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17話 『甘い嘘に焦がれる 承Ⅱ』

「おう神様、友達どうだった?」


 ユキナと話した後、病室を出たミコトにGRAD隊員の男が声を掛けた。


「おじさんは――」


 男の方をミコトは見る。


 まだいたんだ。もうとっくに帰ったと思っていた。


「別に、普通です」


 そう一言返すと、ミコトは男から視線を逸らす。


「おおそうか。普通が一番良いことだ」


 男は白い歯を見せ嬉しそうに笑う。

 だがミコトは対照的に、話しかけられたことに()()の悪そうな顔をしていた。


 だが男は構わずミコトへと話を続けた。


「ところで神様、飯は食ったか?」


 その言葉にミコトは眉をひそめ、心底面倒そうな顔をする。


「食べてないですけど……私あんまりお腹空いてな――」


「おぉおぉ、そうかそうか!」


 話すミコトの言葉を男は遮ると、ミコトの手を握る。


「ならちょうど良かった。俺が奢ってやるからついてきな!」


 ミコトは驚き「え……」と口を開けた。


「昨日ジーヴァから人類を守ってくれた御礼だ。GRADで一番上手い飯奢ってやるよ!」


 男はガハハとさも楽しそうに笑うとミコトの手を引っ張った。


「あ、あの……だからお腹……」


 笑う男の耳にミコトの小さな声は届かず、そのまま引っ張られていく。


 この人……何なの……。


 歩きながら、ミコトは男に怪訝な顔を浮かべた。


 廊下を歩き、エレベーターへと乗る。

 男がボタンを押してしばらくすると、再びエレベーターの扉が開く。


「よっしゃ!着いたぜ神様、ここがGRADで一番美味い店だ!」


 38階――GRADの大食堂。

 他の階と同様に白い壁と天井で、清潔感以上に無機質な感じがする場所。

 だだっ広いその食堂にはヘルメットをテーブルに置き談笑する隊員や、白衣の研究員などでごった返していた。


 一番美味いって……ただの社員食堂じゃない……。


 高級なイメージの物をイメージしていたミコトは、ややガッカリした表情をする。


「ここのカツカレー最高なんだ。色んな場所で色んな飯を食ってきたが、ここのカツカレーに敵う物は無いぜ」


「私、カレーはあんまり……辛いの好きじゃないので」


「おうそうか!じゃあ甘口にしといてやるよ!」


「そういう問題じゃ……」


「遠慮すんな神様。さっ、座って待ってな」


 ミコトの肩に手を置くと、男はテーブルに無理やりミコトを座らせた。


「あ……だからあんまりお腹空いてないですから……」


 立ち去る男にそう告げる。


「カツカレー二つ。一つ甘口で」


 男はカウンターへ行くと、店員に注文した。


 全然聞いてない……。


 ミコトは大きなため息をつくと、両手で自分の顔を覆った。


「何なのよ……あの人もユキナもみんな……」


 これまで自分に関わろうとしてくる人間などいなかった。

 なのに自分が神になったこの一ヶ月間で、ユキナとこの男――それに薬師町やアウラ。

 今までに比べれば何とも多くの人が、強引に話を進めてきた。


 自分のペースを乱されるのは嫌いだ。

 だからずっと孤独(一人)で生きてきた。


 ミコトにとって今の状況は、ペースを非常に乱される不快な時でしかないはずだった。

 けれど不思議と、それを許容してしまっている自分がいることに気付き、ミコトは少し戸惑った。


「あら……?ミコト?」


 ヴァイオリンの弦を鳴らしたような透き通る声が頭上から聞こえ、ミコトは顔をあげる。


「もう目覚めていたのね。まだ眠っているものだと思っていたわ」


 月の光のような金色の美しい髪が(なび)く。

 目の前にいたのは、食べ終えた食事を運んでいるカグラだった。


「カグラ……どうしてここ(GRAD)に?」


「忘れたのミコト?私は()神よ」


 ミコトはその言葉で、出会った時にカグラが『自分は翼を折られた神』と言っていたのを思い出した。


