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◆騎兵の国

 整備された一直線の街道を東へ進むこと4日、大輔とリーアはようやくウィンザリオとドロイゼンの国境となる関所に到着した。


 入国が公的な動機なので、勅書の魔術的な確認やその他もろもろの手続きに時間を取られたものも、ドロイゼンへの入国が許された。


「ここがドロイゼンね……ウィンザリオとあんまり変わらないな」


「そりゃそうよ。陸続きなんだからすぐに変わるわけないじゃない」


 広大な草原に囲まれた田舎道を俺とリーアは今日の宿となるドロイゼン第二の宿場町、ヒットスへと続く道を歩く。地平線が見えるほどの広大な草原……こんなに広い草原は日本じゃめったにお目にかかれない。


「あ、ダイスケあれ見て」


 地響きと共にリーアが指さした地平線の向こうから動物的な群れが現れた。白馬の群……いや、その白馬には鞍や鐙、そして軽装の鎧を装備した兵士が乗っていた。


「馬……人?」


「あれがドロイゼン名物の騎兵だよ。数はウィンザリオには及ばないけどその錬度は天下一とも言われてる」


 30人くらいの騎兵たちが統制の取れた戦列をまるで生き物のようにスムーズに変形させる。横隊陣、楔型陣……疾風のような速さで翔ける集合体があれほどまでに滑らかに動く姿を大輔は人生で一度も見た事が無い。素人目にもあの動きは凄いと解る。


「すごいな……」


「これがドロイゼンが『騎兵の国』って呼ばれる所以よ。ラジーア川流域は肥沃な牧草地帯が広がっていて、そこにはドロイゼン種って呼ばれる馬が生息しているのよ。で、彼らは歩けるようになったころからそれに乗って生活する。で、気がつくと馬を手足のように動かせるようになってるって訳」


 と、ドヤ顔でリーアは語る。


「そうなんだ」


「ちなみに、この国の主な産業は酪農と鉄鋼ね。南部の鉱山から取れる良質な鉄鉱石とさっき言ったような馬や家畜が国家の基盤になってるの」


「……お前、知らないことって無いのか?」


 彼女と一緒にすごしてもう2週間ほど経つけれど……宿泊した町の事、野宿の際に採集した木の実やキノコの全てを彼女は知っている。


「ある事はあるけど……私はただお師匠と一緒に読んだ本の内容を覚えてるだけよ」


「へぇ……魔術の本だけじゃないんだ」


「まぁね。魔術には植物や化学、いろいろな場所の土着の宗教とかの知識が無いといけないからね」


「そうなんだ……凄いな、リーアって」


 感心。その一言に尽きた。きっとこの知識を身に着ける為に多大な時間と労力をつぎ込んだに違いない、いやそうだった。俺が眠ろうとしているときも彼女は本を読んでいた。何が書いてあるかわからないけれど、読んでいて面白いものでは無いのはわかる……勉強が出来ない俺とは大違いだ。


