16話 『甘い嘘に焦がれる 承Ⅰ』
「天月ミコトさん。貴方には神をやめてもらいます」
「この前まではあれ程神となって戦えと言っていたのに、どういう風の吹き回しですか?」
怪訝な表情を浮かべるミコトに、薬師町はいつもと変わらない平坦な声で話す。
「貴方は私達が想定した以上に弱かった。タイプIのジーヴァ一体を倒すのに、あれだけの力を労するなんて」
薬師町は手に持つタブレット端末に目を落とす。
そこには昨日のミコトとジーヴァとの戦闘記録と、AIによるミコトへの評価が表記されていた。
記されているのは全て『F』最低評価だ。
「貴方にこれ以上FEZERを任せてはおけないわ。国宝を壊されても困るから」
「任せておけないって、どうやってこれを取るって言うんですか?腕でも切り落とすつもりですか」
FEZERは一度付けてしまえば外れないと、カグラは言っていたのを思い出す。
ミコトは自分の右手首にあるアンクレットを、薬師町へと突き出した。
「一度変身しただけの貴方は、まだFEZERとの魂の癒着は弱いわ。そんな代償を払わなくとも、普通の人間に戻ることが出来る」
薬師町のその言葉に、ミコトは目を見開き驚いた。
普通の人間――元の生活に戻れる。
「けれど貴方の言う通り、これは私達が勝手に決めた事情。大人の対応として、あまりスマートでは無いわ」
自分に無理やりFEZERを装着させておいて、よくそんなことが言える物だ。
ミコトは心の中で呟く。
「だから天月ミコトさん。貴方には一度だけチャンスをあげるわ」
「チャンス……?」
「貴方がまた神として戦いたいというのなら、私達はそれを肯定する。貴方に人を守る力を任せ――」
「馬鹿なことを聞かないで下さいよ」
話す薬師町の言葉を、ミコトは鋭い声色で断ち切った。
「戦うわけ、ないじゃないですか」
ユキナは生きている。
自分の大切な人はもう守った。
「あんな怖い事、もう二度としませんよ」
自分に戦う理由など、もう無い。
「その答えに、後悔はないわね?」
「えぇ、もちろんですよ」
「それは、貴方自身で決めた事なのね?」
「当たり前じゃ無いですか。他に誰がいるっていうんですか」
小馬鹿にしたようにミコトは鼻で笑う。
数秒の沈黙の後「そう。分かったわ」と薬師町は返すと、病室の自動扉へと歩いた。
「今日の0時、管制室に来なさい。そこで全て終わらせてあげるわ」
薬師町はそれだけ告げると、病室を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ユキナさん、ここにいるんだよね」
スマホも本も置かれていない病室で、ミコトは呟いた。
横の机に置かれている時計を見れば、時刻はまだ午後二時。
薬師町との約束の時間まで、まだ半日ほどあった。
「ん……」
手足に少し力を入れてみる。
ベッドで横になっていた時間が長かった分、少し痺れた感覚があるが問題なく動いた。
「少し外に、出てみようかな」
起き上がると、ミコトは患者着を脱ぎ捨てる。
ベッドの脇に置いてあった下着を付け、制服へと着替えたミコトは、病室を出た。
「わぁ……真っ白」
病室を出たミコトは、天井を見渡しぽかんと口を開けた。
漫画で見た事のあるような研究所施設にここはよく似ているな、とミコトは思った。
代わり映えのしない廊下を抜けると、ひらけたホールへと出た。
そのホールの奥に置かれている『GRAD』と書かれた文字と鳥の翼のエンブレムの描かれた銀色の像。
像の前のモニターに表示されている館内マップに気付き、ミコトはそれへ近づく。
『ようこそ、GRADへ』
ミコトが近づくと、像から女性の声が流れた。
『私達は日本国より命を受け、人類を守る非営利組織です。
今、この地球にはこれまでに無い危機が訪れています。
GRADはその脅威に対抗する為、現代科学の叡智を結集し、人に高次元の力を託す『擬似魔力神鎧』――FEZERを開発しました。
FEZERには、アジア圏の海底遺跡から発掘された“神石”を核として組み込んでいます。
神石は、ある特定の人間のみに流れる“魔素”と呼ばれるエネルギーを増幅させる効果を持ち、これを組み込んだFEZERシリーズはA〜Zまでの26シリーズが存在します。FEZERはそれぞれが神話に代表される神の力を持ち――』
「え、えっと……地図が、病棟に行きたいんだけど……えと」
機械に不慣れなミコトは、ボタンを押せど止まらないアナウンスに狼狽する。
もしかして、音声認識なんじゃ――
「病棟行き方、表示!」
ミコトは人前だという恥ずかしさを堪え、声を張った。
だが――
『ようこそ、GRADへ』
返ってきたのは無慈悲な回答だった。
「えぇ〜……」
項垂れるミコト。そこに声を掛ける人物が廊下の方から現れた。
「おぅ神様!目覚めたか!」
