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◆オナベな鎌使い

 鎌使い――――アニメとかでよく見るデカイ鎌を振り回すのはさっき見たけど、実際どう技に警戒すれば良いのかな?やっぱ草を刈る様な横薙ぎの攻撃か。


「大将じゃなくて俺と遊びたいのか?話せるじゃねぇか、勇者さんよ」


 メルサは興奮を隠せずに、鎌をくるくると弄びながら大輔との間合いを詰めた。その表情はまさに血に飢えた獣。オーグルの比にならない様な殺気を漂わせて大輔に近づいていく。


 肌にピリピリと来る殺気……多少怖気つく俺は基本のスタンス、正眼にウォラガ・ヴァールを構えた。互いの距離、約5メートル。一歩踏み出して斬撃を繰り出せば必ずあたる間合いに大輔とメルサはいる。


「……オカマの相手は嫌だ。オナベのほうがマシ」


「へぇ……面白いな、お前。いいぜ……!!遊んでやるよ!!」


 瞬間、俺の背筋は凍りついた。奴の見せた破顔した笑み。性的な快感―――そんな快楽を感じた時に見せる本能的な笑みを浮かべてメルサは鎌を横薙ぎに振るった。彼女の放った白刃は、ジェザルトやフィアナの太刀筋と同等のスピードで、大輔の首へと滑り込むよう斬り込まれる。


「っ!!」


 大輔は鎌の柄もウォラガ・ヴァールを逆袈裟に合わせて、斬撃防いだ。間一髪って所だ。反応が一瞬でも遅れてたら俺の首は……怖ぇな。


「へぇ……オレの薙ぎ払いを防いだ奴は久しぶりだ。やるじゃん」


「そうなんだ。そんなに疾く見えなかったけど」


「言うじゃねぇか。更に気に入っちまった!!」


「ありがとう、嬉しくないけど!!」


 大輔は肩を入れてメルサを突き飛ばし、逆袈裟に切り上げる。だが、メルサは余裕そうにひらりと彼の残撃を避けた。


 再び開けた間合い。両者、すかさずに同時に大地を蹴って、振り上げた互いの刃を叩きつけた。金属の音と火花を撒き散らす攻防が始まる。目まぐるしく切り結ばれる白刃。常人では見切る事の出来ないような速さだ。


 強い。


 今まで戦ってきた敵の中で上位の強さだ。疾いし、力も強く攻撃も正確だ。一瞬でも気を抜いたら絶対に死ぬ。大輔は体の全てを使い、剣速を上げる。疾く。ただ疾く。それだけを意識して目の前に降り注ぐ猛攻に立ち向かう。


「やるじゃねぇか、勇者さん。もっと楽しもうぜ……殺気込めて打って来いよ!!」


 言葉と共に放たれた鎌の袈裟字の振り下ろしを俺は手首を返し、剣を寝かすようにして受けた。再びつばぜり合いになった。


「お前の動き、面白いな。ここらの奴とはまったく違うな」


 つばぜり合いの最中、メルサは大輔に言う。


 それは事実だ。大輔の太刀筋と体捌きは突きを主体に置いた騎兵剣術とは違う。幼い頃に、なつねぇに教わった剣道がベースとなっているのだ。その証拠に足捌きはすり足になり、攻撃は斬撃が主体となっている。


「12あいも持った奴はお前が始めてだぜ?このままだと、オレが負けちまうかもな」


「だろうね。戦いのときに口数が多い奴は負けるって相場が決まってるもんな」


「へへ……言うなぁ!!」


 そう言ってメルサは俺の腹に膝蹴りを叩き込んだ。鎧で直撃はしなっかったけど、中々の威力だ。腹にジーンと来た。そして、間合いをとったメルサは鎌の柄の先端についているびょうで大輔の顔突くが、彼は左の肩口に切っ先が下を向いた鎌を避けた。


 よし、このまま懐に……


 俺は切っ先が自分の後ろに流れたのを見て一気に肉薄。左手でジェザルトの短剣の柄を握る。長物の弱点は懐に入られる事……なのに何でこいつ、焦らないんだ?それどころかこいつ……嗤ってやがる。


「引っかかたぁ」


 メルサは懐に入ろうとしてきた大輔に歌うように言った。そして、彼女は手首を翻して柄を引き戻す。


 刹那とも呼べる時間に俺の直感が叫び声を上げた。本能が神経に干渉し俺は脳が指令出す前に身をかがめて横転して、後方から来る冷たい何かを避ける。


「くっ……!!」


 とっさの回避ので背中への直撃は避けられたが、取って立ち上がった俺は自分の左の二の腕あたりに一文字いちもんじの切り傷を負った事を知った。ドクドクと温かい血が左腕に伝わる。


