10話 『翼を授かった日 起Ⅲ』
「天月ミコトさんね?」
雨に打ちひしがれ、呆然とサナキの墓石を見つめるミコトに傘が差し出された。
振り返る。
威圧的な雰囲気に圧倒され、ミコトはゆっくりと首を縦に振った。
喪服とは違う――黒いスーツに身を包んだショートカットの女性が、脇に同じような黒いスーツの男性を二人携え、佇んでいた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
自分より一回り以上年上だろう女性。
見た事もないその女性に戸惑いつつも、ミコトは差し出された傘を受け取った。
傘を無くした女性が濡れないよう、脇にいる男の片方が傘を差した。
「初めまして。私、防衛省第二新世界創造特殊機関――(Government Raising Accepted Dominion)通称GRADと呼ばれている組織で局長を務めいるわ。薬師町ヨウコよ。よろしく」
淡々と、まるで台本に書かれた台詞を読み上げるように言う薬師町に、ミコトは不信感を抱く。
「な、何のご用件でしょうか」
戸惑うミコトだったが、更に薬師町は混乱するような言葉をミコトへと浴びせた。
「天月ミコトさん――まずはおめでとうと祝福の言葉を送ります」
「おめでとう……?」
姉が亡くなった人に対し、この人は何を言っているのだろうか。
全く的外れのその言葉にミコトは苛立ち、声を荒げる。
「祝福の言葉って――あなたは一体何を言っているんですか⁉︎姉が亡くなったんですよ⁉︎」
だが薬師町はミコトの言葉には全く動じない。
あっけらかんとした表情のまま、口を開く。
「そんな事は人類60億人の命に比べれば些細な事。小数点以下の損失でしか無いわ。そんな事より、貴方の選ばれた事の方が素晴らしい」
三回、薬師町を掌を合わせ手を鳴らし、祝福の拍手を送った。
「天月ミコトさん――貴方はこの世界を救う“神”になったのよ」
ミコトはその言葉に絶句する。
開いた方が塞がらない。
今この女は、自分が神になったと言ったのか?
聖書などで書かれるあの天候や時空を操る――あの神でいいのだろうか。
いや、そんな事より神というのは、こうして突然なるモノなのだろうか。
ミコトの頭は完全に混乱しきっていた。
「人類のおよそ0.0000001%――その微小な可能性で《魔素》を自身で生成出来る人間が存在するの。魔素は魔力の元となる、無から有を作り上げる未開の力――私達はその魔素を作り出す事の出来る人を、人間の上位種――《神》として定義しているの」
「それが……私だって言うんですか?」
薬師町はこくりと頷く。
「えぇ。天月サナキ――亡くなった彼女の髪の毛から遺伝子データを読み取った結果、天月サナキに近しい人間は遺伝子的に少なからず魔素を生成出来る力がある事が分かったわ。天月ミコトさん、貴方も例外なくそれに当てはまる」
「ちょっと失礼――」
薬師町はそう言うと、ミコトの頭へと手を伸ばし、
「痛ッ⁉︎」
ミコトの桜色の髪の毛を一本抜いた。
「天月ミコト個人の遺伝子データ解析を、急いでね」
抜き取った髪の毛を、後ろの男へと手渡すした。
男は手に持つスーツケースを開く。
紅や蒼……様々な色をした石がそのケースの中に綺麗に並べられ収まっている。
そしてミコトの髪の毛をその中の石の一つに近付ける。
すると、石がミコトの髪に宿る微量の魔素に反応し輝く。
傍にいるもう一人の男は、ノートパソコンを開くと、石とミコトが近づいた際の魔力反応を調べ上げる作業を始めた。
「な、何するんですか‼︎痛いじゃ無いですか‼︎」
まだジンジンと痛む頭を抑え、涙目でミコトは叫ぶ。
「あぁごめんなさいね。まだ最後に調べる事が残っていてね、これはその仕上げ」
特に悪びれた様子も無くそう言った後、薬師町は「さて……」と話を切り出した。
「ミコトさん、これからのお話をしましょう」
ゆっくりと瞬きをしたのち、薬師町を口を開く。
