◆冤罪?
かび臭さと針で突かれたような頭の痛みと共に目を覚ますと、リーアと一緒に鉄格子のついた部屋……つまりは牢屋にに入れられている事に気付いた。しかも、鎧は脱がされ、両手に奇妙な刻印が施された手錠が装着されている。
「やっと起きた」
「ここは……?」
「警吏軍の砦よ。あんたが気絶した後に入れられたのよ」
「あぁ、そうだったな……警備隊の隊長と一戦やって頭をサーベルの握りで思いっきりぶん殴られたんだっけ。ったく……まだ頭がズキズキする」
「当然の報いよ。女性の胸を揉んでおいて命があるだけ、神様とあの隊長さんに感謝なさいよ。あの人、女性の敵たるあんたを看病してくれたんだからね」
リーアは大輔にさげすむ様な視線を送る。ゴキブリや汚物、女性の敵を見るような目だ。
そんな彼女の言葉は俺の右手に妙な感覚を蘇るらせた。生八橋を触ったような感じ。
そして、それは次に顔を真っ赤ににした隊長を思い出させた。
リーアの言葉とこれら二つの事象はある事実を俺に理解させた。
「ま、まさか……本当に揉んだのか?」
「そうよ。この女性の敵……動乱以前に痴漢は死刑よ!!」
男だと思って戦ったあの隊長さん。まさかCカップ程のおっぱいがついてたなんて……事故といえども一女性のおっぱいを触った罪は逃れる事は出来ない―――――動乱とまではいかないが迷惑防止法では捕まっても、言い逃れできない。
「あんたのせいで捕まるし……どうせ、証拠品も偽物って言われて死刑にされる……もう、最悪よ!!」
泣いて嘆くリーア。俺も泣きたいよ……痴漢はしたけど、冤罪で死刑になるなんて……。
死を目の前にして意気消沈すること1時間……フィルネルアが大輔達の前に現れた。彼女の手には輪で留められた絵に描いたような鍵が握られており、これから俺達をを牢屋の外……果ては死刑場に連れ出すようにも見える……。
「ダイスケ殿、リーアさん……申し訳ありませんでした!!誤認逮捕のようです……」
フィルネルアは鉄格子の錠を空け、昼の態度とは打って変わった様子で彼女は大輔とリーアに深々と頭を下げた。
「ゑ?」
大輔は拍子抜けの素っ頓狂な声上げる。彼女のやや高圧的だった態度の変調もあるが、死刑確定だとリーアに言われて死を覚悟していた後に無罪放免を告げられたのだ――――驚くのも無理はない。
「先ほど、署の魔術鑑識に提出した証拠品の勅書が本物であることが判明しました……というかジェザルト殿の短剣を持っている時点でお気づきすべきでした!!私の働いた蛮行と愚行をお許しください!!」
フィルネルアは地面に額をぶつけそうな勢いで頭を下げ続ける。俺は散々煽ったリーアを睨む……だが、リーアは視線から逃げるように顔をそっぽ向けた。
「いや、解かってくれれば良いんだよ。それに、俺もあんたの……」
胸、揉んじゃったもんな……と言おうとしたけれど、リーアが肘で脇腹を突いて言わせてくれなかった。その事に触れるや否やフィルネルアの頬はかっと赤くなり、挙動がたどたどしくなる。
「いえっ!!その、あれは……不慮の事故ですし、私は気にしておりませんで!!それより、署長が、ダイスケ殿が目覚め次第事情聴取をしたいと申しておりましたので、一旦、署長室へお連れします」
たどたどしい様子で大輔とリーアを牢から連れ出したフィルネルア。彼女を中心とした気まずい沈黙は3人の歩く廊下の空気を鉛のように重くした。
声を出すのが罪。そんな沈黙を作った責任を取る為に、俺は署長室、話をそらそうと空気で押しつぶされた口を開いた。
「そういえば、フィル……ゴメン、何て呼べばいい?」
「フィアナとお呼びください。親しい友はそう呼びます」
名前が長くて言えなかったが大輔にフィルネルアは自分の愛称を教えた。親しい友が使う呼び名……少し使うに戸惑うな。
「じゃあ、フィアナ。ジェザルトの事、知ってるの?」
「はい。何度か合同演習で轡を並べました。素晴らしい腕をお持ちですし、人柄も良く、姫騎士の私にも対等に接してくださいました」
「姫騎士……?」
