色に輝くステンドグラスの数々――そして目を引くのは10メートルはあろうかという巨大なシャンデリア。
だがその数々はGRADの放った銃弾で傷付き、割れていた。
「ぅ……く、くそ……」
「おじさん‼︎」
柱の下で、腹部を抑え倒れる男の姿を見つけミコトは叫んだ。
まだ生きている‼︎間に合った‼︎
ミコトが少しの安堵を覚えた刹那、奇妙な風の音と共に、シャンデリアの下に人型のジーヴァが現れた。
「出たか……怪物ッ!」
ジーヴァは大仏のようにあぐらをかき、宙に浮いていて異様な雰囲気を放っている。
『天月ミコトさん、聞こえるかしら』
ミコトの頭に直接、薬師町の声が響いた。
『貴方が眠っている間に、FEZERの改修を行ったわ』
「改修……?」
『魔力装甲を調整して装甲を厚くする事で、よりジーヴァの攻撃に耐えやすく、そして魔力の扱いが不慣れな貴方の為に最初から武装を直接取り付けておく事で、戦闘への移行をスムーズに行えるようにしたわ』
ミコトは話を聞きながら、FEZERを見る。
薬師町の言うように前回変身した時より装飾が鮮やかにより強固な物になっており、腰には右と左に一本ずつ銃身の長さの違うハンドガンが取り付けられていた。
だがそのあまりの薬師町の手際の良さにミコトは疑問を感じ、眉を顰めた。
「辞めさせる気なんて、最初から無かったんですね?」
『不満なら、やめる?』
薬師町はその言葉に、肯定も否定もしなかった。
「いいえ、やめたりなんてしません。私はあの人を守るって決めたんです。だからもう逃げたりしません‼︎」
しばらくの沈黙の後、薬師町は口を開いた。
『敵のジーヴァはタイプⅡ――前回のタイプⅠのジーヴァより、データ上だけでは940%の魔力を行使するわ。気をつけて』
「言われなくとも、気をつけてますよ」
ミコトは腰についたハンドガンを抜くと、両手で二丁構えた。
「はぁ――ッッ‼︎」
トリガーを引き、銃弾を発射する。
魔力で作られた桜色の光弾が無数に放たれた。
だが、
「な……弾が弾かれて。効かないの……⁉︎」
ミコトの顔に絶望の色が現れる。
ミコトの放った銃弾は全て、ジーヴァの魔力で作り出した壁に寄って防がれた。
「――――」
ミコトが攻撃の手を緩めた刹那、ジーヴァがミコトの視界から消えた。
「なっ、消えた⁉︎」
焦るミコトに、背後からの攻撃を知らせるアラートがマスク内に響いた。
後ろか――‼︎
瞬間的にミコトは後ろを振り向くが、もうすでに迫っていたジーヴァの蹴りを避けられず、腹部を蹴り上げられた。
「がはっ……!」
数回視界に映る世界が回転した後、地面へと叩きつけられた。
ミコトの頭に、薬師町の声が響く。
『言い忘れていたけれど、貴方の戦闘能力を垣間見て魔力逆流の効果範囲を抑えたの。致命傷となり得ない攻撃は防げなくなっているから気を付けて』
「それは、気が利きますね……」
ふらふらと起き上がるミコト。
それとジーヴァの赤い瞳が輝くのはほぼ同時だった。
何処からともなく、奇妙な下向きの風がミコトの頬を掠める。
その一瞬後――
「――ッッ⁉︎」
強烈な重力波がミコトの背中に降り注いだ。
「お、重い――」
身体能力を飛躍的に上昇させ、アフリカ象程度なら片手で持ち上げられるFEZERを装着してなお、耐えることの出来ないその威力。
押し潰され、ミコトは地面に這いつくばった。
ミコトが動けなくなったのを確認したジーヴァは、ミコトの目の前へ一瞬で移動すると、片足で一気に蹴り上げた。
「きゃあ――ッッ‼︎」
パチンコ玉のように弾き飛ばされ、ミコトは壁に激突する。
衝撃に耐えられず、体内で骨が折れる音をミコトは聞いた。
「くそ……よくもッッ‼︎」
脇腹を片手で抑え立ち上がると、ミコトは右腕で構えた銃をジーヴァへと向けた。
