044:有り得ないと言っても在るんだから
10日連続更新の6回目です。
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名も無き沼から半日かけてリットの町に戻った、翌日の事。
実は、その沼地でちょっとした収穫物を見付けていた小袖袴の少年、村瀬悠午は、宿屋の台所を借りて調理の真っ最中だった。
見付けた時には悠午もビックリした。
一瞬よく似た違う植物かとも思ったが、獲って来て揉んで種子を出して研いで見ると、これがまた原種どころか日本で良く見る品種そっくりであったという。
今も狐につままれた面持ちで、火にかけた鍋を前に具合を見ていたのだが、
「おいどういう事だ!? 沼に出るのはドラゴンではなくヒドラだったという話ではないか! しかも他の冒険者に獲物を譲っただと!!? キサマ何を考えている!!」
そんな所に怒鳴り込んで来る、ただでさえ偉そうな顔が苛立ちに染まっているユラン=パンドルフ男爵殿。それに、従者の痩せた男。
同じ宿を使っているが、今まで外に出ていたらしい。
どこに行っていたのか想像すれば、このお怒りの原因も想像がつくというモノだった。
「キサマ怪物の正体を見極めたら報告すると誓ったではないか!? それがヒドラ程の大物を報告しないとは何のつもりだ!? 金でも握らされたか!」
「譲ったんじゃなくて向こうが先約だったんですよ。実力もある相手です。手に負えなければ、こっちに話が来る事になってますがね」
「そんなのは知った事か! ヒドラは我が武勲とする事に決めたぞ! 獲物がいると分かった以上キサマ等の手など借りぬわ!!」
思った通り、冒険者組合で悠午らが報告した依頼内容を聞いて来たらしい。
当初のパンドルフの計画は、戦場に参陣する前に華々しい武勇伝を引っ提げ、後方の司令部に近い安全な場所への配置を狙うというモノだった。
その為に手頃な獲物を見付け、かつ手練の冒険者である悠午らを利用するつもりだったはずだが、どうやらお役御免のようである。
パンドルフは一方的に怒鳴り散らすと、頼りない従者を連れて再び宿を出て行く。
それを見送り、さてどうしたものか、と考える小袖袴の少年であるが、そこへやって来たのが巨漢の冒険者、ゴーウェンだった。
「今のは男爵様かね? 思った通りご立腹だったみたいだな」
「ですねー。まぁレイさんと合同でやっても良かったんだけど、そうなると向こうもやり辛そうだし」
「他の冒険者が後ろから襲って来るなんてよくある話だからな。ヒドラとの戦いで消耗したところを襲われたら、なんて気にしながら戦うのは向こうさんも嫌だろう。
どうしても戦わにゃならん相手でもなし、俺はとっとと引いて良かったと思うがね」
ゲームとは違い生きるか死ぬかの世界。正義は無く、悪い奴ほどよく肥えるの世の常だ。
特殊部隊製筋肉のレイモンドと悠午、それにゴーウェンのような武人同士なら通じ合うモノもあるだろうが、他の仲間はそうではあるまい。
同じ冒険者でも、あるいは同じ冒険者であるからこそ、背中に気を付けなければならないのだ。
共闘しよう、なんて素直に好意と受け取れまい。
悠午くらいになると気にしないが。
それに、レイモンドのパーティーは悠午達より遥かに仕上がった戦闘集団だった。
戦えば悠午が勝つだろうが、総合力と言う点ではレイモンド達に軍配が上がるだろう。
この世界の九頭龍がどれほどの物かは知らないが、本人が勝てると言うのならば、悠午が口を出すような筋の話でもなかった。
遅れを取ったら取ったで、それもまた武人の定めである。
「問題はあの御仁かな。手柄欲しさに単身で突っ込まれると……まぁ困りはしないけど、多分死ぬし」
「死にたいなら好きにすりゃいいんだ、あんな貴族様なんざ。そんな根性があるとは思えないがね。
ま、何かやらかすにしてもセントリオの旦那が気付くだろ」
また、アストラの貴族に関しても道すがら同道しているだけの事。その行動を止める理由も無い、と。
ゴーウェンは気楽な調子で言い、台所を挟んで悠午の正面の席に座った。
時刻は、朝食時と昼飯時の間。
他に客はいなかった。
「それよりこの後はどうする? あのレイってヤツが言うには、黄金都市も手掛かりとしては期待薄の様だが。予定通り海を渡るのか?」
「そのつもりではあるんですがね。ただ、レイさんの話は興味深かったなって。他にもプレイヤーから話を聞きたくなりました。ヒントくらいはあるかも、って思うんだけど」
「それならレキュランサスか? だがあそこは暇人がほとんどだろう」