「ヒュー!!あの一撃を避けたのはお前が始めてだよ!!」


 あの一撃……俺は今になってさっき起きた事が理解できた。最初の刺突は注意を前方に逸らす為の布石。本命は背後に流れた鎌の内刃での斬撃。


 そう、鎌で稲穂を刈る時の要領だ。


 俺は『引いて切る』という鎌という道具の本質を忘れていた。その代償として、貧血気味の俺には色んな意味で痛手となる出血をしてしまったが、不幸中の幸いにも傷は浅く、アドレナリンのおかげで痛みも引いて左手は何とか動く。


「良い!!これだよ!!これ!!やっぱ血ぃ見なきゃ楽しくねぇよな!!」


 興奮を満面に浮かべメルサは漆黒の刃に舌を這わせ、大輔の血をなめた。そして、さらに顔を悦びで歪ませる。


「やべぇ……面白すぎて、濡れて来やがった!!」


 狂喜の表情とともに鎌を振り上げたメルサは大輔に襲い掛かる。血の味を覚えた獣――――今の彼女はまさにそれだ。


 放たれた打ち落とし。メルサの一撃はさっきよりも疾く、重く大輔の防御は沈みかかる。


「一々……変なこと言うんじゃねぇよ!!」


 大輔は手首を返し下にかかる力を受け流し彼女の重心を崩す。そして、右足を基点に身を翻し背後に回りこんで袈裟切りを叩き込もうとする。


「遅せぇんだよ」


 大輔の刃がメルサの背を切り裂くよりも先に、メルサの右後ろ蹴りが大輔の腹に突き刺さった。


「がはっ……!!」


 さっきの膝蹴りよりも強い衝撃に大輔の鳩尾みずおちはのた打ち回る。苦痛のあまり、彼はその場に膝を折った。


「ぼさっとすんじゃねぇよ、勇者さんよ?」


 メルサはすかさず大輔の横面に鞭のようにしなった廻し蹴りを叩き込んで、彼を蹴鞠のように弾き飛ばした。


「どうした、もう終わりか?もっと、楽しもうぜ。もっと肉を引き裂かせろよ、なぁ?」


 草原に仰向けで倒れる大輔の左肩の傷を踏みにじって、自分の顔を近づけてメルサは言った。


「ぐっ……このクソ女」


 傷口の痛みで大輔の顔は苦痛に歪んだ。対照的にメルサは彼のその表情に愉悦を刻んだ。そう、一種の生理的な快感で顔を歪ましている。


「あぁ――――ゾクゾクする。やっぱ、男を喰ってる時よりも気持ち良いぜ……こいつで人間の肉裂いたり、血ぃ見てるのが最高に濡れるんだ、オレ」


 魔人の快感は常人から大きく外れている。戦闘用に魔女が作った人間だからだろうか……?


「なぁ、殺す気で来いよ。お前の剣には殺気が全然込もってねぇんだよ。さっきの一撃もてめぇで遅めてたぜ?」


 ……否定できない。俺は人を切ったことも無いし切りたいとも思っていない。いくらやらなければやられる状況でも俺の培ってきた道徳観念が俺の剣にブレーキをかけてしまう。


「んだよ。面白くねぇな。まぁ、良い……お前を殺ってからあの活きの良いガキ共と楽しんでやるよ。まぁ、今頃は大将にやられてるか?」


 ニヤリと嘲笑ったメルサの笑顔の中に俺は奴の顔を見た。あの通り魔――――人を殺して破顔一笑するアイツを。


「ざけんな……!!」


 気づくと俺はメルサの額に渾身の力で頭突きをブチかましていた。女性に手を上げたのはこれがはじめて。絶対に殴らないと思っていたが、その信条はこのクソ女がぶち壊してくれた。


「なっ……」


 予期せぬ頭突きに体勢を崩し、後ろに尻餅をついたメルサを見下ろすように、大輔は立ち上がった。


「立てよ、クソ女。遊んでやるからよ」


 俺はゆらりとウォラガ・ヴァールをなつねぇに最初に教わった基本どおり正眼に構える。激高の色は無い。静かな炎が揺らめくような構えで大輔はメルサを威圧する。


「へぇ……本性、現したってか?面白れぇ!!」


 メルサはバックステップで体勢を立て直し、一気に猛攻を始めた。狂ったかのように廻る鎌。それは俺の知覚を遥かに超える疾さだった……が、その切っ先に脳でなく体が反応し、メルサの攻撃の殆どを叩き落す。


