眠り姫の情報戦
二時間後、ふたたびマリアと交代したローラが、同情を寄せてくれた警備兵から新しい情報を入手してきてくれた。
「殺されたのはエンブリー子爵家の従僕だそうです。その従僕が……その……か、関係のある女性と会うために、み、密会宿にいたところ、押し入った伯爵様に殺害されたと……」
密会宿、という言葉はミレディアナの知識にもなかったが、まあ、ラブホのようなものと考えて間違いはないだろう。未婚の女性に口にしづらい言葉を言わせてしまって申し訳ない。それはさておき……
(確かあの日は、人と会う予定があるって言ってたのよね。密会宿に来るはずだった女性が約束の相手だったのかな?従僕と二股かけられてたことを知って、カッとなって殺害したとか……?)
ミレディアナはう~ん、と唸って首を傾げる。
「旦那様って、剣術などの心得はおありなのかしら?」
脱いだら意外とマッチョ、なんてこともないのでそんなふうには思えないのだが、昔取った杵柄が残っていたりしたのだろうか。
問われたローラも首を捻った。
「さあ……?耳にしたことはございませんし、鍛錬をなさっているお姿を目にした記憶もございませんが……」
だよねえ。そんなおじいさんに、多分それなりに若くて体力もあるであろう従僕を殺したりできるもんかね?
(二股にキレての犯行だとしたら、完全な自業自得なんだからどうなろうと知らないけどさ)
今ひとつ、しっくりこない。
(なんていうか、伯爵ならもっと小狡い方法で、自分の手を汚さずに相手を始末しそうなイメージがあるのよね。まあ、カッとなったら分からないけど)
もげそうな程に首を傾げて考えていると、ふいになにかが引っ掛かった。
(ん……?エンブリー?エンブリーって……舞踏会の馬鹿次男か!)
ミレディアナをダンスに誘い、伯爵をこき下ろしていた身の程知らずの若造だ。
すげなく振られてしまったあとは近寄ってくることもなく、夜会などの社交の場で顔を合わせることもなかったのだが。
(偶然……?いや、でもな……。けど、仕返しにしては話が大きすぎるしな……)
恥をかかされた仕返しのために人を殺すまではしないよね……?
手がかりのようなそうでもないような情報を頭の中で捏ねくり回しているうちに、徹夜の影響もあってウトウトと眠気が差し、馬車の揺れを感じながら浅い眠りに落ちていった。
「奥様……まもなく屋敷に到着いたします」
密やかなローラの声にミレディアナは目を開いた。あらら、意外としっかり寝ちゃったな。
(体力の回復も大事ってことで)
心の中で誰にともなく言い訳をしながら、とっくに目を覚ましていたふりをしてローラに微かに頷いて見せる。
「わたくしは意識を失っていることにしてちょうだい」
短い指示を出したあと、ふたたび固く目を閉じる。
やがて憲兵の居丈高な声がして、門が開かれる音がした。そのまま馬車は敷地内を屋敷に向かって進んでいき、玄関の前に到着する。
先触れもなく到着した一行に、屋敷から使用人たちが慌ただしく姿を現す気配がした。メイヤーや、ヴィンセントの留守を任されていた執事補たちが出てきたであろうタイミングで憲兵が威圧的に声を張り上げる。
「グレイ伯爵は殺人の嫌疑で王都治安部隊に拘束された!伯爵夫人並びに家中の者は、伯爵の調べが済み沙汰が下るまでの間、身を慎んで過ごすよう、国王陛下の名において命ずる!」
ここが見せ場とばかりの高らかな宣言に、使用人たちの間から悲鳴や叫び声、憲兵を問い詰めるような声が上がる。前方の馬車からヴィンセントが姿を見せると、安堵や困惑の混ざった叫びと、駆け寄ろうとして警備兵に押し止められた者の怒声によって場に混乱が生じかけたが、もう一台の馬車から、完全に意識を失った様子のミレディアナがヴィンセントに横抱きにされて出てくると、一瞬の沈黙のあと、使用人たちは口々に「奥様!」と悲鳴のような叫び声を上げた。
「奥様をお部屋へお連れします。お世話の準備を!」
