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転生娼婦の身売り婚  作者: 相澤 伶


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36/42

貿易都市ロンデリア

「世話になりました。また王都へ来る際はよろしくね」

 二十日ほどの滞在で親しくなった別邸の使用人に別れの挨拶をして、ミレディアナたちは馬車へ乗り込んだ。王都からグレンミルの本邸までは馬車で五日。往復を入れると一ヶ月も離れていた計算になる。

(伯爵も留守がちなわけだ)

 この世界での旅行の大変さを考えると軽く気が遠くなる。必要なことはすべて誰かがしてくれて、座っているだけといえばそうなのだが、馬車にただ座っているのもかなりの苦行だ。見るもの全部が珍しいし、グレイ伯爵も年の功だけあって博識なのでそれほど退屈はしないのだが、単純にお尻と腰が非常に痛い。会いたい人も幾人かできたことだし、王都へ来るのも悪くはないが、移動の苦痛を考えるとしばらく先でいいかな……というミレディアナの考えを読んだように伯爵が口を開いた。

「秋には国王の生誕祭があるぞ」

「……それ、来なくてはなりませんの?」

 グレイシアの誕生日ならまだしも、あのおっさんの生まれた日を祝う気はない。

「儂はともかく、そなたには直々の招待があるであろうな」

 心の底から嫌そうな表情を浮かべたミレディアナを目に、伯爵は愉快そうに笑う。

(来るだけ来て、当日は仮病でも使ってやろうかな……。あ、いや、そんなことより今回は早く衣装を頼まないと!)

 帰ったら真っ先にマルグリットを呼ぶこと、と心のメモに大書《たいしょ》したミレディアナは、長旅に備えてクッションの位置を慎重に整えた。


 ◇◆◇


「起きろ、着いたぞ。――気分はどうだ?」

「ん……。あら、そんなに眠っておりました?気分は……幾分、良くなったようですわ」

 伯爵に揺り起こされたミレディアナは目を擦りながら半身を起こした。

「ご気分を悪くされていたのですか?言ってくだされば馬車をお止めしましたものを」

 到着を知らせにきたヴィンセントが目を見開くが、伯爵はぞんざいに片手を振った。

「この馬鹿者が馬車で本など広げたために酔ってしまっただけのことだ」

 移動も四日目になりさすがに退屈してきたため、暇つぶしに良いかと思って購入した本を持ち込んだのだが、揺れる馬車の中での読書は無謀だったようだ。最初から制止していた伯爵には「それみたことか」と呆れられ、クッションだけより楽だろうと膝まで貸してもらったため、まったく返す言葉もない。