「へへへ……乗ってきたな!!」


 動じる事の無く、彼女の全力の刃を叩き落す大輔を見てメルサは驚愕を口からこぼした。興奮、それを遥かに超えた熱い何かが彼女の下腹部を火照らす。その火照りがメルサを突き動かす。この男の肉を裂けと、この喜びに身を委ねろと。そして、彼女は狂ったように笑い声を上げた。


「キャハハハハハ!!もっと、もっとだ!!もっとオレを火照らせろよ!!」


 休むこと無き刃の応酬。


 眼前で散る火花と剣風。


 メルサは変わらずに狂乱の笑みで切り結ぶが、こちらは失血で眩暈がより顕著になっている。このまま続けたら絶対にこちらが倒れてしまう。


 俺は呼吸を整えるためにメルサの右の薙ぎ払いを受け止め、奴の腹部あたりに蹴りで牽制し、バックステップを踏んで間合いを取った。


「はぁ……はぁはぁはぁ」


 間合いを取って深呼吸一つすると忘れていた疲れと痛みが大輔の体を包んだ。体は貧血症状が更にキツくなってるし、左手も血でぬめついて剣を滑り落としそうだ。こんな状態で切り結んだら確実にやられる。アリアがくれた傷薬を使いたいが、使っている暇は無さそうだ。ゲームみたいに便利に回復は出来ないよな……


 どうする、琴村大輔……?俺の持ちうる武器は剣と貧血気味の体だけ。


「そろそろ仕舞にするか!!」


 鎌を腰の辺りに構えて大輔の作った間合いをメルサは一気に詰める。このままだと確実に上段からの降り下しが来るだろう。今の疲労困憊の俺にメルサの一太刀を受けられる力が残っているか……?そんな事は良い。とりあえず、俺は残った力で剣を構え、全神経を奴の挙動に向ける。


「終わりだ!!」


 振り下ろされる刃。俺はそれを防ごうと剣を横に寝かす……はずだった。本能と細胞が彼の脳を裏切った。


「らぁああぁ!!」


 大輔は振り下ろされる鎌に合わせ、ウォラガ・ヴァールを力任せに最上段から叩き付けた。


「なっ!?」


 鎌を下に振り下ろす運動エネルギーに大輔の袈裟字の斬撃がさらにエネルギーを加えて、メルサの鎌を彼女の手から叩き落した。以前、ジェザルトにもやった技と同じように。


「どおぉおおぉ!!」


 そして、すかさず大輔は徒手になったメルサに返しの刃で左薙ぎの一撃、すなわち剣道で言うところの胴を彼女の腹に叩き込んだ。


 メルサの腹部に大輔の放った横なぎの剣が迫る。


 死―――数え切れない程の命を奪ってきたメルサにとっては近く、最も遠いもの……走馬灯も浮かぶ間もなく彼女は勇者の放った太刀筋にただ魅入られるだけだった。滑らかで疾くて真っ直ぐで美しいその太刀筋に。


「……っはっ!!」


 漏れる呼吸。斬られた時に感じる鋭い痛みは無い。あるのは戦槌で殴られた時のような衝撃……そして、彼女は気づいた。


「な、何の真似だ……?」


 メルサの腹を捕らえたのは勇者の剣の刃ではなかった。柄……いや、その上の短いつばだった。


「……知っての通りだよ。俺には人を殺す度胸は無いんだ。例えそれがどんな悪党でも」


「……ばっかじゃねぇの?でも……」


 その先は言えなかった。意識が遠のきメルサは柔らかな草原にその身を沈めた。


「胴……ね」


 体に刻まれた古い記憶。稽古で染み付いた一連の動きが、脳が指令を出すよりも早く体に現れた。


 胴打ち――――なつねぇに教わった技の一つで、俺が最も得意とする技だ。


 相手の上段からの攻撃を寸での所でかわし、空いた腹部に放つ横なぎの斬撃は俺が始めてなつねぇから一本を奪った技……そんな一撃がこんな状況でふと現れた。


「また、助けられたな……ありがとう、なつねぇ」


 まだ体は動く。早く、リーアとフィアナを助けに行かないと……


 大輔はメルサとの戦いで傷ついた体に鞭打って炎が煌く方へ重い足を引きずるように向かった。

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