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◆フィアナの計画

 音一つ無い静寂が包む闇夜に紛れて、大輔達は署の裏庭を這うように進んでいる。


 裏庭に出た理由は簡単だ。そう、フィアナの立てた作戦を遂行するためである。確かにこのシチュエーションはスパイ映画の主人公のようにも見えるが、これから俺達がやろうとしている事は間抜けな泥棒がするような事に近い。


「つきました。ここです、ダイスケ殿」


 動物園や牧場のような臭いを放つ建物……馬小屋が俺達の目的地だ。馬小屋は騎兵の国と呼ばれているドロイゼンの物に相応しい代物で、バスケットボールのコート1面分に相当する広さだった。


「では、作戦を実行します。何か確認をしたい事は?」


 馬小屋の裏に回りこんで身をかがめながらフィアナは小声で大輔とリーアに確認を取る。


「なぁ……本当に大丈夫なのか?」


「はい。馬は臆病な生き物なので炎を見たら怖がって逃げます。そうすれば基地内は混乱状態に陥ります。その間に勅書と地下に投獄されている第5騎兵大隊の隊員を解放し、そこで発生するであろう暴動に乗じて署長室から装備一式を取り戻す……」


「妥当な作戦じゃない?他に案でもあるの、ダイスケ?」


「いや、作戦は全うだよ。でも、放火はちょっとな……これじゃ完全に犯罪者じゃないかよ。もし成功しても、完全にお尋ね者になるだろ」


 放火に脱獄扶助……完全に重犯罪者だ。署長の挙げた犯罪は冤罪だけどさ、本当に犯罪者になるだろ、それやったら……。


「白を黒に出来るミレイル・ロットルトンに目を付けられたのよ。やってもやらなくても、どっちにしろお尋ね者よ」


「リーアさんの言うとおりですよ。私の父もそうやって……」


 正論だ。神経をすり減らすようなスニーキングに気をとられていてこの件の根本を忘れていた。そう、俺とリーアは署長やミレイル・ロットルトンの陰謀に嵌って、有罪で死刑宣告を受けたんだ……でも、やっぱり気は引ける。もしこれで誰かが怪我をしたり死んだりしたら……最悪な結果ばかりが脳内を堂々巡りする。


「なぁ、最後に訊くぞ、フィアナ。その火が勅書を燃やしたり、ここの兵士を殺傷したりしないよな?」


「大丈夫です。この時間になると、ほとんどの兵士は署がある丘の下にある兵舎に帰っており、火事で焼け死ぬ可能性は低いであります。それにご覧ください」


 フィアナははレンガで造られた砦の本棟とその周りを囲む城壁を指差した。


「この砦はご覧のとおり外装は石です。外にも中の本棟にも炎を移すことはありません」


「暴動はどうするんだ?暴徒と警備の兵士が戦ったら……」


「それも大丈夫です。第5騎兵大隊の兵士は剣を向けられない限り戦いませんし、彼らに刃を向けるような自殺願望のある兵士はこの砦にはいないでしょう」


「自殺願望……」


「はい。彼らはドロイゼン屈指の精鋭部隊です」


 ドロイゼン屈指の精鋭か……確かに一般の兵士がそんな連中と戦いたいとは思わないよな。でも、賭けも外れる可能性が無きにしも非ずだ。


「解かった。でも、殺傷は極力避けるようにな」


「元よりそのつもりです。では、私は正面の戸を開けます。二人はこの窓から侵入して下さい」


 フィアナは俺達の頭上約2メートルはある通気用の窓を指差した。幸い、窓は開放されたままで窓を割って入る必要も無いようだ。


「馬小屋に入ったら、みんなで馬小屋から馬を逃げられるように、みんなで柵のカンヌキを外します」


 俺とリーアはフィアナの出した指示に頭を縦に振って応答、それを確認するとフィアナは表口に向かった。


「行くよ、ダイスケ」


 リーアはいきり立った様子で侵入口である窓をよじ登ろうするが、腕力不足のせいで登れず、掴まっている縁にぶら下がったまま足をバタつかせている。まぁ、そうだよな。150センチ後半くらいの身長じゃあの窓に入るためには懸垂しないといけないし。


「ちょっと。登れないじゃない!!ダイスケ……肩車して……」


「え……肩車!?」


 頬が赤くなっているリーアの言葉に俺は耳を疑った。肩車……ズボンを履いている女の子のなら一応、出来ない事は無い。だが、リーアの服装はワンピース状の服にローブを羽織った物。生足が完全に露出しているのだ。そんな彼女を肩車すれば確実に太ももが……!!


