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◆一難去ってまた一難

 馬の脱柵騒ぎはものの30分で収束した。馬の扱いに慣れた騎兵達は赤子をあやす母親のような余裕ぶりで恐慌状態の馬達をなだめ、干草が全焼した以外の被害が見られない馬小屋に連れ戻した。


 本当にすごい。あんな暴れ馬を簡単になだめるなんて……。人馬一体。馬が彼らを見ると


 そして、俺達を作業を終えたフィアナの父、サルフェリオ・ジェッフェルが砦の食堂で催されている『出所祝い』の宴に招いた。


「う……うわぁ……」


 宴。それは日本で見るコンパやら忘年会の数倍は凄まじいエネルギーが駄々広い食堂を満たしていた。髭面のムサいおっさん達がワインやら骨付き肉を貪り、呑めや歌えやの大騒ぎ。


 牢屋でのストレスの反動でこうなっているのは解るが……お父さん、娘の前でヘソ踊りはどうよ……。リーアはリーアで入った瞬間に気分を悪くしたし……俺は肩身狭い思いで骨付き肉を食べている。だが、案外これが美味いんだ。


「ダイスケ殿、お酌しましょうか?」


 ワインのビンと樽コップを持ったフィアナは骨付きの豚肉を食す大輔に差し出した。


「え、いや……俺、未成年だし」


「そうなのですか。というと、16歳より下なのですか?」


「いや、俺は17だけど……?」


「私と同い年ですね。ドロイゼンでは16で成人なのです」


 今、俺はフィアナと同い年である事が判明した。俺と同い年……それでも隊長が出来るほどの素養があるのか。


「郷に入れば郷に従えか……解った。お酌してくれ」


「はい、喜んで」


 フィアナは酒のせいか頬を少し赤らめながら大輔のコップにワインを注いだ。鎧で身を固めていてもその仕草は女性らしく、どこか伸び伸びとした印象が見受けられる。


 きっとこれが本来のフィアナなんだろう。隊長として剣を持ち、あんな豪胆な連中の中で暮らすフィアナ……多少なりとも無理してるんだろうな……。


 そんな湿った同情みたいな感情を拭おうと俺は杯を思いっきり仰いだ……そして、むせた。酒が強すぎたというより、俺自身に酒に対する耐性が無かったのだろう。


 味は美味い……のか?さっぱりとした甘みに芳醇な葡萄の香りが鼻から抜け、舌がもう一口と酒を求めた。


「良い呑みっぷりですな。ダイスケ殿」


 樽一杯分くらい呑んだと思われるが素面のサルフェリオが大輔の席の隣に腰掛けた。


「リーアさんはどちらに?」


「アイツ、酒のにおいでダメになったっぽいです」


「左様か。本日は我々をお助け頂き感謝の言葉も無い。本当にありがとう」


 恭しく頭を下げるフィアナのお父さん……酒を飲んでいても礼節を知る騎士みたいだ。でも、年長者に頭を下げられるのは居たたまれない。


「頭を上げてください。俺はたまたまあの場に居合わせただけです。礼を言うならフィアナに言ってください。彼女があなた達の脱出計画を立てて実行したんですから」


「そんな、私は……」


「謙遜するなよ。親父さんを出そうと必死に頑張ってたじゃないか」


 照れくさそうにモジモジするフィアナの様子は年相応の女の子らしかった。その様子にキュゥンっときた。


「そうか……ありがとう。フィアナ……そして、心配をかけてすまなかった」


 父のかけた言葉、フィアナはその言葉を訊いて嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべた。


「いえ、お父様……私はお父様がご無事ならばそれだけで満足です」


 父と娘……俺は二人のやりとりを見ているとどこか切なく羨ましかった。俺と母親を捨てて違う女を愛した父親とあんな風に娘に慕われ、同等の愛情を家族に捧げるフィアナの父親。そんな二つの父親の像を重ね合わせてしまった。


 拭えない過去の片鱗が胸を締め付ける。


「ダイスケ殿?」


「……なんでもない。気にしないで」


 心配そうに顔を覗き込んだフィアナ。ホントに良いやつだよ、お前。リーアやアリア、そしてフィアナ……みんな良いやつだ。俺が勇者じゃなくても同じように接してくれるのかな?いや、きっとしてくれるだろう。


「よし、フィアナ。お前の十八番をダイスケ殿の為に歌ってやれ」


 どこと無く落ち込んでいる大輔を元気付けようとサルフェリオはフィアナに歌を歌うように言った。フィアナは最初は戸惑うも、静かに頷いて前座へと向かった。すると、会場は一気に静まり返った。隊員達の期待でぎらつく視線がフィアナに突き刺さる。


