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◆狭き戦い

「っ……見えねぇ」


 眩い閃光が目の前で炸裂した。咄嗟の判断と反射で目を瞑るも、強烈な光を前にダイスケの視力は奪われてしまった。だが、そのおかげで、後方に控えていたメルサの鎌は彼の喉元から降ろされた。


「ダイスケ!!」


 真っ白の闇の中、俺の手を温かい何かが包み込んだ。リーアの手だ。


「リーア……?」


「ついて来て!!」


 何も見えない俺はリーアに手を引かれながら、石造りの部屋を走り抜ける。何も見えない恐怖はあった……でも、その中でもリーアの手が確かな感触と温もりを与えてくれる。


「っつ……閃光手榴弾フラッシュバンかよ……」


「え?何?」


「何でも無い……」


 フラッシュバン。俺のいた世界の特殊部隊が、室内で人質を取ったテロリストなどを無力化する為に使う手榴弾だ。


それと同じ事をリーアは光る水晶でやってのけたのだ。元から持っていた知識かどうかわからないが、それをあの場でやってのけたリーアの柔軟性に俺はただただ感心する他無かった。


「ここまで来れば大丈夫かな」


 何メートル走ったか解らないが、リーアは一息つこうと停止した。その頃にはダイスケの視力も回復し、ここが迷路のように入り組んだ食糧庫の中心部である事が解った。


「……すまん、ヘマばっかりして」


「謝らなくて良い。連中がここにいる事を推測できなかった私の落ち度でもあるから」


「……それにしてもよく俺のピンチを察せたな」


「フィアナに感謝しなさいよ。彼女が倉庫の前に、あんたが台車を置きっぱなしにしていた事に気付いてくれなかったら、どうなっていた事やら」


「マジでか……よく、あれだけの状況で俺の危機を感じ取れたな。やっぱ隊長にはそう言う能力が優れてないとダメなんだろうな……で、フィアナは?」


この場にフィアナはいなかった。もしかしたら、逃げている最中に連中に捕まったのか?


「フィアナはあの時に裏口から掘られちゃった彼の救出をね。一応、ここ――小麦粉置場で落ちあう手筈だから」


「そうか……でも、あいつがもし連中に襲われてたりしたら、どうするんだよ?」


「大丈夫――とは言えないけど、彼女にはこの『のろし玉』を持たせてあるの。もし敵と遭遇したりしたら、これを使うように言っておいたから」


 リーアの掌にはゴルフボール位の黒光りしている玉が転がっている。


「特別な火薬で煙が上に昇るように作ってあるの。今なら銅貨20枚で売ってあげる」


「こんな時にバカ言うなよ」


「こんな時だからこそでしょ」


 追い詰められると判断力が鈍る―――そうならないように、リーアは、自身に余裕を持たせようと軽口を叩く。神妙な顔しながら。


「で、どうする?」


「そうね……杖は一応、荷物に忍ばせて持ってきてあるけど。ダイスケは戦えないし……ここで連中に見つかったらかなり危険だね」


「どうしてだよ」


「あんた、その剣をここで振れるの?」


「え、あ……」


 俺は辺りを見回して、リーアの言葉を理解した。俺は背に負う剣のサイズが、この人一人が通れるほどの広さしかない空間においてネックになる事に今気づいた。あぁぁ!!俺のバカ!!何でもっと小ぶりな剣を買わなかったんだよ!?


「悩んだってしかたない。私はとりあえずフィアナを探してくる。ダイスケはここで待ってて」


「わかった」


「あ、そうそう。あんたもこれ使いなよ」


 そう言ってリーアはさっきの『のろし玉』をダイスケに投げ渡す。


「使い方は紐を抜くだけ。紐を抜いたら、中の薬品が空気に反応して煙が出るようになってるから」


「金取るのか?」


「つけといてあげる。じゃ」


 そのままリーアは奥のほうにある通路へとフィアナを探しに向かう。と、言ってもフィアナが通るであろう道を行くだけである。


戦力を分散するのは愚の骨頂ともいえるが、ダイスケは彼一人で十分に魔人とも戦闘が出来る。それに対しフィアナと自分は二人がかりでも翻弄され、大敗を喫してしまった。だから、この場合はフィアナを孤立させない事が最善だとリーアは判断したのだ。


「にしても……フィアナはどこにいるのかしら?」


 フィアナが正面入り口辺りから入る事は間違えない。石造りの部屋の裏口よりも正門の方が小麦置き場には近いし、敵のスタート地点でもあるあの部屋から、こちらを目指すような事はまずないだろう。