「なっ……お世辞はいいわよ」


 リーアは大輔から顔をそらし、そそくさと大輔から逃げるように行く道を急いだ。



 交易路の途中にある丘陵地帯に位置するヒットスの町の構造は奇妙だった。小高い丘に東南アジアの棚田のように市街が広がり、貧血持ちには辛い構造をしていた。


 そして、その町並みは交易路上の町にしてはどことなくこじんまりとしている。


 町の中心街にある中規模の商店街と乗馬教練所以外は石造建築の入り組んだ住宅街となっている。貨幣経済はウィンザリオほど進んでいないらしい。


 ヒットスの商店街、定食屋らしい店に並ぶ人々が大輔の目に入った。


「あれは……そうか、もう昼飯時だよな」


「昼ごはんにする?」


「そうだな。腹もすいたし……ドロイゼンの名物料理って何かある?」


「やっぱ、子牛の煮込み料理かな。名産のぶどう酒で味付けされたのが美味しいのよ」


「それにするか……ん?」


 突然、背中がむず痒くなった。オーグルと戦った時に感じた感覚……無意識ながら俺の手はウォラガ・ヴァールの柄へと伸びた。


「ダイスケ……通りから人が」


「あぁ……何かが来る」


 俺は感覚を磨ぎ、あたりを見回す。後方から道を塞ぐように展開した武装した人間が10人。前方からも。


「あの鎧……ドロイゼン軍の物よ」


「あぁ……でも、穏やかではないことは確かだ」


 二隊はジリジリと方位の輪を縮め、大輔とリーアに迫る。


 間違いない。奴らは俺たちに用がある。王からの使いか?でも、そんな空気ではない。警戒したように手を剣の柄に添えている。


「どうしたんすか?」


 包囲間隔7メートルでピタリと止まった兵士たちに大輔は問う。


 すると、前方から代表者らしき、若い白基調の胸甲を始めとする軽装の兵士が大輔の太刀が及ばない距離まで近づいた。その兵士の身長は160センチほどで、さらりとした金髪のショートヘアに男とも女とも見えるような顔立ちをしている。


「勅書の偽造と動乱の容疑が貴殿らにはかかっている。ご同行願おうか」


 小柄な代表者は男にしては高い声で大輔達に告げた。


「何のことだよ?俺達は……」


「私達はウィンザリオの使節として来たのです。これがその書類で……」


「先程、王都の入国管理局からの通報があった。事情は署で聞かせてもらう。ご同行を願おう」


 リーアが書類を取り出し弁明しようとするも兵士はその隙も見せなかった。


「……どうするんだ?」


 じわじわと近寄る兵士たち。大輔はなす術もないのでリーアの指示を乞うことにした。


「仕方ない……Nokelia(煙よ)!!」


 リーアの詠唱と共に彼女の杖の接地した部分から煙幕のように煙が立ち込めた。


「逃げるわよ!!Stain(眠れ)!!」


 どうして良いか解らない大輔の手を引きリーアは走り出し、魔術で包囲している兵士を眠らせ、隙を突いて商店街から逃げ出した。


「何してんだよ、リーア!!これじゃ俺たち本物の犯罪者みたいじゃないか!!」


「変なのよ……大使の入国情報は絶対に王国に行くし、あの勅書は魔術的にも本物だって証明もされている。となると、第三者がその情報を改竄しない限りこんな自体にはならないの」


「誰がそんな事すんだよ!?」


「解らない……反戦派の政治家か魔女に通じている政治家かもしれない。でも、私達の存在が厄介だって思っているやつの仕業なのは確かよ。もし捕まったら始末される」


 確かにリーアの言うとおりだった。入国審査の際、魔術師らしき人物が魔術的なブラックライト書類を照らし本物である事は確かめられたし、水晶でその事も報告した。となると確実に第三者の介入が情報に入ったのは間違いない。


「全く……厄介なことになったな……これじゃ王様に謁見も出来ないじゃねぇかよ!!」


「この場を乗り切るしかないわ。幸い、ここの町の構造は複雑……路地裏に隠れればやり過ごせる」


 走ったせいで少し眩暈が起こり始めたしリーアの呼吸も乱れている。とりあえず呼吸を整える為に路地裏に隠れる事にした。だが、兵士たちの目を誤魔化さないと意味がない。そういう訳で、路地裏で身を隠すに最適な物を探す……。


 俺には無理だがリーアを隠すに最適なものが路地の入り口辺りにあった。


「リーア。お前、あれの中に入れるか?」


「あれって、タル!?いやよ!!私、狭いところ苦手なの」


 足鎧が石畳を打つ音が近づく。言い争っている暇はない。俺は蓋を開けて嫌がって暴れるリーアを無理矢理タルの中に放り込んで蓋をした。


「動くな」


 大輔の首筋に尖ってひんやりとした物が触れる。それは紛れも無く剣の切っ先。どうやらバレたようだ。リーアが大声で喚き抵抗したせいで敵さんは俺の居場所に感づいたらしい。とりあえず振り向いて後方にいる敵の人数を確認する。


「お前だけか……」


 敵は一人。さっきの代表者らしい。他の連中はいない。戦おうか……。だが、敵が持っているのは刃渡り90センチほどの細身の剣。ここでウォラガ・ヴァールを抜くと確実に刺される……。ここは様子を伺おう。


