◆狼煙
前回に収まりきらなかった分です
リーアがフィアナを探しに出て二十分以上が経過した。ダイスケは狩人から物陰に隠れてやり過ごそうとする小動物に似た心情で、リーアとフィアナの帰りを、不安を紛らわすために彼はリーアから渡された『のろし玉』の安全ピンを弄びながら、待ち続けている。
彼の中での最大の不安要素は、連中と遭遇した時にどう対処するかである。
彼自身メルサとの戦いで勝利を収めた。だがその勝利は余りにも辛く、今回はウォラガ・ヴァールが使えないという大きなハンディキャップを抱えている。
だが、何よりも彼は戦い――いや、人の姿をした者を殺す事に躊躇いを感じている。
これまで戦ったオーグルやゴルソのような異形を相手にするのなら、『殺人』への抵抗を無くして刃を振るえた。だが、メルサやラモンは違う……自身の完成で邪悪と解りつつも、知性のある人間を殺せる程の覚悟は未だに出来ていなかった。そもそも、この否応なしで始まった、数カ月の旅でそんな物を身に着けられる訳が無い。
「ダイスケ……」
「リーア……!!」
待ちかねたリーアの声。ダイスケは内心少し喜びながら、声の方を向き――
―――――声を失った。
「またお会いできたわねぇ……勇者様」
彼が目にしたのはリーア――それも魔人二人に捉えられていた。その右頬は赤く殴られた事が解り、表情は悔しさと申し訳なさが入り混じったような物だった。
「……テメェら」
「あらぁん。凄んじゃって可愛いわぁ」
ラモンはケラケラとダイスケの顔を見るなり笑う。
「そんな事はさて置き、ミレイ様があなたに用があるのよ。ご同行出来る?」
「……ダメ、逃げて。逃げてフィアナと合流して」
「断ったらこの娘の首がメルサちゃんに刎ねられて、血の噴水が出来ちゃうけどぉ……良いかしら?」
フィアナの声をかき消すように声色に力を込めて、ラモンはダイスケに言う。まるで彼が何を恐れているかを理解しているかのように。
「解るわぁ……大義の為にこの娘を捨てたいと思うけど、自身の甘さがそれを許してはくれない。本当に正義の味方ねぇ」
「そして、その正義の味方はいっつもオレ達みたいな連中にエグい選択を迫られちまう。本当に因果な商売だな。ええ?でも、絶望するのは早いぜ。そのちっぽけな短剣でオレ達に立ち向かうってのも手だぜ?オレとしてはそっちの方が望ましいけどな」
俺のせいだ。俺があの時に異変に気付いて慎重に行動をしてればリーアはこんな風にならなかった。俺が無力だったばかりに……
胸の奥から嫌な何かが湧き上がる。封印した記憶。自分の無力さが大切な誰かを殺した記憶だ……。
同じ過ちを繰り返すくらいなら……
ダイスケは視線を高く、遠くへ向けてしばらく惚けるような素振りを見せる。
そして、呼吸一つし、意を決したかのように瞳を閉じた。
「解った」
彼はウォラガ・ヴァールを抜き放つ。それを敵に振るうのでもなく敵に突き立てるのでもなく、倉庫の床に突き刺した。そして、短剣も床に投げ捨てた。
「ダイスケ……!!」
「お前らの言うとおりにする。だが、条件がある」
「良いわ。言ってみなさい」
「まずリーアを離せ。そしたら俺はお前らと一緒に行ってやる。どうだ?」
「ダメよぉ。あなたが来るまでの間に切り札は渡せないわ」
「そうかよ。なら仕方ないな」
ダイスケは渋々ラモンたちの方へ向かった歩き出す。
「……英雄気取りでもしてるの?こんなんで助けられても嬉しく無いわよ、バカダイスケ」
リーアは、自分を救うためにラモン達に降り、彼等の元へ向かうダイスケに非難の言葉を投げかけた。
「そう見下げたもんでもないよ」
去り際にダイスケはリーアに言葉を遺す。
そしてリーアは彼の目を見て思い知る。
ダイスケがまだ絶望していない事、彼が何かをやろうとしている事を。
「今だ!!」
叫び声と共にダイスケは右の拳を三人に突き出す。そして間髪入れる事無く彼の手の中から、緑色でしかも独特な臭いを持つ煙が凄まじい勢いでラモンたちの方へと吹き出したのだ。
「ケホッ!!ケホッ!!」
――魔術?いや違う!!