「いいからしなさいよ……!!」


「お、おぉ」


 恥ずかしそうなリーアに少しの間戸惑ったが、作戦に支障をきたすと思った大輔は姿勢を低くしてリーアの足元に潜り込んだ。


 良心の呵責はある。けれど、これは作戦を実行するための致し方ない犠牲……リーアもそう思ってくれている。きっとな……


「ひゃっ」


 リーアの柔肌の温もりが首筋に伝わるや否や……実に女の子らしい声でリーアは悲鳴を上げた。


「スカートの中見たら、消し炭にするわよ!!」


 女の子の内ももに挟まれる。人生で初めて―――いや、絶対にありえない状況だ。リーアの柔肌のぬくもり、滑々とした滑らかな感触を皮膚を優しく包んだ。その情報が神経に伝わり、脳が理解すると俺の心臓は以上な速さで脈打ち、体の火照りの火種がくすぶり出した。


 俺はウォラガ・ヴァールよりも軽く感じられる彼女の体を落とさないように慎重に前へと足を動かし、窓の真下へと向かった。


「届いたか?」


「……うん」


「じゃあ、押し上げる。合図したら立ち上がれ」


 リーアの手が縁を掴んだ事を確認し、俺は脛を押さえていた両手を彼女の土踏まずのあたりにやった。


「よし、今だ」


 その言葉の一間の後に感じた重心の移動。それにあわせて両手に乗る彼女の足を上へと押しやる。端から見れば間抜けな泥棒に見えるがやっている俺達は大いにまじめだ。


「ちょっ!!危ないじゃな……」


 スムーズに持ち上がったリーア。だが、予期せぬ力がかかったせいでリーアは体勢を崩して馬小屋の中へ落ちてしまった。アニメとかで聞くような効果音に近い音が夜の帳の沈黙を破壊した。


「リーア!?」


 頭から落ちて、脳に損傷や頚椎を怪我したかもしれない……そんな不安の元、俺は急いで窓から馬小屋の中を覗き込んで、その光景を見て言葉を失った。


「なっ……リーア!!」


 シンクロナイズスイミングを上から見たような格好だった。リーアはトラックの荷台ほどの大きさはある、干草が敷き詰められた金属の篭に頭を突っ込み足をバタバタとさせている。あの足のばたつきからすると脳などには損傷は無さそうだ……けど、白いの見えてる。でも、殺されそうだから見なかったことにしよう。


「リーアさん!?今、助けます!!」


 遅れて正面から入ってきた、フィアナは騎兵らしい軽やかなステップで篭を上り、干草の海で溺れているリーアを救出した。


 悪い事したな……。そう思いつつ俺は窓に身を通して馬小屋の中へと飛び降りた。結構な高さから落ちたので、衝撃吸収が間に合わず足がジーンとするが、ここは我慢。


「このバカ!!バカダイスケ!!」


 大輔の顔を見るや否や、リーアは彼の足をゲシゲシと蹴たぐりまわした。悪い事したな……そう思って彼はフィアナが彼女を止めるまで絶え続けた……。


 リーアも落ち着くとフィアナは咳払いを一つし、話を切り出した。


「では、作業に入ります。私は真ん中の列、リーアさんは左、ダイスケ殿は右の列のカンヌキを外して下さい」


 馬小屋には横三列、縦十列の柵でしきられた小部屋があり、馬はそこで二頭ずつ飼育されている。その小部屋のカンヌキ――――つまりは扉を開けて馬たちが逃げられるようにする事がフィアナの狙いだ。


「わかった」


 フィアナの指示に従って、俺達は間を置く事無く軍馬を逃がさないようにする為のはカンヌキをはずし始める。作業は思ったよりも早く終わり、合計30箇所、数にして60頭の軍馬が外に出られるようになった。


「開放、終わったぞ」


「はい。では、篭の干草に火をつけます」


 フィアナはズボンのポケットから金属と石ころを取り出し、それはリーアが落っこちた、あの大きな金属製の篭へと向かった。


「火打石か」


 火打石。石で金属を打ち、それで発生する火花を起こす昔の点火装置だ。カチン、カチン……何度も石と金属を打ちつけ、クラシックな道具を目の前で扱うフィアナの姿に内心ワクワクするも、大輔は思う。


「魔法で燃やせばよくね?リーア」

 

 そう、紅蓮のリーアと呼ばれ、オーグルとかの戦いで炎を自在に操る彼女がやれば、すぐに火が着くはずだ。そう思っているが彼女は少し苦い顔をして


「杖がないと、火は出ないのよ。強力な魔力を外に出す為の媒介として私たちは杖を使ってるの」


「そうなのか」


「点火しました!!馬が気づかないうちに外に出て下さい!!」


 慌てた様子でフィアナは二人に脱出を促した。彼女は知っている。暴走した馬のエネルギーとその恐ろしさを。故に彼女は出来る限り二人を全力でこの馬小屋の外へと誘導する。そして、出口から5メートルほどの距離に差し掛かった時だった。


 ヒヒィィイン!!


 馬の悲鳴。馬は群れる生き物……一頭が危機を感知すれば、それは回りに一気に伝染する。馬小屋の中は瞬く間にパニック状態に陥った。強靭な肉体と2メートル近い体を持つドロイゼン種のエネルギーはすさまじいものだった。柵を簡単に破壊し、小屋の中を暴れまわる……まさに嵐。


 そして、ついに軍馬の一群は炎からの逃げ道、フィアナの開けた出口を見つけだし、風のような速さで殺到した。


「す、すげぇ……」


 騎兵の国。それを支えている軍馬のエネルギーは凄まじい物だ。一瞬で100メートル先の建物へ到達。馬のパニックはすぐさまに砦の人間たちに伝わった。

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