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◆粉物注意報

 勝てない。


 リーアは現状を客観的、主観的に見ても今のダイスケとフィアナでは、あの魔人達――ラモンとメルサには勝つことなんて不可能としか答えを導き出せなかった。故に彼女は逃げの一手がこの場では一番であるという結論にたどり着き、こうして小麦粉棚の上で、細工しているのだ。


「全く……しっかりしなさいよ」


 リーアは棚に載せてある小麦粉袋を護身用の短剣で斬り開けて回っているのだ。この棚から落として、霧のように小麦を散らす為に。


「よし、これで……」


 リーアはぎこちないながらも棚を登っていく。登攀は貴重な薬草を手に入れる為に危険な山や高い木に登っているうちに身に着けたリーアの特技の一つであった。


 そして積み上げられた小麦粉袋の山をを全身の力、体重を乗せて崩そうとする。


「ぐぬぬぬっ……崩れなさいよ!!」


 細身のリーアにとってそれは重労働の他ならなかった。だが、袋の山は着々と淵へと近づいて行く。


「ふんぬっ!!落ちてよっ!!」




 ―――痛い。やめて……


 蹴られる痛みと共に反吐の出るような嫌な思い出が過りだす。


 いじめ。


 河原で為す術もなく、大勢に殴られ蹴られ続けた思い出。


 そして、なつねぇの最期……


 理不尽な暴力で大切な人を奪われる最悪の思い出。


 それらを思い出して最初は陰鬱な気持ちになった。まさに絶望。誰も救ってくれない絶望。


 そして今は……破壊衝動を伴った怒りになった。


 このクソ野郎をぶちのめしてやりたい……!!完膚なきまでに!!


 ダイスケは無意識下で後ろに手を回して、何かを握る。短剣……ジェザルトに渡された物だ。


 左手でそれを抜き、徒手空拳の右腕を使ってラモンの蹴りを受け止めた。


「離しなさいよ、死に損ないが!!」


 そして、何のためらいもなく左手の短剣で捕まえたラモンの右脚の腿を突き刺した。


「ぎゃっ!!」


 手に伝わる肉を裂く嫌な感触。


 その場に崩れたラモンの横っ面に、立ち上がったダイスケは後ろ回し蹴りを放つ。蹴りが直撃したラモンは無論の事吹き飛び小麦粉袋の載せてある棚へと叩きつけられた。


「この……ガキっ!!」

 

 ラモンは報復心を燃やしながら立ち上がろうとしたが、それは出来なかった。いくら超人的な力を持っていたとしても鋭いナイフで肉を抉られれば腱を切り、立ち上がる事など出来はしないのだ。


 そして――もう一つ、ラモンが立ち上がれない理由が…… 




「きゃっ」


 それは頭上の小さくどことなく可愛らしい悲鳴が引き金となった。引き金が惹かれれば薬室内の火薬が爆ぜ、弾丸が銃身から飛び出す。放たれた弾丸……否、それは砲弾ではなかった。


「ダイスケ、離れて!!」


 リーアの声を聞き、ダイスケは目を頭上にやって……驚愕した。


「え……えぇええ!?」


 彼の目には視界一杯の麻造りの袋――小麦粉袋が映った。それを見たダイスケは全力でその場から飛び退いて難を逃れようとした。


「へ……?」


 ラモンは驚く間もなく落下する小麦粉袋に埋もれた。


 それはまさに僥倖とも言えた。


 リーアの狙いはシンプルだった。この小麦粉を煙幕替わりぶちまけて、倉庫から脱出する事。だが、それはダイスケがラモンをリーアの乗っていた棚に叩きつけてくれたおかげで、良い意味で彼女の目論見は壊されたのだ。


 そして――地面に叩きつけられた小麦粉袋は言うまでも無く、切り口から白煙をあたりに撒き散らした。辺りが見えなくなるほどの小麦粉の霧だ。


 落ちた勢いもあって、その霧の範囲は徐々に広がり、ついには辺り一帯にまで。


「よしっ。ダイスケ私を受け止めて!!」


「え?」


「いいから!!」


 リーアは棚の上から飛び降りた。


「あのバカ!!」


 ダイスケは全力で走り、リーアを受け止めようとする。


 棚の高さはざっと5メートル。下手をしたらリーアの身が危ない……


 間に合え、間に合え、間に合え……!!


 ダイスケは祈る様な心持で落下するリーアに手を伸ばす。


 間合い良し……間に合うか!?