「ドロイゼンの風習よ。男の子に恵まれなかった騎士が自分の娘を跡取りにするのよ。この国は能力主義が基本で、男女平等がどの国よりも進んでる。でも、ウィンザリオとかじゃ……」
リーアはその先を言わなかった。だけど、言わんとする事は逆説の語を聞けば大体解かる。それでも対等に接するジェザルト……まぁ、無愛想に見るけど結構熱い奴なんだよな、アイツ。実力がある人を正当に評価できる人間であることは俺にだって解る。
「時にダイスケ殿……昼におっしゃられた、自分が勇者であるというのは?」
少し重い話題のせいで空気を悪くなりかけた空気を察したフィアナは話題を変えた。
「本当だよ。ラフィーラに訳も解らないまま召還されたんだ。魔女を倒せって」
「魔女……本当に倒すのですか?」
「ううん。魔女の軍隊が個人の手に負えないからウィンザリオの王は他国と同盟を組んで戦う事にしたの。伝説の勇者とウィンザリオ王に頼まれて断れる君子はいないでしょ?」
「そう……ですか。しかし、現在のドロイゼンでは難しいと思いです」
そう言ったフィアナの声色は申し訳なさで暗い色になった。
「ドロイゼンは現在、和平路線に切り替えてしまったのです。兵を動かす事はかなわないでしょう」
「うそ!!つい半年前までは国境線近くで魔女の軍と戦っていたじゃない。王は何してるのよ?」
「執政官が変わってしまったのです。現在は若い女性魔術師のミレイル・ロットルトンが任に就いており、王は彼女の提示した和平案を全面的に取り入れ、魔女の為に軍縮や領土のいくつかを割譲なさったり……」
「強敵を前にした時、国民の生命と利益を守る為にやむをえない手段だ。きっと、ミレイル様ってのは無理に戦って国民に犠牲を強いさせないようにしてるんだろうな。実に有能だと俺は思うよ」
正義の味方を気取って国民に犠牲を強いるような君主より、俺はミレイル様とかいう人のほうが政治家として信頼できると納得したけれど、リーアは腑に落ちない様子だった。
†
署長室。正義を行うべき町の番人の部屋にしては豪奢な印象を大輔には見受けられた。
剥製の鹿の頭や大理石の像……はたから見れば悪趣味で高級そうな調度品に満ちた部屋で三人を待っていたのは肉付きのよい色白の中年の男性だった。肉の付からして文官のように見える。
「まぁ、かけたまえ」
証拠品として押収された、勅書をはじめとする品々が置かれているテーブルに座ることを署長は二人に勧めた。
「魔術師リーアとコトミュラー・ダイスケ。君達の渡航目的をもう一度聞こう」
「私たちはウィンザリオ王国の使節としてこの国に訪れました。その事はこの勅書が証明しているはず」
リーアは臆する事無く無実を主張する。確かにやましい事が無いので卑屈に出る道理も無い。だが。署長はリーアの言葉を疑うように口元を歪めて嘲笑うような表情をリーアに見せた。
「それの勅書が偽造書類だとしても?先程、伝水晶で王宮のミレイ様に確認したところ、この勅書は良く出来た偽造品だとおっしゃっていた」
「署長、お言葉ですが、その勅書は鑑識が本物だと証明しました。故に、二人は即刻解放すべきです」
反論に出たのはリーアでも大輔でも無いフィアナだった。しかし、署長は不愉快そうに彼女を睨み付けて言い返す。
「ジェッフェル……お前はミレイル様の事を疑うのか?」
「そんなつもりは……」
「なら、口を閉じておけ」
権力の衣を着た狐。いや、タヌキか?まだ社会を知らないけれど、こういう輩に会うのは初めてだ。
「……で、勅書の偽装は死刑と国際法で決まっている。お前たち二人はこの罪を以って刑に処してもらうぞ」
「そんな!!彼らは……」
「くどいぞ。この決定はミレイ様の決定、つまりは王のご意志だ。それに逆らうならば、貴様も同罪だぞ。まぁ、ここの地下牢で暮らす父が恋しくなったというのなら、一緒にしてやらん訳でもないが」
署長の言葉にフィアナの蒼い瞳は怒りで沸騰しそうになったが彼女は肩を震わせながら堪えた。