「のろし玉……!!」
「やぁああぁぁああぁぁあぁああぁっ!!」
リーア、ダイスケが何をしたかを理解するや否や、凄まじい声が静寂を保っていた倉庫に轟く。それは吶喊の声……兵士が死地へ赴くときに出す吶喊の声だ。
その声の主をダイスケは知っている……フィアナだ。
そう、先程彼が惚けた時に見た物――それは、ラモン達の真後ろにある小麦を上段へ運ぶ、天井から垂れているロープ付近にて待機していたフィアナだった。
そして、フィアナはクレーンのロープを掴んで、その揺れを振り子のように利用してラモン達へと飛翔――いや、強襲するのであった。
前方での撹乱。
後方からの奇襲。
俺が一瞬の状況で思いついた作戦に同調した柔軟性……さすがは戦線指揮官って所だ。
ダイスケは彼女の鬨の声を聞いて内心で評価した。
「リーア殿!!」
ダイスケの世界の空挺隊員の五点着地に近い形で着地してフィアナは抜刀。余った勢いを殺す事無くリーアを抑えているメルサにフィアナは鋭い刺突を繰り出した。
「クソッ!!」
急所への鋭い刺突。メルサはやむを得ず、リーアを突き飛ばし、彼女の喉元に押し付けていた剣でそのフィアナの騎兵刀の一閃を受けた。
「私も忘れないでよぉ!!」
ラモンは口に笑みを浮かばせながらフィアナの隙を突いて剣の刃をきらめかせながら、袈裟に切りかかる。
「……ごめんなさい!!」
フィアナはそう言うと後頭部辺りに手をやり、何かを振りぬいた。
ガキン。
抜かれた何かは寸でのところでラモンの剣戟を止め、フィアナの命を救う。
「あ、あ~~~~~~!!」
フィアナの命を救った何か、その正体を知ったリーアは思わず声を上げてしまった。
「私の杖!!高かったのに何してくれるのよ!!」
「ですからごめんなさいって!!」
「あとで弁償だからね!!」
「解ってます!!そんな事より……助けて下さい!!」
魔人二人と鍔競り合うフィアナ。その状況は言わずとも不利に決まっている。ダイスケはウォラガ・ヴァールを左手に猛然と駆けだす。そして、フィアナに対して攻勢を取っているラモンの首筋に素早く、裸締めの要領で右腕を回した。
そのまま締め落とす?否。
その後自身の膝で彼のひざの裏を蹴飛ばし体勢を崩して、そのまま後ろへと引き倒したのだ。
「かたじけないです、ダイスケ殿」
フィアナはそう言いながら、挟み撃ちにされないようにフットワークを刻み、メルサをラモンのいる方へと誘導した。それに乗じてリーアはダイスケたちと合流する。
「遅かったじゃないか」
「はい……あの兵士を安全な場所に運ぶのに手こずって……申し訳ないです」
「でも、よく俺達のピンチに良く気付いたな」
「はい。リーア殿の杖が入り口付近で落ちていたのを見つけて、良からぬ事が起きていると察しました。」
そう。だからこそ、フィアナはリーアの杖を持っていたのだ。そして、その杖は彼女の命をラモンの剣戟から救ったのだ。フィアナはリーアに恩人とも呼べる杖を手渡す。渡されたフィアナは剣を受けたであろう部分を一瞥して……笑む。
「ありがとう、フィアナ。でも……埋め合わせは絶対にしてもらうんだからね」
「そんなのこの場を切り抜けてからにしろよ」
「はいはい」
「あの、ダイスケ殿――その得物ではこの場は窮屈化と思いまして、これをあの兵士から拝借してきました」
フィアナは腰の右から一振りの剣――刃渡り90センチほどのバスターソードを引き抜き、ダイスケに差し出した。
「これならやれそうだ。ありがとう、フィアナ」
「いえ、お気になさらず」
勇者一行は敵に向き返り、各々手にした武器を構える。
反撃の狼煙が上がった。




