14話 『翼を授かった日 結』
ミコトはゆっくりと、瞼を開けた。
「あ……こ、こんな……」
周りが少し、暗かった。
一瞬、自分の視界が縮まったのかとミコトは疑った。
だがそれは間違いであるとすぐに気付いた。
「怪我はない……?天月さん?」
三日月状に抉られた腹部から、赤い水滴が滴る。
出会った時と変わらない顔で、ユキナはミコトに微笑むと、糸の切れた人形のように背中から崩れ落ちた。
床に倒れる直前で、ミコトが支える。
「天月さん……またピアノ、聴かせてね……」
肩で大きく呼吸をしながら、ユキナはミコトに微笑んだ。
触れたユキナの体は、燃えるように熱い。
ジーヴァに喰われた腹部からは大量の血が溢れ、止まる様子はない。
このまま放っておけば死んでしまう事は、誰に聞かずとも分かる事だった。
「馬鹿じゃないの‼︎私なんて放っておいて逃げれば良かったのに‼︎」
目の前の状況にどうしたら分からないミコトは、ユキナに叫んだ。
それはミコトの本心だった。
自分を助ける意味など、ユキナには何も無いはずだった。
「あなたは私なんかいなくても、他に友達がいっぱいいるじゃない!こんな生きてる価値の無い人間を、助ける事なんてないのよ!」
ミコトの頬を涙が伝う。
自分が情け無くて仕方なかった。
ユキナが自分を裏切ったのは、きっと自分に原因があるはずだ。
いつだって自分の事を褒めてくれる人間などいなかった。
それはきっと、自分が駄目な人間であったから――だから誰しもが、自分の周りからいなくなった。
そんな自分を、どうしてユキナが助けたのかを、ミコトは理解出来なかった。
「何言ってるの――」
震えるユキナの右手が、ミコトの髪を撫でた。
「天月さんは、あなた一人じゃない」
力を失ったユキナの手が、だらんと床に落ちる。
その言葉を最後に、ユキナの顔から光から消える。
そのままユキナは意識を失った。
友達と呼べるほど、仲が良かったわけじゃない。
いつも話しかけるのは彼女からで、一方的な関係だった。
だからきっと自分達は友達じゃない。
休み時間に少し話すだけ。
ただそれだけの関係だ。
「うぅ……ああぁ……」
だがそれは、自分がそう思いこんでいた――いや、傷つかないような考えないようにしていただけなのだと、ミコトはユキナの言葉を聴いて理解した。
ミコトはスカートを破り、ユキナの腹部へと押し当てる。
だがその布は、すぐに真っ赤に染め上がり意味をなくした。
「誰か……助けて……」
ミコトは助けを求め、教室を見渡す。
皆、ジーヴァに襲われ、悲鳴をあげて逃げていた。
「助けて……助けてよ……」
逃げ惑う生徒達を、ジーヴァが飛び掛かり、食いちぎる。
怯えるばかりで、手を差し伸べてくれる人間などいない。
だがそれが当然だった。
あの化物を倒せるような力を持つ人間など、この世には存在しない。
ミコトの脳裏に、薬師町とカグラの顔が浮かぶ。
『貴方は神として、人類の敵と戦いなさい』
『貴方は神なのでしょう?神である貴方なら、人を助ける事が出来るわ』
ミコトは奥歯を噛む。
「分かったよ――」
怒りと悲しみが入り混じった感情が、ミコトの心を支配した。
それがミコトの動く原動力となった。
「戦えって言うんでしょ……だって誰もいないんだもの」
ユキナを床へと寝かせると、ミコトは立ち上がった。
「もう――私がやるしかないじゃない!」
右手に装着されたアンクレットが眩い光を放つ。
二メートル程のリングが出現すると、ミコトの体を包んだ。