「あの小娘なら逃げたぜ?」


 背後から声。リーアは体を翻し、その動作と共に杖を構えた。


「……どういう事よ?バケモノ」


 眼前に現れた敵――大鎌を持つメルサに鋭い視線を送った。その瞳は年不相応な闘志に満ちている。


「そのまんまの意味だよ。あの騎兵の小娘はオカマ掘られたガキと一緒に逃げてったぜ。子ウサギみたいで可笑しいもなんもって」


 蔑みと嘲笑が混じった笑い声をメルサは上げる。


「そう……なら、仕方ないわ。そもそもこの旅に彼女は関係ないし。で、本題は何?私に用があるから呼び止めたんでしょ?」


 リーアは不快そうな素振り一つ見せずに切り返す。


「けっ。面白くねぇな。じゃあ、本題に入るぜ?勇者さんはどこだ?すぐに教えたら手荒な真似はしねぇ」


「お断りよ。こんな有利な状況で条件を提示されてもなんも魅力を感じない」


「あん?」


 メルサの顔は怒りの色を露わにする。


「頭悪そうだから説明してあげる。自慢の鎌もここじゃ振れないだろうし、何よりも今の私達の間合いだったら、私の魔術の方が圧倒的に有利。この状況でよくもまぁ私を脅そうなんて思えたわね?」


  リーアのこの発言……これは七割が本気で残り三割はハッタリだ。


リーアとメルサの間は5メートル以上ある。これは即ち大きく一歩以上踏み込んでようやく鎌の一撃――それも切り落としというごく限られた技が放てるという事。そして、リーアの火焔の魔術ならこの間合いを無視してメルサを一瞬で消し炭に出来る。


しかし、この倉庫は木造。彼女が魔術を使えば火事になる可能性も大いにある。火事になれば隠密を旨とするこの作戦が灰燼に帰す事は逃れられない。


『のろし玉』を使って逃げるのも手だが、確実に追いつかれる。護身の短剣で戦うのは……論外。とにかく時間を稼ぐためにリーアはカマをかけたのだ。


「ぷッ。オレがバカね……確かにこの鎌ってのは人の首を刎ねて、血ぃ見んのには最高の武器だがよ、こんな風に狭い場所で殺し合うのには向かねぇ。でもよぉ……」


 メルサはおもむろに柄と刃の接続部分を回しだし――鎌を柄と刃に分離させた。


そして、刃を一振り。


カチャン。


風切り音に交じって小気味の良い金属の音が一つ。からくり仕掛けとかの金属部品がピッタリ接続された様な音がした。


「俺の鎌は特別制でねぇ――こんな風に剣にもなるんだぜ?」


 メルサの鎌の刃の部分は分離、そして一振りの剣へと変形した。狭い場所での得物の取り回しの問題はこれで解決された。


「あと間合いの事だよな?間合いはな、こうやって解決するんだよ!!」


 ヒュッ!!


 メルサは左手の鎌の柄をリーアに向けて投擲。投擲された柄は矢のような速さでリーアの顔めがけて飛翔する。


「きゃっ……!!」


 リーアは反射的に体勢を崩して寸での所でメルサの一投を回避できた。


「なめんなよ。ガキが」


 崩れた体勢を起したリーアの眼前に間合いを詰めたメルサが現れた。


刃の有効射程。リーアは杖を向け、眼前の敵を消し炭にせんと詠唱を……


「File……っ!!」


 しようとしたが、杖はメルサの空いた左手で受け流される。そして、剣を持つ右手の鋭い裏拳がリーアの頬を叩く。


「ぐっ……!!」


 為す術も無く右隣の棚に叩きつけられたリーア。メルサはリーアの髪を掴んで、立ち上がらせサディスティックな表情を浮かべながら自分の顔を彼女の顔に近づけ、


「これからお前をズタズタにしてやんよ……やべぇ、もう既にゾクゾクしてきた。ガキ――それも魔術師の肉を切り裂くなんて初めてだからなぁ。濡れちまいそうだ」


「離しなさいよ……この変態!!」


 リーアの頬を冷や汗と共に白刃が伝う。袋の鼠とはまさにこの事。


「こんな所で……私は死ねないんだから……!!」


この不測の事態を予想しきれなかった彼女自身の甘さと慢心が生んだ結果ではある故にリーアは自身の唇を血が出るほど悔しがった。


「そうよ、まだダメよ。メルサちゃん」


 第三者の声――といっても男の声に女言葉の時点で誰だかリーアには判明している。ラモンの声でメルサは刃をリーアから離した。


「勇者様は生け捕りにするように私とメルサちゃんの御主人様から言われているのよ。ご同行願えるかしら?」


「……どういう魂胆よ?」


「あなた達に興味が湧いたらしいのよ。悪くない話でしょ?」


「良い提案にも聞こえないけどね」


「そう。でも、あなたに拒否権は無いわ。勇者様のいる小麦粉置場について来てもらうわよ?」


 リーアの表情は一瞬固まる。


「あら、素直な子――本当に可愛いわぁん。私達の感覚器官は人の数十倍は優れているの。こんな密室で人を見つけるなんて訳ない事よ?」


 そう――だからメルサは自分を見つけられたのか……


「それなら……」


「それならどうしてあなたを泳がせたって?それはここであなたを捕まえれば、あの勇者様との交渉の材料が増えるからよ。あの子、人を殺せないけど捕まえるのには骨が折れそうだし。まぁ現にメルサちゃんのあばら骨を砕いたのだけどね」


 完全に奴らの方が一枚上手だった。リーアは己の軽率さに最高の呪いをかけてやりたくなった。


「じゃあ、命が惜しかったら私達と来てもらいましょうか?」


 メルサに腕をねじ上げられているリーアは為す術も無く、二人に連行された。

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