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◆過去の呼び声

 血のにおい。


 やめて。これ以上なつねぇを刺さないで……


 覆いかぶさり盾になってくれているなつねぇの腕越しから見える怖い人の顔。笑いながら何度も何度もなつねぇの背中を包丁で突き刺していた。


 なつねぇは刺されても刺されても離そうとしなかった。そして最後まで名前を呼ぶのをやめなかった。


 ダイスケ。ダイスケって。 

 

「!!」


 激しい勢いで上体を起こしたらズキリと背筋が痛んだ。筋肉痛で目覚めた朝みたいに。傷む部分に目を向けると、そこには……というか体中に血の滲んだ包帯が巻かれていた。


「ダイスケ……大丈夫?うなされてたよ……昨日の戦いの傷も癒えてないんだから休んでて」


 昨日?俺は首を窓の方へゆっくり動かした。外は暗く三日月が窓を覗き込んでいる。


「え……昨日の戦い?」


「そうよ。あんたは一人でオーグルとゴルソを倒したのよ。覚えてないの?」


 思い出した。巨大ゴキブリとオーグルと戦ったんだ。で、どうなったんだっけ?


「どうなったんだっけ――――町、あと……俺も」


「ダイスケがあそこで踏みとどまってくれたお陰で、オーグルは町の中心部への侵攻は防げた……あんたは……」


 リーアは言葉をにごらせた。月夜に照らされた狂戦士のように剣を振るう彼の姿とその悲しそうな表情。そして『なつねぇ』という単語の謎……それを彼に伝え、問うて良いのかリーアには解らなかった。でも彼には知る権利がある……ゆえに彼女は重い口を開いて彼に告げた。


「ダイスケ、あなたはオーグルから女の子を護ろうとして剣を激しく振り回して貧血で倒れたのよ……正直、あの時のダイスケ……怖かった」


「え……?」


 リーアに告げられた言葉に大輔はその瞬間の事を思い出した。あの瞬間……あの反吐が出るような瞬間を。思い出した刹那に、迸ったどす黒い嫌な感情が爆発するのを、俺は毛布を強く握って堪えた。


「それでね……あなたは悲しそうに何度もこの言葉を呟いてた……『なつねぇ』って」


 衝撃が走った。下腹部が振るえ胸が締め付けられる。脈拍のリズムが狂う。呼吸が荒くなり、眩暈が俺を襲う。忘れたはずの過去が悪夢として蘇った。心から消そうとしても無意識の中で生き続けているんだろう。


「ダイスケ……話してくれない?きっと楽になるかもしれないし」


 リーアの優しい声と優しい目。俺はその優しさに傷の痛みを取り払ってくれる希望を抱いて、自分の傷を抉る事にした。



 小3の頃に俺は父親の不倫が原因で両親が離婚し、母方の実家がある町の小学校へ転校する羽目になった。体も小さく、離婚のせいで気も暗くなった余所者の俺は言うまでも無くイジメの対象になった。上履きや体操着を隠され、無視され、たくさん殴られて……。


 本当に絶望した。世界で一番不幸だって自身もあった。


 だけど、そんなある日だった。いつものように川原でいじめっ子達に殴られていると、誰かがその中に割って入りいじめっ子達を撃退してくれた。


 その誰かは隣に住んでいる女子高校生の桜井菜月さくらいなつき。小さい頃からの幼馴染みで、背が高く、剣道をやっていてケンカも強い。それでボロボロになった俺を自転車の荷台に載せて、家まで連れて行ってくれた。その道中で俺はなつねぇに訊いた。


「どうして助けてくれたの?俺みたいなのを」


 そしたらなつねぇは言った。


「ダイスケは私の小さい頃からの大切な友達だからよ。大切なものを護ったりかばったりするのに理由が要るの?あんたも男ならそれ位の気持ちでいないさいよ」


「無理だよ……俺、小さくて弱っちいし」


「ふーん……その様子だと、強くなりたいの?」 


 強さ。俺には絶対に手に入れることのできない物。だけど、欲しい。こんなイジイジしている自分を変えたい……。


「うん」


「なら何が何でも笑いなさい!!弱気でいたら強くなれないから」


 見本を見せるようになつねぇは声高らかに笑った。俺もそれを真似して笑った。そしたら、何だか離婚の事もイジメの事も忘れられて気が楽になった。



 その次の日の晩、なつねぇに彼女の家の広めの庭に呼び出された俺はなつねぇに自分の喉元ほどの長さの棒――――いわゆる竹刀を渡された。


「私が剣道の稽古つけてあげる」


「え……でも」


「でももヘチマもない。良い、竹刀はこうやって握るの」


 そんなこんなで半強制的に俺はなつねぇから剣道を教わることになった。竹刀は高校生用で、俺の身長や腕力に合うはずも無く、毎日筋肉痛に苦しませられた。でも、楽しい。重い竹刀をなつねぇと一緒に振り回し汗をかいているとなんだか強い自分に生まれ変われる気がしたんだ。


