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◆本丸へ!

 小気味のいい馬蹄と車輪の音が長閑な街道に響く。木漏れ日を浴びながら勇者一行を乗せた幌馬車は目的地へ向かう。


「リンゴ、飽きた」


 馬車に積み込まれた、リンゴの樽の中から、農民風の服を着たリーアはむくれた様子でリンゴの芯を放った。


「俺も……目的地まであとどれくらいなんだ?フィアナ」


 リーアの隣の樽の中でダイスケも忌々しげにリンゴの芯を車外へと投げた。


今日のダイスケの鎧は普段のウィンザリオで支給された物では無く、ドロイゼン制式の騎兵用の鎧だった。地味な外見ではあるが、軽装で関節も動かしく易く実用的な鎧である。


 ここ半日近く俺とリーアはリンゴしか口にしていない。しかも、日本のリンゴと違ってこの世界のリンゴはやたらと酸っぱかった。


「そろそろです。予定通りに日暮れ前にはラース城に到着できそうです」


「早くしてくれよな」


「これでも急いでいる方なのですが……申し訳ないです」


 御者をしているフィアナは申し訳なさそうにしている。だが、フィアナはヒットス要塞からかなり長い間、馬車を不休で運転してくれている――責めるはさすがに酷という奴だ。


「もう一度確認するけど、本当にばれないのか?流石にリンゴの樽に隠れるのは無理があるんじゃないのか?」


 樽の中に隠れて侵入する。この漫画じみた光景を見た大半の人間は、その様相の滑稽さと無謀さに笑わずにはいられないはずだ。ちなみにこの侵入方法はフィアナとリーアが立案した物だ。


「はい。軍の食料品などは横領を防ぐために開けないように規則で決まっていますから」


「そうだったな……」


 ダイスケは拭いきれない不安を隠せずにいた。


「じゃあ、城内に入る前にもう一度作戦の確認をしようか」


 ダイスケから醸し出される不安な空気を察したリーアは、その場の空気を悪くしない為にも話題を変えようとする。


「まず、日暮れの鐘が鳴って、前もって城の外で待機している騎兵隊が陽動する。その混乱に乗じて遺書を奪って、逃げる。これで大丈夫だよね?」


「あぁ」


 この作戦はいわば陽動作戦がミソと言える。少数の手勢で、敵地から重要書類などを奪取するには陽動作戦くらいしか方法は無い。ルパン●世位のレベルの泥棒でない限り、ばれずに一国家の重要書類など奪えるわけなんて無いしな。


「でもまぁ、こんなことしたら本当に重犯罪者だな。捕まっても言い訳でき無いな」


「男が細かい事言わないでよ」


「そうですよ、ダイスケ殿。『やる』しか私達に選択肢は無いのですから」


「はい……」


 やはり女は強し。こんな状況でも肝を据えていられるなんて。男である俺もしっかりしないとな……。


「よし、やるか!!」


気合を入れるためにもダイスケは頬を両の手ではたいた。覚悟は出来てる……ウィンザリオで魔女と戦ったあの時から。



 ラース城は大規模とは言えないが立派な城である。ドロイゼン家の始まりの城とされ、歴代の王はこの城で眠っており、先日崩御された先王もここに眠っている。


 現都ミッドリオにあるドロイゼン城が政治の中心地だとすれば、ここは儀式や王族の避暑地として使われる城である。


 その為、駐屯している兵力も最小限であったが、今日はそうでは無かった。1000を超す近衛兵団がここの守りについている。それもそのはず。ここには国の命運を決める王の遺書が置かれているのだから。


「止まれ~」


 日が落ち始めた頃、ラース城に一台の馬車が城門前で停車させられた。


「通行書を提示しろ」


フードを深々と被った農民風の御者は近衛兵に羊皮紙で出来た許可書を差し出した。


「中身はリンゴか……」


「ええ。ヒットスの美味しいリンゴですよ。兵士さんが脚気にならないように持ってまいりました」


「そうか。なら、中身を改めさせろ」


「え……?軍規で中身は改めてはならないのでは?」


「この城を管理なさっているミレイル様が来る荷物を全て改めろと命令を出していてな。良いから中を見せろ」


 威圧的な様子で近衛兵は荷車の中へ入ろうとした。



―――マジかよ。


 リンゴの樽の中でダイスケの心臓は凍り付く。リーアにアイディアを乞おうとするが、声を出してばれたりしたら元も子も無くなってしまう。


――兵隊さんには悪いが、一戦やる事になるのか?