「まぁ元だから、もう何も貢献出来ることはないんだけれど。ただここのカレーの味が忘れられなくて、たまに足を運んでしまうのよ」


「神をやめても、IDは回収されなかったから」とミコトに写真の付いたカードを見せ、いたずらっぽく微笑んだ。


「カレー……此処のはそんなに美味しいの?」


 問いかけるミコトに「ふふっ」とカグラは鼻を鳴らす。


「正直に言ってしまえば、地上にあるお店と変わらないわね」


「えぇ……そうなんだ……」


 やっぱりそうだったか。

 とミコトは心の中で納得した。


「じゃあ何で、わざわざ此処まで食べに来るの?」


 ミコトのその問いに「うーん」とカグラは人差し指を唇に当て思考したあと、口を開いた。


「此処のカレーはね、初任務が終わった私に薬師町さんがご馳走してくれた物なの」


 懐かしむように、カグラは目を閉じ柔らかな笑みを浮かべ語る。


「私はあまり辛い物が好きじゃなくてね、それを気遣って薬師町さんは私に甘口をくれたわ。それと、ジーヴァと戦った私に対する労いと感謝の言葉を添えてね」


 カグラが瞳を開けると、ミコトを真っ直ぐに見つめた。


「思い遣りというのは最高のスパイスなのよ。だから何よりも美味に感じられる」


 カグラの赤い瞳を見ていると、まるで自分の心が透かされているような感じがした。


「そしてそのスパイスは色褪せない。むしろ時が経つほど、旨味を増していくの」


 ピピッと、カグラの右手首に付けた電子時計がアラームを鳴らした。

 カグラは腕時計へと視線を落とす。


「おっと、もう時間か」


 カグラはくるりと回ると、ミコトへ背を向けた。


「どこ行くの?」


「ふふっ、少し待ち合わせがあるの」


 そう言ってカグラは微笑むと、背中越しに手を振った。


「じゃあねミコト、また学校で会いましょう」


「あ、待ってよ……そういえば昨日のピアノのお礼――」


 去るカグラにミコトが手を伸ばそうとした瞬間、


「おぅ神様、待たせたな!」


 男はミコトの前にカツカレーを置くと、向かい合わせに席へと着いた。


「俺の奢りだ!遠慮せず、たらふく食えよ」


 人混みに紛れ、カグラの姿はもう見えなくなっていた。


 同じ学校なんだし、またすぐ会えるか――


 ミコトは視線を男の方へとやる。


 まるで自分の娘でも見るかのように、男はミコトを見て嬉しそうに笑みを浮かべていた。


 目の前に置かれたカツカレーを見る。


 茶色いルウは、あまり食欲をそそる色をしていない。

 中に入っているにんじんやじゃがいもを見ると、本当にこんな物を食べなければいけないのか、と嫌になる。

 それにその上に乗っているカツ――元々胃が弱く脂の多い物は苦手なミコトは、スプーンを手に取った物の口へ運ぶのを躊躇する。


「それじゃ食おうか、いただきます!」


 そんなミコトに構うことなく男はパンッと手のひらを合わせ合掌すると、一口で大量のカレーをほうばった。


「美味い!さすがGRAD 1のカレーだ!」


 幸せそうに顔を綻ばせ、男はカレーをほうばる。


 美味しそうに食べる人だな――


 食べることを躊躇しているミコトは、自然と男を観察していた。


 自分よりずっと歳上で、命をかけてジーヴァと戦っている人。

 そんな人が今は夢中で食事をして、幸せそうにしている顔を見ると、同じ人間なんだという感覚が湧き上がってる。


 けど私が戦わなかったら、この人も死んじゃうんだよね――


 その事を思うと、自然とミコトの表情が曇った。


「おじさんは……どうして戦ってるんですか?」


 消えいりそうな声で、ミコトは男へ質問する。

 男は食べる手を止めると、ミコトを見た。


「どうしてって……どういう事だ?」


「だって意味ないんですよね、普通の人が戦っても」


 一ヶ月前、薬師町が言った事をミコトは思い出していた。


「普通の武器じゃジーヴァには何の効力も無いって、薬師町さんが言ってました。神しか使えないFEZERじゃないと、ジーヴァは倒す事は出来ないって」


