表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

◆国盗り合戦の始まり

 ヒットス砦にある宿泊用の個室の中、俺はただ窓の向こうに見える大きな満月を見上げていた。


「……くっ」


 満月を見上げる俺の胸の中は口惜しさで爆発しそうだ。


―――だから、童貞臭いの。つまり――人を殺せそうにないって事よ


 今日の昼、あの戦場でラモンとかいうオカマに言われた言葉だ。それが頭の中で何度もリピートされ、俺を苛立たせた。


「人を殺せそうにない……か」


 図星だよ――俺に人殺しは無理だ。いくら体を強化しても、心がそれを拒んでしまう。その事を初めて人の形をした敵と戦って改めて思い知らされた。


 人の形をした敵と殺し合う機会はこれからもっと増えるだろう。その時に俺は奴らと戦えるのか?


 そう考えると、旅を続ける自信が根こそぎ奪われていく気分になる。


 そして、俺は……恐怖に震えた。


 この日、俺は初めて『戦場』を見た。オーグル共とやっていた喧嘩の延長線上みたいな戦いでは無く、本当の戦争を。


矢が飛び交い、目の前で大勢の人が殺し合う地獄のような場所……それを見た俺は心底震えた。眼前に迫った死が怖いのも確かだが、リーアやフィアナをはじめとする見知った連中が死ぬのも怖かった。


 あの怒号の声と打ち鳴らされる剣戟の声を思い出して、俺は震えた。


 ―――コンコン


 誰かが来た……でも、今は誰とも話したくない気分だ。居留守でもするか。


『ダイスケ、起きてる?』


「リーア……」


『隊長さんにお話ししないといけない事があるんだけど、ダイスケも来てほしいの……疲れて寝てるなら良いんだけど』


 妙な衝動にかられた。


 話したい……ついさっきまでは他人と会うのも億劫だったのに、無性に自分の胸の内をリーアに話したくなった。


 一度自分の心の傷を晒したあいつに……今日、一緒に死線を乗り越えたあいつに。


 考える前に体が衝動的に動き、個室のドアを開けた。


「リーア」


「……すごくやつれてる」


 リーアはダイスケの顔を見るなり、吹き出した。


「お前こそ……顔色悪いぞ」


 俺を笑ったリーアも疲労のせいか、顔色が悪かった。


「う、うるさいわね。か弱い私が戦場なんて出たらこうなって、当然よ」


「か弱い女の子がオーグルを一瞬で何体も消し炭にするもんかよ」


「ふん……」


 リーアは頬を膨らませながらそっぽ向いた。


「起きてるなら、隊長さんの所に行こう。話さないといけない事があるんだから」


「あぁ、解った」


 俺はリーアに言われるがままに、石造りの廊下へと出て行き、隊長のいる執務室へリーアについて行く形で向かった。


 話さないといけない事……多分、ミレイルの陰謀についてだろう。魔女の息がかかった執政官だか何だか知らないが、とにかく奴が政治を握るとまずいらしい。それをどうするかを隊長と一緒に話すんだろうな。


 月明かりが冷たく降り注ぐ廊下を、沈黙と共に歩いていたリーアは、突然足を止めた。


 そして、重く閉ざしていた口を開き俺に問う。


「気になるんでしょ?」


「……何がだよ」


「あのオカマに言われた事……人を殺せそうにないって」


 突然の一言は的を得ていた。


「魔術でも使ったのか?」


「ううん。あんたの事だから気にしてるのかなって思っただけ」


「だから、どうして解るんだよ」


「一ヶ月も一緒にいれば、ダイスケがどんな人間かは、少しくらいなら解るようになるわよ」


 物凄い観察眼だな……俺はまだこのリーアという人間がまだ理解しきれないのに。魔術師だからこそ解るのだろうか?


「そうね……確かにあのオカマの言う通りダイスケは人殺しが出来るような人間じゃないと思う」


「ズバリと言ってくれるな……」


「でもね、ダイスケ――それでもダイスケは強いと思うよ」


 前を行っていたリーアは、俺の方を振り向いて言った。


「なんて言ったら良いのかな……ダイスケは凄いと思う。突然、よその世界の命運を背負わされて、ここまで戦える人間なんてそうそういないよ」


「だから、あんなオカマのいう事は気にしないの。あんたはあんたの戦いをすれば良い。相手を殺さない戦い方があったっていいじゃない」


「リーア……」


 何だか救われた気分がした。


 同じ年頃の女の子に何度も俺は救われている。自分の不甲斐なさと一緒に改めてリーアの凄さが身に染みた。


「ありがと。また救われたよ」


「そう。なら良いんだけど」


 俺の言葉を聞いたリーアは小さく笑った。



 入国して一週間も経っていない俺にはこのドロイゼンという国の状況がよく解らなかったので、話に入る前にサルフェリオ隊長と同席しているフィアナは懇切丁寧に現状とその政治形態を教えてくれた。


 現状は、至って深刻らしい。


 先王、ローランド公はいわゆる二代目のボンボンのようだったらしい。


 ローランド公の先王、彼の父から王位を譲り受けたが、先王は色事に現を抜かし、政治は閣僚にほとんどを任せきりだったらしい。そんな女好きな性格の王様に取り入ったミレイルは、王の寵愛と一緒に政治への大きな発言権を手にしたとの事。


 そして、ミレイルは魔女側が有利なるように和平政策を展開。国境沿いの兵の撤退、軍縮などなど……。


 ……これって、100%先王の責任じゃね?


