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◆流転

 息が乱れ、視界も頭の中もぼやけてきやがった。脳に酸素が行き渡って無いようだ。貧血で倒れる一歩前だ……いや、倒れていてもおかしくない。


 でも、何故だろう……?


「お前……お前だけはただじゃ済ませねぇ」


 このオカマ野郎をぶちのめすまでは倒れたくないんだ?


 満身創痍。体中の穴と呼べる穴から汗が吹き出し、服の左袖は血でどす黒く染まっていた。自分達もそうだったが、ダイスケはダイスケで壮絶な戦いをしていた事をリーアとフィアナはこの場で知る。


「遅いじゃなぁい……あなたが来たってことは、メルサちゃんは死んじゃったの?」


「……殺しちゃねぇよ。だが、お前は殺してやりたい!!」


 大輔は大剣の切っ先をラモンに向けて、荒ぶる感情を抑えようと努力する。だが、その努力もむなしい結果に終わりそうだ。自分の友達……いや、大切な仲間をあそこまで傷つけられたのだ、無理もない。


「勇ましいわね――」


 ラモンは大輔をなめるように見回し、頷く。そして、一言。


「あなた、童貞臭いわね」


「は?」


「だから、童貞臭いの。つまり――人を殺せそうにないって事よ」


 その言葉を聞いて俺は一瞬だが、返す言葉を失った。確かに俺は童貞だ……女の子と手をつないだ事も無い。だが、奴は俺の本質を見透いていたようだ。


 ――人を殺せそうにない。


「帰るわ。童貞と遊ぶ趣味は無いし、お化粧も治したいし」


 そう言ってラモンは踵を返し、さっきまで激昂した様子を微塵も見せずに優雅な足取りで大輔達を残し去ろうとする。


「待てよ……どういう事だよ?」


「そのままの意味よ。ボロボロの童貞君と遊んでも面白くないでしょ?死にたいなら話は別だけど」


 発せられたラモンの言葉とその眼光……それから俺は冷たくて恐ろしい何かを感じ取った。殺意と殺気だ。


 悔しいが俺じゃ太刀打ち出来ないかもしれない。


「うん。お利口さんね。そうするのは正しい選択よ。じゃあ、また会いましょうね」


 去りゆくラモンの背中。それが遠くなればなるほど俺の胸を締め付ける何かは緩くなっていくのが解る……俺は安堵しているのだ。奴が俺達を見逃してくれたことを。


 そして、気づけば俺は草の上に膝を折っていた。緊張という糸が切れて、崩れ落ちた人形のように。


「くそ……くそ!!」


 悔しさに耐えかねた大輔は大地に拳を振り下ろした。何度も、何度も、何度も……。見下されたのも悔しい……だが、大切な仲間にあんな仕打ちをした奴に何も出来なかった自分にもっと腹が立った。


「ダイスケ、やめて」


 自責する己の腕を誰かの優しい手が制止させた。


 リーアとフィアナだった。


 ラモンとの戦いでボロボロになった彼女達は立つこともままならず、這うように大輔のもとへと来たのだ。


「リーア……すまなかった。俺はお前たちを……」


「ダイスケが来てくれて嬉しかった……ううん。来てくれるって信じてた。だから、私は絶対にダイスケを責めたりしないから。フィアナもそうでしょ?」


「えぇ……私もリーアさんと同じです。ダイスケ殿は私達の為に魔人と一人で戦い、あまつさえ勝利しました。そして、満身創痍の体に鞭を打ってまで私達を救いに来て下さった……そんなダイスケ殿を誰が責めるものですか」


 二人ともボロボロの笑顔を大輔に見せた。


ボロボロになりながらも戦い、不甲斐ない自分を信じ続けてくれた……。その気持ちだけで、俺の心に巣食っていた恐怖や惜しさは溶けていく。


「にしても酷い恰好ね、私達」


「そうですね……立てます?ダイスケ殿、リーアさん」


「俺は……少し無理かも」


「なら、味方がくるまでこうしましょうか?」


「そうね。それも悪くないかな?」


「あぁ」


 ボロボロの三人がドロイゼンの豊かな大地を枕に澄み切った空を仰いだ。透き通る青が目に染みる。血のしみついて穢れた大地とは裏腹に空は澄み渡っている。


 命のやり取りの中で生まれた信頼関係は強い。


 そうだろ?リーア、フィアナ?


