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15話 『甘い嘘に焦がれる 起』

 真っ暗な闇の中。

 一筋の光の道、その上に姉がいた。


 お姉ちゃん、待って。


 前方にいる姉に手を伸ばしたその瞬間、白い怪物が現れると姉をバラバラに引き裂いた。


 バラバラになった姉の肉片が宙へ浮くと、再び結合する。

 それはよく知った人物となった。


 天月さん、助けて


 こちらを見たユキナと目が合う。

 だがすぐに、ユキナも怪物によってバラバラに引き裂かれた。


 ユキナの肉片が融合する。

 今度は知らない人物を形作った。


 これは全て、貴方のせいよ


 何処からか聞こえてきた女性の声が、自分を責めた。


 これは貴方が神になっていれば、止める事が出来た事象


 貴方は神にならなければならない


 さもなくば、貴方の大切な人は消えていく


 神になりなさい。天月ミコト――



 ※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「こ……ここは……」


 見知らぬ白い天井――。

 一面白い壁でまだ一つない殺風景な場所。


 頭が何処かにぶつけたようにぐらぐらする。


「目が覚めたかな?ちっちゃな神様」


 ベッドの横に座る女性が、柔らかな笑みを浮かべた。

 それはサナキやユキナが向けた微笑みとは、違う。

 何か純粋さの裏側を垣間見せる大人の微笑みだった。


「ここは私達――GRADの基地だ」


「GRAD……」


 何処だっけ……。


 朦朧とした意識の中、ミコトはゆっくりと思考する。


「ジーヴァとの戦闘で負傷したキミは、ここに運ばれたんだ。こんな状態になるまでよく戦ってくれた」


「ジーヴァ……私が戦った……」


 朦朧としていたミコトの意識がその言葉で覚醒する。

 自分が眠る前までしていた事をはっきりと思い出した。


 ベッドから飛び起きると、ミコトはその女性に迫った。


「ユキナさん――クラスのみんなは⁉︎無事なんですか⁉︎」


 止めどなく溢れてくる“赤い記憶”。それにミコトは切羽詰まった表情で食い入った。


「落ち着けミコトくん」


 女性はミコトの震える手に、そっと手を重ねる。



「みな生きている」



 その言葉に、ミコトの心臓が大きく鼓動を打った。


「多くの者は軽症だ。特に傷の深い二名については、今はGRADの特殊治療室で施術を受けている。命に別状はないから、あと2,3日もすれば目を覚ますよ」


「そ、そうなんですか!」


 生きていた……!生きていた……‼︎


 人の生き死ににこれ程嬉しいと感じた事を無かった。

 熱い温もりが体の奥から溢れて、目からこぼれ落ちそうになる。


 そのミコトの頭に、そっと女性の手が乗るとミコトの頭を撫でた。


「キミが命を懸けて戦ってくれたおかげだ。人類を代表してお礼を言うよ」


「私達の為に戦ってくれてありがとう。神様」


 不思議な感覚だった。

 母からの愛情を受けたことのないミコトにとって、アウラのような大人の女性に初めて感じる感覚に戸惑った。


「そういえば紹介が遅くなったね。私は式神アウラ。一応このGRADの統括という立場を任されている――キミと同じ“元”神さ」


 アウラはそう言って「ふふっ」と悪戯っぽく笑った。


「元……?もう神じゃないんですか?」


「あぁ。今でも魔素の生成は出来るんだが、流石にこの体だとね……」


 アウラはマントで隠されていた右腕をミコトへと見せた。

 カチャリと音がする。

 鋼で出来たそれは光で鈍く銀色に光った。

 それは生身の腕では無く、機械仕掛けの物だった。


「それ……何があったんですか?」


「昔ちょっとヘマをやってね。説明すると5時間ぐらいかかるが、聞くかい?」


 ミコトは黙って首を横に振る。

 聞かずとも、元は神だったというこの女性の経歴から、何が起こったのかは想像が出来た。



「薬師町に作ってもらったんだが、どうも戦闘に耐えられる代物じゃなかったよ。日常生活には影響は無いから、もちろん感謝はしているんだけど」


 薬師町――その名前を聞いて、ミコトの中で生まれていた式神への信頼が崩れ去った。


 そうだ。この人もGRADの人間――私を陥れようとしている一人なんだ。