「なぁ、俺達は書類偽造もしていないし動乱なんてたくらんでない。何かの間違いだ。俺はラフィーラがこの世界に召還した勇者だ」


 勇者を自称する自分……中々に恥ずかしいな。でも、この場を切り抜けるには必要な恥だ。


「なら何故逃げたのですか?それが事実なら署で弁明は出来るし、これ以上逃げるようなら罪は重くなる。タルに入っている魔術師も大人しく同行しなさい」


 どうやらリーアが隠れていることも見破られているようだ。観念したらしくリーアは蓋を開けてタルから出てきた。


「ごめんなさい。私達はあなた達に捕まることは出来ないわ」


「なぜ?やましい事があるから?」


 兵士がリーアに視線を向けた刹那だった。大輔は突きつけられた切っ先を篭手で払い避け後方へ跳躍。剣を抜く余裕が作れるほどの間合いを取った。


「抵抗するのか?」


「あぁ……俺たちにはやらないとならない事があるんだ。そっちも痛い目見たくなきゃ見逃せ」


「……仕方ない。腕の一本は覚悟してもらう」


「そうかい」


「西部警備中隊隊長、フィルネルア・リオ・ジェッフェル……短い間だが覚えてもらおう」


 相手も名乗った。俺もそれに応じて名乗るしかない。


「琴村大輔だ」


「行くぞ!!」


 フィルネルアと名乗った兵士は言うや否や踏み込んだ。地をすべる様なフットワーク、大輔が太刀を抜くよりも早く刺突を繰り出した。


「はやっ!!」


 フィルネルアは直線的だが稲光が輝くような突きを大輔に放ち続ける。その突きはかつて戦ったジェザルトの突きよりも速く正確だった。しかし見切れない程ではない。大輔はボクサーのような体捌きで突きを避け続ける。


 だが明らかに大輔が不利ともこの状況は言える。


 狭い路地裏では彼の大剣を振ることは出来ない。しかも狭い場所は突きを得意とする相手方には地の利となるとも言える……何もかもが彼の敵となっていると言っても過言ではない。


「ダイスケ!!ジェザルトの短剣を使って!!」


「短剣……そうか!!」


 大輔はリーアのアドバイスの通りに腰に挿してある短剣を左手で逆手に抜き、フィルネルアの一撃を受け流し鍔競り合う。


「その短剣……その鞘の印!!もしやジェザルト・ヤルマーニ殿の物か?」


「そうだよ……だからどうした?」


 フィルネルアの目はジェザルトの短剣を見たら、闘争の色から驚きの色に変わってしまった。


「くっ!!」


 不毛な攻防。


 状況を打破するためにもフィルネルアは行動に出た。腕力は大輔に劣るが、全身の力を持って彼の重心を後ろに反らし、それに合わせて彼の右足を自分の足で刈り込んだ。そう、柔道の大外狩りのように。この国の甲冑組み手の技の一つだろう。


「ちょっ!!」


 思いもよらぬ力に体勢を崩した大輔はフィルネルアと揉みくちゃになりつつも後方に倒れ、甲冑が地面に打ちつけ合う音がけたたましく路地裏に響きわたる。


「うっ……ん?」


 受身も取れずに倒れた俺は柔道部に悪ふざけでわざを掛けられたときみたいになった。視界がぐちゃぐちゃになり、視界がぼやけている……でも、それと一緒に右手に違和感が……生八橋みたいな感触が手のひらに伝わる。


「ひゃっ!!」


 俺が何かを握ったらフィルネルアは変な声を上げた。なんだこれ?よしもう一揉み。


「……ん?ん!?」


 視界が回復して俺は言葉を失った……。頬を染めるフィルネルア。そして、フィルネルアの胸当ての腕が通る部分の隙間に入り込んだ俺の手……二つのファクターで俺が今、どんな状況なのかが解り始めた……。


「いや……これは、その……」


「こ、こ、この……淫乱男!!」


 剣の護拳で覆われた右ストレートが的確に大輔の頭部を打ち、彼の意識はそこで途絶えてしまった。



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