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◆怒りの脱出

 パニック。


 夜の帳の沈黙は屈強な軍馬の馬蹄が破壊した。魔女との前線から遠く離れた、この砦ででは絶対にありえない事象に警吏の将兵たちは成す術もなくおののく事しか出来なかった。


 平和ボケによる警戒の甘さ。フィアナはそれを知った上で、この馬の暴走をかく乱に利用した。そして、馬はドロイゼン人の失うことの出来ない財産……無論、砦に残った兵士達は警戒よりもその回収を優先する。それら全てを見越して。彼女はこの計画を立案したのだ。


 砦の混乱に乗じて大輔達は自分たちの押収された装備品を取り戻すために、備品課の倉庫へと向かった。装備品は勅書以外は全て揃っており、フィアナの手を借りて大輔は急いで鎧を装備した。


 鎧を装備し終えた大輔は壁に立てかけられたウォラガ・ヴァールを軽々と持ち上げ、ホルダーのスリンガーに腕を通して背負った。


「すごい……」


 その姿を見たフィアナは声を漏らす。どうしてだろう?


「何が?」


「ダイスケ殿の背負った剣はこの砦の力自慢の兵士が3人がかりでやっと持ち上がる代物なのですよ。それを軽々とその体躯で持ち上げるとは……やはり、勇者さまなのですね」


「そうなのか?」


 輝くフィアナに目線が若干うれしくも照れくさい。目をキラキラさせるフィアナとそれに照れる大輔……そんな二人が作り出す微妙な沈黙をリーアは咳払いで破壊して、話を本題へと戻した。


「そんな事より、これからどうするの?地下の騎兵大隊の開放はどうする?」


「それは私が行きます。ダイスケ殿とリーアさんは勅書の回収をお願いします。多分、3階の署長室にあると思います」


「でも、署長はどうするんだ?」


 署長がいたら元も子もない。もし俺たちの存在に気づいて勅書を破いたりしたら大変なことになる……。


「署長は現場で指揮を取ることになってるはずなので、大丈夫だと思います」


「わかった。なら、俺とリーアは署長の部屋に行く。行くぞ、リーア」


 そうフィアナに言い残し、俺はリーアと共にさっき署長に尋問……もとい、一方的な死刑宣告をされた部屋へと向かうことにした。



 見れば見るほどに成金趣味に嫌気のさすような部屋だ。素人目にもわかるゴテゴテした洗練のない調度品。ただかざればいいように見える『わびさび』の無いセンス。本当に目が痛くなる。税金をこんなのに使うなんて……国民が知ったら怒るだろう……きっと。



「署長はいないみたいだな……俺はあの背の高い棚を見るから、リーアは机を見てくれ」


 部屋の入ってすぐの場所にある2メートルぐらいの高さの本棚を俺はさぐる事にした。リーアじゃ一番上の棚に届かないと思うし、何より彼女には魔術的な知識があるので、ここの署長が魔女と通じている証拠を見つけられるかもしれない。大輔はそう判断したのだ。

 

「その言い方……まるで私があの棚を見るには小さすぎるみたいじゃない」


 リーアは頬を膨らませて不満げに大輔に言われたとおりに机の中を見に行った。


「じゃ、俺も……」


 ガタン!!


「きゃっ!!」


 リーアが机の引き出しに手を伸ばした時だった。机の横にあったドアが勢いよく開き、誰かが彼女に飛び掛り、彼女の喉元にひんやりとして尖った何かが当てられた。


「リーア!!」


「動くと彼女の喉から血が噴水みたいに出るぞ。勇者ダイスケ殿」


 リーアの後ろに回りこんで、短剣の切っ先を彼女の喉元に押し付けている署長は不敵な笑みを大輔に向けた。完全に勝った。そんな笑みだった。


「この騒ぎは貴様らの仕業か……随分とふざけた事をしてくれたね」


「そりゃ、冤罪で死ぬは嫌だからな。そんな事より、リーアを離せ」


 焦りと怒り……胸の中にある溶鉱炉で煮詰められた感情を必死で殺しながら大輔は署長に言った。


「私は大丈夫よ……」


 リーアの言葉は最後まで聞こえなかった。恐怖で声帯が上手く動かなかったのだろう……。言葉では平気だと主張するが、彼女は両手をきつく握って震えをこらえているように見える。


「健気なお嬢さんだ。勇者の御付の魔術師に選ばれるだけあるな」


「……あなたね……フィアナのお父さんを陥れて、私達を捕まえるように仕向けたのは」


「あぁ。その通りだ。目障りなあの男とその犬共を檻に入れ、お前達の勅書偽造をでっち上げたのは、まぎれも無くこの私だ」


 完全に小悪党のセリフみたいになってる。まぁ、大体の予想はついていたけど、やっぱりムカつく。俺は柄に手を伸ばして身構える。


「理由は大方解るよ。あなた、魔女の息のかかった官僚でしょ?」


「鋭いな。そうだ。私は魔女さまの忠実な臣下の一人だ」


 リーアは激高する様子も無く淡々と署長に問い続ける。


「じゃあ、あなたはこの国を魔女に売り飛ばそうとしてるの?」


「そうとも。魔女様は、忠誠の見返りに高級官僚に任命してくれると約束してくださった。解るか?代官だぞ?今以上の権力と着服できる金が手に入るんだぞ?」


 やっぱりこの男は救いようの無い下衆だ。今すぐにでも、この男をぶん殴りたいが、リーアが人質に取られているから迂闊には動けない。


「あなた人として恥ずかしくないの?祖国を自分の私利私欲の為に売ろうとするなんて」


「あぁ。愛国心では腹は満たされないし、強大な物にはたて突くのは愚の骨頂だ。ならば、得をするほうを選ぶのが私の生き方だ。まぁ、貴様らのような愚かな卑俗な輩には理解できない事だ」


