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◆Gと薄いニンジンは異変の声

 ウィンザリオ郊外の宿場町グリグ。


 人口5000人ほどの小規模の町ではあるが東の公国群を経由してウィンザリオ王都への貿易路とする商人達の中継地としてそれなりに発展を遂げた町である。旅を始めて8日目の夕暮れに俺とリーアはグリグの町に到着した。


 東西貿易の中継地点として芸術品や香辛料の取り引きが盛んに行われ、活気付いている露店がひしめく通りを大輔は興味深い様子で歩いている。


「色々と売ってるんだな……」


「うん。ここは行商人が休憩する町だからね。東方の品物も売ってるよ」


「へぇ……」


 東方との交流。少し俺はそこに違和感を感じた。


 ここで物を売り買いしているのは俺のいた世界でいう白人と中東系の人間。俺の知る限りこの二つの民族は宗教の違いから度々戦争を繰り返していた。だけど、ここでは二つの人種が和気藹々しながら商売をしていた。


「リーア」


「なに?」


「この世界で民族紛争や宗教戦争ってのはあるのか?」


 その問いを聞いたリーアはキョトンとし、頭を掻きながらしばらく考え込んで……


「民族紛争はある。でも、その宗教戦争は聞いた事は無い―――――どんな戦争?」


「その……違う神様を信じる連中が互いを滅ぼそうとする戦争。神のために、とか言ってさ」


「え……あんたの世界ではあったの?」


「まぁ」


 俺が頷くとリーアはドン引きした。


「そんな低レベルな原因で戦争を起こすの?戦争ってもっとこう……農地とか、水源や鉱山を巡って起きるものでしょ、ふつー」


 そしてリーアは付け足す。


「神様なんて誰が何を信じるのかは本人の勝手。そんな事、道行く子供でも知ってることよ」


 正論だ。正論過ぎてぐぅの音も出ない。あの露出狂をはじめとする神々を信仰する彼らは一種の多神教とも言え、唯一神がいないお陰で信仰に関して寛容なのかもしれない。そうなれば建前としても宗教を理由にする事はまずしない筈だろう。


「まぁ、そうなるよな……で、宿はどうする?」


「お師匠さまと仲が良かった人の宿を知ってるから、そこに泊めてもらう事にする」



 歩くこと15分。リーアと俺は町外れの森の近くにある宿屋『メラン宿場』のフロントに到着した。大きさは日本の一般的な民宿ぐらいの大きさで、宿の主であるメランさんは人のよさそうな初老を迎えた男性だった。


「いやーリーア、大きくなったな」


「メランおじさんもお変わりなく」


 日本では滅多に見られないスキンシップ――――ハグとキスを済ませるとメランさんは俺のほうに視線を移す。


「で、君がダイスケか。事情はリーアから聞いたよ。勇者なんだろう?」


「まぁ、はい」


「そうか……勇者の御付の魔術師にリーアがなれたとは……ローラさんも聞いたら喜ぶだろうに」


 哀愁と懐古の念を瞳にヨランは浮かべた。ローラ――――リーアのお師匠さまの事。きっと深い仲だったんだろうな。


「よし、今日の晩御飯はローラさんの大好物だった、ミークヴェンクにするぞ」


「やった!!おじさんのはミークヴェンクは私も大好きなの」


 小躍りするようにリーアは喜んだ。ミークヴェンクってなんだろう?まさか魔術師が食うゲテモノ料理なのかも……ちょっと不安だ。


「まぁ、それまで二人とも休んでおいてくれ。ほれ、部屋の鍵。わしはこれから厨房で作るからの」


 メランさんは俺とリーアに鍵を渡すとフロントから厨房へと行ってしまった。その後姿を見送って俺達は自分たちの部屋がある二階へと続く階段へと向かう。


「ねぇ、ダイスケ」


 リーアは階段の踊り場でピタリと足を止め大輔の顔を覗き込む。


「どうした?」


「16だけど私は女性よね」


 ……何を言ってるんだ?