 咳払いと深呼吸を一つし、フィアナは細い声帯を振るわせる。


 花は咲き 命は息吹く 

 この大地であなたを待つ

 歌と祈りよ 吹き抜ける風に乗り

 届いて あなたのもとへ


 切ない歌詞の歌をを琴のように澄み渡った声で歌うフィアナの姿に会場の兵士達は惚れ惚れとしている。俺もだった。カラオケとかで聴く上手い歌とは違う。聴いていて魂が震え、心休まる歌。鬱屈した気持ちを彼女の歌は忘れさせてくれた。


 拍手万来。歌い終わったフィアナを50を越す拍手が包んだ。ペコリと一礼してフィアナは大輔の席へと戻る。


「ドロイゼンの民謡です」


「まぁな。ありがとう、フィアナ」


 時より聞こえる過去からの呼び声。俺はその声を聴かないようにする為にも今という時間を楽しんでその声をかき消す事にした。慣れない酒を飲んで、大いに笑った。疲れて眠るその時まで……。




 空に白みがかかった頃、砦の狼煙台に炎が灯り、早鐘の音が大輔の耳をつんざいた。宴会で煽った酒は抜けており二日酔いにはならなかったが元から朝に弱い彼は起きようにも起きられずにいた。


「起きなさい!!」


 バシャン。寝顔に井戸水。氷のように冷たい井戸水をリーアにかけられた大輔は跳ね起き、寝ぼけた様子で左右を見回した。


「慌しいな……」


 食堂は宴会を楽しんだ兵士たちが駆け回りカオスとも呼べるような状況になっている。何が何だか解らない大輔にリーアは慌てふためき……


「魔女の軍団が街の城壁を包囲したんだって!!」


「マジかよ?」


 俺は窓際に立てかけたウォラガ・ヴァールを背負い出口へとスクランブル発進のパイロットのように全力で走った。


「ちょっと!!ダイスケ、どうするつもり!?」


「ここの兵士達に付いてく」


「はぁ!?解ってるの?あの人たちは最前線へ向かうのよ。私達じゃ足手まといになるだけよ」


「包囲されたら逃げ場が無いだろ。それに城壁が破られて敵が街に雪崩れ込んだら俺らも危ないだろ。だったら兵士の多い所に行ったほうが得策だろ!?」


「どんな理屈よ!?」


 城壁が破られたら敵は一気に市外で略奪を始めるだろう。そんな最中に遭遇したら確実に俺達は襲われる。そうなるといくら女神の加護がある俺でも対処しきれないかもしれない。ならば、城壁でここの兵士と一緒に戦えば、敵に身をさらすリスクはあるが自分達が戦わなければならない戦力を分散できる。危険ながらもベストだと大輔は判断したのだ。


 それに、一方的な暴力を振るう輩の前に屈するのは絶対に嫌だ。



 俺達は本棟を後にし、さらにごった返している裏庭の馬小屋へと向かった。そこで馬を一頭調達しようというのだ。そして、運よく出陣する手前のフィアナを見つけられた。


「フィアナ!!馬あるか?」


「ダイスケ殿、どうするおつもりなのですか?」


「俺も助太刀する」


「ダメですよ!!兵士でも無い人間を……」


「フィアナ、彼の実力は本物よ。私が保証する」


 リーアが弁論をする。どうやら彼女も納得したらしい。だが、フィアナは頑なに頭を横に振り続ける。


「ですが……」


「大丈夫。ダイスケは一人でオーグルを10匹は倒せる。それに私も魔術で援護する」


「連れて行ってやろうじゃないか」


 そう横から言ったのはサルフェリオだった。


「見なさい、彼らの目を。本気の目だ」


「ですが……」


「この若者ならやってのけるはずだ。現に、あのウォラガ・ヴァールを背負っている。あの剣を持っているという事はまさしく勇者たる証だ」


「知ってるのですか?俺の剣……」


「あぁ、私位の年齢の兵士の間では有名だ」


 父親の決定にフィアナは渋々首を縦に振り、大輔に手を差し伸べる。


「馬のあまりはありません。ですからダイスケ殿は私の後ろに、リーアさんは父の後ろに。問題ありませんよね、父上?」


「あぁ。男二人では馬がくたびれるしな」


 二人の了承を得た俺とリーアは彼らのあぶみの後ろに跨った。


「Gritz!!Melour(行け、メロー)」


 フィアナが彼女の馬、メローのわき腹をけるとエンジンがかかったオートバイのように声を上げ、走り出した。


「速っ!!」


 疾風のような速さで走るドロイゼン種の白馬から見える風景は溶けかけていた。轟々と響く風の音と馬蹄が大地をえぐる音。その二つしか音の無い世界を縦列で翔けるドロイゼンの騎兵が『最高の騎兵』と呼ばれる理由が大輔には解った。


 一瞬で風景が後ろに吹っ飛ぶ中で正しく状況を判断し、隊列を柔軟に切り替える。こんな芸当は並大抵の人間では出来ない。解りやすく言うなら大人数でバイクで走りながら正確に戦列を切り替えるようなものだ。