 微睡まどろむ意識の中、最後に見えたのは戦友の安らぐ顔だった。



 ヒットスの街は救われた。


城壁を包囲した魔女の軍勢は勇猛果敢なる騎兵と歩兵達の勇戦により撃退できた。だが、犠牲は少なくは無い。騎兵三十名弱に歩兵が四十名以上の戦死者が出た。


 この日の夕暮時、隊長のサルフェリオを筆頭に城壁の上で、ドロイゼン牛の角笛が鳴らされ、弔いの狼煙が上げられた。

 

 もくもくと天へと伸びる煙が目に、谷に響き渡る角笛の音色が心にしみる。俺は名前も知らない兵士達の死を悼んだ。


「この煙は生者が天にいる死者に自分達を見守ってもらう為のしるべとして上げるそうよ」


「よく知ってるな、リーア」


「お師匠に教わったの」


「そうか……で、フィアナは?」


「フィアナなら、あそこで……」


 あそこ―――城壁の端で肩を震わせて、泣いていた。


 そうだった。彼女はここの兵士だ。亡くなった兵士の中に彼女の友人がいてもおかしくない……。


 これが戦争か……


 文字や絵でしか見た事の無い世界だったが俺はこの日初めて、どんな物か知った。


 意味の無い命の損耗。ただそれだけだ。

「今はそっとしてあげよう……」


「そうだな」


 今のフィアナの気持ちは解る。大切な何かを失った時の悲しみだ。そんな時はそっとしてもらって、涙と共に拭い去るのが一番……そうではあるが、やはりやるせないし、失ったモノを忘れることなど出来はしない。


「ねぇ、ダイスケ……」


「どうした?」


「死んじゃ嫌だよ……」


 不安の色がリーアの言葉には満ちていた。そんなリーアの姿を見るのは初めてなので俺は心配になった。


「リーア?」


「あ、あんたは私の大切な金ずるなんだから、死なれたら大損こくの。だから、死ぬなって事よ……」


 ここまで来て金の話か……。まぁ、目標の為なら仕方ないか。


「あれ……どうしたの、あの騎兵?」


 丘陵のかなたから一人の軽装騎兵がとてつもない速さで、こちらの城壁へと迫る。鎧の形状からするにドロイゼン軍の物に違いないが様子が鬼気迫っており、ただ事でない事が感じられる。


「城門へ様子を見に行くか」


「えぇ」


 何かと思い、俺とリーアは城門へ様子を伺うことにした。


開けた城門にはサルフェリオ隊長率いる騎兵隊の十数名が大輔達より先に降りていた。その場にいる全員の顔に緊張が走っている……次なる戦の予感しているのかもしれない。


「都より伝令!!」


「どうした?」


 気を引き締めた様子でサルフェリオは伝令の騎兵に問う。


「ローランド王が崩御なさいました!!」


「何と……それは誠か!?」


「はい。昨日までは病の気も無く、過ごされていたのですが……今朝、寝台で息を引き取ったとの事……」


 みんな動揺しているけど、余所者の俺には良く解らない話だ。とりあえず、リーアに訊こう。


「なぁ……ほーぎょって何だ?」


「崩御っていうのは王様が亡くなったって事よ。ローランド王はドロイゼンの今の王様よ」


「なるほど……ってまずくないか!?」


「そうよ。王様が急になくなるってことは国が混乱するって事……それに乗じて魔女が―――まさか!!」


 リーアが何かを閃いた様子だ。だが、この文脈では確実に悪しき事態であるのは間違いない。


「ちょっとダイスケ、手」


「お、おう」


 言われるがままに俺はリーアの手を握る。きっと、これはフィアナにやった念話という奴をするサインだ。


『ミレイル・ロットルトンが王位継承の為に王を殺したんだわ……』


 本当に俺の脳裏に直接リーアの声が聞こえる。魔法には慣れてきたが、さすがにこれは初めての体験なので、少しビビるわ。


『何で?あいつはただの執政官だろ?王位継承って普通は……』


『フィアナも言ってたでしょ、王様はミレイルの言う事を大抵聞くって。それに魔術師と来たわ。暗示魔術でも使えば、遺書に王位継承権は彼女にあると書かすことも可能よ』


『でも、それなら王族が黙ってないだろ』


『ここは血縁じゃなくて実力主義の国よ。王が継承するって言えば、その人が王なのよ』


『じゃあ、何で殺したんだよ?』


『私達が来たからよ。本当はゆっくりとこの計画を進めるはずだっただろうけど……私達が処刑されずに済んで、計画を早急に進めなければならなくなったのよ……勇者の声でドロイゼンがウィンザリオ陣営に入られては魔女たちにとっては絶対的な脅威になるから』


 そうなのか……なら辻褄が合う。だが、リーアの説が正しければ、この国は確実に魔女の陣営に落ちる。


「あの、サルフェリオさん」


「何だね?」


「次の王様はいつ決まるんですか?」


「喪に伏した次の週だ……」


「そうですか。今晩、暇な時にお話しよろしいでしょうか?」


「構わんが」


 この日、舞台は激しく流転した……。


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