その刹那、再びジーヴァの瞳が妖しく輝いた。
下向きの風が優しく右腕を撫でる。
その一瞬後、
「ぇ…………」
肉が潰れ、ひしゃげる音が空間に響く――
重力波がミコトの指先から右肘までの肉を削ぎ取り、抉り潰した。
目の前の地面には砕けた地面と、紙のように薄くひしゃげた右腕があった。
その光景を見て、ミコトはようやく自分の身に何が起こったのかを理解した。
「うわああぁぁぁあああ!」
腕の千切れた痛みと、無くなった恐怖とがごちゃごちゃに混ざり合い、ミコトは地面に倒れると右腕を押さえ発狂した。
「腕が――腕がぁッッ‼︎」
FEZERが生命危機を指し示し、警告文を鳴らす。
ミコトの視界は赤い警告文で埋め尽くされ、それが更にミコトを焦らせた。
『落ち着くんだミコトくん!FEZERには形状回復魔法も仕組まれている。意識を回復に専念させるんだ!』
管制室で薬師町からマイクを奪うと、アウラが叫んだ。
だが今まで味わった事のない痛みと恐怖に包まれ狂乱したミコトに、その声は届かない。
「腕が、腕が腕が腕がッッ――‼︎」
『ミコトくんッッ――‼︎』
FEZERがジーヴァの攻撃を察知し、アラートを鳴らす。
一瞬の内にジーヴァがミコトの目の前へ瞬間移動すると、悲鳴をあげるミコトを蹴り飛ばした。
ステンドグラスへと叩きつけられ、バラバラと七色の破片と共にミコトは地面へと転がる。
「嫌だァ!痛い!嫌だ!痛い!嫌だあぁぁああ――ッッ!」
錯乱したミコトには、もはや戦う気力など残ってはいなかった。
暗く冷たい感情がミコトの心を蝕んでいく。
「もうこんなの嫌だよ‼︎死にたくない……死にたくないよッッ‼︎助けて、助けて、助けて――ッッ‼︎」
ミコトの精神の不安定さから、魔力の精製が止まる。
FEZERの鎧を硬化させていたリアクターから光が失われ、桜色の発光が消失しそうになった直後、
「うっ――⁉︎」
FEZERに備えられていた強心剤が、ミコトへと注射された。
太い針で脇腹を刺された感覚がじんわりと体全体に広がっていくと、錯乱していた頭は途端にぼうっと重くなった。
『ミコトくん、私の声が聞こえるね?今キミに強心剤を投与した。これで落ち着くはずだ』
重く眠い感覚の頭に、アウラの声が響いた。
『いいかい、私の声だけに集中するんだ』
妖美な感覚の声に、ミコトは耳を澄ませる。
『自分の腕を再生するイメージをしなさい。それ以外は何も考えなくていい。いいね?』
「はい…………」
一言そう言うと、ミコトは目を閉じ、自分の腕を再生するイメージをする。
ミコトの右腕を緑色の光が包むと、骨と腱とが生成され元の腕へと再生した。
そして自動的に、その腕をFEZERが覆う。
『まだ戦えるね?』
「はい……まだ出来ます」
回復魔法を使った反動は重く、息も絶え絶えになりながらミコトは立ち上がった。
「うああぁぁああ――‼︎」
怒りに任せ、ミコトはジーヴァへと光弾を発射し突進する。
ジーヴァの瞳が輝くと、走るミコトに一瞬遅れて重力波が地面を抉った。
「やっぱり……攻撃が来る所に必ず風が流れる」
ジーヴァとの間合いを詰めると、ミコトはジーヴァの頭上にあるシャンデリアを撃ち抜いた。
シャンデリアを支えていた鎖が切れ、ジーヴァへとのしかかる。
「潰される気持ちが、お前も分かったか!」
ミコトが叫んだ刹那、再びジーヴァの瞳が輝く。
今までとは違い、前方から風が吹いた。
「前から――⁉︎」
視界が歪み、重力波を前方から感じた。
「くそ……ッッ‼︎」
上体を逸らし、ミコトは致命傷を避けた。
だが避けきれなかった左半身は重力波を喰らい、通常ではありえない方向に曲がっていた。
「ああぁぁぁあああ――ッッ‼︎」
回復を、回復をしないと――ッッ!