突然聞こえた男性の声に、ミコトは驚き体を震わせた。
「GRADの隊員さん……」
筋肉質のガタイのいい男性。
無精髭が生えていて、年齢は薬師町とアウラより更に一回り程歳上の印象を受ける。
黒い防弾チョッキの真ん中には、白い文字でGRADと書かれていた。
「どうした神様、迷子か?」
「ま、迷子じゃないですけど。ちょっとここの事を調べてただけです」
他人に下に見られるのを嫌ったミコトは、男にそう強がった。
男は「ほーそうか」と言って顎に手を当てる。
「友達の病棟なら、案内できるぞ」
「えっ!本当ですか⁉︎」
男のその言葉に、ミコトは思わず声を出した。
「ははは!やっぱ迷ってたか」
男に笑われハッとしたミコトは、すぐに顔を背け唇を尖らせた。
「ち、違いますけど。知ってましたし」
「オーケーオーケー。そうだな、神様ともあろうものが道に迷うはずないなぁ。じゃあこれからやる事は、ただの神様への奉仕だから気にしないくれ」
そう言うと男はミコトに背を向けた。
「着いて来な神様。エスコートしてやるさ」
「そ……ま、あなたが勝手にそうするだけなら別にいいですけど」
長い廊下を進む。
その間にすれ違う白衣を来た研究所や、黒服の隊員はミコトを見ると必ず「こんにちは、神様」とお辞儀をした。
「こっちだぜ、神様」
「し、知ってますけど」
男に言われるまま、エレベーターに乗る。
250階までボタンがあるうちの30階を男は押す。
ゴウンと重い音を立てた後、ゆっくりとエレベーターは動きだした。
「神様、人類を守ってくれてありがとな」
ミコトに背を向けたまま、おもむろに男は話した。
それにミコトは怪訝な表情を作る。
「な、なんですか突然……」
「いや、まだ御礼を言ってなかったと思ってな」
男は首から下げたロケットペンダントを手に取る。
その中には昔に撮られた男と、その娘の写真。
「きっと神様がいなかったら、被害はもっと大きかっただろう。こうして皆無事でいられたのは、全部神様のお陰だ。ありがとな」
「……別に、あなたの為にやったわけじゃないですし」
「そうかもしれないな。それでも俺は、神様に感謝してるのさ」
程なくして、エレベーターは止まると扉が開く。
廊下にデカデカと書かれた30という文字の下には『病棟E-1』と表示されていた。
「ここの廊下を左に真っ直ぐ行った『309号室』に神様の友達はいる。行ってきな」
「は、はい」
背中を押され、ミコトは病室の方へと走る。
だが、すぐに歩みを止める。
相手は薬師町と同じGRADの人間。
ここまで案内してくれたとはいえ、自分を神と煽て、ジーヴァとの戦いに身を投じさせた組織の人間である事に変わりない。
御礼なんて、別に言わなくたっていいや――
ミコトは止まった足を再び動かすと、廊下を走った。
「ここだ――」
長い廊下を走ると、309と書かれた病室の前へと来た。
深呼吸すると、ミコトは病室の扉へと手を掛け中へと入った。
自分のいた病室と変わりない――何も無い殺風景な真っ白の病室。
そこにはベッドが二つあり、奥の方には最初にジーヴァに襲われたクラスメイトの少女。
そして手前には、ユキナが酸素マスクや管を体に付けられた状態で眠っていた。
ミコトはユキナのベッドの脇にある椅子へと腰掛けると、彼女を見た。
体はシーツが掛けられていて、腹部の傷がどうなっているのかは分からない。
けれど身体中に張り巡らされた管や、そこを通して流れる点滴の多さから、相当に大変な状況なのだろうと分かった。
「…………」
自分のせいでは無い。
あの行動はユキナが勝手にやった事で、自分が強制した訳じゃない。
けれど自分がもっと早くFEZERを使ってジーヴァと戦う決意をしていたのならば、ユキナが傷付く事は無かった。
そう思うと、胸が苦しかった。
「天月……さん……?」
その声に、どくんとミコトの心臓が跳ねた。
微かだが瞼を開け、ユキナが意識を取り戻していた。
「ユキナさん!」
「良かったぁ……天月さんとまた、話せた」
ミコトはユキナの片腕を取ると、自分の頬へと当てた。
ユキナの腕はとても温かい。
命の熱を確かに感じた事に、ミコトは涙を流した。
「ごめんなさい……私のせいで、あなたを傷つけてしまった……。私はあなたを守ってあげる事が出来たのに……」
「そんな事ないよ。私が生きているのは全部、天月さんのおかげ」
ユキナは微かに力の入る指先を動かすと、ミコトの頬を撫でた。
「ずっと聞こえてた。天月さんか私の為に戦ってくれてる声。あんな怖い怪物に、天月さんは一人で立ち向かってくれた事、私は知ってるよ」
意識を取り戻したばかりのユキナは、まだ朦朧とする意識の中ミコトにそう告げると、
「ありがとう、天月さん」
出会った時と同じ柔らかな微笑みを浮かべた。
26シリーズあっても出るのは4シリーズ。