「んだね。実際に足で情報を集めているプレイヤーを掴まえるとなると、どうにも――――――――」
などと軽く今後の話をしながら、悠午は鍋の火を落とす。蒸気が出なくなったので頃合い良し。
後は暫く待たねばならない。
その間に悠午は手に入れた豚の一枚肉を木の棒で叩き、小麦粉と卵、古くなったパンから作ったパン粉を塗し、別の鍋に敷いた加熱済みの油に投入。高火力は気功で補う。
叩き棒と菜箸は即席で作り、材料は買ったり民家から譲ってもらっ物だ。油は自分で植物の種から絞った。
キャベツに似た野菜も千切りにする。ソースはコンビニで買って来る、というワケにもいかないので、水気の多い野菜や果物を潰し塩や調味料で味を調え煮詰めて作った。コレジャナイと言われるだろうが、勘弁してもらおう。
「肉を油に通すのか……。何の意味があるんだ? 脂臭くて喰えなくなるんじゃないか?」
「こっちには揚げ物が無いんだよねー……。古代ローマにはあったって話だけど」
油の中の気泡にまみれた分厚い一枚肉を見て、大男は片眉を上げて訝しんでいる。これなら普通に焼いた方が美味そうだと思っていた。
もっとも、このプレイヤーの少年が作った物にハズレは無かったので、それなりに楽しみではある。
肉を覆う卵やら小麦粉やらの皮が綺麗な山吹色に染まった所で、宿の客室から仲間たちも下りて来た。
ジト目の魔術士に隠れ目の法術士、少年のように小柄な斥候職だ。
若奥様法術士とグラマー魔道士の王女殿下は、ジト目娘らの少し後にやって来る。
その他、残念な美貌の女戦士とやる気が空回りしている騎士志望の青年は、昨日までの苦行によりまだ寝ているようだった。
「うぉおおおおトンカツだぁああああ! でかした和の鉄人! ホント何なんだお前!?」
「わぁ…………」
ジト目と隠れ目のプレイヤー少女は、襷掛けの袴少年がまな板の上で切っている物を見て歓声を上げていた。
それは、豚肉に衣を付けて油で揚げた食べ物。
トンカツである。
「なんか……嬢ちゃんら、エライ喜び様だな。そんなに美味いもんなのか?」
「レキュランサスにもプレイヤーがやってる店あるけど、高い上に大して美味くないし。材料もこっちのだから、似て非なる何かになってたりする。でもこれはそれっぽいじゃんか!?」
その出来栄えに笑みが抑えきれない様子のジト目。食の細そうな隠れ目法術士ですら、何やら切羽詰まった顔をしていた。
湯気を立てる黄金の衣に、油の染み出している中の豚肉の美味しそうな事。
プレイヤーの街、レキュランサスにあるヘタな日本料理屋とはまるで違う。これぞ『トンカツ』と言いたくなるような逸品だった。
しかし、だからこそジト目の姉さんは残念に思う。
「てかこれが本物のトンカツなら、それはそれでつれぇわ。やっぱ白米が無いとさー」
「うぅ……やめてー、白いご飯思い出しちゃうよ」
トンカツには、ライス。コレは絶対の不文律である。
珍しく食べ物の事で悲鳴を上げた隠れ目の少女も項垂れていた。もうどれだけ食べてないだろう。
この『ワールドリベレイター』によく似た世界に落ちて来て以来、冒険者業で日銭を稼ぎ、どうにか食い繋いでいた日々。
郷里の味が懐かしくとも、食費に余裕があるワケでもなし。
そもそも食材からして手に入らない。
悠午のように所構わず突撃すれば揃わなくもないのだが、現代日本の少年少女には難しい話なのだ。
よって食べられる物なら贅沢は言えないのだが、そこに来て、トンカツ。
日本人3人は、現地勢に比べて感慨も一入だった。
米を恋しく思う心も、また然り。
「白飯ありますよ? 昨日の沼で見付けたアレ」
「……え?」
「……は?」
「はぁああああああ!?」
そんなところに悠午の爆弾発言。
目をまん丸にする奥様と隠れ目の法術士コンビに、何故かキレるジト目魔術士。
その前に出されたのは、お釜代わりの鍋で炊かれた白く輝く銀シャリだった。
もう、お姉さん方は幻でも見ているような面持ちで。
「これ……悠午くんどうしたの?」
「『ラウダ』の方に生えてるんちゃうんか」
「この前の沼、様子見のつもりで淵を歩いていた時に見付けたんです。もしかしてと思って刈ってきたんですけど」
奥様も久しぶりに見る白米がショックだったか、声がやや虚ろだ。ジト目少女のジト目たる所以のジト目も痛い。
悠午がこの米を見付けたのは、一昨日の事。
ヒドラ退治をレイモンドらのパーティーに任せ翌日の早朝に沼を離れる、という予定になった際、悠午は沼の様子や周辺の状況を確認しておこうと思ったのだ。
そこで、夜の見張りを終えた後、キャンプを少し離れてひとりで沼の方へ。