 許せない。愛国心云々は関係ない。だが、こんな奴等の為にフィアナの父親は投獄され、民の血税は湯水の如く使われていく……。


「腐ってやがる……!!お前の私利私欲で国民を不幸にするなんて、俺は絶対に許さない!!」


「認めなくとも、魔女様の息のかかった私をどうする事も貴様には出来ない。まぁ、貴様のような愚直なガキに言っても理解しかねる話だがな」


「そう」


 リーアは人質にされているにも関わらず不敵で冷ややかな笑みを署長に向けいて浮かべた。


「バカはあんたよ。自分の犯した罪をペラペラと小鳥みたいに話しちゃって……魔女のワンちゃんは無能ぞろいなの?」


 完全におちょくるような口調。これには肝が液体窒素をぶっかけられたみたいに冷える……ナイフを喉に突き立てている相手を挑発するなんて……。


「そうか……実に肝の据わった娘だ!!」


 万事休す。そう、思った刹那だった。怒りに顔を歪め、署長が手に握るナイフでリーアの喉を切り裂こうとするよりも早く大輔の背後のドアが開き、幾名の兵士達が入ってきた。


「おぉ……衛兵か。丁度良い。この不埒な脱獄囚共を……」


「捕らえられるのは貴様だ。署長」


「なっ!!その声は」


 『その声』それを聞いた途端に署長の顔は引きつり始めた。兵士達の一団が左右に割れ、その間からフィアナともう一人、ボロボロの服を着た屈強そうな髭面で金髪碧眼の男が現れた。彼のまとう雰囲気はどこか鋭く、群れを率いる狼のようなカリスマせいが滲み出ている……。


「サルフェリオ・ジェッフェル……!!貴様!!」


「久しぶりだな。署長、聞いたぞ。魔女に国を売り飛ばそうとしているだけではなく、民の血税でこんな物を……」


「何のことだ?証拠も無いのに、わが名誉を汚すような事を言うな!!」


『あぁ。その通りだ。目障りなあの男とその犬共を檻に入れ、お前達の勅書偽造をでっち上げたのは、まぎれも無くこの私だ』


 その声は紛れも無く署長の声で、発信源も署長のあたりだ。だが、彼は口を動かしてはいないし、この状況で言うには相応しくないセリフでもある。


「……だから、無能だって言ったのよ」


 リーアはそう言ってきつく握った両手の中を署長の目の前で開いた。


「貴様っ!!」


 きつく握られた右手の中には光る何かがあった。水晶?それもペットボトルの蓋くらいの大きさの物だ。


「伝水晶に蓄音水晶だと!!」


「残念だったね。証拠も残せるように準備したの。これで証拠は無い、なんて言えないよね?」


 いつ、こんな事をした……?大輔は脳細胞をフルに絞って思い出し、結論に至った。そう、あの時だ。『私は大丈夫……』そう言ってリーアが語尾を濁らせ、両手をきつく握った時だ。


「ついでに伝水晶の拡散術もかけてあるから、さっきの会話は全部ここら辺の人々に聞かれてるわよ」


 署長は自分を取り囲む兵士達に目を向けた。彼らの目には義憤と不正を弾劾しようとする意思の炎が赤々と燃え上がっている。彼女の言葉がハッタリでない事は理解できる。


「……動くなぁあぁああぁ!!動いたら、この娘の喉をかき切るぞ!!」


 口角泡を飛ばしながら署長は最後の抵抗を試みた。リーアを本当に人質にしてこの場を乗り切ろうとしているのだ。


「貴様、女子供を人質に取るとは……人の貴卑をも忘れたのか?」


 フィアナの父は身構えて署長に問うた。だが、激高した署長は悪びれることは決してなかった。


「うるさい!!貴様らなど!!」


 激高して刃物をめちゃくちゃに振り回す署長。そんな彼に人質にされてもリーアはニタニタ笑っている。まるで、怒っている彼の様子を楽しんでいるかのように


「Dolarl Charalith(水晶よ輝け)!!」 


 刹那、彼女の手に握られている水晶は太陽と同じくらいの眩さの光を放った。そして、その光を直視した署長は目の痛みに耐えかねてリーアを離してしまった。


「ダイスケ!!」

 

 反射的に目を閉じた俺の視界は何とか大丈夫だった。遠近感覚も無事だ。そう、脳が認識すると大輔は一気に署長に肉薄。


 殺してやろう。


 一瞬そう思ったけど、人を殺めたくない。俺の理性が剣では無く拳を選び、署長の顔面にどぎついストレートパンチを叩き込んだ。歯の折れる感覚を触覚が感じて嫌な気分も残ったが、すかっとしたのは事実だ。


 ノックダウン。倒れた署長を兵士達が縄で拘束した。


「ふぅ……危なかった」


 署長から開放されたリーアは、さっきまで人質にされていたとは思えない余裕綽綽の様子で大輔たちのもとへ戻ってきた。


 ……改めて俺はこいつをすごい奴だと思った。

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