◆玉散る剣抜連れて
戦闘前にやるべき事、それは一般的に敵の戦力と己の戦力を比較する事。敵は二人――いや、十人以上の戦力を持つバケモノが二人と考えた方が良い。
対してこちらは……魔術師に騎兵、そして勇者である俺だけ。一応、あのバカ女神の加護とやらでメルサとは互角以上に戦えた……でも貧血という弱点のせいで5分以上の激しい運動は無理だ。
長期戦に持ち込まれたこちらの不利は不可避。ならばどうする?逃げるか?だが、逃げたところで状況の好転など期待できない。
ここは『戦って勝つ』以外選択肢など無い。
でも、俺にそんなことが出来るのか?こいつらを護りながら、敵を殺すなんて――人の姿をした敵を切るなんて。
「ダイスケ殿、私も助太刀いたします。いくらダイスケ殿でも魔人二人を相手取るのは難しいでしょう……」
「すまない。そうしてもらう……リーアは安全なところに行ってくれ」
「……解ったわ」
リーアは反論も何もせずに、踵を返して立ち去った。
彼女も解っている。この狭い場所で自分が魔術を使う事によって、敵どころかダイスケとフィアナをも巻き込んでしまう事を。だから、リーアは裏方に回って状況を見守る事にしたのだ。
「やれるか、フィアナ?」
「やれる、やれないの問題じゃありません。やりますよ、私は」
「行くぞ」
「はい」
フィアナの首肯と共にダイスケは床を蹴り、眼前の敵に肉薄。間合いを詰めて、最下段より切り上げる。
「あらぁん。私と踊ってくれるの?」
ダイスケの一撃をラモンは軽やかなステップで回避。だが、ダイスケはそれを見越しており、さらに踏み込んで返しの刃を袈裟字に振るった。
袈裟、逆袈裟、唐竹、斬り払い、そして突き……非常に日本的な太刀筋でダイスケはラモンに剣戟を浴びせる。
その都度火花が散り、刃の打つ音に刃が風を切る音……戦の声だ。戦の混声合唱がこの狭く暗い倉庫を会場に奏でられている。
「やっぱり、あなた強いわぁ。太刀筋も綺麗で優雅で……でもね」
ダイスケの袈裟斬りを受け止めたラモンは面妖な笑みを浮かべて、ダイスケに言う。
「殺意が欠けてるのよ!!」
激流が如き力でラモンはダイスケの剣を彼の体ごと吹き飛ばす。そして、生まれた隙間に嵐が如き斬撃を叩き込んだ。
――疾いし、なんて馬鹿力だよ!!
一太刀、一太刀を受ける度に彼の手に凄まじい衝撃が襲い掛かった。これまでの戦いで受けた斬撃のどれよりも疾く重い斬撃だった。それをダイスケは手首のスナップで剣を操って辛うじて流し続ける。
「これが相手を殺す剣よ?童貞のあなたに真似できて?」
「童貞で悪かったな!!」
一端後ろに飛びのいて、ダイスケは呼吸を整える。呼吸の乱れは貧血を誘発させる。まだ体には余裕があるが、このままやり続けたら貧血になって倒れてしまう……そうなれば間違えなく死ぬ。
打開策は無いか?
奴の突き……フラッシュみたいな突きに反撃する方法は?
「突き……そうだ」
ダイスケは両手持ちから剣を右手に持ち替え、左足と手を前に突き出し左半身に構えた。
とりあえず策を使おう。
――なつねぇ、また借りるぞ
「あらぁ?何の真似?私の剣をそんな構えで受けられるとでも思ってるの?」
「あぁ。お前のノロい突きならこれくらいで十分だって思ってな」
「そう。なら……」
頬を吊り上げ、凶悪な笑みを浮かべながらラモンはダイスケに飛ぶような勢いで詰め寄り、閃光のような突きを放とうとした。
――――パンチを避ける時は相手の手から見るんじゃなくて、相手の顔から見てから避けるの
脳裏に過る言葉。
鳴る風の音。
――――相手の目線、相手の体全体の体重移動とかで動きを読んで……
シュッ!!
――――相手がどこを狙っているかを知ってから動くのよ
あぁ。そうだよ。その通りだよ。
奴の目線は俺の脇辺り、ここは人間の関節の都合で甲冑の疎航行が無い部分だ。ここに一太刀浴びれば、容易く行動不能に出来る。
そして、肩、腕、切っ先、その全てが俺の脇へと伸びていく。予想通りだ。
疾いけど、見える……反応して動ける。これを本当の実戦で使うのは初めてだけど、使わせてもらうぞ、なつねぇ!!
