メイドと不埒な男たち
「大量に買われましたね……。屋敷の者たちに与えるにしては多すぎるのでは?」
「言葉遣い!――他にもあげたい人がいるからその分も買ったんです!」
柔軟性に欠ける執事にしつこく注意をしながら、ミレディアナたちは店を出た。確かにたくさん買ったので、品物はお店の人に配達を依頼した。
「もうよろ・・・いいですね?馬車を呼んできますよ」
なにかというと帰らせようとする堅物に内心で舌打ちをする……が、目的は達成したので今日はこの辺にしておこう。
そのように思ったミレディアナだったが、斜め向かいの店舗を目にして気が変わった。
「もう一軒、あそこだけ!」
そう言うと、道を渡った先の店へ向かう。
「一体、なにを……。本屋ですか?」
「うん。屋敷の図書室には娯楽本が無いから、ついでに買っておこうと思って」
「なら、ここだけ……だぞ」
「は~い!」
元気よく返事をして、ミレディアナは棚を物色し始めた。
「二人はどれが読みたい?」
ミレディアナの言葉に、マリアとローラは顔を見合わせた。
「ミリィ、私たちにも買うつもり?それはさすがにやりすぎでしょう」
ヴィンセントより柔軟な対応を見せつつも、さすがにマリアはたしなめた。こちらの世界では書物って結構、高価だものね。
「わたくしが読んだあとで皆に下げ渡せば問題はないでしょう?『あの方』からお借りしている本を回し読みすることはさすがにできないし。おもしろそうなのを選んでちょうだい」
二人に小声で囁くと、ためらいながらも頷いた。グレイシアから借りてきた本(悲恋ものの恋愛小説だった)を目にしたローラが瞳を輝かせていたことを思い出し、ちょうど目の前にあった本屋に立ち寄ったのだ。
「ヴィンスさん、あなたも男の人が読みそうな本を選んできてください。――念のために言っておきますが、いかがわしいものはなしですよ」
別にエロ本を読んでくれてもいいんだけど、そんなもの奥様から下げ渡されても皆が扱いに困るだろう。
「わかっている!」
憤然としながらも菓子よりは興味が持てるようで、口髭の男は書棚に目を向けた。
ゆっくりと棚を見回しながら、ミレディアナもおもしろそうな本を探す。恋愛小説が人気のようで一番目に付く。あとは怪談話や神話の類、歴史書なんかも置いてあった。
(お、子供向けの本もあるんだ。字の勉強にもなるだろうし、トリーに買っていってあげようか。あ、雑誌もある)
妖精の絵が表紙に描いてある児童書や、もちろん写真はないが流行の衣服のイラストやエッセイ、料理レシピなんかが載っている雑誌などを手にする。
四人がそれぞれに持ち寄ると結構な量になったので、こちらも配達を依頼した。
ローラはやっぱり恋愛小説が好きなようでそればかりだった。マリアはちょっと意外なことに怪談話や騎士物語を選んできた。ヴィンセントは料理や植栽などのことが書かれた技術書と歴史書ばかり。つまんない男だな。まあ、男性陣もマリアが選んだ本ならば楽しめるだろう。
「皆で選んだから、色々な分野の本が買えたわね」
「他の人が選んだ本を読むのも楽しみですね」
わいわいと話しながら店を出て馬車を駐めてある方へ向かっていると、横合いからプンと嫌な臭いがした。
「おい、あんたら、どっかの女中か?ちょっと付き合えよ」
見るからに素行の悪そうな男が二人、近付いてくる。王都のなかでも良い店が並ぶ目抜き通りで明らかに男たちは浮いており、かつ客も女性が多いため制止してくれる者はいなかった。
(警備兵……!こんなときに限っていないんかい!)
間の悪いことに、先日は見かけた兵士の姿も見当たらない。
「ミリィを連れて近くの店へ!」
ヴィンセントがメイドたちに向けて鋭い声でそう言ったが、ニヤニヤとした男たちが間に割って入ってきて、ヴィンセントとミレディアナ、マリアとローラの二組に分断された。
(まずい……。最悪の組み合わせだわ)
ヴィンセントはこれでも一応男だし、ミレディアナとて暴力沙汰には向いていないが、いざとなったらためらわずに急所を蹴ったり噛みついたりしてひるませることくらいはできると思う。だが、メイド二人はこんな修羅場の経験はないとみえ、青ざめて立ちすくんでいる。ミレディアナたちが逃げ出せば、男たちはマリアとローラに無体を働く。かといって彼女たちがミレディアナを置いて先に逃げるとは思えなかった。
(仕方ない……!)