ヴィンセントの声に、険しい表情を浮かべたメイヤーがメイドたちに指示を出す。
その場に残された使用人たちは、おろおろと不安な顔を見合わせていた。
◇◆◇
「奥様……」
ヴィンセントの呼びかけに、ミレディアナはそっと目を開けた。
「憲兵は?」
しばらく前まで、ミレディアナの部屋の前では入れろ入れないの押し問答が繰り広げられていた。
「ようやく諦め、王都へ向けて出発しました。どうやら旦那様を護送する一団と合流し、自らの手柄として治安部隊に引き渡すつもりのようで、時間を掛けられなかったのだと思われます」
それでやたらと急いでいたのか、と納得したミレディアナは念のため小声で確認する。
「警備兵は?」
「正門と裏門に二人ずつ。八人で交代しながら見張るようです」
「邸内にはいないのね?」
ヴィンセントが頷きを返すと、カーテンが閉じられているのを確かめたミレディアナはむっくりと身体を起こした。
「ひとまずは落ち着いたけど……まいったわね」
はあっ、と深いため息をもらしたが、頭を振って気持ちを切り替える。
「嘆いていても仕方がないわ。メイヤー夫人とマリアとローラを呼んできて。情報のすり合わせと、今後のことを考えなくちゃ」
「奥様……!ああ、よかった。本当に倒れてしまわれたのかと……!」
メイヤーが寝台に駆け寄ってきた。
「心配させてごめんなさい。マリアとローラも、休ませてあげられなくて悪いのだけど、先に話を聞かせてちょうだい」
「とんでもございません。私たちにとっても一大事でございますので」
マリアが真剣な口調で言い、ローラも隣で頷いた。
万が一警備兵に踏み込んでこられた場合に備えて、ミレディアナは寝間着を着て寝台に座っている。四人が寝台を囲むようにして緊急対策会議が始まった。
まずは情報の共有からということで、馬車で聞かせてもらった話を各々ふたたびしてもらう。メイヤーが驚いたり顔をしかめたりしながら聞き入っているのは当然として、ヴィンセントが思ったよりも状況を把握していないことにミレディアナは呆れ返った。
「あなた……憲兵とずっと同乗していたくせに一体なにをしていたの」
「で、ですが、彼は私たちに情報を与えようとせず……」
「どうせあなたのことだから、機嫌を取ったりおだてたりせず、ケンケンとぶつかってばかりいたのでしょう?」
ミレディアナが半眼になってそう言うと、寝台の反対側に立っているマリアが無言で頷いた。「ぐっ……」と黙り込んだヴィンセントは放っておいて、マリアに目を向ける。
「北の塔についてはなにか分かった?」
「はい。憲兵に、北の塔とはどういった場所なのか、恐ろしいところなのかとたずねたところ、王都の北の外れにある囚人の収容施設で、処罰の決まっていない犯罪者を収監したり取り調べたりするための場所だと申しました」
聞いた感じ、それほどやばそうな雰囲気はない。少し安堵したミレディアナだったが、「ただ……」とマリアが口を開いた。
「その地下には恐ろしい牢があり、聞き出さなくてはならないことを答えない強情な囚人や、処罰に困る囚人が多数入れられているのだと……。憲兵は、敵の多い伯爵様のことだから、そこに送ってしまいたいと考える貴族の方もいるはずだ、と……そのように申しておりました」
「敵、多いの?」
ヴィンセントにたずねると、苦い顔をして渋々といった様子で頷いた。
「貴族の方々とのお付き合いを好まれないうえ、あまり忖度をされないご気性でいらっしゃいますので……。苦々しく思っておられる方も多少はいらっしゃるかと」
この言いかた、多少どころではなく嫌われているとみた。ちょっとマズイかもしれない。
「とはいえ、旦那様は有力な貴族でご高齢だわ。悪い扱いをされることはないはずよ。あの男はマリアを怖がらせて反応を楽しんでいたのね、きっと」
正直マズイとは思ったものの、メイドたちを不安に陥れても仕方がない。安心させるために希望的観測を述べ、ひとまずマリアとローラには身体を休めるように言って退がらせた。