 いや、女が好きなのは解るけど、プライベートと仕事のメリハリがきちんと出来ない人間が王様をやって良いのかよ。


「まったく……その先王ってのがしっかりしてれば、こんな状況には」


「そう言いなさるな……ダイスケ殿」


 苦笑いをするサルフェリオ隊長……きっとこの人も色々とこの王様のせいで苦労なさったんだろうな。


「で、リーアの暗殺説はどうなんですか?」


「……これが十分にあり得る話なのやもしれぬ」


「と、言いますと?」


「その……使いの話によると、崩御なさる前は至って元気にお過ごしなさっていたとの報告が……」


 答えたのは隊長の後ろに控えていたフィアナだった。


「死因は?」


「これが聞くところによると呪術が使われたらしいです。それをミレイル率いる魔術師が現在調査中とのことです」


「……ますます怪しいな。つうかここまで怪しいのに、どうして誰もミレイルを放っておくんだよ?」


「聞いてのとおり、ミレイルは宮廷で絶大な権力を持っておるのだ。下手に動いたら、その者の身が危ないのでな」


 まぁ、そうなるわな……


「でも、それじゃ一週間後にはミレイルがこの国を……」


「それは遺書が公開された場合だ」


「……公開?」


「一週間後に、ヒットスの近くにある避暑用のラース城で遺書が公開される。その前に遺書を奪えば良いのだ」


「奪うって……」


「王が急逝し、遺書が書かれていない場合、もしくは後継者を公言していない場合は王族より後継者が選ばれるのだ」


 なるほど……遺書を奪ってしまえば、全ては文字通り白紙になるのか。ていうか、それを先に言えよ……リーアの奴め。


「でも、その王位継承者ってのが魔女派だったらどうするんですか?」


「それには心配は及ばぬ。第一王子のローザックは古き我が友で、魔女と戦う覚悟のある男だ」


「信用のおける人物なのですね?」


「うむ。あやつなら貴殿の助けになるであろう。ただ、聞いた話によると彼はラース城に幽閉されているらしい」

 

 お先真っ暗かと思いきや、意外と希望はあるようだ。


「でしたら、その人を開放して、遺書を奪いましょう。遺書はどこにはどこに保存されてるんですか?」


「遺書は王の間にあります。ですが、王の間は近衛師団が警護しており、王城に忍び込めても奪取は困難かと……」


 後ろに控えていたフィアナが口を開いた。


「そりゃそうだわ……国家元首を決定する書類がザル警備なわけがないよな。それに俺達ってお尋ね者だから都にも入りずらいだろう」


「地下水道から入るのはどう?」


 リーアが閉ざしていた口を開いて、意見具申した。


「地下水道があるのかよ……」


 俺のいた世界では古代ローマやインダス文明の時代に下水道は確かにあった。でも、中世になってから古代ローマの技術は廃り、下水道という物は産業革命時代以降のペスト予防や街の公衆衛生の為に本格的に作られた。


 それを15、6世紀くらいの文明レベルで作るとは……恐るべき世界だ。


「この世界では人口が多い街に水道は欠かせない物なのよ。疫病の蔓延を防いだりするのにね」


 と、この世界の解説役のリーアが得意げに説明した。


「なるほど……じゃあ、そのプランで行こうか」


「しかし、王城への地下道は誰も知りません。この方法では城に忍び入るのは無理でしょう」


 そりゃそうだよな。そこから攻め入られたりしたら、国が亡びかねない。


「じゃあ、正面から入るのはどうだ?この前みたいに衛兵を魔術で眠らせて」


「バカ。前回と今回とじゃ状況が大分違うでしょ?前回はただの住民だったけど、今回の私達はお尋ね者なのよ。すぐに衛兵に捕まるじゃない」


「そうですよ。リーアさんの言う通りです。もう少し慎重にならないと」


 返す言葉も無い。我ながら軽率――いや、悪ふざけに走り過ぎた。でも、これくらいしか城に入る方法が無い……。


「いや待て……運搬物資に紛れ込んで、王城に侵入するのはいかがかな?」


「はい?」


「王城に入る軍の物資は、基本的に横領防止の観点などで中身を改められる事は無いのだ。そして、明日はこの要塞から名産品のリンゴが王城へ送られる」


「なるほど……リンゴに紛れ込めと」


「少し滑稽に聞こえるが、検問を超える方法はこれくらいしかない」


 色々とツッコミ所が満載だった。横領は防げても、クーデターとかは防げそうに無くね?だとか。警備ガバガバ過ぎじゃないか?とか。


 それらのツッコミを隊長にぶつけたら、自嘲気味に隊長は応えた。


「こんな間抜けな方法で国の中枢に入れるほどこの国は腐敗しているですよ」


「そう……ですか」


「私が若いころは、横領など無ければ曲者をリンゴに紛れ込ませて城に入れられるような国では無かった……だが、魔女の狗がこの国を変えてしまったのだ」


 隊長の顔は厳めしさと口惜しさで満ち満ちて、悔しさを口からこぼす。


「連中は和平の名のもとに軍を弱体化させ、そのせいで国境近くに暮らす民は魔女の軍勢に略奪や殺戮の憂き目に遭っているのだ……ダイスケ殿、何としても遺書を奪い、是非とも貴殿にこの国を変えてもらいたいのだ」


「……解りました。罪の無い人たちが苦しむのはこっちも良い気がしませんから」


「本当にありがたい。では、明朝出発していただいてもよろしいか?この砦の馬車と御者にフィアナを出しましょう。良いか、フィアナ?」


「はい。お父様」


「うむ。今夜はもう遅い。作戦の詳しい内容は、明日出発の際に紙に書いて渡そう――皆、武運を祈る」


 その言葉と共に俺達の国盗り合戦は始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