痛みで絶叫しながらもミコトは必死に意識を集中し、再生魔法を使う。
骨が音を立ててぐるぐると数度回転すると、元の形へと戻った。
「はぁ……はぁ……」
ミコトはマスクの内側で、荒く肩で呼吸をしていた。
再生魔法を使いすぎた反動でミコトの体は悲鳴をあげ、体温は40度まで上昇していた。
「はあぁぁああ――ッッ!」
叫ぶ事で体を無理やり奮い立たせ、ミコトは再びジーヴァへと突進する。
ここで終わらせる。私があの人を助けるんだ――ッッ!
直後、ジーヴァの瞳が四度紅く輝いた。
「四回――ッッ⁉︎」
ミコトの全身を舐め回すように生温かい風が吹いた直後、圧縮された重力波が四方から出現した。
避ける事が出来ないその攻撃が、FEZERの装甲を抉り、ミコトの骨を砕いた。
「ぃ……ッッ‼︎」
突如、生命危機を感じ自動的にミコトの魔力が活性化される。
ミコトの見える世界が止まったようにゆっくりと進み始めた。
攻撃が見える――。これなら‼︎
ミコトは体を逸らし、重力波の間をすり抜ける。
だが攻撃が見えててもなお、避けられない重力波がミコトの右足に当たった。
「――――ッッ‼︎」
ぶちぶちと肉の繊維が切れ白い骨が露出すると、重力波がそれを砕き、肉を千切る。
ゆっくりと千切れていく自分の手足を見て、発狂しそうになるのを必死に堪えた。
片足ではバランスを取れず、転倒しそうになる。
脳みそがその異常な状況に処理が追いつかなくなる中、ミコトは必死に頭を働かせ、回復に意識を集中させた。
やるんだ、やるんだッッ!ここで転んでしまえば、きっと私はもう二度と立ち上がる事は出来ない――ここでやるしか無いんだッッ‼︎
「――――」
声にならない声を上げ、ミコトは抉り潰れていく自分の右足を瞬時に再生させていく。
そして――
「立った――ッッ!」
ミコトの右足が、地面を踏み鳴らした。
刹那、再び元の時間が進み始める。
「うおおぉおああ――ッッ‼︎」
両手で銃を握り、突進する。
『フォースA、最大展開だ!』
アウラが叫ぶ。
「フォースA!最大展開!」
アウラの言葉に反応し、ミコトはその言葉を復唱した。
増幅された魔素がFEZERの背部装甲を突き破り、光の粒子が『A』の文字を象る。
ミコトのリアクターが桜色の輝きを放つ。
「これで……終わりだあぁぁああ――ッッ!」
持ち手部分が変形し銃口と垂直になる。
トリガーを引くと、中に充填された魔力が一気に解放され、魔法の弾が剣の刃のように鮮やかな光線を形作った。
光の粒子が集まり、その剣を巨大化させると、ミコトはそのまま横に剣を凪いだ。
眩い閃光が走ると、遅れて爆風と轟音が空間に響いた。
壁が砕け、割れた建物の壁からは冬の夜の冷たい風が吹きつけた。
「はぁ……はぁ……」
反動で焼け焦げたハンドガンが乾いた音を立て、地面に落ちる。
その一瞬後、ミコトは崩れ落ちるように地面に膝をついた。
そのまま倒れそうになるのを地面に手をつき、必死に堪える。
「駄目だ……まだ倒れるな……!」
一歩、また一歩と崩れ落ちそうになる足を必死に動かし、ミコトは瓦礫の山から隊員を救い起こした。
「生きてますか?」
「おぅ……神様……」
男は半分割れたマスクから覗くミコトの顔を見て、息も絶え絶えになりながらも、白い歯を見せて笑った。
「カレー……どうだったよ?」
一瞬、驚いたようにミコトは目を丸めた後、その質問に思わず微笑んだ。
「美味しかったです」
割れた城壁と、崩れた瓦礫の山――
天月ミコトはその時初めて、思い出の味を知った。
欠損大好き!




