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045:トレイントレイン接近会敵

10日連続更新の7回目です。

.


 リットの町から、徒歩で約半日。

 ここに、街道からも外れた名も無き沼があった。

 『沼』と呼ばれていたが、実は湿地帯と言って良い程広大な面積を持っている。村瀬悠午(むらせゆうご)も直に見てはじめて実態を知った。

 沼の中には小島のように土が盛り上がった箇所が複数あり、また水面下から木が飛び出していたり、視界を遮る障害物が多い。

 水は30センチも潜ると途端に濁りで見えなくなり、その下はどれほどの深さがあるか、また何があるのか、全く分からなくなっていた。


 つまり、ヒドラという最大級に危険なモンスターが棲むには、理想的な環境という事である。


 現役デルタ隊員の元ゲームプレイヤー、レイモンド=トループのパーティー『ロールプレイ・スクアッド』は大物狩りの準備中だ。

 パーティーは10名の主力メンバーから構成され、全員がプレイヤーである。旅の必要に応じてサポート要員を雇う事があるが、今回は連れて来ていない。

 他のパーティーと同様に多少の入れ替わりがあるが、古い仲間の4人になるとレベル200超えがふたり、150台がふたり、レイモンド自身はレベル211となっていた。

 それ以外のパーティーメンバーは、予備人員や支援要員だ。ロールプレイ・スクアッドは新人教育にも定評があるパーティーだった。


 そのレイモンドのパーティーであるが、現在は沼を周辺から調査偵察している最中だ。

 高レベルプレイヤーとはいえ、無策でヒドラに突撃するなど自殺行為でしかない。ゲームならそういうプレイもあったかもしれないが、この世界に死に戻り(リスポーン)は無いのだ。