岸から沼の周りを見て回っていたら、群生するアシに似た植物に違和感を感じ、穂先の種子を手に取ってみて驚いたというワケだ。
後はその辺の米らしき植物を粗方いただき、夜明け前にドールハウスの地下室に放り込んでおいたのである。
本来ならばその後で乾燥などの工程を経るのだが、その辺は自前の特殊技能でどうにかした。
力技だ。
「ちょっと食べてみたんですけど、いやービックリした。だって米なんですもん。野生で生えているのってつまり原種でしょ? 日本のはアレ相当品種改良されているはずだし」
「んな事はどうでもいいわ! メシだメシ!!」
沼地に生えるアシも米も、イネ科の植物だと聞いた事はある。
だからと言って、日本で食べるような米がそのまま生えているとは、悠午もまさか思わないだろう。
だが、もはや日本人のお姉さん方はそんな理屈どうでも良いようである。
ジト目の姉さんは大きな木のスプーンを持ち出すと、白銀の鍋の中に突っ込んだ。
そして白米を掬い出すと、お行儀悪くかぶり付く。
「…………うめぇ」
それだけ言うと、立ったまま口いっぱいに匙を咥えてモゴモゴしていた。
悠午は無言で鍋を引き寄せると、削り出した自作シャモジで米をかき混ぜ、隠れ目の姉さんと奥さん用の皿によそう。行儀の悪い娘は最後だ。
何カ月も米を食べられなかった日本人が米に飢えるのは当然の事。
しかし、おかずと一緒に食べた方が遥かに美味しいのもまた、当然であった。
衣はサックリ香ばしく、肉はジューシーで旨味が詰まり、甘くコクのあるソースとキャベツの千切りに合わせて口に運ぶ。
それらを噛み締めながら、淡白でモチモチと歯応えの良いコメを食べると、味の濃さがいい塩梅にまろやかになり食べ応えも増し、大きな満足感が得られるのだ。
日本人プレイヤーのお姉さん方は、とんかつ膳を無言でかっ喰らっている。味噌汁が無いのが残念。どこかに味噌生えてないかなぁ。
「んーまー悪くないが…………」
ベテラン冒険者のゴーウェンであるが、銀シャリは初体験のようだった。
皆と同じようにトンカツと米を一緒に食べても、感動というより物珍しさの方が先に立つようである。
「美味いけどやっぱり日本の米とは違うなー。妙にアッサリしているというか……。いやこの際贅沢は言えんけど」
「はー……お米美味しい。また食べられるなんて思わなかったよー」
「イネニシキに近い味だと思いますね。こってりしてない分お茶漬けとかに合うんですよ。ウチもジーちゃんが好きで、料理に合わせて使い分けてたし」
文句を言いながらも口いっぱいに頬張るジト目に、じっくり味わうように食べている隠れ目姉さん。
ジト目こと御子柴小夜子は日本の米との違いを語るが、悠午の意見は少し異なる。
何せ世界が違うので品種が違っていて当然なのだが、だからこそ驚きなのだ。
この米は、現在の日本ではほとんど食べられなくなった種類、イネニシキに非常に良く似ていたのだから。
しかも普通に自生しているとは想定外にも程がある。
「川や水辺に大量に生えている頭の重そうな背の高い草……。ってのぁ、別に珍しいもんでもないなぁ。どこにでも生えてんだろ?」
「白い透き通った種が詰まっているヤツだね。なーんだアレが『コメー』だったんだ」
「マジかー!?」
冒険者の大きいのと小さいのによると、どこでも見られる珍しくもない植物だったらしい。
ただ、既に小麦という主食がある状況で、収穫が面倒で栽培も面倒な植物にわざわざ目を向ける者がいなかったというだけの話だった。
おまけに、この世界の人里離れた水場は何が棲んでいるか分からない。好んで採りに行く者もいないという状況。
ジト目魔術士は、衝撃の事実にカツを咥えて天を仰いでいる。もうお行儀も何も無かった。良いとこのお嬢様なのに。
「まぁいいポジティブに考えよう、これからはその辺の適当な川とか沼を探せば米が手に入るかもしれないワケだモグモグ」
「ドールハウスで少し育てても良いかもしれませんね。非常食くらいにはなるでしょう」
「あんな所で育てられるもんじゃないだろ。日も当たらないし」
「そこはそれ、他にも元気に植物を育てる方法はあるし」
米は日本人の生命線。珍しくパン食などにした日には、締めに茶漬けを食べて喰い過ぎとかになる事もままある話。
ならば、今後の旅で米が食べられる可能性が出て来たというのは、少し楽しみになってきたかと。
そんな事をのんびり話している間、リットの町から離れた場所では、物凄い勢いで事態が進んでいたりする。
クエストID-S045:トレイントレイン インカミン 01/23 18時に更新します




