クラリッサの晩餐会(二)
「新しい出会いに」
クラリッサの簡単な乾杯の言葉と共に晩餐会は始まった。
「――それでは、エドワード様のお父様は王妃陛下のご実家で家令を務めておられましたのね」
「はい!それで子供の頃から王妃様には優しくしていただいていて、いつか騎士になりお守りしたいと憧れておりました!」
「そして、立派に近衛にまでおなりになって。夢を叶えられたのですね」
「いやぁ、幸い体力はあったのと、王妃様がご推挙くださったおかげです!」
コネを必要以上に恥じず、明るく認めて感謝する姿勢は好感が持てる。朗らか過ぎるほどに朗らかなエドワードのおかげで話題に困ることもなく、ちょっと声が大きいことを除けば、晩餐会で隣り合う相手として申し分なかった。
「ハドリー様は王妃陛下のご親戚でいらっしゃいますわね。エドワード様とはその繋がりで親しくなられたのでしょうか?」
ハドリーの父にして文官の長である宰相のブレアは、王妃の母の妹の配偶者、つまり義理の叔父になる。ハドリーはグレイシアの従弟ということだ。
「ええ。王妃陛下……いえ、当時はご婚約もまだでしたが、その従姉上の従僕にやかましいガ……子供がいるな、と思っていたのがこいつでした」
「子供って!一歳しか変わらないだろ!」
エドワードの賑やかな突っ込みを、ハドリーは頭痛を堪えるような表情で無視する。
クスッと笑ったミレディアナに、ハドリーは怪訝な表情を浮かべた。
「いえ、子供のころのエドワード様は、さぞやんちゃでいらっしゃったのだろうな、と」
ハッ!と投げ出すように笑ったハドリーは肩をすくめる。
「ええ、ご想像のとおりです。剣の練習だと言って植栽の枝を折る。鞍も付けずに馬に乗ろうとして落馬する。グレイシア様に冠を作るのだと言って薔薇をちぎり、手を血まみれにした挙句、花冠は作れない。……枚挙に暇がありませんね。そのうえ、従姉上が少しもお叱りにならず笑ってお許しになるので、代わりに怒鳴るのが私の役割でした」
ハドリーも自分から積極的に話すわけではなかったが、話題を振れば皮肉の効いた答えを返してきて面白かった。あと、なんだかんだ一番調子よく喋るのがエドワードに関する話題だというところが、ちょっとかわいい。
「おまえそんな昔のことよく覚えてるなー!俺そんなことしたっけ?」
「嘘だろ……。落馬した時は従姉上もお泣きになって大騒ぎだっただろうが!」
落馬なんてしたかなぁ……と首を傾げるエドワードにハドリーはため息をついた。
「おほほほほ!お若い方がいらっしゃると場が華やぎますわね。グレイ伯爵夫人もお歳の近い殿方との会話は心が浮き立つのではございませんこと?」
伯爵とはクラリッサを挟んで三つ離れた席に座っている中年の女性が、ミレディアナを揶揄するように話しかける。エドワードは不思議そうに目を瞬き、ハドリーはギョッとしてグラスの中身を揺らした。ミレディアナはふんわりと女性に向かって微笑むと、嬉しそうに頷いてみせる。
「はい。お二人とも素敵な方で、楽しくお話をさせていただいております。でもそれは年齢が近いからではございませんわ。だってわたくし、夫とお話をするのも大好きですの。ロバート様は様々なことをよくご存じで、いつもわたくしの知らないことをたくさん教えてくださいますのよ!」
瞳を輝かせてそう言うと、視線をグレイ伯爵へ向け「ね?」というふうに微笑んだ。目を細めた伯爵は『うんうん』と頷き笑み崩れている。
女性は一瞬、伯爵に馬鹿にするような視線を投げ、ミレディアナに向き直った。
「それはそれは、仲がお宜しくて結構ですこと。そういえばその髪飾り、舞踏会でも着けておられましたわね。お気に入りでいらっしゃるの?」
訳すと『それしか持ってないんじゃないの?』ということだろう。でもそれ、衣装も装飾品も大した数を持っていない中級以下の貴婦人になら有効な嫌味かもしれないが、王国有数の富豪であるグレイ伯爵の妻に対しては悪手じゃないかな?
「はい!舞踏会の日にロバート様が贈ってくださいました。とても驚いて、嬉しくて……。せっかく持ってきたのだから、他のものも使わなくてはと思うのですが、いざとなるとついこればかり手に取ってしまいます」
気に入っているのは本当だが、こればかり着けているのはもちろんわざとだ。伯爵との仲が良好なことをアピールし、夫からの贈り物を大切に使う清廉な妻という印象を与える、イメージ戦略というやつである。いやぁ、なかなかあからさまに突っ込んでくる人がいなかったので、ようやく聞いてくれて助かった。
「そんなに気に入ったのであれば、十でも二十でも買うてやろう」
「すごいですね!こんなに高そうなものを二十もですか!?」
伯爵の言葉にエドワードが頓狂な声を上げる。
「おまえ!失礼だろう!」
焦ったハドリーがたしなめた。ハドリー君、思った以上に面倒見がいい。
鈴を鳴らすような声で楽しげに笑ったミレディアナは、伯爵を軽く睨んでみせた。
「旦那様、わたくしの頭は一つしかございませんのよ?大切な髪飾りが二十もあると、迷ってしまっていつまでたっても身支度ができません」
「ならば首飾りでも指輪でも。おお、指輪なら十の指に二つずつ着けることも可能だな」
(うわぁ)
想像しただけでげんなりとしたミレディアナには、「重そうですね!」というエドワードの呑気な感想が一服の清涼剤に感じられた。
晩餐を終えると、女性は居間に移動して紅茶やコーヒーをいただいた。男性は別室でお酒を飲んだり煙草を吸ったりしているらしい。
ご婦人方と会話をしつつ、例の女性がちょこちょこ突っかかってくるのを受けて流してしている間に小一時間が経過して、ふたたび男性陣と合流し閉会となる。
「今日は会えて嬉しかったわ。あなたが領地に戻る前にもう一度ふたりでお茶をしたいわね」
別れの抱擁をしながらのクラリッサの言葉に、ミレディアナは美味しい食事が胃にもたれる気分となった。
(センパイの仰せのままに!)
腹を括ったミレディアナはにっこりと頷くと、良いことを思いついたというふうに声を弾ませる。
「それでは、当家へおいで下さいませ。お茶会を開くのは初めてなので、上手におもてなしできるかは分かりませんが」
「それは嬉しいわ。ぜひお邪魔させていただくわね」
そう言ったクラリッサは、ミレディアナの耳元に口を寄せて「よくできました」と囁いた。




