変装メイドと砂糖菓子
「そう。明日、王都を出立するのね」
グレイ・ハウスの居間で、香り高い紅茶を飲みながらクラリッサが頷いた。
「はい。クラリッサ様はまだしばらく王都に滞在なさるのですか?」
「ええ、数週間はいるつもりよ。グレイシア様に言伝などあれば承るけれど」
その言葉にミレディアナは明るい表情を浮かべた。
「実はお願いできればと思っておりました。――ローラ」
ミレディアナの呼びかけに軽く頭を下げたローラが、銀のトレーに乗せた小さな包みを持ってきた。
「それは?」
クラリッサの問いかけに、ミレディアナは微笑んだ。
「昨日、屋敷の者たちへのお土産を買いに街へ出ておりましたの。こちらは先日お話ししました例の菓子店の品ですわ。グレイシア様がご興味をお持ちのようでしたので、可能ならお渡しいただければと……」
グレイシアが酒を好むかが分からなかったので、アーモンドに色とりどりの砂糖衣をまとわせたお菓子を選んだ。
ミレディアナの言葉に、クラリッサは笑みを浮かべる。
「きっと喜ばれるわ。ちなみにお酒は強すぎないものなら大丈夫よ」
「そうでしたか。でしたら、こちらはクラリッサ様へお渡しするものなのですが、よければご一緒に召し上がってくださいませ」
そう言って、先日買ったものと同じ酒入りの砂糖菓子を手渡した。
「あら、ありがとう。そうさせていただくわ。――今回は楽しい事件は起こらなかったの?」
茶化すような言葉に「あー……」と呟いたミレディアナは遠い目をした。
「あらっ!なにかあったのね」
聞かせなさい、とせっつくクラリッサに、ミレディアナは苦笑いを浮かべる。
「まあ、済んでしまえば笑い話ではあるのですが……」
そう言うと、『事件』について語り始めた。
◇◆◇
「旦那様、良いところに。――いかがでしょう?」
街中で思うさまに買い物をするために、別邸のメイドから借りた服を身に着けていたミレディアナの部屋へグレイ伯爵が入ってきた。
「本気だったのか、酔狂なことだ。――ふむ、驚くほど似合っておらんな」
(失礼な)
だが、実際のところミレディアナ自身もそのように思っていた。
「どこがいけないのだと思われます?」
しかめっ面でたずねるミレディアナを、伯爵はとっくりと眺めて口を開く。
「顔の造作はさておき、華がありすぎる。そなたのようなメイドがおったら、仕事を覚えるより先に主の妾にされておるわ」
「世の中の男性すべてがご自分と同じだと考えられるのはいかがなものかと」
ふん、と鼻で笑った伯爵は「手っ取り早く、炭なり泥なりで顔を汚せ」と雑な提案をしてきた。
「農婦のふりをしたいわけではありませんのよ。そのような汚れた顔で流行のお店に入っては追い出されてしまいますわ。――帽子をかぶれば少しは見られるようになりますかしら?」
飾り気のない帽子をかぶってみせたが、伯爵は無言で首を横に振る。
「そんなものでは美しい顔も艶やかな髪もまったく隠せてはおらん。もっとつばの大きなものにしてはどうだ」
「目立つ帽子をかぶっては服を借りた意味がございませんわ。ああ、でしたらこちらは?」
前つばが大きめのボンネットを深くかぶると、髪のほとんどと顔の上半分を隠すことができた。
「それならばまあ、及第点をやってもよいかな」
「それはそれは、恐れ入ります。――ところで、わたくしの従者はどのような仕上がりになりました?」
いたずらっぽい口調でミレディアナがたずねると、愉快そうな笑みを浮かべた伯爵が戸口に向かって「入れ」と言った。
いつも以上の渋面を浮かべて入ってきたのは、お仕着せではないシャツとズボン、ベストにジャケットを羽織り、山高帽をかぶったヴィンセントだった。古臭いデザインの眼鏡をかけ、鼻の下には付け髭までついている。
己の顎に人差し指を当てて執事の変装を観察していたミレディアナは、ゆっくりと口を開いた。
「驚くほど胡散臭くはございません?」
金融詐欺とか持ちかけられそう。
ミレディアナの指摘に伯爵は肩をすくめる。
「服を変えただけでは、お忍びで街へ出る貴族の子弟にしか見えんでな。髭と眼鏡でどうにかそなたの言うところの『魔性』を打ち消したのだ」
「別の意味で人目を引きそうな気もしますが、誰彼構わず魅了するよりマシですわね。――旦那様、外出をお許しくださいましてありがとうございます。それでは行ってまいります」
ミレディアナが感謝を込めてお辞儀をすると、伯爵は多少呆れた表情を浮かべながらも、ひらりと手を振る。
「わざわざ変装してまで使用人へ土産を買いたいなど、物好きなことだとは思うが、まあ、好きにせよ」
つまりは先日ヴィンセントのせいで失敗した『普通の買い物』のリベンジだ。せっかくなので皆へのお土産を買いたいと言うと伯爵は怪訝な表情を浮かべていたが。
(従業員への福利厚生は大事でしょうが)
うきうきと心を弾ませながら、ヴィンセントとマリアとローラをお供に連れたミレディアナは街へと繰り出していった。
「へ~!このお砂糖のボンボンがこちらの名物なんですね。お酒を使っていないものは……あ、このナッツを包んだものがそうですか。他に日持ちのするものは……」
目を輝かせて店員にてきぱきと質問をしているミレディアナと、楽しそうにそれを見守っているメイドたちの一方で、ヴィンセントは居心地の悪い思いをしていた。普段のように女性から秋波を送られることはないのだが、代わりに不審な視線を向けられている。流行の菓子店であり、恋人や家族に頼まれたり贈り物を選んだりしている男性もいるのだが、品物に興味を示すでもなく所在なさげに立っている胡散臭い風貌の男は、結局のところ悪目立ちしていた。
「奥さ……っ!」
まだ時間がかかるのかとたずねようとしたヴィンセントの足を、ミレディアナが踏みつける。
「どうしたんですか?ヴィンスさん。……その呼び方はやめなさいと言ったでしょう」
後半は声を低めて囁いたミレディアナに睨まれると、グッと詰まったヴィンセントは不承不承、言い直した。
「ミ、ミリィ。まだかかりますか?」
「ええ、もう少し。そんなに暇ならお店の外で待っていては?」
手持無沙汰にされていると、正直言って目障りだ。
「は、はあ……。いや、そういうわけには」
何やらもごもご言っているヴィンセントを無視して、ミレディアナは色とりどりのスイーツに視線を戻す。予算を気にしなくてもいいお土産選びって最高だ。
「マリアさんとローラさんはどれがいいと思います?……お買い物に付き合ってくれているお礼に、好きなものを選んでちょうだい」
ミレディアナの囁きに二人のメイドも嬉しそうな顔をして欲しいものを探し始めた。まだまだ時間がかかりそうなその光景に、ヴィンセントは深いため息をもらした。