「行って!助けを呼んできて!」
凛とした声で命じると二人がハッと身動きをした。
「ああ?逃すかよ」
案の定、男たちの視線がそちらへ向き、一人の男がメイドたちに向かって足を踏み出した。そのとき、スカートをまくって飛び出したミレディアナが、男の膝裏に蹴りを入れ、男はわずかにたたらを踏んだ。息を呑んだマリアとローラが弾かれたように走り出す。
(さて、どうやって引き止めようか)
相手は男二人組、女は一人より二人以上は欲しいはず。彼女たちを追いかけようとするであろうヤツらをこちらへ引き付けておかないと。
罵倒、誘惑、泣き落とし……いくつかの案が浮かんだが、そのどれも必要はなかった。膝裏を蹴られた男が振り返り、血走った目でミレディアナを睨みつける。もう一人は、若い娘に足を蹴られて転びかけた相方を見て甲高い笑い声を上げていた。
「なんだテメェふざけんなオレがさっきなんじでだぁあわぁってやんだがぁぁぁぁ!?」
興奮しすぎて後半なに言ってるか分からない。一方はもはや道路に寝転がるようにして笑い転げている。なんだこいつら、酔っぱらい?それとも怪しげなおクスリでも使ってるのか?
口から涎を撒き散らすようにして迫ってきた男からミレディアナが身を引くと、逆に足を踏み出したヴィンセントが男の腹に蹴りを入れ、涎男は爆笑男の上に倒れ込んだ。
「ぐほっ!」「うわぁ!」
叫んだ男たちに、ヴィンセントは羽織っていたジャケットを投げつけ、その上からさらに蹴りつけた。
「あ、あなた強かったの!?」
思わず問うたミレディアナに、ヴィンセントは「いいえ!」と叫ぶ。
「不意打ちと目くらましが精一杯です!逃げますよ!」
言うなり、ミレディアナの手を引いて走り出す。走りながら振り返ると、絡まるように倒れていた男たちが腹立たしげにジャケットを引きはがしている。メイドたちは上手く逃げたのか、見える範囲に姿はなかった。
「こっち!」
男たちの視界から逃れるために、角を曲がって路地へ入る。もう一度、表通りへ出てどこかの店に匿ってもらいたいところだが、とにかく一度アイツらから離れなくては。
追いつかれるのが怖いので、良くないとは思いつつも角があるたびについ曲がってしまう。ほとんど知らない場所でもあり、現在地はとっくに分からなくなっていた。
「ヴィンセント……ちょっと、待って……!」
息が苦しくなってきたミレディアナがそう言うと、ヴィンセントは足を止めて周囲を見回し、古びた木箱を見つけると着ていたベストを脱いで敷き、ミレディアナに腰掛けるよう促した。
「ありがとう。――マリアとローラは安全な場所へ逃げられたかしら」
たずねるでもなく呟くと、ヴィンセントの眉間にくっきりとした皺が寄る。
「奥様!彼女たちのことよりもご自身の安全をお考え下さい!あのような無謀を……!」
「声を抑えて。男たちに聞こえたらどうするの。……だって、女の子二人のほうを先に逃がしてあげないと。こちらにはほら、あなたもいたし」
「私は護衛ではありませんし、優先順位が間違っています。使用人を庇って奥様が危険な目に遭うなど、あってはならない話です」
そうは言っても、若い女の子になにかあったら嫌だしな。
「休憩はもう大丈夫。大きな道へ出るにはどちらへ行けばいいかしら……。あら、あなた帽子と眼鏡をどこかへやってしまったみたいね」
立ち上がったミレディアナが、埃を払ったベストを手渡しながらそう言うと、顔に手をやったヴィンセントはため息をつき、無言で口髭を毟り取った。
「汗と埃で汚れた今の姿なら、おかしな扮装も必要ないかもしれないわね。――いえ、疲弊したその姿に庇護欲をそそられる女性もいるかしら?」
「馬鹿馬鹿しいことをおっしゃっていないで、参りますよ」
冷ややかな声を上げたヴィンセントは歩き出しかけ、少しためらう素振りをしたあと、ミレディアナの手を取った。
「……はぐれるといけませんので」
「ヴィンセント……」
これが、禁断の恋の始まりだった……とでもなればグレイシアは喜ぶのかもしれないが、残念ながらそうではない。
「あなた、わたくしを放っておくとなにをしでかすか分からないと思っているのね?」
「分かっておられるのでしたら、おとなしくなさっていてください」
ぎすぎすと言葉を交わした二人は、なんとなく明るい感じのする方へ向かって足早に進んでいった。
「あっちじゃない?」
「いえ、こちらでは?」
互いに相手を信用せず、あーだこーだと言い合いながら路地を進んでいった二人は、それでもなんとか人々のざわめきが聞こえてくる辺りまでたどり着いた。




