◆乙女に向けて……!!
妖将ラモン。純白の高貴なドレスにカールの掛った金色の長髪を見に纏った異様な外見と雰囲気を持つ彼を形容した的確な言葉。その得体の知れない恐怖にリーアとフィアナは最大の警戒心を以って杖と刃を構えた。
「あらぁ、残念。アタシ的には勇者の坊が良かったのにぃ。ま、退屈しのぎには良いかしら?可愛い姫騎士さんに魔術師さん♪」
「……妖将め。その首を父上に差し出してくれる!!」
異様な敵に少し怯えながらも、フィアナは張れる限りの虚勢を張った。気持ちで負けたら体躯の劣る彼女は当たり負けしてしまう、その事を理解しているのでフィアナは自分の心を奮い立たせながらラモンと対峙しているのだ。
「武器を取れ、妖将。いくら魔女の走狗と言えど、丸腰の敵を斬るのは騎士の道に反する」
「それはご親切に。お言葉に甘えて抜かせていただくわぁん。でも、アタシの武器を見て驚かないでよ?」
いや……あんたの姿を見たら他の物には驚かないわよ。そう心の中でリーアは呟くも、彼女はラモンの挙動を見逃す事は無いように、視点を彼の手の一点に集中させる。
「見せてあげるわ。アタシの剣♪」
歌うように宣言し、ラモンはスカートの右腿の辺りから開けている部分を『ばさぁ』っと翻した。そして、腿に隠してあった剣を抜き放った。
「むふふ……どう、私の剣?」
自慢げに剣を見せびらかすラモン。対するフィアナとリーアは、二人そろって絶句した……彼の手にしている一振りの剣を見て。
剣は何処にでも有るような一品だ。サイズもフィアナの騎兵剣と変らない位で、何処にでも有るような物。だが……異様なのはその“柄”と“鍔”だった。
「な……なななな!!」
「な、何よ、これ?」
「あらぁん。ウブな小娘には少し刺激が強すぎたかしら?」
黒光りし、先端が異様にシャープな柄と一対の球を持つ鍔―――その見た目はまるで二人が絶対に持つ事のあり得ないモノ、男にしか持ち得ない一物のよう……いや、その物だった。
「乙女に何てもの見せるのだ!?この不埒者め!!」
「いやぁね、失礼しちゃうわ。何?もしかして、普段からそういった事を意識してるからそんな風に見えちゃうんでしょ?」
「そんな訳……!!」
「ふふ、可愛い。魔術師さんもよ♪」
顔を赤らめて必死に訴えるフィアナとは対称的にリーアは俯きながら何かをボソボソと呟いていた。「助けて、お師匠……」だとか何とか。ラモンの精神攻撃は確実にフィアナとリーアに有効打を与えたようだ。
「このぉ……ド変態!!」
痺れを切らしたのか恥ずかしさあまってか、フィアナは左足で大地を力強く蹴ってラモンに肉薄。鋭い突きを彼の腹部に繰り出した。
「おそぉい」
ゆらり。剣で受けもせずにラモンは最小限の動作でフィアナの突きを回避、続く剣戟もことごとく、風に揺られる花の如き動作で避けた。
「右に避けて、フィアナ!!Filea Helmil……!!」
フィアナがサイドステップで射線から退避すると、リーアはラモンに向けて炎弾を放った。しかし、これも命中せず。
「どうしたの?私の剣を見て集中力でも欠いたのかしら?」
余裕綽々の様子のラモン。一向に剣を構える事無くフィアナの放った剣戟とフィアナの火炎魔術を軽やかで無駄の無い、いうなれば美しい動作で避け続けた。
火炎と白刃の輝きが草原に煌めく。
遠く聞こえるはずの刃の金属音もせず、放たれた火炎は空を焼くだけだった。
二対一。数が勝る方が有利だというリーアとフィアナの中での基本事項は音を立てて崩れ落ちた。
万物には特異な事象もある。
それが眼前の敵とそれらを総べる魔女と呼ばれる存在だ。こんな化け物と戦う自分の愚かしさと、一向に攻撃の当たらない事に対する苛立ちにフィアナの太刀筋に焦りと名の付く綻びが見え始めた。
「ん~?もっと頑張りなさいよ、つまらないじゃないの?」
「黙れ……この!!」
自分でも頭に血が上っている事はフィアナ自身、理解できている。怒りや焦りで達筋が荒くなっているのも解る。それでも、彼女は当たらぬ焦燥に駆られ太刀を振るうのをやめる事は出来なかった。
「下がって、フィアナ!!」
まだリーアの言葉に耳を貸す事の出来るフィアナは後方へ跳躍し、彼女の元へ戻った。そして、戻って来たフィアナにリーアは
「私の手を握って」
「はい?」
「良いから」
訝しさを残しつつフィアナはリーアの手を握る。すると、妙な事が起きた。
『聞こえる?』
「え……?リーアさん?」
リーアの声がフィアナの頭の中に響いた。何が何だか分からずに混乱するフィアナにリーアは
『これは念話って魔術よ。心の声で話して』
『こ、こうですか?』
『うん』
要領を掴んだフィアナは同時にリーアがこれから行おうとする事が何だか解った。
『作戦会議するつもりですよね?』
『そんな所。とりあえず、さっきみたいにバラバラに攻撃しちゃダメだってことは解ったでしょ?』
『えぇ……で、何か思いついたのですか?』
『合体技。魔術で奴の注意を引くから、私の合図であいつに一発かましてやって』
あまりぱっとしない戦術だ。でも、ここはリーアを信じるしかない。自分は彼女のように魔術も使えないし、かといってラモンに勝る剣の腕を持っているわけでも無い。なら、ここは彼女と力と息を合わせてあの妖将を倒すしかない。