「そうだな」


「もしも夜中に子孫製造の欲求に負けて私に変な事したら……」


「その骨の一片も残さずに消し炭にするからね。例えこの世を救うであろう勇者様でもね」


 リーアはドスの利いた笑顔だった。しかもこの笑顔は有言実行であると主張するドスの聞き具合だ。


「する訳ないだろ!!」


 俺は全力で否定した。モテなくたってそこまで俺は落ちぶれていない。ただ……彼女は欲しいのは事実だ。



 旅の疲れでしばらく眠った俺を待ちうけていた本日の晩御飯は野菜のスープと切り分けられたパイらしき料理だった。多分、これがミークヴェンクだろう。良かった……見た目は悪くない。でも、パイの中に……虫とか変なモノが入ってなきゃ良いんだけどな……。


「食べないの?ダイスケ」


 美味しそうにミークヴェンクを頬張るリーアは大輔に問うた。


「これ、中身なにが入ってるんだ?」


「え、普通にひき肉よ。それをぶどう酒とかで味付けしたのをこのヴェンクで包んだのよ」


 なるほど、いわゆるミートパイってやつか。中身は何かわからないけど試してみるか!!


「じゃあ、いただきます」


 大輔はおもむろに一切れを取って口に頬張る。一噛み。味覚に料理と肉汁が触れると大輔の涙腺は緩んだ。


「うめぇ!!うまいですよ、メランさん」


「そうかぁ……おじさん、うれしいよ」


 うまい。その一言しか出ない。何の肉か解らないけれど味付けは抜群。これは病み付きになる。気がついたら俺はまた一つ手を伸ばしていた。


「どんどん食べて、力をつけてくれ。オーグルやドラゴン、ゴルソと戦うんだからな」


「はい。……最後のゴルソって何ですか?」


「ゴルソって何って言われてもな……悪い虫だ、馬よりも大きくてすばしっこい虫なんだ。最近、オーグルと一緒にここいらの畑を荒らすんだ。隣町はもう……」


 不安と悲哀、そんな表情をうかべたメランおじさん。商業で食を賄えるほど発展していないこういった郊外では農業が産業が生活の基盤となっている。それが潰されるとなると彼らには明日が無い。


「……だから、この野菜も元気が無いのか。ゴルソの瘴気のせいで」


「しょーき?」


「ゴルソやオーグルみたいな魔術的に作られた生物が出す魔力の波動は植物に悪影響を及ぼすのよ。ほら、このニンジン見て。色、薄いでしょ?」


 リーアはスプーンでニンジンを掬い俺に見せたけど、その道のプロでもない俺には薄いかどうかは解らない。


「まぁ、わからんかな。わしのように野菜を育てているものや、リーアのように自然の声が聞ける魔術師のような存在で無いとこの異変は解ることは無いはずだ」


 そうなのか……。魔女がやっている悪行は殺戮だけだと思っていたけれど、こういった小さいスケールでも影響を及ぼしているんだ。


「まぁ、そんな事ね。で、最後の一ついただき!!」


 俺が俯いている隙を突いてリーアは最後の一つを泥棒ネコのように取っていった。


「あ、リーア!!」


「ふふ、隙を見せるからよ……!?」


 突然、リーアは立ち上がり東側の窓際へ向い


「この感じ……Sael Uel(闇夜を見せよ)」


 俺とメランさんは彼女の詠唱が何のことやら理解出来ずにいた。だが、次にリーアが発した言葉理解できた。


「大変……東の林道からオーグルの群れが来てる!!」


「それは本当か!?早く鐘で知らせないと」


 メランさんは立ち上がり慌しく食堂から走り去る。リーアも彼を追って走り、俺も走り出した。


「どうするんだよ、リーア?」


「ここは貿易の要所―――――鐘を鳴らせば州軍が来るの。私たちはおじさんが鐘を鳴らし終えるまでの時間を稼ぐのよ」


「よし」


 鎧に着替えている暇は無い。俺はアンダーウェアのシャツとボトムズのまま、リーアと一緒にフロントに預けた自分達の武器を手に取り、メランさんの後を追う。


「うわぁああああぁ!!」


 大輔とリーアが宿屋から飛び出して、中心街に差し掛かる路地に入るやいなやメランさんの悲鳴が二人の耳朶を震わした。


「おじさん!!」


「ご、ご、ゴルゾだ!!」


 腰を抜かしたメランさんが指差す方向に大輔はウォラガ・ヴァールの切っ先と目を向けた。そして言葉を失った……


「え、これって……お前……」


 オーグルの鎖に繋がれたその生物を大輔は見たことがある。だがそれは普通ならもっと小さく家の台所にいるはずだ。黒光りした体に6本の足。生理的な嫌悪感に襲われるそのフォルム。


「ご、ゴキブリじゃねぇか!!」


 しかも……特大サイズ!!

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