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◆旅立ちの朝

 

 魔女の襲来から一週間後の空が日が昇り始めた頃、俺とリーアは誰にも見送られる事も無く旅に出た。


 王様はあの時、俺が魔女に戦いを挑んだことを正当防衛として片付けてくれて、お咎めは無しになった。だけど魔女に顔を知られた以上、旅立つときに儀式やらなんやらをやると魔女の使い魔にマークされ可能性があるとのこと。


 大輔とリーアはウィンザリオ東部、ドロイゼン公国との国境にあたる関所につながる街道を目指す。


「リーア、ドロイゼンまでどのくらいかかるんだ?」


 道を歩き始め城下町を抜け、城壁の東門の前で気になって俺はリーアに訊いた。


「そうね……あと、6日くらいかな」


「6日!?」


「うん。リリーアル街道をまっすぐ東に6日、そうすれば国境の関所につくわよ」


 そうだよな……普通は歩きだよな。馬車や馬は貴族が扱える高級品だし目立つので与えられなかった俺達の旅路は徒歩に限定されてるんだったな。でも、貧血の身には辛いな……。


「えー……空飛ぶ箒とかカボチャの馬車とか無いの?」


「無いよ。空なんて飛べる訳ないし、馬車サイズのカボチャなんて無いわよ」


「夢もへったくれも無い魔術師だな……ま、仕方ないか。歩こう」


 大輔はそう言って城門で立ち止まった足を進めようとした。魔術でも現状は変えられないなら歩くほか無い。


「誰か来る……?まだパン屋も寝てる時間なのに」


 霧で霞んでよく見えない後方の通りに馬蹄の音が響く。朝の訪れもまだ浅いこの時間に馬を走らせる人は皆無に近い。


「リーア、ダイスケ!!」


 馬蹄の音が近くなりその姿は朧ながらも見え始めた。そして差し込める朝日が暗闇を照らし、その姿をくっきりと見せた。


「ジェザルト……それにアリアも」


 その人影は白馬に跨ったジェザルトにその後ろにしがみ付くアリアだった。


「間に合ったか……」


 馬から華麗に降り、アリアに手を差し伸べ彼女が馬から降りるのを手伝ったジェザルトは安堵の表情を浮かべている。


「ジェザルト、どうしてここに……傷は?」


「なんて事は無い。傷はアリア様が治癒して下さったおかげで完治した。あと、俺はここに一友人として挨拶に来たのだ。感謝ぐらいしてほしい」


 とジェザルトは視線をそらして鼻をポリポリと搔きながら大輔に言い返した。照れてるのか?こいつ……


「アリア、あんた……王宮から巫女は出ちゃだめだってしきたりでしょ?どうしてまた……」


「何でだよ?別に良いじゃないか、リーア」


「巫女は世俗の穢れから隔絶する為に王城で生活するのがしきたりなの。見つかったら懲戒処分もありうる重大な規則違反なのよ。なのにアリアったら」


 懲戒処分!!ずいぶんと大きな違反なんだな。まぁ、こういう職業の女の子にはよくある制約か。


「大丈夫です。王城からはばれないようにこっそりと抜け出してきたのです」


「そういう問題じゃないわよ。この天然娘」


「むぅ……その言い方には悪意を感じますよ、リーア。折角、魔よけのお守りを持ってきてのに」


 頬を膨らませながら服のポケットから二本のペンダントを取り出し、大輔とリーアに差し出した。


「リーアはこういうの作れないので、私が代わりに作っておきました」


「へぇ……綺麗だな」


 淡い光を放つ白銀。ミスリルだ。ダイスケが手に取ったペンダントは剣の形をしており、背中のウォラガ・ヴァールヲを髣髴させる。


「これを付けていれば魔女の使い魔の目からある程度は逃れることが出来ると思います」


 それは助かる。魔女の使い魔の目を逃れられれば戦う回数も少なくなる。そうなれば、この旅の難易度もぐんと低くなるだろう。


「ありがとう、助かるよ」


「いえ、私は自分に出来る事をやっただけです。ですから、ダイスケ殿もなすべき事をなして下さい」


「あぁ」


「ダイスケ」


 アリアの次はジェザルト。彼の手には一振りの質素ながらも凝った彫刻の施された鞘を持つ50センチほどの刃渡りの短剣が握られていた。


「道中、その大剣だけでは不便だろうと思う。これを持って行ってくれ」


 彼は短剣を大輔に差し出した。そしてジェザルトは付け足す。


「これはヤルマーニ家に代々と伝わる短剣だ」


「そんな――――良いよ。大切なものなんだろ?」


「俺は軍務でお前達と共に行けない……だから、せめてこの短剣で勇者のたびに助太刀させてくれ」


 ジェザルトの瞳は真剣そのものだ。一家の宝剣を託されたその意味は俺にこの旅の重要さを再認識させた。俺はジェザルトの短剣を受け取る事にした。


「わかったよ。お前の思い、絶対に忘れないからな」


「それと一つ約束しろ」


「何を?」


「この剣と共に生きてこの都に帰ってくると」


 ふっと硬そうなジェザルトの口が和らいだ。男と男の約束。俺はそれを人生ではじめて結んだ。そんなもん暑苦しくて好みじゃないけど、悪くは無い気分だ。


「あぁ、絶対にな。って、これって借りもんかよ」


「無論そうだ。これは我が家宝だ。騎士王ユークトから賜った短剣だ」


「そうかい」


 俺はユークトから賜ったらしい短剣を腰のベルトに挿した。そして笑みが良く判らないけどこぼれた。


「では、リーア、ダイスケ殿。お二人の道中の安全をお祈りしてますね」


 朝を告げる鐘が鳴ると二人は馬に飛び乗った。きっとこの位の時間になると王城の職員にバレるのだろう。俺は馬上の二人に親指を立てて


「あぁ、まかせとけ。ジェザルトもアリアも元気でな」


「ダイスケ」


 手綱を引き馬に踵を返させながらジェザルトが大輔に言い残す。


「時が満ちたら、我ら犬鷲騎士団が魔女領に進攻を開始する。その時に轡を並べよう」


「くつ……わ?」


「フッ、また会おうという事だ」


 そう言ってジェザルトは白馬のわき腹を蹴って、春の日差しを背に風のように王城へと去っていった。その姿はまさに白馬に乗った騎士様。


 その背中が見えなくなり、馬蹄の音も聞こえなくなったら俺達は歩き出した。ドロイゼン公国に繋がるリリーアル街道へ向けて。街道沿いには春に相応しい花園が広がっていた。


「綺麗だな」


「うん。ここは騎士王ユークトとお姫様も歩いた道よ。騎士と姫が王国の野を歩いていると、咲き乱れる花畑の花々と野のリス達はお姫様との別れを悲しんで泣きました。って部分のね」


「へぇ……」


 咲き乱れる名も知らない花々。それはまさにおとぎ話に出てくるような光景だった。俺は自然に自分が絵本の世界に入り込んだような錯覚を覚えてしまう。


 咲き乱れ、吹き抜ける春風に波を立てる花の海。


 俺達の旅は500年前にユークトが歩いた道から始まった。


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