 戦場となる場所を把握し、敵の詳細な情報を調べ、十分な備えを以って事に当たらねばならない。さもなくば誰かが死ぬのだから。

 何も特別な事ではない。この世界の冒険者なら、誰もがやっている事だ。

 初心者プレイヤーの中には自分のステータス補正とスキルを過信し無策で突っ込みあっさり死んだりする者もいるが。


「『オブスタクル・ソナー』…………」


 しかし、何せパーティーのリーダーが現役デルタ隊員なので、その辺には念を入れるレイモンドとその仲間。


 オブスタクル・ソナー、熟練度(レベル)125。

 近~遠距離範囲、広域走査(風/水/火/土/光属性)、周囲の敵や危険物を探知する。習熟度により探査範囲と精度が変わる。


 白に近い長い金髪の女性が魔法スキルを使い、沼一帯の敵の分布を調べていた。

 音でも光でもない見えない何かが周囲に広がり、モンスターの位置をプレイヤーに知らせる。

 目的のヒドラは、沼に点在する小島の下だった。

 沼の周りを回りつつ何度か位置を確認しているが、この3時間で動きは無い。


「……さっきと同じ場所です。眠ってるんでしょうか?」

「……いっそ永久に眠っていてくれればいいが。あそこまで行くのも一苦労だ」


 長い金髪の眼鏡女性と共に、マッチョソルジャーのレイモンドは高い位置から沼を見下ろしている。

 問題の小島は沼のほぼ真ん中。歩いて行くには道が無い。

 その上、小島は巨大なヒルが群れで棲んでおり、小舟で漕ぎ出した日には水面下のモンスター共々飛び出して来る可能性があった。

 理想で言えばこっそり近づいて不意を打つ事だが、立地的に難しい。

 そうなるとヒドラを引きずり出すという戦法になるだろうが、ではどうやって、という話になる。


「誘き寄せて罠にハメるか…………」

「穴でも掘るのか? 単純だけど、大物の半分はアレが効いただろう」


 腕を組んで考えるデルタ隊員に、大学生程の白人青年が言う。

 レイモンドのパーティーは、ある意味プレイヤーらしくない集団だ。

 とかくスキルやアイテムによる力押し、というゲームと同じプレイをしたがるプレイヤーとは違い、そのやり方はまさしく兵士や軍隊の物に近い。

 これまでの世界の探索でも、情報収集と適切な対処を徹底してきた。

 自分の有利な場所で戦うのは当たり前。罠を仕掛けられれば上々だ。

 特に、人間より大型の怪物が多い世界にあって、落とし穴は単純かつ有効な罠となる。相手の足を止めて動きを制限し、かつ高所から一方的に攻撃できるのだから。


 本当の怪物どもには通用しなかったが。


「よし、西側の岸ら辺に罠を張ろう。誘い込んで全員で叩く。いつも通りだ」

「いつも通りな」

「いつも通り……」


 レイモンドの科白(セリフ)に、ニット帽の黒人と刈り上げの日本人も同意。

 白の女神の英雄のような桁違いの存在とは違う、ヒドラは十分な勝算の見込める敵だと。

 また、ヒドラのレベルは200を超え、経験値的にも有望な獲物となる。

 よってパーティーは見張り組と土木作業組に分かれ、確実にヒドラを仕留めるべく、現場の仕込みに入ろうとしていた。



 そんなところへ騒々しく向かって来る一団が。



「隊長、アレは……騎士団か?」

「いや冒険者の集団だろう。騎士が率いているようだが…………まさか――――――――――」


 レイモンドの素性を知る仲間は『隊長』などと呼んだりするが、それはともかく。


 馬の蹄の音を響かせ、集団の先頭に立ってやってくるのは、傭兵や冒険者とは違う明らかに作りの良い鎧を身に着けた者だった。

 しかも紋章付きとなれば、これはもう貴族か、貴族の語りという事になる。

 だが、この際相手の身分はどうでもいい。


「……汚らしい場所だ。さぁ化け物を狩り出せ! 見事な働きをした者は英雄として称えられるであろう!!」

「そんな物より報酬に色を付けて欲しいもんですぜ、旦那」

「フンッ、我らがアストラの為に働ける名誉が分からんとは。所詮は野の者だな。金が欲しければ相応の働きをして見せよ!!」


 統一性の無い集団へ高慢に命令を放つ騎士らしき男。

 聞こえて来た内容によると、何やらモンスターを狩りに来たらしい。

 やって来たのは28名。

 そんな大人数で何を仕留めに来たのかと言えば、心当たりのモンスターは多くなかった。


「あのヒト達……まさか、ヒドラを倒しに?」

「無謀だ……。プレイヤーでもない現地人、それもあの程度に人数じゃ犬死になる」


 レイモンドとパーティーは、高台を降りて騎士たちの方へ。間もなく騎士や冒険者の方もプレイヤーの存在に気が付く。

 プレイヤーはこの世界の異物であり、強力な戦士だ。

 冒険者の一団も、露骨に警戒はしないが身構えている。


「貴様らか、ヒドラ退治に来たというプレイヤーは……。即刻立ち去れ! ここのヒドラはこのアストラ王国騎士、パンドルフ男爵家当主、ユラン=パンドルフが討ち果たすのだ!!」


 だが、偉そうな騎士の態度は相変わらずで、一方的にレイモンド達へ命令(・・)してきた。

 アストラというヒト種族最大の国家の威光を盾に、恐れる物など何も無いといった態度である。

 とはいえ、タフなデルタ隊員で比較的この世界も長いレイモンドは、この程度で気分を害したりはしない。

 むしろ、相手を心配している。


「ヒドラがどういうモンスターかご存じないようだな、パンドルフ卿。冒険者を使って殺そうというのなら、この10倍の数は必要だぞ。この程度の人数じゃアッという間にヤツの昼飯だ」

「フンッ! プレイヤーはそう言ってすぐ話を大きくするが、実際のところは大した事あるまい。配下にしてやったプレイヤー共も、ヒドラ恐ろしさに逃げ帰って来おったわ」


 しかし、プライドに凝り固まった貴族に配慮など通じはしない。

 自分がオークに襲われた際にプレイヤーに助けられた事も、そもそもそのプレイヤーが配下などになっておらず、ヒドラの件もはじめから偵察という話だった事なども都合良く忘れていた。

 知りたい事、信じたい事以外は記憶に留めていないのだ。


「そもそも我が国の者でもないプレイヤーなどを頼みにするのが間違いよ! 捨て駒くらいにしか使えぬ! それ! ヒドラを我が前に釣り出すのだ! 誰もが恐れる怪物を討ち果たしたとなれば、三代の語り草であるぞ!!」

「オラ炙り出せ野郎ども! こちらの貴族様は現物で払ってくださるぞお!!」


 ベテランプレイヤーの忠告を一切無視し、柄の悪い冒険者たちが無警戒に沼の方々に散って行く。

 沼にはヒト喰いの大型ヒルや危険極まりない毒蛇、犬のようなサイズの飢えネズミが生息していたが、その程度は冒険者たちにも処理できるらしい。


 が、重要なのはそんな雑魚ではなく、この騒ぎにヒドラがどう動くかであった。


                       ◇


 朝食兼昼食のトンカツを食べ終え、さてこれからどうしようかと話していた時の事だ。

 元はと言えば、道の途中で立ち寄っただけの町。

 たまたま助けた王国の騎士が「ドラゴンが~」どうとか言う話を持って来たので寄り道したが、問題のモンスターはドラゴンなんかではなかったし、その対処も別のパーティーが既に動いているという。