「貴方は神へと選ばれた。そして神になった貴方には、一つの使命が与えられます」
「使命……?」
「貴方にはこれから擬似魔力神鎧を使い、“人類の敵”であるジーヴァと戦ってもらいます」
「ふぇざー……?人類の敵……?さっきから本当に何を言ってるんですか」
これまで生きてきた中で聞いた事もないその言葉に、ミコトは若干の苛立ちを覚えたまま質問する。
「貴方のこと、色々調べさせてもらったわ。貴方、五年前の《ラグナロク・デイ》でトンネルの落盤事故に巻き込まれたんですってね。しかもその時重度の大怪我を負っている。貴方のその右手首の痣……誰かに強く握られた様だけれど、それにしては奇妙な痣ね」
薬師町の視線に気づき、ミコトは右手を背後に隠す。
ミコトの手首を覆う様に存在する薄赤色の痣――人の手のようなモノに、くっきりと握られている跡が残っていた。
「貴方、あの怪物を見たんじゃないの?」
冷たい汗が、ミコトの頬を伝った。
脳裏によぎるのは、昔見た怪物の記憶。
紅く光る目、巨大な口、この世のものとは思えない鳴き声――
「み、見てません……!そんな物は知りませんッッ!」
悲鳴に近い声で、ミコトは叫んだ。
呼吸が浅くなり、体が恐怖に震える。
あれは悪い夢だ。自分が極限状態の中で見た悪夢だ――
そうミコトは自分に言い聞かせた。
「現実から目を背けても、自分の首を絞めるだけよ」
「デタラメです!人類の敵だとかなんだとか……そんなのは御伽噺の話です!現実にはいないんですよ!」
それは薬師町に向けられたというより、自分に言い聞かせるような声色だった。
ミコトは傘を投げ捨て、薬師町に背を向けた。
「もうあなたの話には付き合ってられません!今後一切、近寄らないで下さいッ!」
このままあの女の話を聞いていれば、頭がおかしくなってしまう。
ミコトは逃げるように走り出した。
「今回の貴方のお姉さんの死――あれはジーヴァによるものよ」
「ぇ…………」
薬師町のその言葉に、ミコトの心は揺れ、逃げる足を止める。
「貴方の姉は、神としてジーヴァと戦ってくれている私達の仲間だったの」
平然と、薬師町はミコトに嘘をついた。
メイからの通信が遮断されていた為、薬師町がトンネル内で何があったのかを知ったのは、全てが終わった後だ。
天月サナキの存在など、それまで聞いた事もなかった。
「そんな事……お姉ちゃんから聞いたことありませんよ」
疑うミコトだが、薬師町は眉一つ動かさず話を続ける。
「それはそうよ。ジーヴァの存在は国家機密だもの。天月サナキは誰に知られる事もなく、人類を――いえ、貴方を守る為に戦い、そして戦場で命を落としたのよ」
薬師町は胸ポケットから小石ほどの何かを取り出すと、それをミコトへと投げた。
受け取ったミコトは、手のひらを広げそれを見る。
それは焼け焦げたリングで、真ん中にはめられた石は炭のように黒かった。
「貴方のお姉さんの残したFEZERの残骸よ。そんなボロボロになるまで、彼女は貴方の為に戦っていたの」
「お姉ちゃんが、私の為に――」
優しかった姉――きっと本当に自分の為に戦ってくれて、命を落としたのだろう。
ミコトは薬師町の言葉を完全に信じきっていた。
自分の為に姉が命を落としたという言葉に、心を揺さぶられる。
「天月ミコトさん。お姉さんの意思を継いで、貴方も人類の為に戦いましょう?」
長い沈黙。
ミコトは考えた。自分がどうするべきなのかを。
自分が姉に守られていたというのなら、今度は自分が姉のように誰かを守る為に戦うべきなのだろう。
優秀だった天月サナキの妹として、恥の無い行動を取らなければ。
だが――
「…………い、嫌です」
自分がいかに情け無い行動をしているかは理解していた。
だが、ミコトはそれでも断った。
「私はそんなことしたくないです!死にたくない……死にたくないんです!」
姉の生きた証は、これっぽっちのリングだけ。
あんなに優秀だった姉なのに、死んだらこれしか残らない。