ミコトの体に流れる魔素を吸い上げ魔力とし、ミコトの体組織を変革させ、皮膚の上に新たな組織体を作る。
それが鎧となり、ミコトの全身を包み込んだ。
全ての闇を払い除ける純白の鎧。マスクには鳳凰のような鋭いトサカが神々しく輝いていた。
「はああぁぁぁああああッッ――‼︎」
魔力により高揚し激昂したミコトは、目の前にいるジーヴァへと突進すると、その勢いのまま窓へと突っ込んだ。
「ここから――いなくなれえぇぇえええ!」
激しい衝撃音と共に、壁が崩れ落ちる。
ミコトとジーヴァは、そのまま十数メートルある教室から地面へと落下した。
「痛ッ⁉︎」
地面へと激突したミコトは衝撃で二回程バウンドした後、ふらふらと立ち上がって頭上を見上げた。
「私……あんなとこから飛び降りたの?」
普段の自分からは考えられないその行動に、ミコトはマスクの内側で驚き、目を見開いた。
「というか何これ?変なの着てるし」
無我夢中で変身したミコトは、状況がまだ分からないでいた。
FEZERの外装を軽く叩く。鋼のような硬い物質に全身を包まれているというのに、何故か体は軽いし、呼吸も落ち着いている。
前方、ジーヴァの咆哮が響いた。
ぬらりとジーヴァは蛸のような軟体の体を直立させ、立ち上がる。
「流石化物……この程度じゃ死んでくれないのか……」
ミコトはジーヴァを睨むと、拳を握る。
「ならお前が死ぬまで、私がお前を殺すだけだ!」
ユキナを傷付けたこの怪物を絶対に許しはしない。
突撃しようと一歩を踏み出したミコトの頭に、懐かしい女性の声が響いた。
『久しぶりね、天月ミコトさん』
「頭の中に直接声が……⁉︎」
狼狽するミコトを気にする様子も無く、その女性――薬師町ヨウコは話を続ける。
『決意してくれたのね。人類を守る神としてFEZERを装着し、戦ってくれる事を』
頭の中の声に、ミコトは返答する。
「別にそんな大層な覚悟はありません。ただの気まぐれ、一度だけですよ」
頭の奥で、さもどうでもよさそうに薬師町が返答する。
『そう――気まぐれね。まぁ理由は何であろうとジーヴァを倒してくれるというのなら、私は構わないわ』
「そうですか。あなたがそういう所、ドライで助かりました」
軽口を叩いた後、ミコトは再びジーヴァを睨み薬師町へと話しかける。
「教えてください。これの使い方」
『えぇ、いいわ』という返答の後、薬師町を説明を始めた。
『FEZERは人に眠る魔素を極限まで高める“神石”を、私達GRADの科学班が改造し、現代的にアレンジした擬似神格鎧よ』
頭の奥で、コーヒーを啜る音が聴こえる。
『魔素を魔力へと変換する際には、その魔力の種類に応じた詠唱が必要なのだけれど、言語認識術式プログラムが組み込まれているから、今はそんな詠唱を使わずとも、適性さえあれば簡単に魔法が使えるわ』
「あの……よく分からないんですけど」
必死に頭を働かせるが理解出来ない薬師町の説明に、ミコトは情けなくそう返した。
『アルティミオス装備、と言いなさい』
「アルティミオス、装備」
薬師町に従い、ミコトは彼女の言葉を復唱する。
ミコトの魔力に呼応し、桜色の魔法陣から手のひら程の小さな白銃が出現した。
「わっ、なんか出た」
驚くミコトの頭に、再び薬師町の声が響く。
『それは貴方の体内に存在する魔素を、高密度の魔力へと変換し射出する事を可能にした科学魔力兵器。通常その過程においては高度な魔力変換技術と、鍛錬が必要なのだけれどこれも――」
「つまり……?」
数秒の沈黙の後、再び声が響いた。