 牧草地帯、市街地を抜けて城壁に瞬く間に到達した騎兵団。俺はフィアナの後に付いて行き城壁の上へと向かう。


「ざっと1000はいるな……」


 サルフェリオは鷹のような目で城壁の上から敵の軍勢を見据えた。丘の下に広がる草原の向こう、約500メートルを埋め尽くす黒い海が広がっていた。


「よく解りましたね」


「何、戦場に20年も身を置けばこうなる」


 サルフェリオは大輔の問いに誇るような仕草を見せずに答えた。


「こちらの人数は?」


「駐屯兵が500で我ら騎兵団が63名だ」


「そんな……!!敵は倍かよ!!」


 500対1000。戦力差は二倍……単純な力のぶつけ合いだったら完全にこちらが不利だ。だが、サルフェリオは焦る事も無く余裕のそぶりで敵を見据えている。二つの影を見るまでは。


「どうした……ん?」


 かすかに聞こえる馬蹄の音。その音を辿ると馬に乗った2人の人間の姿を大輔の目は捉えた。一人は女性らしく白いドレスにロングの金髪。もう一人は槍のようなものを持った、白い短髪と黒いタイトな服を着た男性のようだ。


「妖将ラモンに副将メサルか……厄介なのがいるな」


 誰だよそれ……見た感じ普通の人間だ。


「誰だ、そいつら?」


「魔人だよ。魔人」


「マジン?」


「魔人ていうのは魔女が作り出した知性体のことよ。熟練の兵士が何人相手でも敵わないほどの力を持ってるの」


 俺の理解できていない様子をリーアの解説センサーが拾い、いつものように解説してくれた。それで、とにかくやばいって事は俺でも理解できた。


 坂を駆け上がり、城門の前に到着したラモンとメサル。ようやく二人の身体的特徴が解って、俺は一瞬ながらも嫌悪感で吐きそうになった。


「お、おま……ありゃ……」


「どうしたの?」


「オカマじゃねぇか!!」


 白い動きやすそうなドレスに厚化粧。一見遠目から見れば女性だった。だが、顎のあたりにまばらと見える青髭……こいつは男だろ?いや、男っぽい女なのか?


 対して連れの人物は、動物の皮?で作ったタイトな素材が体のラインをくっきりと浮かび上がらせ、おっぱいが確認できる事で女性であることが解る。


「用件を申されよ!!」


 サルフェリオがよく通る声で二人に問うと、オカマは馬から降り返答する。


「あらん……アタシ達に干渉権がある事をお忘れかしら?サルフェリオちゃん。アタシ達は犯罪者を捕らえに来たのよん」


 野太い声とオネェ語……本当にオカマだ。ファンタジックな世界にも新宿二丁目の住民も紛れ込んでいたとは……。


「犯罪者?誰の事だ?」


「お前のかくまってるガキの事だよ。ささっと勇者のガキを連れて降りて来い。大人しく門を開けなきゃこのオレ、メルサの鎌が血の海を作るぜ?」


 メルサと名乗った女がどデカイ、死神が持っているような鎌を回しててこちらを脅迫した。こいつは鎌を持ったオナベらしい。


「ふん。貴様等のやり口はルルスで学んだ……城を開けても、民間人を皆殺しにした!!そんな連中の言うとおりに門を開けてたまるか!!弓兵、前へ!!」


「あらん……野暮ねぇ……戻るわよ」


「へへ……面白くなってきやがった。やっぱり腰抜けの執政官よりお前の方がやりがいがあって良いぜ」


 そう残して二人はオーグル達の群れへと戻って行った。


「ダイスケ殿……状況が変わった。魔人が現れた以上、常人では対処できない。騎兵とともに前線へ出てもらえぬか?この通りだ」


 腰に携えた剣よりも研ぎ澄まされた表情でサルフェリオは大輔に深々と頭を下げた。男の頭は重い……俺は彼の下げた頭に免じて、申し出を受けることにした。


「……解りました。でも、俺は馬を操れないんですけど……」


「なら私が手綱を握る」


「リーア……!?お前は留守番し……」 


「しないわよ。魔人二人じゃいくらあんたでも荷が重過ぎる。私も援護のために付いて行く……大切な金づるに死なれちゃ迷惑だし」


 リーアも覚悟を決めているようだ。彼女の魔術があれば心強い……普通ならダメと言いたい所だが、状況が状況だから俺は首を縦に振った。


「解った。よろしくたのんだ」


「よし、ガロッシュ!!勇者殿のために街から競走馬を連れ来い」


 二人の覚悟の声を訊いたサルフェリオは手近の兵士にそう命じた。


「久々の戦だ……皆、血沸き肉踊っている」


 昨晩、酒に酔い半裸で踊っていた中年男が出来る筈の無い表情をサルフェリオは浮かべた。百戦錬磨の猛将……荒くれ騎兵の親玉がここにいた。

※フィアナの歌はドイツの『パンツァーリート』の韻で歌ってくださいw

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