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◆勇者、初めての乗馬

 マジかよ……


 軍馬の胴震いと遠く響く敵の行軍の太鼓の音以外は聞こえない平原。ドロイゼンの軽槍騎兵たちは横列に広がり、指揮官からの突撃命令を待っていた。


 恐怖と緊張で吐いてしまいそうだ。不安だ……戦いはこの世界に来て何度もやったけど、それは言うなれば喧嘩を激しくした物だ。だけど、俺がこれからやろうとしているのは戦争だ。馬に乗るのも初めてだし、何よりも敵がどこから来るのかが認識できない。それに俺達の陣営の人数は圧倒的に劣っている。


「大丈夫……なのか?」


 リーアと栗毛色の軍馬に跨る大輔は心配な面持ちでこちらに近づく黒い津波を見る。あんな軍勢に突っ込んだら一たまりもないのは直感的に判る……。


「御覧なさい、ダイスケ殿。行軍する敵を」


 隊の中央、大輔の左隣で待機するサルフェリオは余裕を見せながら、丘に挟まれて行軍する敵の軍団を指差した。


「戦は数で決まる物だ。しかし、数で劣る我々が勝つにはどうする?」


「それは……あ!!」


 大輔はサルフェリオが余裕を見せている理由が理解できた。


 そう、『地形』だ。


 平坦な場所では大軍が圧倒的に有利であるが、城壁は丘の上にある。となれば、敵の行軍速度は一気に落ちて、その間に弓兵の制射や投石による攻撃で敵の戦力を削ることが出来る。そして、城壁の下の盆地はせまく、敵が数を頼って行う包囲殲滅を防ぐ楯となってくれているのだ。


「気づいた様だな。そう、私たちがこんな不便な街に暮す理由がこれだ」


 自然と人口の二つの城壁で守られた市街――――これほどまでに頼もしい楯は存在しない。この街の駐屯兵はそれを自負している。そして、彼らには第五騎兵大隊という強力な矛がある。故に敵を直前にしても取り乱す兵が現れないのだ。


「そろそろ、良い頃合か……」


 敵の戦列の先頭が丘陵に差し掛かった頃合いにサルフェリオは腰に携えた騎兵用の片刃剣を抜き、城壁にいる弓兵達に見えるように高く掲げた。そして……彼は満身の力で叫び上げる。


「第一射、放て!!」


 振り下ろされた剣。それを合図にはち切れんばかりに絞られた弦を弓兵達は離した。放たれた弦は合唱のように乾いた音を立て、100を越す矢が天高く放たれる。


 長弓の一斉射。


 中世の100年戦争時代にイングランドがフランスを苦しめたアウトレンジからの攻撃は本当に有効であった事を俺はこの瞬間に身をもって知った。


 矢の風きり音の大合唱は数秒後にはオーグル達の野太いうめき声の合唱へと変わった。こちらの放った矢が丘陵の麓に殺到し、密集するオーグル達に満遍なく突き刺さったのだ。


「第二射、放て!!」


 続いて第二射。丘陵を登ろうともみくちゃになるオーグル達に、サルフェリオは間を空けることなく矢の雨を降らせる。また数十単位でオーグルを魔力の塵へと還元させる。


 恐慌状態。遠距離からの理不尽な攻撃に生物の持つ防衛本能が逃げようとオーグル達の体を突き動かすが、それのせいで丘の麓は混沌の坩堝となった。


「今が機か……!!」


 サルフェリオは混乱する敵陣を確認し、右に携えた水牛の角のような物を手に取った。


「角笛……?」


 角笛。いわゆる突撃のラッパだ。映画とかで騎兵が突撃するときに吹くあの野太い音を出すあれだ。それを出した言うことは、すぐに突撃するんだろう……。

 

「そ、そろそろ……私達の出番のようね……ビビらないでよ、ダイスケ」


 とリーアは震える声で気丈な台詞を俺に放った。説得力無い……って言いたいけどやっぱり俺も怖い。ひたすら怖い……。いざとなると腰が引けて力が入らなかった。


 恐怖で体から汗が吹き出ている時だった。


「汝らに問う、我らが使命は何ぞ!?」


 兵達の士気を見るために槍騎兵の横陣を行き来するサルフェリオは声高く兵士達に問うた。すると兵士達は口を揃えて答える。


「猛進!!猛進!!猛進!!」


「目指すべき場所は何処いずこ!?」


英霊ガルサスの園!!」


「仕えるべき者はぞ!?」


「我が君、我が大地!!」


 轟々と丘陵に響く勇壮なる槍騎兵達のときの声。俺も我知らずに理性の吹っ飛んだ声で叫び上げた。人間の集団心理……なのか?皆が叫んでいるから無性に叫びたくなった。


「進め、ドロイゼンの子らよ!!」


 ヴォォオオオ!!