 

 最悪の事態に備えて俺は腰に差してあるナイフに手をかける。蓋をあけて、俺かリーアを見つけたら肩を一突きしよう。


『あの、待ってください』


『どうした?』


『実は……』


 その先のフィアナが何を言っているかは解らなかった。だが、何か手を打っている事は解る。取りあえずそれにかける他ないな……


『……今回だけ特別だぞ』


『はい、ありがとうございます』


 気が付くと馬車は前進しだした。


「もう大丈夫ですよ、ダイスケ殿、リーア殿」


「ぷはっ……危なかったな。どんな魔法を使ったんだよ?」


 フィアナの声を聴いてダイスケとリーアは樽から出て来た


「リーア殿に教わった誰にでも使える魔法です」


 そう言って、フィアナは親指と人差し指の先を合わせて丸を作っていた―――賄賂だった。


「……リーア、お前」


「正義の為よ。手段なんて選んでられないわ」


「確かにそうだけどさ……それにしても賄賂であっさりとうしてくれるなんてな」


「……これが、この国の実情です。兵は金で己の責務を簡単に投げ出してしまう始末です。騎兵の国が聞いて呆れます」


 フィアナの声はどこか悲しく、同時に悔しそうに聞こえた。確かに生真面目な彼女からすれば、本当に嘆かわしい現状なのだろう。


「そんな状況は、この国から魔女派の連中を追い出したらいくらでも変えられる。だろ?」


 でも、ここで嘆くだけ無駄だ。今俺達に与えられた選択肢は『行動』だけだ。


「そうですね」


 フィアナは頷く。そしてリーアも。この国を変えて、こちらの陣営に引き込むのがダイスケとリーアに与えられた任務――それを遂行するためにも三人は敵陣へと潜り込むのだ。


「食糧庫に到着しました。ここで、出納の兵を装って荷をこの中に入れましょう」


「おう」


 馬車が中庭の脇にある食糧庫に到着すると、フルフェイスの兜を被ったダイスケたちは現地の兵士と共に荷台からリンゴの樽を降ろし、食糧庫の前へと運搬する。


「ヒットスからの美味しいリンゴとブドウ酒、それに小麦粉です」


「うむ……リンゴ樽が5つに、酒樽が3つか……書類通りだな。よし、中に入れてくれ。終わったら城内で少し休息をとっておけ」


「ありがとうございます。運ぶぞ」


「はい」


 出納帳を付けている兵士の確認が終わると、俺達は樽の乗った台車を押して倉庫内に入ろうとした、が……


「おい、そこのお前」


 前を通り過ぎようとしたダイスケを出納係の兵士は呼び止める。


「随分と大きな剣を背負ってるな」


 そう、俺は忘れていた……普通にウォラガ・ヴァールを背負ったままであることを。


 常識的に考えて、こんな大きな剣を持ち歩く兵士なんている訳無い。それどころか、指名手配の情報とかで『大剣を所持』と書かれていたら完全に怪しまれる。


「え、あ……これは……」


 緊張しすぎて言葉がでねぇ!!言い訳しようとしたらしただけ、ガチガチになっちまう!!


「あぁ……すみません。彼、ウィンザリオ北部の出身の傭兵なんですぅ。騎兵刀使えって言ってるんですけど、使い慣れた大剣が良いって聞かなくて」


 リーアが俺と兵士の間に割って入ってそう言った。


「あぁ……高地人か。バカでかい剣を使う事で有名なあの……」


「それに、まだドロイゼン語も全然で……疑わしくてごめんなさいね」


「いやいや、こちらこそ失礼した。最近大剣を持った逆徒が出たとの話でな。だから気を付けろよ。帰りに積み荷を狙われたりしたら……」


「え~こわ~い」


「おい、何をしている。早く仕事をしろ」


 フィアナが凛とした声で俺とリーアを呼ぶ。


「ごめんなさ~い。いまいきま~す。じゃ、私達はこれで」


「あぁ。しっかり仕事をしろよ」


「はーい」


 そのまま俺達はいそいそと、食糧を乗せた台車と共に倉庫の中へと入る。


食糧庫には小麦粉やその他野菜をはじめとする食材に満たされており、広さもかなりあり、バスケットボールのコートが二面程だ。しかし大量の食糧を収納しているせいか、通路は人二人並んで歩ける程度の広さしかない。


「助かった、リーア」


「バカっ。怪しまれないようにしなさいよ!」


「すまん。だけで、やっぱりはリーアすごいな。機転の利いたナイスプレイだったぜ」


「……おだてないでよ。調子乗ったら正しい判断ができなくなるし……」


「あ、あぁ。すまん」


 少し頬を赤らめたリーアはカートの足を速めて、ぶつくさ言いながら大輔の前から去っていく。


「そうだ、フィアナ。このリンゴはどこに置けばいい?」


「リンゴとお酒はあの石造りの部屋です」


「解った。手早く済ませて作戦に移ろう」


 フィアナの指さした方向、石造りになっている部屋へと俺は少し急ぎ気味にカートを押す。


―――カラン


「ん?」


 倉庫の奥、生鮮食品の部屋に差し掛かると、物音と共に俺の背筋に違和感が走る。第六感って奴が誰かの存在を探知したのか?


