◆吹雪の矢
今回は前回に収まりきらなかった分ですので短めです。
王様とアリア、そして負傷したジェザルトは衛兵の援護と共にユークトの間から安全な場所へと退避した。
魔女に向けられた切っ先は淡く光り、大輔の瞳もミスリルのような眼光を放っていた。俺は自分の中でどんな思いが渦巻いているかわからない。だけどこれだけは解かる……冬の魔女、こいつだけは許しちゃならねぇって事は。
「ダイスケ!!無理よ、剣一本で魔女に戦いを挑むなんて!!」
リーアは大輔の剣を降ろさせようと彼の腕に手をかけた。リーアは魔女の目から逃れて彼女に対抗できる国々を廻るこの旅の要をぶち壊すであろう大輔の行動を止めようとした。いや、そうでなくても今の大輔に勝てる可能性があるか解からない……。
でも……
「やるしかねぇだろ。今更退く訳にもいかねぇし……」
「もう……付き合え切れないよ」
リーアは呆れた様子で大輔に言い放ち、その場から退避した。だが大輔は逃げる素振りも見せずに魔女に闘志剥き出しの射るような視線を浴びせる。
「ほぉ。さっきの言葉、嘘か真かはわからんが、その勇気を讃えてやろう」
魔女はそう言って右の手を上げた。その瞬間に俺の細胞にこれまで感じたことのないような寒気が走った。殺気―――それも背筋が凍てつくほどの。脳は指令を出していないが大輔は自然とウォラガ・ヴァールを中段に構えた。
「ふふ……死ね」
刹那、魔女の背後に魔方陣が浮かび上がった。そして陣から幾つのも氷柱が展開された。知覚できる数にして数十本。
「Salea Belize(穿て、氷柱よ)」
放たれる無数の氷柱。尋常じゃないスピードと数。横に避けても絶対に突き刺さる。剣で叩き落すなんて器用な芸当は俺に出来るのか?
「くそっ!!」
でもやるしかない。俺は野球バットの握りのように剣の柄を短く握り、中段に構えて迫り来る無数の氷柱の矢を叩き落そうとする。
「……あのバカ」
事の成り行きを遮蔽物にしながら見守るリーアの瞳には焦燥の色が浮かんでいる。
いくら勇者であるダイスケでも矢のような速さで放たれた氷柱を裁ききるのは不可能に近い。いや、そもそも魔女と単身で戦うこと自体自殺行為。
魔女というのはこの世の理から隔絶された存在。さっきのジェザルトもそうだが、彼女を普通の人間が倒すのは不可能に近い。無論、魔術師であるリーア自身も。
「あのバカ……どうしてこんな無謀なことするのよ。オーグルの時も……」
そういえばそうだった。ダイスケはあの時も多勢に無勢の状況にもかかわらず、無心に自分の事を助けに来てくれた。本当に勇者なのか本当にバカで無謀なのか解らないように。
「がっ!!」
降りしきる氷の矢。剣で何本かは叩き落せるが彼の剣風を浴びていない氷柱は彼に肉を穿ち、血を絞り上げる。
「ほう……ここまで立っていられたのは、あの小僧しかいなかった。本当にようやる」
ちくしょう。激しい運動したせいで貧血が始まりやがった。これを続けたら俺は確実に倒れる……。
「はぁ―――――はぁはぁはぁ……しぶといタチだからな」
「そうか。しぶといのは良い。気に入った。私に仕えてみぬか?さすればその命、救ってやっても良い」
言い返す気力と酸素が足りない。ここは魔女の軍門に下って生きながらえるのも手かもしれない。このまま続けても勝ち目は薄い……。でも
「……ざけんな!!」
叫んだせいでさっきより貧血症状がキツくなった。
三半規管が溶けて、自分が泥になってしまうようなあの感じ。立つのもやっとだ。
これはまずい。持って30秒。このままだと絶対にやられる。
「そうか。ならば死ね」
魔女は冷酷に勇者を名乗り、立つ力も無く剣に寄りかかってかろうじで立っている少年に死刑を宣告。再び氷の矢を放った。今度は第一波を越す量の氷柱。これを防ぎきれるわけがない。抗う力もないまま俺は魔女を睨む。不服従の意思を込めて。
「Filea Weal!!」
万事休す。詠唱と共に、走馬灯が巡り出そうとした俺の目の前に炎の壁が聳え立った。そしてその壁は完全にとは言えないが、氷柱を防いでくれている。
「もう……見てられないんだから」
足腰も立たない俺の横に現れた人影。それは紛れも無くさっき逃げたリーアだった。
「あなたは大事な金づるなんだから、ここで死なれちゃ困るの」
リーアはどことなくその頬を赤くしている。
「リーア?ほぉ、あの賢者の石を作ろうとした魔術師ローラの弟子か」
思いもよらぬ乱入者の名を魔女は知っていた。納得した様子の次に魔女が見せたのは蔑みに似た笑み。それを彼女はリーアに言葉にする。
「賢者の石を作ろうとして、反逆者として死んだあの愚かな女のことか……その名を聞くのは久しぶりよな」
反逆者?何のことだ?だが、魔女に言われてリーアの様子を見ればそれが意味する所は大体解る。肩を震わせ、怒りを露にしているリーアの様子を見れば。
「お前が……その名を口にするな!!」
温厚でどことなく人懐っこさのあるリーアの表情は怒りの炎で燃え上がり、自分の杖を魔女に向けた。
「あのローラの弟子と勇者か。ふむ……今日片付けるのは面白くない。うぬらの旅とやらの果てでまた逢おうではないか」
そう言って踵を返した魔女は吹雪と共に消え去った。冷たい残響と共に……