「面目次第もございませんが、そのようにおっしゃらなくても……」

 もごもごと呟いていたミレディアナは、伯爵の手を借りて馬車を降りると目を瞬いた。

「あら?ここはどこです。行きとは違う宿場ですわね」

「すでに領内に入っておる。ロンデリアだ」

 伯爵の説明にヴィンセントが言葉を添える。

「領内で最も大きな街でございます」

 覚えたばかりのグレイ領地図を思い描いたミレディアナは首を傾げた。

「屋敷へ戻る道筋から外れてはおりません?」

「まあな。だが、この街でそなたに引き合わせたい者がおるゆえ立ち寄ったのだ」

 伯爵に向けられていたミレディアナの視線の温度が下がる。

「……まさか、また旦那様の女性をご紹介くださるのではないでしょうね?」

「違う!そなたは儂をどれほどの無頼漢だと思っておるのだ!?」

「詳細に申し上げましょうか?」

「いらん!まったく……!」

 顔を赤くして怒鳴った伯爵に、ミレディアナは背筋が寒くなるような微笑みを向けた。

「可愛いお方が何人いらっしゃるのかは存じませんが、アンヌ様を嘆かせるような真似をなさったら許しませんわよ?」

「だから何故そなたがアンヌの庇護者の立ち位置なのだ!」

「やはり妻といたしましては、夫には誠実であって欲しいと望みますもので」

「己ではなく愛人に対して誠実でいさせようとするのがそもそもおかしいとは思わぬか!?」

 怒鳴る伯爵をしれっといなすミレディアナを目にする使用人たちは、この主と渡り合う奥方も相当に規格外なのではないか……と、うっすら気づき始めていた。


 馬車を降り、街の通りを伯爵と腕を組んで歩むミレディアナが口を開いた。

「それで、今日はどちらの娼館へお連れくださいますの?」

「しつこいぞ」

 ギロリと睨まれたミレディアナは小さく舌を出して首をすくめた。

「申し訳ございません。ふざけ過ぎました。引き合わせたい方とはどなたなのです?」

「町長の館へ来るはずだ。――馬車で行ってもよかったのだが、街を見たいかと思ってな」

 確かに。王都ほどの華やかさはないが、ちょっと下町っぽい賑やかな雰囲気が目に楽しい。伯爵とミレディアナがお供を連れて歩いているとチラチラと視線を感じはするものの、グレンミルの村のように全員がついてくるということもなかった。

 王都よりは庶民的な雰囲気の衣料品店や食料品店、異国の香りのする雑貨屋などを眺めながら街の中心部へ歩いていくと、辺りの店舗や住宅よりかなり大きな建物――町長の館へ到着した。

 先行していた御者が来訪を告げていたのだろう、ヴィンセントが扉を叩くとすぐに身なりの良い六十歳くらいの、町長と思われる男が自ら出迎えてくれた。

「伯爵様、ご到着をお待ち申し上げておりました」

 恭しく頭を下げた男は、ミレディアナを認めて目を細める。

「おお、これは。奥方様でいらっしゃいますね。噂どおりお美しい。町長のグレッグ・トーマスと申します」

 まるで孫を見るような穏やかな目をミレディアナに向けてくる町長さん。多分すごく真っ当な人だ。

 挨拶を済ませると奥の部屋へ案内された。貴族の屋敷の応接室よりも実用的な雰囲気の部屋を珍しそうに見回すミレディアナに、トーマスは軽く頭を下げる。

「趣に乏しい部屋で申し訳ありません。ここは私の自宅であると同時に庁舎でもあるため、街の者が陳情に来たり商人が手続きに訪れたりもするもので」

「それで建物に活気がありますのね。こちらこそお仕事中にお邪魔して申し訳ございません」

 ミレディアナの言葉に町長は笑みを浮かべた。

「お気遣いありがとうございます。ですが、おおよその仕事は若い者が担ってくれておりまして。私はせいぜい邪魔にならないように小さくなっておるだけなのです」

 今日は皆様をお出迎えするという仕事があるおかげで堂々としていられます、そう言って笑った男は、夫妻の後ろに控えるヴィンセントにも温かい視線を向ける。

「久しぶりだね。旦那様と奥様にきちんとお仕えしているかい?」

「はっ……」

 謹厳な態度で頭を下げるヴィンセントにミレディアナが視線で問うと、きまり悪げに口を開いた。

「トーマスさんは、グレイ伯爵家で家令を務めておられた方でございます」

 それって、つまり……

「奥方様、我が弟子は遺漏なくお仕えできておりますでしょうか?」

 ヴィンセントのお師匠様!

 つまり伯爵に長年仕えていたであろう人。そりゃ人間もできてるわ。

 ミレディアナはにっこり笑う。

「ええ。多少、融通が利きませんし、小うるさいところはありますが、おおむね良くしてくれております」

 ミレディアナの言葉にヴィンセントは苦虫を嚙み潰したような顔になり、トーマスは楽しげな笑い声を上げた。

「それは、私の教育が行き届かず申し訳ございません」

「いいえ、トーマスさんの責任ではございません。本人の性格の問題かと」

 楽しく会話をしているところへトーマスの妻がお茶を運んできてくれた。トーマスと同年代のその女性は、聞けば元はグレイ伯爵家のメイドだったそうだ。あら、素敵。職場結婚!