 今思うと俺が軽すぎたり短すぎる剣を拒むのはこれが原因なのかもしれない。自分の身長と変わらない剣に体の筋肉が順応してしまったのが原因になっているのだと思う。


 学校で笑うように心がけ、毎晩なつねぇと竹刀を振り、時々チャンバラを交えて遊んでいく内に変化が起きた。何だか周りの空気が変わった。いや、周りの空気を感じる自分が変わったんだ。母親も『変わった』って言ってた。


 そんな幸せな日々を過ごし、俺が4年生になり新しい友達も出来た春のある日……事件は起きた。


 学校の帰り道、友達と別れ通学路の駅前で俺は学校帰りのなつねぇと会って家まで一緒に帰ることになった。駅前の商店街に差し掛かった時に、突然駅前に悲鳴が起こった。そして、一拍置くと、人々の流れが俺達のいた方向へ変わる。


 パニック。悲鳴に混じり『通り魔』だっていう単語を俺の耳が拾うが何が何やら理解できずに俺は群集に突き倒され、足をくじいてその場に蹲った。


 なつねぇともはぐれ、足をくじいた俺は通り魔と鉢合わせしてしまった。今でもあの顔は忘れられない。狂気の目と汚い服装、そして血の滴った包丁。それらは時々夢に出てきて俺を苦しませる。動けない俺に通り魔は包丁を振り上げた。


 そしてその包丁を受けたのはあの時みたいに割って入ったなつねぇだった。俺を覆いかぶさるように犯人の前に立ちふさがり凶刃から俺をかばった。


 そのなつねぇの姿が気に食わなかったのか犯人は何度も何度も彼女を包丁で突き刺した。だがなつねぇは一歩も引かずに俺をかばい続けた。『ダイスケ……ダイスケ』って言いながら。


 なつねぇを執拗以上に刺し続けた事が足止めとなり、通り魔は逮捕された。薬物中毒のせいで正気を失って行った犯行だったらしい。


 その晩になつねぇは亡くなった。


 俺の無力さがなつねぇを殺したんだ。


 俺がもう少し強ければなつねぇが死なずにすんだ。


 俺はあの光景を忘れようと毎晩竹刀を振るった。ひとつの事に集中して、あの光景を思い出させないようにした。


 そして、俺は貧血気味になった。それ以来、俺は竹刀を振るわなくなってしまった。その代わりになつねぇの事を心と頭の中から消し去ることにした……。



「そうだ……俺がなつねぇを殺したようなもんだ」


 俺はリーアに全てを話した。この世界に無い概念や名詞を省いて自分の話せる限りの事を話した。


「……気分悪いや」


 話を聞き終わったリーアはふと大輔に言った。


「……どういうことだよ?」


「あんただけに辛い過去の話させんのがよ」


 リーアは大輔の横になるベッドに腰を掛け、深い呼吸を一つ。そして何かを決めたような目と表情を彼に見せた。


「これは独り言だから、あんたは気にしないでよね――――私、捨て子なの」


 リーアは自分の淡い桃色の髪をいじりながら、遠い目つきを月夜に向けて語り始めた。


「北の保守的な農村だと、魔力の混じった髪を持つ子供は『悪魔の子』扱いされて、捨てられちゃうの……で、そんな捨てられた私をお師匠……ローラが拾ってくれた」


 お師匠……メランさんとも仲が良かった人物で、魔女が詐欺師と呼んだ人物だ。大輔は何も言わずに彼女の話の続きを聞くことにした。


「お師匠には夢があったの。魔力を増幅させて、術者の願望を叶える魔導石――――賢者の石を作るってね。お師匠はそれを人の命を救う為に使おうとしてたんだけど、それに脅威を感じた魔女がお師匠が賢者の石で国家反逆を起こすって、前代の国王を脅迫した」


「で、魔女の目論見通りお師匠は火刑にされた。ウィンザリオの広場で……」


 リーアの肩は震えていた。きっと泣いているはずだ……。


「だから……私は誓ったのお師匠の墓前に……絶対に賢者の石を作ってお師匠の夢を叶えるんだって……だから、その為に私はお金が必要なの」


 成るほど……リーアがお金にうるさい理由が解った。彼女にも彼女なりに重い過去を背負っているんだ。辛い過去を持っているのは俺だけじゃないんだ……


「ま、これは単なる独り言だから、怪我人は怪我人らしく気にせずに養生してなさいよ」


 弱気な様子を見せずにリーアはベッドから立ち上がり、大輔に顔を見せないようにドアへと向かった。


「リーア……」


「なに?」


「ありがとう……少し、気が楽になった」


「そう、なら良かった。せっかくの金ズルに倒れてもらっちゃ困るからね」


 そう言ったリーアは振り返らずに大輔の部屋を後にした。

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