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転生娼婦の身売り婚  作者: 相澤 伶


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晴れのち暗雲

 無事に護衛と護衛対象として相手を認めたミレディアナとクリストファーは、予行演習がてらロンデリアの街を散策していた。

「アタシは腕の立つ傭兵だから基本的には好きに行動して構わないけど、いざってときはあれこれ言わず従いなさい」

 アタシが走れと言ったら走って黙れと言ったら黙ること、と大上段から言い放ち「いいわね?」と念を押すクリストファーに、ミレディアナは素直に頷いた。

「ただ、余裕がある場合は説明してくれると助かるわ。理由も分からず指示に従うのは不安だもの」

 その言葉に面倒くさそうな表情を浮かべたクリストファーだったが、肩をすくめて頷いた。

「わかったわ。でないとあんた、梃子《てこ》でも動かなかったり逆走したりしそうだもんね。頑固な女!」

 しねぇわ、そんなこと。

「街の入り口は全部で四箇所、うち三つはウチの傭兵団が警備してる」

 金獅子傭兵団は、二日酔いで帰っていった彼らだけがメンバーではなく、結構な人数がいるようだった。

「残りの一つは?」

 つくづく面倒くさいなこの女、と言いたげな表情を浮かべた傭兵団の副団長は声を低めた。

「北門は貧民街にあってね。そこだけは彼らが自衛しているの」

「貧民街……」

 呟いたミレディアナは首を傾げた。

「そこに、ジェイスという人はいる?」

 クリストファーはギョッと目を見開いた。

「なんであんたが知ってんの?あ、そうか、伯爵邸に出入りしてるのか。いや、それにしても貴族の奥サマが顔合わせるような機会なんてないでしょう?」

「偶然にね。そう、トリーはこの街の出身だったのね」

「誰よ、それ」

「わたくしの侍女候補。その貧民街出身のダバ遣いよ」

「はぁ!?」

 思わず足を止めて大声をあげたクリストファーを、ミレディアナは「シ~ッ!」と唇に指を当ててたしなめる。ふたたび歩き出しながら大まかな経緯を説明したが、「意味わかんない。賤民をわざわざ侍女にするなんて」と呆れられた。

「あなたみたいな口も態度も悪い人を護衛にするよりは理解できると思うのだけど」

 ミレディアナの憎まれ口にクリストファーは目を吊り上げた。

「アタシは有能な傭兵だっての!」

「トリーも素直な頑張り屋さんよ。――ね、それより」

 ミレディアナは声をひそめた。

「ジェイスって、相当な美男子だと思わない?」

 周囲をチラリと見回したクリストファーは、ミレディアナの耳元に口を寄せた。

「思う!雰囲気のあるイイ男よね」

「やっぱり!ね~~~!」

 キャッキャとはしゃいだ二人は、何事かと目を向けてくる周囲の人々から逃れるように、小走りで街を進んでいった。


「いい匂い!ね、クリス、あれ食べたい!」

 街の東側には露店が多く出されていた。農家の人が持ち込んだ野菜や、生前のリアルな姿を残すお肉たち。伯爵の言っていたとおり鮮魚を売っている様子はないが、干した魚は少し見かけた。食料品だけでなく、布で作った小間物や古道具なんかも売っている。だがやはりミレディアナを引き付けたのは、屋台グルメの数々だった。

 油の弾ける良い音と甘い香りを漂わせている屋台の前でミレディアナは立ち止まる。コロンと丸い揚げドーナツのようなものが、山のように積み上げられていた。サーターアンダギーみたいなものかな?

「食べれば」

 そっけなく言うクリストファーに、ミレディアナは両手を広げる。

「お金、ないもの」

「はあっ?……ああ、すっかり忘れてたけど、あんた貴族のご夫人だったわね」

 ていうか、そもそも貴族の奥サマは屋台で買い食いしないっての……とブツブツ文句を言いながらもお菓子を買ってくれた。

「あっつ!ん!これ中は空洞なんだ!でも甘くておいしーい!」

 露店エリアの片隅にあるベンチでアツアツの揚げ菓子を頬張るミレディアナは、呆れた顔でこちらを見ている護衛に紙袋を差し出した。

「クリスも食べる?ごめんね、お金出してもらって。代金は旦那様に請求しておいて」

「いいわよ、別にこれくらい。――あんたって、お金目当てで伯爵サマと結婚したんじゃないわけ?」

 この奥方、異国との交易で入ってきた高価な品物などは見るだけで満足して買おうとはせず、駄菓子を食べて喜んでいる。

「お金目当てといいますか、借金のカタといいますか」

「その割に悲壮感がなさすぎるのよ!」

 クリストファーの真っ当な指摘に、ミレディアナは小さく笑った。

「だって、美味しいごはんが毎日食べられて、あたたかいお布団で寝られるもの」

「あんた、元は奴隷かなにかだった?」

 真顔での問いを、あははと笑って誤魔化すと、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「それに、わたくしのような小娘でも本気で怒るときちんと謝ってくださったわ。そういうのって、ちょっと素敵だと思わない?」