「あなたは?お付き合いしている女性はいないの!?」

 目を輝かせて問い詰めるミレディアナに、心の底から嫌そうな顔をしたヴィンセントは「おりません!」と一言答え、その後は頑として口を開かなかった。その様子を元・使用人夫婦はにこにこと眺めている。

「それでは、トーマスさんは家令として勤め上げられたのちにロンデリアの町長になられましたの?」

 ヴィンセントをからかい終えたミレディアナがトーマスに話を戻すと、町長は温和な顔に苦笑を浮かべて伯爵に目を向けた。紅茶を飲む伯爵がなにも言わずに澄ました顔をしているため、肩をすくめたトーマスは仕方なく自ら口を開いた。

「七年ほど前になりますでしょうか。私としては、もうしばらく後進を育成したのちに隠居させていただく心づもりでおったのですが……」

「前任の町長に不正が発覚してな。我が領地最大の街でそのようなことをされてはたまったものではない。後釜には信の置ける者を送り込まねばならんと考え、グレッグに就任を命じたのだ」

 結局おまえが喋るんかい、と思ったが、まあ、長く親しくしていた人との戯れのようなものなのだろう。

「おかげでまだ数年はかけるつもりであったヴィンセントへの引継ぎを、一月ほどでするはめになりました。本来でしたら今頃は楽隠居のはずでございましたのに……」

 これみよがしにため息をつくトーマスに、伯爵は唇を歪めて笑った。

「おまえのような人間は仕事を辞めるとボケるだけだぞ。儂が未だに貴族共とのくだらぬ付き合いのため長旅を余儀なくされておるのだ。おまえだけに楽をさせてたまるものか」

 伯爵の暴論に、トーマスはミレディアナに顔を向けて哀しげに首を振ってみせた。お茶目なおじいちゃんだ。

「年寄りの愚痴をお聞かせして申し訳ございませんでした。盛大におもてなしをさせていただきたいところではございますが、長旅でお疲れのことと存じます。お食事への同席は遠慮させていただきますので、どうぞおくつろぎくださいませ」

 さすがの心遣い!

 往路で泊まらせてもらった村では、村民あげての大歓迎を受けてしまい、気持ちはありがたいものの正直あまり休息にはならなかった。行きはまだしも王都で社交三昧したあとの今、放っておいてくれるのはなによりのもてなしだ。

「伯爵様、彼の者たちとはどのように?」

「ああ、食事のあとで構わんだろう。来るように伝えておけ」

 ん?お客様?

 引き合わせたいと言っていたのはトーマスたちのことかと思ったのだが、違ったようだ。

 誰なんだろうね~、と思いながらもひとまずは旅装を改めるためミレディアナたちは客室へと移動した。

~ミレディアナと作者による後書き~


ミ&相:かんぱーい!

相:いやー、嬉しいね!ブックマークが10件になったよ!

ミ:よかったわね!ところで、ブックマークが増えるとどんないいことがあるの?

相:知らん。知らんけど、なんか嬉しくね?

ミ:……そうね。評価ポイントについてもよく分かっていないけれど、なぜか一喜一憂してしまうわよね。ていうか、ブクマって外されることもあるんじゃないの?

相:それは言うな!浮かれて乾杯とかしちゃったのに、次に見たとき10件割ってたらめちゃくちゃ悲しいじゃないか!

ミ:だ、大丈夫よ!膨大な数の投稿作品という砂漠の中からたった一粒の砂を拾い上げてくださった心優しい方々がそのような無情な真似をなさるはずがないわ!

相:そ、そうだよね……

ミ:そうよ!あ、お礼!何をおいてもまずはお礼を申し上げないと!

相:確かに!じゃあ……せーの!

ミ&相:ブックマークをしてくださった10名の皆様と評価ポイントを入れてくださった皆様に心からのお礼を申し上げます。未熟者ではございますが精進してまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!


【第一話より読んでくださっている皆様へ】

第一話の前書きと後書きにもちょっとしたご挨拶文を追加しました。ストーリーにはまったく関係ありませんが、よろしければお暇なときに読んでみてくださいませ。


2026年10月23日

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