俺も虫唾が走った。ここまで小物でゲスな人間を俺はドラマやアニメの中でしか見たことがない。理性と法律が無ければ確実に殴りかかっている所だが、リーアも俺も話しても無駄だと思い、黙り込んだ。
「では、取り調べはこれまでだ。地下牢に連れて行け」
俺達はフィアナと共に所長室を後にした。中指の一つでも立ててやりたかったが、意味が通じないと思うから最大限の敵意で睨み付けるだけしかしなかった。
†
「こんな決定……絶対に間違っている。やはり、ミレイル・ロットルトンは魔女の手先だったのか……!!」
地下牢へと続く1階の廊下でそう言ったフィアナの肩は震えていた。
「やっぱ、そう思う?フィアナの権限でここから出してくれない?」
死を宣告された割には落ち着いた様子のリーア。よく平常運行でいけるよな……
「すみません。お助けしたいのは山々なのですが、その手錠は……」
「魔術で外せない様になってるんでしょ?んで以って、ここから出たら付けてる人の命を奪うって奴でしょ?」
フィアナが説明するよりも早くリーアが答えた。さすが、魔術師。そういった物に関する知識は豊富なんだな。
「そうなのです。外すのは困難……並みの魔術師では外すのは無……!?」
「何?どうしたの?」
目を大きく開き言葉を失ったフィアナにリーアは何食わぬ様子で反応する。そりゃ、フィアナも言葉を失うよ……だってさ……
「ど、どうやって外したんですか!?」
普通に手錠を外してるんだもん。手錠を外したリーアはお約束に近い動作、自分の両の手首をさすっている。
「私の事、そこらへんのまじない師とでも思ってたの?こんな手錠、お師匠の知恵の輪修行に比べればお茶の子さいさいってものよ。ダイスケ、手」
言われたがままに差し出した大輔の手錠を彼女は右手で手錠の鎖を握って、魔力を伝達させようとした。
ぽわっ。青白い光が輝くの共に鍵は開錠され俺の両手は自由にった。案の定、俺は映画とかでよくやるように両手首をさすってしまった。本当にやりたくなるんだな。
「じゃあな、フィアナ。騒がせて悪かった。もし何か言われたら、リーアに魔法をかけられたとでも言っておいてくれ」
これ以上彼女をつき合わすのは忍びない。そう思い俺は窓に手をかけた。
「待ってください。装備も肝心の勅書もこの署の中に保管されてるんですよ……それは必要ないのですか?」
「そりゃ……必要だが」
「私に考えがあります。署長や警吏の目をそらす方法を思いつきました」
「ダメ。付き合う必要は無い」
そう言ったフィアナの表情には自身が溢れていた。だけど、ここまでつき合わせたら彼女の身が危ない……俺は彼女の提案を断った。
「でも、私たちにはどうする事も出来ない。なら、ここはフィアナの案に従うのが妥当だと思う」
リーアの提案に大輔の心は少し揺れるが、やはり彼女に危害を被らす訳にはいかない。彼は首を横に振った。だが、フィアナは諦めなかった。
「ダイスケ殿……あなたは見た筈……今のドロイゼンの現状を」
「あの署長とその後ろにいる、ミレイル・ロットルトンのような輩が、平和という甘言で魔女の侵略を肯定させ、あまつはこの国を魔女に売り渡そうとしている。確かに争って命を落とす事は避けたい……だが、奴らの非道を見逃す事は、私達……ドロイゼン騎士の義の心が絶対に許さない!!」
熱を帯びるフィアナの言葉。一呼吸を置いて続けた。
「私の父、第五騎兵大隊長サルフェリオ・ジェッフェルはミレイル・ロットルトンのやり方に異を唱えたせいで、無実の罪でこの地下に幽閉されているのです……」
あぁ……だから、署長はフィアナのお父さんをそんな風に言ってたのか。
「勇者ダイスケ殿……この国を正し、世を救う力添えをさせて下さい!!」
感極まって彼女の頬には涙が伝わっていた。人を易々と信じたことは無い。だが、彼女の熱弁、そしてこの涙は信じるに値する。
「良いのか?お前、死ぬかもしれないんだぞ?」
「はい。運命とあらば、ドロイゼンの民の為に命を捧げます」
覚悟に燃えた蒼い瞳。俺は自然と彼女にたよろうと思えてきた。
「わかった。聞かせてくれ……お前の計画を」




