宴のあと
馬車に乗り込んだグレイ夫妻は澄ました顔で座っていたが、王宮の門が見えなくなるまで進んだところでどちらからともなく肩を揺らし始め、やがて伯爵は首を反らして豪快に、ミレディアナは口元に手を当てながら楽しげに声を上げて笑い始めた。
「いや、まったく!これほど愉快な思いをした舞踏会はついぞなかったわ!」
「楽しんでいただけたようでなによりですわ。皆様の呆気に取られたご様子や、懸命に聞き耳を立てておられる様は見ものでしたわね。――旦那様もお見事な役者っぷりでございました。わたくし感服いたしましてよ」
「フン。人を年若い妻に骨抜きにされた老いぼれに仕立て上げおって」
「あら、わたくしはただ旦那様を一途にお慕いしている様を皆様にご披露しただけですわ。旦那様がどのような役を演じられるかはあずかり知らぬところですもの」
勘とノリの良さには期待していたが、伯爵は思った以上の名演だった。
わざとらしく扇で口元を隠してニマニマ笑うミレディアナを横目で睨んだ伯爵は、芝居がかったため息をつく。
「そなたこそ大仰におぼこい娘を演じたものだ。まるでかつてのブリジットを見ておるようでおぞけが立ったぞ」
ん?ブリジットって側室の?アレと一緒にされるのはさすがにちょっと……
眉をひそめたミレディアナに伯爵はニヤリと笑う。
「今でこそあのような道化に成り下がったが、若かりし頃のあの女は清楚な見た目と愛らしい振る舞いで王を虜にしておったのだ。――まさに、今日のそなたのような装いでな」
言って、顎でミレディアナのドレスを指した。
う…………うわぁぁぁぁぁぁ!キャラかぶったーーー!?!?!?
そしてまさかの王様の好みど真ん中!
どうりで尋常じゃない敵意向けられてると思ったよ!
頭を抱えるミレディアナに伯爵は意地の悪い笑みを向ける。
「言うたであろう。愛妾の座も狙えるぞ、とな」
「……謹んでご辞退申し上げますわ」
呻くように言ったミレディアナは、「旦那様」と低い声で問う。
「なんだ?」
「姫君って今、おいくつでいらっしゃいますの?」
「十五じゃな」
だよね。舞踏会にはいなかったから社交界デビューはまだにせよ、歳近いって言ってたし、そんなもんよね。
ブリジットが二十九歳……簡単な引き算をして導き出された回答にミレディアナの肌が粟立った。
きっしょ!!国王きっしょ!!
(いや、年齢差でいうと私と伯爵の方がエグいんだけど、私は一応この世界では結婚適齢期なワケよ!)
中学一年生くらいの女の子に三十前の男が手を出すとか……。無理無理無理!
「だっ……旦那様!わたくしこれからは、グレイ伯爵家の女主人に相応しい落ち着きを身につけた淑女を目指して邁進いたしますわ!」
成り行きと戯れ心で選んだ路線はとんでもない危険地帯に通じていた。
かつてないほどの危機感を覚えたミレディアナは、拳を固く握り締めてキャラ変を決意する。
「わざわざそのような苦労をせずとも。ありのままのそなたでおってくれれば良いのだぞ」
不自然なほどに慈愛に満ちた声音と表情で伯爵が言う。
黙れ。他人事だと思っていい加減なこと言うな。
「い・い・え!貴婦人の中の貴婦人になってご覧にいれますとも。そう……この髪飾りに懸けて誓わせていただきます!」
髪から抜いた鈴蘭の髪飾りを高々と掲げて宣言する。
「つい先ほど儂が贈ったものであろうが」
細かいこと言うな。金持ちのくせに。
「よろしいではありませんの。わたくしこれがとっても気に入ったのです。この髪飾りに見合う淑女を目指しますわ」
手の中の髪飾りを嬉しそうに眺めるミレディアナを見た伯爵は、口元に笑みを浮かべる。
「今でも十分に似合っておるとも」
あら、嬉しい。こういうセリフをサラッと言えるのはさすが遊び人って感じ。
「清楚で可憐。それに……知っておるか?鈴蘭は毒をもっておる。それも人の命を奪うほどの毒を、花だけでなくその身すべてにもつのだそうだ」
…………ほう?毒、ですか。へえ、知らなかった。毒草なんだ。なるほどねぇ。
「旦那様は、毒をもつ花がわたくしに似合いとお考えになられたわけでございますのね」
「気を悪くしたか?」
薄笑いを浮かべるミレディアナに、伯爵は面白そうに問う。
「いいえ、ますます気に入りました。けれど、この髪飾りに誓うのであれば目指すべき目標には『淑女』だけでなく『毒婦』も加えるのが相応しいかと。あら大変」
稀代の毒婦を妻にもつことになりそうですわよ、そう言って含み笑うミレディアナに、伯爵はわざとらしく身を震わせた。
「なるほど、それは恐ろしい。命を奪われたくはないからな。せいぜい妻のご機嫌を損ねることのないように心がけるとしよう」