 サルフェリオのドロイゼン水牛の角で作られた角笛は野太い音を丘陵にこだまさせた。


 彼は駆けた。誰よりも先に。


 騎兵の将たる者の使命と言わんばかりに槍を携えて、混乱する敵へと猛進した。


 そして、己が将を護らんとドロイゼンの勇猛なる槍騎兵達は雄々しき叫び声と共に続く。無論、女神に選ばれた勇者と魔術師も共に。


 人間ってのは不思議なもんだ。叫べば叫ぶ程に恐怖が薄れ、下腹部がうずうずとする。それを興奮と呼ぶ者もいれば勇気と呼ぶ者もいる。


 自分がこれまでに感じたこと無い感情と共に俺はウォラガ・ヴァールを片手にリーアと共に下り坂を駆けた。


 永遠に近い一瞬が過ぎ、こちらの騎兵隊は敵の最前列と接触するや否や、戦列を構成するオーグル達を文字通り鎧袖一触。その姿はまさに嵐だった。疾風のように大地を駆ける馬が海のように広がるオーグル達を蹴散らす。蹴散らされ、自陣深く入られたオーグル達は後方へと背を向けて逃げていった。


 それもそのはず。常人ならば300キロ以上の重さの巨体が時速50キロで突っ込んできたら恐れをなして逃げる。無論、オーグルであっても。


 騎兵の本領。それはまさにこの突貫と言えるだろう。敵陣深くに疾風のような速さで切り込み、なし崩しにする。先駆けこそが騎兵の使命だ。


「リーア!!しっかりと手綱を頼んだ!!」


「解ってるわよ!!」


 アドレナリンで自分が高揚感の中にいる事が解る。だが、今やるべき事はひとつ。襲い掛か敵を蹴散らす事だ。


 やる事はわかっている。だが、大輔はオーグルの放つ槍の刺突を受け流し馬上から反撃するも、苦戦を強いられていた。理由のひとつとして馬上では不便としかいえない長剣を扱っている事もあるが、なによりも初めての馬上戦闘だ……フェアナや他の熟練の兵士のように戦うのは至難の業だ。


 む、難い!!


 無秩序に揺れる馬上と四方八方から襲い掛かる白刃。俺はそれを受け流すしかできなかった。そうしてる内に俺の頭の中がとろけ始める。


「Filea helimi!!」


 リーアは大輔の貧血症状を察し、魔道杖で大輔に襲い掛かろうとしたオーグルに火炎弾を放ち消し炭にした。


「ダイスケ、息が戻るまで手綱を握って!!ただ握ってるだけで良いから!!」


「……大丈夫だ……やれ」


「ここで死なれたら計画がおじゃんになるの!!黙って言うこと聞きなさい!!」


 ものすごい剣幕に負けた俺は渋々とリーアの腰の向こうにある手綱を握った。情け無いがここは彼女に任すのが得策だ。


「解った……」


 大輔が彼女の腰越しから手綱を握ったのを確認すると、リーアは深呼吸をしながら、彼女の眼前に杖で円を描く。


「出来るかな……でも、やらなきゃ……!!」


 イメージするのは泉。滾々(こんこん)と湧き上がる魔力をイメージする。杖は自分の呪いにも似た因子を物理世界へと解き放つ媒介……。リーアという存在の全てを魔術現象という一点に集中させた。


 己の概念世界の泉の水面に波紋が広がる……準備はできた。あとは詠唱となえるだけ。


「Filea (炎よ)」


 魔術の基本は脳裏に概念を描くこと。リーアが内面世界で描いたモノ――――それは大きな炎だった。その炎は杖を介して物理世界に火球としてリーアの目の前に現れた。


 杖の先から現れた巨大な炎の球。リーアはあたりを見回し危険度の高い敵を目視。その位置を一瞬にして脳内に叩き込んだ。


「FILEA GILMIL(彼らを燃やせ)!!」


 詠唱は引き金に過ぎない。魔術行為の始まりを合図するただの言葉。そして、彼女はその引き金を引いた。


 眼前の火球は破裂し、小さな破片となってリーアが認識した脅威へと飛翔した。長槍パイク、弓を装備したオーグル……魔人は認識できなかったが、馬上戦闘における脅威になりうる装備の敵はあらかた彼女の魔術で魔力の塵にされた。


「どうよ……あとで、お金もらうよ」


 片で息をしながらドヤ顔で俺の顔を覗き込んだ。実力の伴っている彼女のドヤ顔はムカつかず、むしろ頼もしかった。彼女の放った魔術のおかげで近くにいたオーグルのほとんどの無力に成功した。ただ……煙のせいで周りがよく見えないのが難点だけど。


「すげぇよ……おかげで、大分減ったな……?」


 ゾクり。背筋が急に寒くなった。魔女と戦った時、いや……通り魔に襲われたときのあの背筋が凍るような感じがした。


 薄れていく煙の向こうから聞こえる風の切る音が俺の斜め前方から聞こえる。なんだ?太い音……まさか!?