『トリガーを引きなさい。弾が出るわ』
「最初からそのぐらい分かりやすく言って下さいよ」
ため息をつくミコト。
『えぇ、貴方の学習能力は大幅に下方しておくわ』
薬師町がそう言った直後、ミコトの耳に危険を知らせるアラートが鳴り響いた。
『ジーヴァの生体反応上昇――来るわ‼︎構えて‼︎』
薬師町の声に驚き、ミコトは銃を構える。
だが予想より遥かに野性的な俊敏さを持つジーヴァの動きに、ミコトの目が追いつかない。
トリガーを引き、魔力の光弾を放つ。
しかしそれは全く的外れの場所へと飛んでいくと、校舎にある大木を粉砕した。
「早い‼︎全然弾が当たらない⁉︎」
ジーヴァがミコトの目の前へと距離を詰める。
咆哮をあげ、ジーヴァが巨大な腕をミコトへと振り下ろした。
やられる――ッッ⁉︎
「きゃああぁぁああ!」
悲鳴をあげ、ミコトは両腕で顔を庇う。
だが、
「え……?」
自分の意思とは関係無く両腕が動くと、ジーヴァの攻撃を受け止めた。
「す、すごい……FEZERが勝手……に……」
体の奥から、酸っぱい何かが上ってくる。
「おえええ」
堪えきれず、マスクの内側でミコトは嘔吐した。
思わず鼻を摘みたくなるような刺激臭と、生温かい感触が喉を伝い、嫌悪感に苛まれる。
「な、何これ……」
『魔力逆流よ。致死機構が魔力で貴方の体を無理矢理動かした事で、過剰な魔力付加が貴方にかかったの。その反動の事を魔力逆流と言うわ』
ミコトの体調をさほど気にした様子もなく、冷たい声が響く。
「やってくれますね……そういうのは、もっと早く説明すべきですよ……」
『天月サナキの戦闘記録を見るに、貴方にもそれなりの戦闘能力があると思ったのだけれど、そんな事は無かったようね。確かに最初に言っておくべきだったわ。ごめんなさい』
「お姉ちゃん……」
薬師町からふと発せられたそよ言葉に、ミコトは俯き復唱した。
「また……お姉ちゃん……結局ここでもお姉ちゃん……」
『どうかしたの?』
自分が命をかけて戦っているというのに、ここでも比べられないといけないのか。
俯き、ミコトは拳を強く握る。
「お姉ちゃんなら、この怪物を簡単に倒せてたんですか?」
『えぇ、タイプⅢのジーヴァを倒せた彼女なら、この程度のタイプⅠなら何の造作も無く倒したでしょうね』
「そうなんですか……」とミコトは弱々しく答える。
「お姉ちゃんなら……出来ていた」
『ミコトちゃんのお姉ちゃん凄いね!この前テレビで出てるの見たよ!』
『貴方のお姉さんは凄いわね。あの名門に一発合格なんて。妹として鼻が高いでしょう?』
『貴方は頭が悪いんだから、お姉ちゃんに近づけるようもっと勉強しなさい』
『お姉ちゃんは凄いのに、妹は大した事ないのね』
『君のお姉さんは天才だ。どうかこの名刺を渡してくれないか?』
『お姉ちゃんは――』『お姉さんは――』『お姉ちゃんは――』『お姉さんは――』『お姉ちゃんは――』『お姉ちゃんは――』
『お姉ちゃん――『お姉ちゃん――』『お姉ちゃん――』
言い知れぬ感情が、心を飲み込んだ。
「そんな強いなら――なんで死んだのさ馬鹿お姉ちゃん!」
ユキナを傷付けたジーヴァへの恨みなのか、自分より常に上をいく姉への嫉妬なのか、ミコトにもよくは分からなかった。
ただ感情のままに、ミコトは銃のトリガーを引いた。
光弾が炸裂し、ジーヴァの肉を抉った。
「当たった――‼︎」
後ろに体制を崩したジーヴァへ、ミコトは次々と光弾を発射する。
炸裂音。