「式神さんって、元は私と同じ神だってさっき言いましたよね」


「あぁ、言ったね」


「じゃあ、あのジーヴァっていう怪物の怖さを知ってるわけですよね」


「もちろんそうだとも。アイツらに睨まれた日には、少し漏らしそうになったよ」


「そんな酷なこと、私にやらせようとするんですね」


 捲し立てるように、ミコトはアウラに言葉をぶつける。


「あぁ、そうだな」と静かにアウラは頷き、肯定した。


「60億の命を、私1つの命を犠牲にして救えるなら安いって……そういう事ですか?」


「別に私は、そんな事は思わないさ」


 静かに否定するアウラの姿勢に、ミコトは我慢できず声を荒げた。


「嘘をつかないでください!」


「嘘じゃないよ。だってそうだろう?たとえ人類の命が60億あっても、自分の命は1つだけだ。たった一つしかない自分の命と、見ず知らずの60億と天秤に掛けられても釣り合うものではないだろう」


 それはかつて聞いた薬師町の意見とは、全く対極の意見だった。

 むしろそれは、自分の意見と全く一緒のものだった。


 元同じ神、そして同じ価値観を持つ人――ミコトはアウラに少しづつ惹かれていく。


「じゃあ、何で式神さんは戦っていたんですか?自分を犠牲にしてまでみんなを守ったんですか?」


 不思議だった。

 自分と同じ意見を持つはずの人が、自分を犠牲にしてまで戦うということに。


「簡単さ。地球上に存在する60億の命が、全部自分の命のように思えたからさ」


 アウラは癖っ毛のカールした後ろ髪を撫でる。


「私の家族や友人――それは元より大切なものだ。そしてその彼等の命を大切に思うと、自然と顔の見えない彼等の愛する者達の事まで、私は大切に感じられるようになった」


 もう失ってしまった物を思い出すように、アウラは天井を見つめる。


「そしてまたその愛する者達を想っていたら、いつの間にか60億の命は、私の命と同じくらい愛おしい物へと変わっていた」


 一呼吸置くと、アウラは、


「だから誓ったんだ。全ての人を私が守ろうと――」


 と言葉を紡いだ。


 隣に座るミコトを見て微笑む。


「キミがクラスメイトを守ったのも、そうじゃ無いのかい?」


 その言葉に、ミコトは戸惑った。


 自分が動いたのは、本当にそんな理由だっただろうか。

 あの時はユキナを救いたいという気持ちもあったが、自分がやらなければ、自分が死んでいたという考えもあった。


 人を守るという理由だけが、戦う理由であったわけじゃない。

 だから――


「何をしているのかしら、式神統括」


 ミコトの思考はそこで止まった。

 病室の自動ドアが開かれ、冷淡な女性の声が響く。


「いや、この子が目を覚ましたからね。眠気覚ましに昔話を一つ聞かせてあげていたところさ」


「『心身への影響を懸念して、神との過度な接触を禁止する』貴方が作った規約よね?」


 毅然と話す薬師町に、アウラは軽く笑う。


「まぁ細かい事は気にするなよ。私程度の言葉じゃ、神様の強固な信念が変わる事はないさ」


「それで……」とアウラは話を続ける。


「わざわざキミが管制室から私に会いに来るなんて、何のようだい?まぁ良い話じゃないだろうが」


「日本国の官僚が、今回の一般人を巻き込んだ事た件についてどう責任を取るのかと、お怒りよ」


 薬師町のその言葉に、アウラは大きなため息をついた。


「はぁ……やっぱりそんな事か。自分達だってジーヴァの出現位置なんて予測出来ないくせに、説教だけ一人前かよ」


「クレーム処理は統括の仕事でしょ。高い助成金を貰ってるのだから早く行きなさい」


「はいはい、分かってるよー」


 アウラは面倒くさそうに立ち上がると、ミコトを見る。


「じゃあまた。神様と話せて楽しかったよ」


 手を振ると、アウラは病室から出た。


 残されたのはミコトと薬師町――張り詰めた空気が流れる。


 先に静寂を破ったのは薬師町だった。


「天月ミコトさん」


「何ですか……薬師町ヨウコさん」


 ミコトは薬師町を睨む。


 彼女と話す時は、いつだって良いことでは無かった。


 だが疑うミコトに掛けられた言葉は、全く予想だにしていなかった言葉だった。


「天月ミコトさん。貴方には神をやめてもらいます」

円堂守はリベロよりキーパー派

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