「リーア!!」


 俺の体の細胞と呼べる細胞が刹那と呼べる時間でこの音がヤバい音であると認識し、勝手に手と足が動いて彼女を抱いて馬から飛び退く。大輔は空中で体を捻って何とか彼女を抱えたまま着地し、ウォラガ・ヴァールの切っ先を正眼に構える。


「へぇ……やっぱ勇者か。いい動きするじゃねぇか。気づくのが一瞬遅けりゃ、オレの鎌がその小娘の首を泣き別れさせられたのにな」


 この口調と声。間違えない。あのオカマと一緒にいた鎌使いのオナベだ。さっきの太い風きり音はあいつの鎌の薙ぎ払いの音だろう。


 煙が晴れて、奴がその姿を現した。


「始めまして、勇者さんと魔術師さん。オレはメルサ。第四位の魔人だ」


 メルサと名乗った魔人は馬から降り、互いの攻撃が届かない所で自己紹介をした。


 身長は160後半位かな?白色のザンバラ気味な短髪に、肌の色は褐色で顔は中性的な顔立ちをしている。一見男に見えなくも無いが、声質と何よりも爬虫類か何かの皮で作ったピッチリとした黒光りしてる服の胸元にあるCカップのおっぱいがメルサが女だと解る状況資料になる。 


「あらん……ダメじゃないの、抜け駆けは。勇者様はこのラモンと楽しむ予定よ。ねぇ、勇・者・サ・マ?」


 第二の声。俺はこの声を聞いて液体窒素を脊髄にかけられた様な恐怖を背筋に感じた。オカマだ。オカマも来やがった!!筋肉質で貴族の夫人がしてそうなパーマがかった髪。顔は厚化粧だが青髭が点々としている。言うなれば罰ゲームを食らったオッサンの女装みたいだ。


 てか、馬から降りて俺をジロジロ見るな!!


「あらぁ!!今日の彼、結構可愛いじゃない!!決めた♪私、彼と楽しむわん」


「はぁ!?」


 絶体絶命だ。めっちゃ強いと言われてる敵が2人。一人は得体の知れないオカマで、もう一人は未知の武器、鎌の使い手。そして、同時に俺の貞操も絶体絶命だ。


「ダイスケ殿!!」


 地獄で仏。危ういところにフィアナが駆けつけてくれたのだ。本当に、いい奴だよ。お前……


「野暮ねぇ。アタシが殿方と楽しもうとしてる時に割り込むなんて……この泥棒猫!!」


「うるさい!!ダイスケ殿に何をするつもりだ、この化け物!?」


「いい事に決まってるじゃなぁい。まぁ、あんたみたいな小娘達に理解でないような、夜のいとな……」


「な、ななな……破廉恥な!!」


 フィアナ、顔を真っ赤にして何を妄想した!?あと、リーアも!!


「コホン……そんな事より、助太刀します。ダイスケ殿」


 フィアナは取り乱したが何とか元に戻った。


「あぁ……助かる」


 こちらの戦力は3人になった。長剣とサーベル、そして魔法が俺達の持っている武器……これをどうやって振り分けよう。よし。


「フィアナはあのオカマをリーアと一緒に叩け。おれはあの鎌野郎を倒す」


 大鎌とサーベルとでは圧倒的にサーベルが距離的に不利になる事は目に見えている。ならば、あのオカマをリーアと一緒に叩かせれば良いだろう。それに……俺がオカマと戦ったら教育的に良ろしくない攻撃を食らうのは目に見えている。それらの点から、これが一番良い振り分けであると俺は判断した。


「解ったわ。このオカマをささっと消し炭にして、そっちに行く。やりましょう、フィアナ……」


「えぇ。やりましょう、リーアさん。あんな破廉恥な男……!!」


 馬から降りたフィアナはリーアと共にオカマの元へ向かう。闘志?いや、これは電車内で痴漢を働いた男に制裁を加えようとするような感じだ。血の雨が降りそう……。

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