「う~ん、わからなくはないけど。でもさすがに五十歳年上はナイ」

「それはわたくしもそう思う。――ね、あなたは良い人はいないの?」

 ヴィンセントにはガン無視された問いを投げかけてみると、美貌の傭兵はにまぁと笑った。

「ふふん。教えな~い」

「ああっ!ずるいわ!教えなさいよ!クリスったら!」

 一見、関係性のまったく分からない二人の美人がじゃれ合っている光景に、露店の店員や買い物客は目を奪われながらも不思議そうに首を傾げていた。


 その後、金獅子傭兵団の屯所を覗き、二日酔いの者の見舞いついでに他の団員たちにも挨拶をした。一人で五人を酔い潰した実績とクリストファーの『化け物』発言に尾鰭が付いて、とんでもない猛女だと思われてしまっていたようで、清楚可憐なミレディアナの姿に初対面の団員たちはぽ~っと見惚れ、二日酔いの者たちを『嘘つき』『腰抜け』『軟弱者』と罵っていた。

「信っじられない外面の良さ!二重人格!」

 クリストファーの罵詈雑言を笑い飛ばしながらトーマスの館へ戻っていると、なにやら辺りが騒がしい。

「王都の警備兵……?」

 館の周りにいる男たちを見たクリストファーが眉を寄せる。

 先日、助けて欲しいときにいなかった役立たずの兵隊さんが今さらなんの用だろう?伯爵が苦情を申し立てて、わざわざ謝りにでも来たのかな――そう考えていると、館の扉が開き、兵士に取り囲まれた伯爵が姿を現した。

「っ!?旦那様!!」

 叫んで駆け寄ろうとしたミレディアナを塞ぐように一人の兵士が立ちはだかった。伯爵へと伸ばした腕を男が取り押さえようとした瞬間、クリストファーがミレディアナを引き戻す。

「奥方様は私の後ろへ。――おまえたち王都の警備兵……いや、おまえは憲兵か?グレイ領内で領主たる伯爵様へ無礼を働くとは何事だ!」

 男言葉でしゃべることもできるんだ、という驚きは、さすがにこの非常事態のなか一瞬頭を掠めただけで掻き消えた。

 クリストファーの邪魔だてに忌々しそうな顔をした憲兵は、一転して嗜虐的な笑みを浮かべ、声高に言い立てた。

「ロバート・グレイ伯爵には殺人の嫌疑がかけられている!捜査にご協力いただくため、伯爵は王都へお戻りいただく」

 呆然として伯爵へ視線を向けると、動揺している様子はないが険しい表情を浮かべていた。

「なお、伯爵夫人は事件のあった時刻、王都の商店におられたことが店側の証言で明らかになっているためご同行は求めませんが、速やかに自邸へお戻りください」

 グレイ伯爵が不在の間、お屋敷はこちらの警備兵が警護させていただきますのでご安心を、と婉曲に軟禁を通告される。声を出せずにいるうちに、伯爵が馬車へと連行されていく。

「待って……っ!クリス!旦那様を……!」

 言いかけたミレディアナをクリストファーが視線で抑えた。

「あいつらを全員倒したところで次が来る。今度は騎士団を引き連れてきて、謀反の罪で討伐されるわ」

 クリストファーの囁きに「そんな……」と力なく呟き、成す術もなくその後ろ姿を見ていると、馬車に片足を踏み入れた伯爵が振り返り、唇を歪めるような笑みを浮かべた。

「案ずるな。すぐに戻る」

 鼻で笑った憲兵が伯爵を馬車へ押し込むと、無情に馬車は走り出した。

 人の気配に振り返ると、ヴィンセントをはじめとする館中の人間が表に出ていた。真っ青な顔をしたヴィンセントと無言で見つめ合いながら、自分もきっと同じような顔をしているのだろうと、ミレディアナは麻痺したような頭で思った。

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