 無言で男はミコトを見つめ、次の言葉を待っていた。


「だからおじさん達がやってることって何の意味も無くて、ただの自己満足でしかない訳ですよね。それなのに戦うなんて、ただの命の浪費ですよ」


 ミコトのその言葉に男は怒る事もなく「うーん」と唸り、顎髭を撫で思考した。


「そうだなぁ……。たしかにそういう意味では、俺のやってる事は意味ねぇなあ。神様がどうしてって聞くのも頷ける」


「そうですよね。だから命を無駄にしないで、早くここをやめた方がいいですよ。その方が生き残れる確率は上が――」


「だからって、俺はじっとしてられねぇのよ」


 静かだが力強いその言葉が、ミコトの言葉を遮った。


「俺にも神様ぐらいの娘がいてな。嫁さんに似て別嬪(べっぴん)な娘なんだがよ……これまた我儘で生意気で、その癖口は達者で何も俺は言い返せないもんだから困った娘だ」


「けどな……」と男は低い声で唸る。


「俺はそれが良いことだと思ってる。一生懸命自分で考えて、今を必死に生きてんのよ。上の人間に口答えするのは当たり前だ、これからを担う若者ってのはそうでなくちゃならねぇ」


 ミコトは男のその話に戸惑った。

 親に叱られ、親に反抗などした事がないミコトにとって、反抗を良い事とする男の価値観は理解し難いものだった。


「俺はそんな未来ある若者が、安心して暮らせる世界を作りたいのよ。神様みたいな小さな子供が戦ってるっていうのに、俺がゆっくり寝腐ってるわけにもいかんだろ」


 男はミコトを真っ直ぐに見つめる。


「理屈じゃねぇのよ。戦う理由ってのはよ」


「馬鹿ですよ……そんなの……」


 ミコトは男の視線から目を逸らした。

 真っ白な床が瞳に映る。


「それに、まだ分からねぇしな」


 おもむろに男が口を開いた。


「まだ成功してないだけで、もしかしたら俺達普通の人間でもジーヴァを倒せるかもしれねぇ。そしたら神様がジーヴァと戦う理由もなくなる。普通の子供らしく、普通に学校に行って、普通に大人になる準備が出来るんだ」


 男はそこまで言うと、白い歯を見せて笑った。


「だから――頑張ろうって思うわけよ」


 男がそう言ったところで、天井にあるスピーカーから薬師町の声が流れた。


『七地区コンサートホール内で、異常な放射線数値を検知。ジーヴァの発生と思われます。第一隊から第三隊はただちに現場へ出動し、一般人の隔離及び安全を確保して下さい。繰り返す――』


「おっと悪い。お呼びが掛かっちまったようだ」


「ジーヴァが――またあの白い怪物が、現れたんですか?」


「どうやらそうらしいな」


 男は一気に残ったカレーをほうばると、それを一瞬で食べ尽くし、立ち上がった。


「神様が戦わなくていいように、俺が頑張ってくるからよ。神様はゆっくり食べててくれ」


 男は乱暴にミコトの頭を撫でると、その場から去っていった。


 その男の背中をミコトは見つめる。


 ここ(GRAD)の人達は、本当に人類のために戦っているんだよね――


『60億の人が、自分の命のように思えた』


 ミコトはアウラの言っていた言葉を思い出す。

 その言葉が、気に掛かって離れなかった。


 だが自分は戦わないと決めた。

 神である事をやめるともう言ったのだ。

 だから他人がどうなろうと、自分には関係無い。

 それに自分は逃げるようアドバイスもした。

 それでも戦場へ行ったのなら、それはあの男の自己責任だ。


「まず……」


 ミコトはカレーを一口ほうばった。


 独特のドロリとした舌触りの悪い食感。

 甘口のカレーは、本来あるべき辛味を無理やり無くしたせいで、変な味がした。


 カグラの言葉を聞いても、やはり不味いものは不味かった。

ミコトの好物は食べやすいジャンクフード。

飲み物は炭酸と柑橘系は飲めないので牛乳と水。

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