 ならば悠午達としても、リットの町に長々滞在する理由も無い。

 仲間に疲れがあったので休みを取ったが、明日には旅を再開しても良いだろうという話になっていた。


 アストラ国の禿頭傷の騎士、セントリオが悠午らの所にやって来たのが、そんな時である。


「おいユーゴ! パンドルフ卿がヒドラ狩りに向かったぞ!」

「マジっスか。え? いつ??」

「ふたつ時ほど前だそうだ。置いて行かれたよ。冒険者ギルドで冒険者をかき集めて行ったらしい」


 買い物した荷物の仕分けを中断し、目を丸くしてその話を聞く悠午。

 つまりトンカツを揚げ終わった頃には、既に冒険者組合(ギルド)でヒト集めをしていたらしい。

 男爵殿の行動力にビックリ、自分がオーク程度に殺されかけたのを忘れたのかと、二度ビックリである。その辺を分かっていて悠午らを使おうとしたんじゃなかったのか。


「こりゃちょっとマズったかな……。早けりゃもう死んでるかも」

「ホントに死にたいんじゃないか? それとも単なるバカか。どっちでも構いやしないが」


 自分の予想を上回る相手の動きに冷や汗をかく少年。好きにすれば良いとは思っていたが、死なれると見捨てたようで寝覚めが悪いのも事実。

 一方で、皮鎧の継ぎ目を整備していたゴーウェンは、本心からどうでも良さそうだった。

 数少ない――――――立場上は――――――味方である禿頭傷の騎士まで置いて行くあたり、本当に救いようが無いと思っている。

 自爆するのならいい気味だ。

 例の侯爵様の()という立場の貴族なら、尚更であった。


「ちょっくら見に行きますか。レイさんがもうヒドラを仕留めておいてくれればいいけど、最悪の場合男爵様が邪魔になるし」

「あのプレイヤーの兄ちゃんか。やるヤツだとは思うが、ヒドラを狩るにはまだ少し早過ぎるんじゃないか? あの男爵が妨害する可能性はあるか……。ホントに面倒しか産まねぇなバカ貴族は」


 嫌そうに吐き捨てるゴーウェンに、軽く溜息を吐いて立ち上がる悠午。

 少し急ぎなので悠午だけで行くつもりであり、その前に仲間たちへ事の仔細を話しておかなければ、と思う。



 だが、結果としてそれは必要無かった。



 それから更に5分ほど経った頃、今まさに悠午が出ようとしていた所に、どこからともなく小柄な斥候の少年が戻って来る。

 暇なので町の周囲をブラ付いていたと言うが、そこは重要ではない。


「なんか騎士のおっさん達がスゴイ勢いで帰って来ていたけど……なんかあったー?」

「戻って来ただと? 随分早いな。剣を放って逃げて来たか?」


 斥候職のビッパが言うには、禿頭傷のセントリオ以外の騎士が、馬を飛ばして町の中に駆け込んで来たらしい。当然、先頭はパンドルフ男爵だ。

 町から沼まではヒトの足で半日ほどの距離。それがこの短時間で帰ったという事は、相当急いで行き来したという事だろう。


 当然、何をそんな泡を食って戻って来たのか、という疑問が出て来るのだが。


「逃げて来ただけじゃなくて、客も連れて来たみたいだな。モンスターが来てる」

「うえ、そりゃマズいね」

「あのクソ野郎ども、町を巻き込みやがって……。テメーらだけキッチリ死んでこい」


 もしやと思い悠午が気配を探ってみると、逃げ帰って来た騎士の後方、冒険者と思しき集団がモンスターに追撃を受けていた。

 自分がヤバい時に、人里から離れた所に誘導しよう、とは思わないだろう。

 モンスターは相当な数だ。しかも、中盤にやたら大きくて凶悪な気配が陣取っている。

 顔を(しか)めるビッパに、苛立ち混じりに怒りを見せるゴーウェン。

 そして悠午は、とりあえず急ぎ迎撃に出る事とした。


「ビッパ、小春姉さんたちに宿に立て籠もるように言っといてくれる? ゴーウェンには手伝って欲しいけど…………」

「仕方あんめぇ。バカ貴族どもの尻拭いは気に入らないが、放ってもおけん」

「じゃ冒険者組合に行って人手出してもらって。オレの方、大物の相手で手が塞がると思うから小物の処理までしていられないかも」


 小袖袴の少年は、冒険者ふたりへ端的にお願いすると大股で宿を出る。

 騎士に雇われていた冒険者たちとモンスターの集団は、間もなく町へと雪崩れ込んで来た。

 突然現れる火の玉のモンスター、大ネズミ、大蜘蛛、ヒルの群れ、そして城や砦ほどにも巨大な異形の影。

 鐘楼の鐘が激しく打ち鳴らされ、住民はパニックになり、大型犬ほどもあるネズミが逃げ遅れている子供を襲う。


 悠午はそれを空の彼方まで蹴っ飛ばし、また跳ねて飛び付くヒルには火を吹いて焼き殺した。


「プぅ……やっぱり面倒な事になったな、手が足りん。もうちょっと本気で行くか」


 残り火を吐きながらひとりごちる、小袖袴の少年。助けられた子供は腰を抜かしている。

 敵の数は多く、周辺は民家が多く、ただの住民も多く、更に厄介な大物がすぐ近くまで来ているという、この状況。

 モンスターと住民が入り乱れては、あまり周辺被害が出るような大技も使えない。

 故に、悠午は僅かな間だけ考えた後、外的要因による状況の好転が期待できたので、それまでは地味な手段で対処する事にした。


 つまり、応援が来るまで一体一体直接殴り倒す。


 来なくても一体ずつ殴り倒すだけだが。



クエストID-S046:突撃のノーチョイスアタッカー 01/24 18時に更新します

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