「作戦会議は終わったのかしら?レディを待たすなんて、教育がなってないようね」
「「黙れ、オカマ!!」」
ラモンの軽口をいなし、二人は意を決し眼前の敵と対峙する。もう、迷いはない。
「では、やりましょう」
「うん。ボッコボコにしちゃおうね」
こくり。今出来る事は自分の仲間を信じるほかない。背中を任せられる仲間を残し、フィアナは駆けた。
「あら……性懲りもなく」
完全に舐めきった態度のラモン。そこに付け入るスキがある、そうリーアは見た。間合いを詰めていくフィアナを見守りながら、今かとその時を待つ。
焦るな。早まるな。
リーアは凪いだ海のように己の心を平静に保たせる。
駆けるフィアナと優雅な様子でクネクネと揺れるラモンとの距離二メートル。
今がその時だ。
リーアは己の血潮を巡る祝福されぬ因子を閉じ込める扉を開こうとした。それを開くための鍵。それは……
「Filea Weal(炎壁よ)!!」
一つの詠唱だった。
声帯を震わせ、因子を物理世界へと解き放つ。ラモンの足元で、因子は空気中の酸素を糧に燃え上がり、フィアナとラモンを隔てるように炎の壁を作り上げた。
「今よ、フィアナ!!」
轟々と燃え上がる炎。フィアナはそれに一瞬たじろぐ。
だが、これで自分の姿は相手からは見えない。この機を逃したら勝ち目は無くなってしまう。
「はぁあっ!!」
フィアナは意を決して炎壁に突っ込む。そして、刃を唸らせながら己の持ちうる限りの力を振り絞った突きを放つ。
刃は風を切り、炎を引き裂いた。
炎の向こうにいるラモンは何も出来ずに、ただ立ちすくんでいるだけ。これなら確実に屠れる。フィアナは確信と共にラモンの眉間へと切っ先を伸ばす。
突きはラモンの眉間に突き刺さり、彼の生を止める――――筈だった。
「なっ……」
フィアナは言葉を失う。
「……やって、くれるじゃなぁい」
フィアナの放った刺突をラモンは刹那と呼べる時間でよけていた。しかし、完全には避けきれてはおらず、頬から一筋の血が流れる。
「この小娘がぁ!!」
仮面が剥がれ落ちた。さっきまでのオカマキャラは崩壊し、ラモンは野獣のような唸り声と共にフィアナの顔に裏拳を叩き込んだ。
「ぐっ」
鈍い衝撃。
裏拳の勢いで吹き飛ばされたフィアナの脳は揺れ体から立ち上がる力を奪われてしまった。そして、ラモンは倒れた彼女を蹴鞠のようにけたぐりまわす。
「クソ虫の分際で、私の顔に傷をつけるなんて万死に値するわ!!死ね。死ね!!」
「フィアナ!!」
リーアは動こうとするが、彼女も足がよたついてその場に崩れる。
「バカな娘。自分の分際もわきまえずに魔術をバカスカ使うからそうなるよ。でも、あんたは見込みがあるわ。どう?私の下で働かない?払いは良いわよ?」
倒れるフィアナの顔に足を乗せるラモンからの突然の勧誘。リーアは当然断るとフィアナは思っていたが――――
「……いくら?」
「リーアさん!?」
「うーん……弾むわよ?一生遊んでくれる程の大金をあげてもいいわよ」
「具体的に……」
「爵位と金貨700でどう?」
「そう……なら」
爵位と金貨700枚……これだけ貰えると言われてなびかない人間はいない。呼吸を整えたリーアは頭を上げて一歩踏み出した。
「ダメですよ、リーアさん!!」
「クソ虫は黙ってなさい」
ラモンのもとに来たリーアを見てフィアナは全てを諦めた。無理もない……渾身の策も破られ、大金を積まれたら自分でも靡いてしまうかもしれない。
だから、決してフィアナはリーアを恨んだりしない。彼女が無事なら良い。そう、思っていた。
「これが……答えよ!!」
荒い呼吸が混じって声帯に無理をかけて出したような声と共にリーアは杖を振り上げ、ラモンの頭を打とうとする。だが、その一撃はラモンに容易く受け止められた。
「ホントにバカな娘。頭を下げたらお金と命が手に入ったのに」
「……金貨700?爵位?そんなんで靡くほど私は安い人間じゃないわ」
それは絶望的な状況に陥った人間の出来る表情ではなかった。リーアは敵意の籠ったを込めた最大限の微笑をラモンに見せる。
「あんたらみたいのと組んで儲けるより、あのバカ……バカだけど、真っ直ぐなアイツと儲けた方が100倍楽しい。私を手なずけたかったら、金貨百万は持ってきなさい!!」
あのバカ。そのバカが誰かを悟ったラモンは嗜虐的な笑みを浮かべ、彼女に言う。
「そう、なら愛しの彼のもとへ送ってあげるわ。どうせ、メルサちゃんに殺されてると思うし」
揺らめく白刃が彼女の胸元に迫る。
終わりか―――短かったけど、面白い旅だった。
「……やめろ……」
遠くに響く誰かの声が微かに聞こえる。もう、何もかも遅いけど。
「やめろぉお!!」
鼓膜の振動が大きくなるや否や、骨が骨を打つような音がリーアの耳朶を打つ。
「え……?」
眼前にいるのはラモンではなかった。
「遅いじゃない……バカ……」
安堵。そんな生ぬるい言葉ではかたずけられない感情がリーアの胸を駆け巡る。
「バカダイスケ」
リーアの視界に現れたのは一人の少年だった。真紅の鎧に黒真珠のような髪を持つ少年。
そう―――アイツが来たのだ。勇者ダイスケが。