ミコトにはそれが酷く怖いものに思え、仕方なかった。
「私は姉のように強くありません!それに姉のような正義感も無いんです!人類を守るとかそんなの……私には出来っこないんですよ!」
「死にたく無いのは私も一緒。きっと他の60億人の人類も同じ事を言うでしょうね。だからこそ貴方に戦ってもらうのよ」
ミコトの叫びに対しても、薬師町の心が動く事は一切なかった。
「ジーヴァの体は魔力に似た鱗で覆われていて、銃や剣などの通常の兵器では何の効力も成さない。ジーヴァを倒せるのは、神にのみ扱うことが許された鎧――FEZERを装着出来る貴方だけなのよ」
「……私にしか守れないんだとしても!それでも私の命は一つだけなんですよ⁉︎代わりはないんです‼︎」
「それは他の命にも言えると、貴方は思わない?全ての命は尊いものだと」
薬師町のその言葉に、ミコトは言い返せず口籠った。
「全ての命が等価だとするのなら、貴方一人の命を犠牲にすることで全人類の命を救えるというのは、それはとても素晴らしい事ではないかしら?」
薬師町がそう言い終わると、ミコトの遺伝子データの解析が終わるのはほぼ同時だった。
男の一人がスーツケースから透き通るような透明の石を取り出すと、薬師町に手渡す。
「解析終わりました。天月ミコトに、FEZER《Aporo》及びフォースAへの適正が確認されました」
その言葉に、薬師町は眉をひそめる。
「フォースA……。そう、この子が」
ややあってから、薬師町が口を開く。
「まぁ貴方がどうしてもと言うなら無理強いはしないわ。フォースの力は、自意識でしか機能しないからね」
「けれど……」と薬師町はミコトの右手を取ると、手を交わした。
「痛――ッッ⁉︎何を⁉︎」
尖った物で刺されるような激痛、思わずミコトは顔を歪め、自分の右手を見た。
「て、手に……石が埋まってる⁉︎」
目に写ったその奇妙な光景に、ミコトは驚愕の声をあげた。
手のひらに食い込んだ石が、体の中へと埋まっていき、やがて完全に埋まる。
石が侵食していた場所には不思議と傷跡は無い。
だがその代わり、
「な、何これ――」
体から浮き上がり出来たリングが、ミコトの右手首に収まっていた。
リングは銀色を基調としていて、古代文字のような文様、そして中央部分には先程の透明な石が埋まっていた。
「思春期だもの。貴方にも、いずれ気持ちの変化というものがくるわ」
薬師町は妖しく微笑んだ。
その時初めて薬師町の表情が変わるのをミコトは見た。
「だからその時のために、FEZERを託して置きます」
「託すって……こんなの無理やり付けただけじゃ――」
突然、急激な眠気が襲い、ミコトはその場に倒れ込んだ。
体に埋め込まれたFEZERが、ミコトの魔素を奪い取っていた。
「いい返事を、期待しているわ」
地面に横たわるミコトを見下すように、薬師町はそう言うと、歩き出した。
「待て……」
ミコトの呼び声虚しく、薬師町が止まる事はなかった。
失意と苛立ちを覚えながらも、ミコトはそのまま深い眠りへと落ちていった――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「こんなもの!こんなもの!こんなもの!」
数時間後――
日の暮れた真夜中に目を覚ましたミコトは、自分の右手首にハマるリングを地面へと叩きつけていた。
「何なのこれ……全然壊れない」
アスファルトに何度も叩きつけた。
だがリングには歪みどころか、傷の一つさえ付いていなかった。
中央にある石は、宝石のように透き通った美しい輝きを放っていた。
だがミコトは、それでもこのリングを取り除く事を諦めなかった。
「あの女の良いように使われるぐらいなら、この腕ごと――」
自分の右手を見る。
包丁程度ならすぐに調達出来る。
痛いのは一瞬だ。死にはしない。
どうせ自分は両腕があってもマトモな事など出来た試しは無い。
片腕の一本が無くなるくらい、大した事はない。