 ダイスケは跳んだ。


 そして……リーアをその腕に納め、自らの体を翻しクッションになるように仰向けにした。


 ドン。


 鈍い衝撃が体を突き抜け、彼の肺から酸素を絞り出す。落下したリーアを受け止め、その衝撃を背面から受ければそうなるのも無理もない。


 視界がチカチカと点滅するダイスケの目の前にはリーアの顔があった。かなり近い。肌と肌が触れ、互いの熱が感じられる位に近かった。


「……バカ、無茶しやがって」


「ゴメン、でも……今は」


 そう言い残してリーアは立ち上がり、走り出した。


「あ、おい!」

 



「ん、何だ?」


 フィアナを痛めつけていたメルサは突然巻き上がる小麦粉の霧に首をかしげる。


「……何のつもりだ?」


「こういうつもりよ!!」


 後ろから聞こえた声に振り向いたメルサの視界は突然ホワイトアウトした。目に痛みの伴うホワイトアウト。しばしの間、彼女は目に入った異物に苦しむ。


「リーア殿……」


 現れたのは右手を真っ白にしたリーアだった。察するに彼女はメルサの顔に小麦粉を投げつけ、目を潰した。


「なめた真似しやがって!!」


 視界が回復したメルサは怒りの刃をリーアに叩き込む。しかし、リーアは全身の力と杖を以てして、それを受け止めた。ビリビリと伝わる衝撃に、杖を手放してしまいそうだったが火事場の馬鹿力に近い何かが辛うじてそうさせなかった。


「……Eboulious(惚けよ)!!」


 短い詠唱と共に彼女の杖の先端から鈍い光が輝く。これはいわゆる金縛り。この光を直視した人間は身動きがしばらくの間取れなくなる。


 それが例え、魔人であったとしても。


「この……クソが」


 リーアの魔術の前にメルサは力なく得物を落とし、その場に崩れ落ちた。


「早く、止めを刺して!!一応効果はあるけど、すぐに術が解けちゃうから!!」


「はい!!」


「待て!!」


 フィアナが倒れたメルサを斬ろうするや否や、ダイスケは制止の声をかけた。


「ダイスケ、どういうつもり?こいつらを生かすつもりなの?」


 リーアの見ていない間にダイスケはラモンを小麦粉の山の下から救い出し、落ちていた物なのであろうか、ロープで腕を縛り拘束していた。


「殺すな。こいつら、一応ミレイの事をよく知ってるはずだ。今殺すのはベストとは言えない」


「はぁ?こいつらは魔人で、早く殺さないとこっちが危ないのよ?」


「そうですよ。ダイスケ殿、この者達は……」


「ですって、早く殺しなさいよ。もしかして、殺す度胸も無いのかしら?」


 ラモンは悪びれる事無くダイスケを煽り立てた。


「いや、殺さない。利用するだけ利用したら斬り捨てよう」


「あら、案外ドライなのね」


「あぁ。俺はお前らみたいな連中にかける慈悲の心なんて持っちゃない。だから、使うだけ使って殺すつもりだ。リーア、こいつらに口を割らせる魔法とか薬は無いか?」


「うーん……ある事はあるけど、魔人に効果があるかどうかは解らない」


「そうか……じゃあ、試してくれ」


「解った」


 リーアは無表情に頷き、杖の先をラモンの眉間に突き付ける。


「……面白い子。気に入ったわ――あなた、ここに来たのはミレイを倒すためでしょ?」


「あぁ」


「良いわ。あの小娘のいる場所に案内してあげる」


「は?」


 突然の一言。その一言は場にいた全員が耳を疑う物となった。


「あの小娘に良いように扱われるのにもそろそろ飽き飽きしていたのよ。あなた達があいつを潰してくれるって言うのなら、私としても大歓迎よ」


「ミレイってお前の上司だろ?裏切んのかよ?」


「やだねぇ、私の上は魔女様だけよ。それ以外は有象無象の小物――そんなのに遣いぱっしりにされるのに飽き飽きしたのよ」


「そうか……なら、案内しろ」


「バカな!私は反対です」


 ダイスケの判断にフィアナは異議を唱える。


「この者を信じるのですか?尽くすべき人間を容易く裏切ろうとしているような連中ですよ?」


「信じるって訳じゃないけど……それにまだ、俺は条件を言っていない」


「条件?」


「案内するなら、武器は全部ここに置いてけ。それと、絶対に俺達の前を歩け。勿論縄とかで腕は縛らせてもらうぞ」


「良いわ。こんな場所で死ぬのは嫌だし。それで良い、メルサちゃん?」


「あぁ。あんたがそう言うならオレは従うまでだ」


 メルサはふて腐りながらも頷く。


「それじゃ、行きましょう。あの小娘は地下の研究室にいるわ。国王の遺書もそこの金庫に隠されているわ」


 一時停戦。奇妙な協力関係の一団はこの城の地下を目指し歩き出した。不信、虚偽、欺瞞……様々な感情と共に。

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