緊急会議
「旦那様は、普段どのようにお過ごしなのかしら?」
結婚から一ヶ月半。
グレンミルの村へ行った数日後からまた数週間にわたって家を離れ、その後も在宅と不在を繰り返しているグレイ伯爵がいったい日々なにをしているのかとようやく気になり始めたミレディアナが、メイドたちに朝の身支度を整えてもらいながらなんの気なしに口にすると、その場におかしな沈黙が流れた。ん?と鏡越しに目を遣ると、三人いるメイドたちは揃って気まずそうに視線を逸らしている。あっ!しまった!
「も、もちろん、お仕事のことでわたくしには話せないこともあるでしょうから、話せる範囲で!」
いけない、ちょっと気が緩んでいたかもしれない。愛人宅だか娼館だか知らないが、そんなところへしけ込んでいると正妻に言えるはずがないよね、ごめん!
『お仕事』の部分を強調して慌てて言い添えたミレディアナに、一番年長のメイドであるマリアが慎重に口を開いた。
「伯爵様は普段、領内の街や村に視察に行かれていることが多うございます。先日は王都へ行っておられたためお戻りまでに二十日ほどかかりましたが、今は領内の街へ行っておられると聞いております。比較的近い場所にございますので、近日中にお戻りになるのではないでしょうか」
「そ、そう。それは待ち遠しいわ!」
マリアのそつのない回答に心の中で手を合わせながら、笑顔を浮かべて取り繕う。
しかし、元気なじい様だ。きっと行く先々で女遊びをしてるんだろうし、帰ってきたら帰ってきたで、気の向くままミレディアナに『お相手』をさせている。いいご身分だな、おい。
(とは言っても……)
『いいご身分』なのはミレディアナも同様で、特にするべきこともないまま日々安楽に暮らしている。さすがにそろそろ趣味なりなんなり見つけたいと思ってはいるのだが……
(ん?)
ドレスを着せてもらっていると、身体に微かな違和感を覚えた。あ、あれ?これは……もしかして……
◇◆◇
「皆に、相談したいことがあります」
昨日、一日かけて、感じた違和感に確証を抱いたミレディアナは翌朝、マリアを始めとするメイドたち三人に神妙な面持ちで話しかけた。
普段はおおらかな女主人のめずらしく真剣な顔つきに、メイドたちも表情を引き締めて姿勢を正す。
ミレディアナは軽く息を吸い込んだ。
「身体を動かしたいと思うのだけど、なにか良い方法はないかしら?」
「「「……は?」」」
メイドたちは、異口同音に問い返す。
「その……昨日ドレスを着た時に気づいたのだけれど、わたくし、嫁いできた時よりも少し太ってしまった気がするの。それで、身体を動かして痩せなくてはと思っているのよ……」
日々、ミレディアナのためにお風呂の支度をしたり、ベッドを整えたり、掃除をしたりといった肉体労働に従事してくださっている皆さんに、食っちゃ寝している自分が『痩せたい』などと言うおこがましさに身の縮む思いがする。恥を忍んでたずねたミレディアナにメイドたちは顔を見合わせた。
「あの……奥様は元々とてもほっそりとしておられますし、お痩せになる必要はないのではないでしょうか……?」
ありがとね!でも、一ヶ月半でこのザマだ。一年経ったらどうなることやら。
別に伯爵のためにスタイルをキープしてやる必要などはないのだが、自分の怠惰な生活が原因でミレディの美しいボディラインを崩してしまっては申し訳ない。あと、お風呂やら着替えやらで日々複数人に裸を見られる生活なので、できればそれなりの体型は保ちたい。
困ったように微笑むミレディアナの表情からなにかを感じ取ったのか、先ほど発言してくれた二番目に若いメイドのローラがふたたび口を開く。
「では、お食事の量を減らすよう厨房に伝えてまいりましょうか?」
うっ……!
痛いところを突かれ、内心で呻く。それも一応、考えたのだが、日々の大きな楽しみである美味しいごはんは減らしたくない。
「で……っきることなら食事を減らすのではなく運動の方向でっ……!」
貴婦人らしい落ち着いた口調で言ったつもりが、自分でも思いがけないほどに切羽詰まった言い方になってしまった。
ミレディアナの必死な様子にメイドたちは目を見開き、次いで笑いをこらえるような顔になる。いつも冷静なマリアでさえ、わずかに口元をほころばせている。うう、恥ずかしい……!
「そうですね!奥様のように美味しそうに召し上がる方が、お食事を減らしてはもったいないです!」
一番若いメイドのキャリーがニコニコ笑う。
「え……あの、ちょっと。わたくし、そんな風に思われているの……?」
「あ!もちろん、皆、素晴らしいことだと称えて申し上げているのです。特に厨房の者たちは喜んでいて、交代でお食事の様子を覗きにきておりますよ!」
あれはそういうことだったのか……!
たまにコックさんらしき人たちがこっちを見てるな、と気付いてはいたのだが、お仕事の一環なんだと思ってた!
悪気の欠片もなく朗らかに言うキャリーの脇腹をマリアが突くが、本人はキョトンとしている。いいのよ、マリア、気にしないで……
「そ、そう……。まあ、そういうわけで、なにか身体を動かすのに良い方法はないかしら?いっそ、皆がしている仕事をわたくしも手伝えればよいのだけれど……」
人目に触れては体面も悪かろうが、自室の掃除だけならどうだろう?いい運動にも暇つぶしにもなるのだが。
「「「それは困ります」」」
間髪入れずに断られた。無邪気なキャリーですらスンとした目でこちらを見ている。
「……冗談よ」
悪かったってば。
そこからは、女四人での会議となった。
無難なところで庭園の散歩を提案されたが、正直、ウォーキングだけで余分なカロリーを消費し切れるとは思えない。そりゃ一日中歩き回れば可能かもしれないが、仮にも奥様のお散歩となると屋内・屋外を問わずメイドが一人は付き従う。さすがにそんな非生産的なことに付き合わせては申し訳ない。
「では、乗馬などはいかがでしょう?」
お、貴族っぽい!
ローラが提案してくれた乗馬という案は、なかなかに心惹かれるものだった。
「奥様は、馬に乗られたことはございますか?」
「いいえ、ないわ。他の方が乗ってらっしゃるところは何度か見たことがあるのだけれど」
オリンピックと競馬中継ですけどね。
「でも、乗ってみたいわ。できるかしら?」
ローラがマリアに問うような視線を向けると、マリアはミレディアナに向かって頷いてみせる。
「旦那様のご了承をいただけましたら可能かと存じます。よろしければ執事に伝えておきますが」
上司の承認がいるってわけね。近いうちに戻るって話だし、お帰りを待つとしましょうか。
「そうね、お願い。ふふ、旦那様のお戻りが楽しみだわ」
はしゃぐミレディアナの姿に、ほのぼのとした空気が漂う。
「あ……マリア。ヴィンセントに伝えるときには、太ったからという理由は伏せてもらっていいかしら……?」
あの執事に知られては、容赦なく食事やおやつを減らされかねない。
ミレディアナの発言を年頃の娘らしい羞恥心と捉えた皆は、温かい微笑みを浮かべてくれた。いい子たちだぁ。
メイドとも少し距離を近付けることができ、その日の会議は有意義な形で終了した。