思い立ったミコトが、一歩を踏み出した時だった。
「おやめなさい」
白く長い腕が、ミコトの右手に触れた。
「そんな事をしてしまっては、もうピアノが弾けなくなってしまうわ」
初めて見る人だった。
月のような金色に輝く長い髪――ルビィの宝石のように赤い瞳、同性だというのに、思わず目を奪われる程その人は美しかった。
「それに残念だけれど、そんな事をしてもFEZERが無くなるわけでは無いわ。それはもう貴方の体に溶け込んでしまっている。そのリングは、その一部を具現化した物に過ぎないの」
急に少女が、ミコトを抱き寄せた。
「可哀想に……自分の腕を切り落とそうとするなんて、そこまで貴方は思い詰めてしまったのね」
温かい――
「あなたは……誰、ですか?」
「あらごめんなさい、いきなり抱きついてしまったりして。私ったら端ない」
鈴の音のように綺麗な声を響かせ、少女は笑った。
その笑顔は普通の人とは違う、綺麗すぎてどこか非現実めいていた。
けれど彼女のその表情――それにミコトは何か懐かしい感覚を覚えた。
「初めまして。私は貴方と同じ神です」
「神……あなたもそうなの?」
「えぇ、そうよ。今は翼をもがれて、飛ぶ羽根は無いけれど」
自虐的に少女は笑うと、首からチェーンで繋いだリングを胸元から取り出し見せた。
そのリングは半分が腐り落ち、錆びついた半分だけが辛うじて残っている状態だった。
「あなたが神なら、知ってるんですよね。神って何なんですか、人類の敵って……何でそんなのと私が戦わないといけないんですか」
「神というのは、薬師町さんが言っていた通り人の上位種――人の上に立つ存在。ジーヴァもまた同じ、扉を通し異界から現れた、人類を超える力を持った上位種」
その少女は、薬師町とは違う感情のこもった声でミコトを諭す。
「あなたは戦わなくてはいけないわ。愛する人を守る為に」
「愛する人……」
思い浮かぶのは姉や両親の顔――
「そんな人……全員死にましたよ……」
「なら、尚の事戦わなければいけないわ」
熱のこもった声で、少女はミコトに訴える。
「これから貴方が愛する人が出来た時に、貴方が後悔しないように。あの時何か出来たのに、そう思う後悔こそが私は一番辛い物だと思うわ」
「何よ……何なのよ……」
『神として、貴方は人類の敵と戦いなさい』
薬師町の言葉が頭の中で響く。
「あなたも私に戦え戦えって……お姉ちゃんみたいに殺されろっていうの……?」
この少女も薬師町と一緒、
結局自分は一人だ。
皆自分に嫌なことを押し付けようとしている。
「だったらあなたがやってよ!あなた神なんでしょ⁉︎」
薬師町から押し付けられた鬱憤を晴らすように、ミコトは少女へ理不尽な怒りをぶつけた。
「人類を救ってよ!私も――私の愛する人も救って見せてよ!」
ため息混じりに、少女は息を吐いた後、ミコトを睨んだ。
「言ったでしょう。私は翼をもがれ、地に落ちた。貴方を救ってあげることは出来ないわ」
長い金髪が揺れる。
少女はミコトを指さした。
「けれど、あなたも神でしょう?」
月の輝きが、まるでステージライトのようにミコトの姿を照らした。
「神である貴方なら、自分も――そして全ての人を救う事が出来るわ」
何も言い返せず、口籠るミコトを少女は優しく抱き寄せる。
「けれどミコト、一つだけ覚えていて」
少女の吐息が耳にかかる。
淡い声色で、少女は囁いた。
「神は愚かな人間には、罰を与える存在なのよ」
今までと正反対のその言葉に、ミコトは驚き、少女の顔を見た。
月に照らされ、陰影のハッキリした少女の顔は、艶な魅力があった。
綺麗な人だ――
思わずミコトは目を背けた。
「私はミコトのそばに居てあげる。ずっと見守っていてあげる。だから――心のままに生きなさい」
鳴き声をあげ、傍の林から鳥が一斉に羽ばたいた。
その鳥の群れが夜の闇へと消える頃、少女の姿もまた、鳥のように消えていた――
嘘つきときつつきはよく似てる