ラモンはダイスケが後方へ飛びのいて避けるかと思っていた。当然と言えば当然。人間は本能で前方から迫りくる脅威に対して後ろに避けるように出来ているからだ。そして、勇者が後ろに飛び退けば、空いた左手で懐刀を引き抜き装甲の無い大腿部に投げつけるつもりだ。
」
「もらったわ!!」
飛び退かないダイスケを見てラモンは勝利を確信した。このまま切っ先が彼の脇の肉を抉り、血が噴水のように吹き出す姿までも見えた。
ただし彼の頭の中だけで。
「今ぁ!!」
ダイスケはラモンの腕が伸び切った刹那、突き出した左足を軸に身を円を描くように右へと切った。そして、あらかじめ突き出した左手の内側でラモンの右手での突きを打ち払った。
「なっ!!」
『そんな馬鹿な』
その言葉も出る時間も無く、ラモンの体は崩された。見た事の無い技だ。剣術でも徒手の技でも、このような物をラモンは見た事が無い。まさに異界の技。眼前の子犬が狼に化けた瞬間だった。
これは、突き小手返しの応用だ。
円の動きで相手の突きを避けながら取って、その勢いを使ったまま小手返し――手首をねじって投げ飛ばす合気道の技だ。
なつねぇから俺が素手で自身の身を護る時の方法を教わった時に学んだ技の一つ。だが、相手の身体能力が人間を明らかに越している以上投げられるかは解らないから、今回は小手返しをせずにカウンターの斬撃を叩き込む事にした。
「貰った!!」
突きを受け流され隙が出来たラモンを、ダイスケは右手の剣で斬り捨てる
はずだった。
ゴッ!!
ダイスケは剣を握った右手でラモンの顔を殴打。鍔がメリケンサックの代わりをなし、ラモンの顔を僅かだが裂いた。
しかし、裂いただけ。
一筋の血が滴るだけで、殴られたラモンは微動だにせずダイスケを見据えていた。憤怒の瞳を以て。
「舐めた真似してくれるじゃねぇか……クソガキ!!」
刹那、ラモンはダイスケの頬を力一杯殴りつけた。殴られたダイスケは、倒れはしなかったが、たたらを踏んでしまった。
「もう殺す……命令なんて知らねぇ!!」
体勢を崩したダイスケの首を片手でつかみ上げ、そのまま剛腕にモノを言わせ小麦粉の棚へと小石のように投げ飛ばした。
「ッ……!!」
背中を強打したせいでダイスケの肺から空気を絞り出される。
「多々じゃ殺さないわ……なぶり殺しよ」
激昂したラモンは背中を強打して苦悶の表情を浮かべるダイスケに追撃の蹴りを幾度も浴びせていく。ラモンの甲冑が付いていても衝撃は腹の中を揺さぶり、装甲の無い顔面を打ち据える。幾度も、幾度も、幾度も。
反撃の隙も容赦もその連撃から微塵とも感じ取ることなど出来ない。
殺しに来ている。確実なる死をラモンはダイスケにもたらそうとしている。
「ダイスケ殿!!」
一方的に攻撃されるダイスケの姿を見たフィアナ。助太刀に入ろうとするも、彼女にはその余裕など無かった。
腕部に浅いながらも裂傷、内出血など……メルサとの斬り合いでフィアナは傷つき、疲弊し始めていた。
「よそ見できるほど余裕あんのか?ああ!?」
凄まじい音で迫る死の右薙ぎの刃をフィアナは細身の騎兵刀でブロックする。そしてまた一撃、また一撃と彼女はメルサの斬撃を防ぎつづけた。
「へぇ、やるじゃねぇか。そんなオモチャみたいな剣でオレの斬撃を5回も受けられるなんてねぇ」
メルサは狂乱の笑み浮かべて、更に間合いを詰める。
「くっ!!」
決死の刺突をフィアナはメルサに放った。それはラモンには及ばぬが、並大抵の人間では確実に串刺しにされ、熟練の剣士もそれを防ぐに困難をきたすはず。だが、メルサはそれを人外の動体視力とハンドスピードを以て、避けて、弾いてのけた。
「遅ぇよ!!おらぁ!!」
メルサの放った凄まじい剣圧にフィアナの握力が堪えられず、騎兵刀が右手から弾き飛ばされた。そして、メルサは鎌の外側――刀でいう峰の部分でメルサはフィアナを殴打。フィアナはなんとか左手の手甲で受けたが勢いを殺し切る事は出来ずに後方……廊下の突当りへと吹き飛ばされた。
「ぐっ……骨折れたかも……」
「良い顔してるじゃねぇか」
「んあっ……!!」
倒れ込むフィアナに歩み寄ったメルサは、彼女が打ち据えたフィアナの左前腕を踏みつけた。燃えるような激痛にフィアナは苦悶の表情を浮かべた。そして、それを見たメルサは性的ともいえるような興奮を表情として露わにした。
「良いぜぇ……その顔。こういうのが見たかったんだよ!!」
「ぐっ……ダイスケ殿……リーア殿」
このままでは二人とも殺されてしまうかもしれない……フィアナは自身の無力さを心底悔いて、涙した。