――――誰かいる……


 カートから離れ、俺は剣の柄を握り、恐る恐るドアノブに手をかける。そして、固唾を一つ呑んでドアを開け放った。


「誰かいるのか?」

 

 ダイスケは自身の感覚器官を総動員して物音の源を探そうとするが、この部屋の光源は天窓からさす光だけで薄暗かった。


だが、空気――肌に伝わる第六感的な何かは確実にこの部屋に誰かがいると告げていた。


「いるなら返事してくれよ……」


首筋にひんやりとした嫌な物を感じつつ、俺は暗い部屋に踏み入った。その刹那……ひんやりとした感覚は喉元までに達した。


「……っ!?」


「動くんじゃねぇ……首と体を泣き別れされたくはねぇだろ?」


 喉元にあてられたひんやりとした何かは湾曲した刃だった。そして、その持ち主であろう人物の声を俺は知っている……。


「どうしたの?鼠でも見つけたのかしら?」


「あぁ。旦那の濡れ場に踏み入ったバカな鼠だよ」


 ……非常にまずい事になった。


「そう。でもまぁ、色事は終わったから良いとして……あらぁん、あなたは」


 このおぞましい話し方をする奴も俺は知っている。


「あらぁん。童貞勇者様じゃない?元気にしてたぁん?」


 闇の向こうから、天窓の注す光の中に現れたのは、純白のドレスに厚化粧、そして恐ろしい程に良い体つきの女性……いや、コイツは女性なんかじゃない。そして、コイツは量の腕に何かを抱えていた。


「でも、淑女の色事の場所に押し入るなんて無礼な勇者様ね」


「……このオカマ野郎」


「まぁ、無礼な人。私にはラモンって名前があるの」


「お前ら……ここで何してやがるんだよ?」


「あらぁ?童貞君がやった事の無い素晴らしい事をこの彼としていたのよぉん」


「オレはその見張りって所だな。退屈で眠っちまいそうだったけど、お前が来てくれて嬉しいぜ、勇者様よ」


 先客は先日砦を襲撃したラモンとメルサだった。


 そして、ラモンの腕の中には美少年――金髪のくせ毛で美しい顔立ちをしたルネサンス期の宗教画の天使のような顔をした少年が生気のない虚ろな目でぐったりと項垂れていた。


 彼の言葉とこの少年の状態を見て俺は一つの恐ろしい――死よりも恐ろしい事実を知覚してしまった。一気に正気を削り取られる様な恐ろしい事実だ。


「お前……こいつを掘っていたのか?」


「もぅ……下品な言い方ね。藁のベッドの上で愛し合っていたのよ」


「お前……ホモか」


「ホモ?私はただ可愛い男の子が好きなだけよ。食べちゃいたいくらいにね」


 ラモンの言葉を聞いて、俺は吐き気のような恐怖をおぼえた。


「へへ。旦那、こいつびびってらぁ。オレの鎌が怖いのか?」


「……お前の鎌よりも、目の前にいるホモの方が怖いわ」


「あん?殺すぞ?」


 俺の喉元に刃がさらに食い込む。


「およしなさい、メルサちゃん。この子はミレイ様に渡すのよ」


「けっ……面白くねぇ」


 ……どうやら奴は俺を殺すつもりは無いようだ。でも、今が危機的な状況である事は間違いない。


 とりあえず目下最大の危機は後ろのメルサだ。俺の後方1メートルの間合いから鎌を喉元の突き付けいるから、鼻っ面に頭突きも水落への肘鉄も無理だ。


 ここは神様――たって、あの露出狂に祈って奇跡の一つや二つくらいを期待する他無い。


 と、その時である。


 ――カラン。


 音が一つ。


 ――コロン。


 足元に転がって来た小石……いや、これは……


 それを何か認識するや否や、俺は反射的に目をつむった。


「Dolarl Charalith(水晶よ、輝け)!!」 


 詠唱と共に石ころ――リーアの水晶は眩い光を放った。



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