18話 『甘い嘘に焦がれる 転』
うぅ……なんか気持ち悪いんだけど……」
途中何度も吐きそうになるのを堪え、ミコトはなんとか目の前にあるカツカレーを完食した。
壁にかかっている時計を見れば、席についた時から1時間あまりが経過していた。
疲れたし、自分の病室に帰ろう――
ミコトはトレーを持って席を立ち、食器を返却口へと戻すと、エレベーターに乗り込み食堂を後にした。
目的の階へと到着すると、扉が開いた。
その瞬間、ミコトの前を担架で運ばれた何人ものGRAD隊員が横切った。
担架を押す隊員達が大声で叫ぶ。
「一,二隊壊滅だ!早く次の隊の出撃を急げ!」
「第三隊がまだジーヴァと戦闘中!早く増援を!」
運ばれている隊員は誰も彼も防弾チョッキが破れ、頭や腕から大量に血を流し、応急処置として巻かれた包帯を真っ赤に染めていた。
あの時と同じだ――
ミコトは眼前に広がるその光景を見て、昨日ユキナ達がジーヴァに襲われた事を思い出し、恐怖に体を震わせた。
ミコトは視線を泳がせ、運ばれている隊員を観察した。
だがその中にあの無精髭の男の姿は無かった。
「まだあの人……戦ってるんだ」
勝てるわけが無い。
薬師町が自分に嘘をついているとは、ミコトには思えなかった。
普通の兵器では敵わないのだろう事を、ミコトは昨日の戦闘を経験して身に沁みて理解していた。
私が戦わなければ、あの人は確実に死ぬ――
漠然とした黒い不安感が、胸を締め付けた。
あの人は言っていた、自分と同じくらいの歳の娘がいると。
その子はきっと、あの人が死んでしまえば悲しむだろう。
「………」
ミコトは奥歯を強く噛んだ。
いくら考えても、その先が見えなかった。
アウラの言う60億の命は見えない。
たった二人――それだけでは自分が命を掛けなければいけない理由にはならなかった。
「私は言ったんだ。早く逃げろって……あの人は、ただの自業自得なんだ。私には関係の無い事なんだ」
自分にそう言い聞かせるように、ミコトは呟きゆっくりと自室へと歩みを進めた。
やがて開けたホールへと出る。
その中央――待ち合わせ用の長いソファにカグラが座り、天井を見上げていた。
「カグラ……」
ミコトが呟くと、ミコトに気付いたカグラが微笑んだ。
「あらミコト、今日はよく会うわね。よければ隣にどうぞ」
促されるまま、ミコトはカグラの隣に腰を下ろした。
「何してたの一人で」
「少し、考え事をね――」
「考え事……?」
「えぇ、自分の不甲斐無さにどうすればいいか、分からなくなってしまってね。悩んでいたのよ」
“元”神として、今は戦えなくなったカグラ。
彼女のその気持ちを察し、ミコトは俯き黙った。
逃げ出した自分は、カグラへと向ける顔など無かった。
「私を……責めないの?」
沈黙が続いた後、ミコトが静かにそう言った。
「責める……?何をかしら?」
首を傾けるカグラに、ミコトは少し強い声色で話す。
「分かるでしょ。今、GRADの人達は倒せるはずも無い相手と必死に戦ってる。なのに倒せる可能性を持った私はここにいる。“貴方は何をやっているの?”ってそう責めるんでしょ?」
みんなそう思っているに決まってる。
そう決めつけたミコトは、自傷的な言葉を吐いた。
けれどカグラはそれを否定する。
「そんな事で、私は貴方を責めないわ。だってミコトが自分で決めた事だもの。ミコトはそれが正しいと思って行動したのでしょう?」
「そうだよ……私は間違った事はしてない。だって自分の命は大切だもん。アウラさんみたいに60億の命なんて見えない。だから自分の命が重いに決まってる」
ミコトはスカートの裾をギュッと強く掴む。
「それに私はあの人に逃げるよう忠告したんだよ。だから私は間違っていない。全部あの人の自業自得――どうでもいい。助ける理由なんて何にも無いんだよ!」
自分は悪くない――そう思っているはずなのに、認められない自分の気持ちも強くなる。
ミコトのその言葉は、まるで助けを求めるような叫びだった。
「ならミコト、貴方はどうしてそんな辛そうな顔をしているの?」
俯くミコト。だがカグラはそのミコトに、容赦なく言葉を投げつけた。
「もうどうでもいいというのなら、貴方はどうしてそんな顔をするのかしら」
答えられず、ミコトは口籠る。
「ミコト、貴方は私に何を望んでいるの?貴方の母親がそうであったように、叱ってもらえれば自分の罪が赦され気がして、楽になるってそう言う事かしら?」
「違う!私はそんなこと――」
暗に秘めてた想いを読まれ、ミコトは立ち上がり叫んだ。
「違わないわ。貴方は責任から逃げたいだけの、ただの我儘な子供よ」
だがそれを、カグラが強い口調で否定した。
ミコトは再び、黙り口籠った。
「60億の命が見えなければ戦わなければいけないと、誰が決めたの?」
急に発せられたカグラのその言葉にミコトは驚き、カグラの顔を見た。
「60億の命なんて途方もないわ。けれど目の前に捨てたくない命があるというのなら、ここで止まっているべきではないでしょう?」
ミコトの視線に、白いGRADの床が映る。
無精髭のあの男の事を思い出す。
二回り以上歳下の自分を神様と敬い、大人として努力した事を褒めてくれた。
自分のような少女が戦わない世界を作れれば、と戦うあの人――
「命の重さなんてどうでもいい。貴方はどうしたいの?天月ミコト」
自分は、どうしたいのか――
「私は……私は……」
答えなど本当は、とうの前に出ている事だった。
だが口籠るミコトに、カグラは立ち上がり代わりに口を開いた。
「行きなさいミコト。もう貴方の答えは出ているのでしょう?」
カグラはそう言った後、優しくミコトの頭を撫で、微笑んだ。
「貴方の翼は折れていない。何処まででも羽ばたく事が出来るわ」
「カグラ……」
ミコトは強く頷くと、カグラに背を向け走り出した。
行くべき場所は一つだけだ――
『ようこそ、GRADへ』
エレベーターの前。
案内板の前に立つとアナウンスがスピーカーから流れた。
「薬師町さんの元へ行きたいの!場所を教えて!」
ミコトはスピーカーに向かい必死に叫ぶ。
『私達は日本国より命を受け、人類を守る非営利組織です。
今、この地球にはこれまでに無い危機が――』
だがその叫び虚しく、スピーカーからは全く関係の無い案内が流れるだけだった。
「くそ…………」
怒りに震えたミコトは、いきなり案内板を強く叩くと叫んだ。
「いいから――私に薬師町さんの居場所を教えろって言ってるでしょ‼︎」
バンッと辺りに衝撃音が響く。
そして――
『薬師町局長は管制室にいらっしゃいます。管制室はこの階より62階上、100階になります』
何かのボタンを押したのか、機械がそう返した。
「ありがと」
ミコトは機械に礼を言うと、急いでエレベーターに乗り込んだ。
管制室へのボタンを押すと、エレベーターは薬師町のいる100階へと動き出した。
みんなの使う機械を叩いてはいけません!!