ジーヴァのぶよぶよとした体が裂け、黒い血飛沫が舞う。
これなら勝てる――
ミコトがそう確信した時だった。
「――――」
突如、ジーヴァの顎の関節が外れ、体と変わらないくらい巨大な口を開いた。
その一瞬後、ジーヴァの口から音速のソニックブームが発せられる。
「きゃああぁあ――ッッ!」
FEZERで防ぎきれないその攻撃にマスクや腕の外装が音を立てて砕け散った。
「くそ……怪物のくせに変な技使うなんて!」
ぱっくりと裂けた額から、ドロリと赤黒い血液が流れ出た。
ここで引くわけにはいかない。
コイツに負けるわけにはいかないんだ――
ミコトは地面を蹴り、跳躍するとジーヴァの頭上から襲い掛かる。
負けじとジーヴァも腕を広げ応戦した。
小細工など使わない肉弾戦。
体同士がぶつかり合い、鈍い音が幾度となく響く。
その戦闘を制したのは、ジーヴァだった。
ミコトの一撃を上回る高速の打撃を行い、ミコトに重い一撃を加える。
だがその瞬間、FEZERがミコトの体を無理やり動かし、ジーヴァの腕を掴み上げた。
「うっ……おげぇぇぇ……」
魔力逆流により、ミコトは嘔吐する。
マスクで止まる事が無く、それはジーヴァの白い体にびちゃびちゃとかかった。
「ははっ……どうだ、捕まえてやったぞ」
出血と嘔吐により、身体的に限界を迎えていた。
けれどミコトは、その状況でもジーヴァの自由を奪った事に意地悪く笑みを浮かべた。
「これで逃げられないだろ……吐瀉物塗れのゲロ野郎」
ミコトは手に力を込める。
みしみしと乾いた音が響いた後、ジーヴァの骨が折れる音が辺りに響いた。
ジーヴァは絶叫する。
「痛いでしょ。でもね……あの子が受けた痛みはもっと痛かったんだよ」
倒れたユキナの姿を思い出す。
大切な人を傷つけられたミコトの怒りが、頂点へと達した。
ミコトの感情の昂りに呼応し、胸に光る桜色のリジェクターが一際大きな輝きを放つと、増幅された魔素がFEZERの背部装甲を突き抜け露出した。
現れた光の結晶は『A』という文字を形作る。
「お前の犯した罪が、この程度で赦されると思うなよ」
光の結晶を中心にいくつもの光の線が枝分かれすると、やがて十メートルを超える巨大な光の翼となった。
絶叫するジーヴァの額に、ミコトは白銃を突きつける。
「お前はここで……死んでしまええぇええ‼︎」
銃口に強烈な閃光が走ると、強烈な光弾が発射された。
それはジーヴァの体格を何倍も飛び越える威力で、周りの建物や地面を消し炭にした。
GRAD管制室。
モニターの前でミコトを観察していた薬師町は、今までとは桁違いのミコトの魔力に驚きを隠さないでいた。
「凄いわ……今まで見た事もない魔力数値。これがフォース“A”――始まりの力」
直後、薬師町に耳障りなアラートが鳴り響いた。
モニターを見る。
モニターに写るミコトの体は赤く点滅し、致死状態を現していた。
「勝った……私は、勝ったんだ……」
ミコトの目の前には、全てが消し飛びまっさらとなった空間が広がっていた。
だがその異常事態にも関わらず、ミコトは自分の前からジーヴァが消えていたことに、確かな勝利と安堵を覚えていた。
体から力が抜け、地面へと倒れる。
視界が掠れ、黒く染まっていく。
体が疲弊し過ぎているせいで、
死というのは、思ったよりも怖く無かった。
けれど、
「生きていて……ユキナさん」
ミコトは震える右手を、ユキナのいる教室へと伸ばす。
だがそこで、ミコトは力尽きた。
六条が1行で倒した敵を、ミコトは1話で倒す。




