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転生娼婦の身売り婚  作者: 相澤 伶


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花嫁の受難

 結婚を決めたとはいえ、こちらは貧乏男爵家であちらは富豪の伯爵家。

 すべての支度は向こうの家がしてくれるらしく、特になんの準備もするべきこともないままに、ただひたすらに食べて寝て体力の回復に力を注ぎ、出立の日を迎えた。

 後添えであることを鑑《かんが》みて来客を招いての結婚式などは執り行わず、後日なんらかの機会を設けて披露目をすると聞いている。

(まあ、六十七のジイサンと十七歳の美少女の結婚式なんて見せ物でしかないもんねぇ)

 冷めた感想を抱きながら、大げさに別れを嘆く母親を適当にあしらい、メアリとは母親よりも遥かに誠実な挨拶を交わして馬車に乗り込むと、グレイ伯爵邸のあるグレンミル地方へ向けて旅立った。

 前世では馬車に乗ったことすらなく、今世でもコーラルの領地から出たことがなかったミレディアナは、数日間の馬車の旅をしっかりと堪能した。牧歌的な景色を眺め、土地の名産を食し、気楽に旅を楽しむ様子に、伯爵家から派遣された迎えの者たちは困惑の色を滲ませている。

 つつがなく旅は終わり、ついに馬車はグレイ伯爵の屋敷へと到着した。

(どんなエロジジイが待ってるのかな~……っと)

 直前の宿場で形ばかりの花嫁衣装を身にまとったミレディアナは、じいさんアブノーマルな性癖をもってなければいいけどな、と一応は緊張しつつ馬車を降りる。

 そこで待っていたのは、ずらりと整列する数十人の使用人たち。

 生活が困窮してからは最低限の人数の使用人しかいなかったとはいえ、父親が存命の間は実家でも多少はメイドや従僕などを雇っていた。しかし、遥かにレベルの違う伯爵家の経済力を見せつけられたミレディアナは、この世界へ来て初めて足をすくませた。

「花嫁のご到着か。……フン、怯えておるな。無理もない。今日からはこの年寄りがそなたの夫となるのだからな」

 使用人たちの間を通り、一人の老人がこちらへ向かって歩いてくる。

(…………うん、普通)

 どこかファンタジックな世界観だけに、美少女の生き血と引き換えに若さを保つ魔性の伯爵だの、悪魔との契約によって妻を亡くした日で時を止めた美中年だのと、暇に飽かして妄想を巡らせていたのだが、目の前に現れたのは普通に六十七歳に見える、海外の映画監督のような髭を生やしたおじいさんだった。

 面白味はないが、特にがっかりしたわけでもない。『客』として考えるなら、生き血を啜られたり、悪魔と契約されたりしているよりも、普通の年寄りのほうがよほどいい。

「初めまして、旦那様。ミレディアナでございます。どうぞ末永くよろしくお願いいたします」

 膝を折って優雅にお辞儀をし、にっこりと微笑むミレディアナに使用人たちの間には声にならないざわめきが広がり、新郎である老人は軽く目を見開くと、喉を鳴らして小さく笑った。


 ◇◆◇


 到着後、少ない荷物はあっという間に伯爵家のメイドたちによって片づけられた。 

 勧められるままにお茶を飲み、美味しいお菓子を食べ、軽い食事を与えられたあと、流れるようにスムーズに風呂場へと案内される。

(このまま初夜に突入だな、こりゃ)

 共にお茶をするでも食事をするでもなく、身体にしか興味がないのが明らかな伯爵の態度はいっそ清々しいほどだ。

 貧乏男爵家では、風呂の支度こそメイドにしてもらっていたが、入浴自体は一人でおこなっていた。だが、お金持ちの伯爵家では奥様の入浴すらメイドが手助けするものなのか、それともご主人様に捧げられる哀れな美少女が逃げ出すのを警戒してか、メイドたちが数人がかりで髪も身体も洗ってくれる。

 前世での職業柄、裸を見られることに抵抗の少ないことが幸いし、美容室で髪を洗われる時よりももっと気持ちの良い状況に蕩けるような心地になっていたのだが、華やかなネグリジェを着せられ、花のような香りのする香水を振りかけられた時点で少し不安になってきた。

(私って、どういう態度を取ればいいんだろう?)

 本来のミレディアナであれば、伯爵が身体を暴こうとする時点で泣き叫ぶ、あるいは唇を噛んでひたすらに耐え忍ぶことだろう。それを望む変態であるならば、そう振る舞ってやったほうがいいものか……

 難しい顔でベッドに腰掛ける花嫁に目を向けたメイドたちは、どこか悲痛な表情を浮かべて静かに部屋から下がっていった。


「逃げずにおったか、感心じゃな」

 カラカラと機嫌よさげに笑うグレイ伯爵を、立ち上がって出迎えたミレディアナはじっと見つめた。

 どんな接客を希望しているのか分からない相手はまず観察!会話からヒントをつかんで臨機応変に対応!風俗嬢時代の心構えに従って、まずは伯爵を観察する。

(おかしな道具は持ってない、と)

 メイドたちが退出した隙に部屋の中もチェック済みだ。どうやら相手を痛めつけて悦ぶ趣味はないらしい。ひとまず安堵の笑みを浮かべるミレディアナに、伯爵は怪訝な目を向ける。

「ふむ……痴呆とは聞いておらんが。そなた今から自分がなにをされるのか分かっておるのか?」

 おっと、しまった。マゾっ気を持ち合わせていないもので、安心してついニコニコしてしまったが、ジイさんからしたら不気味だったか。ちょっと頭の働きがニブい子だと思われちゃったな。

 とはいえ、ここで態度を急変させるのも不自然なので、猫被りの不思議ちゃん路線でいかせてもらうことにする。不思議そうな表情を浮かべ、愛らしく小首を傾げて見つめていると、間近に迫ってきた伯爵に顎をグイと持ち上げられた。

 初接触かつ最接近した我が夫をさらに詳細に観察するため、世間では『アクアマリンの瞳』などと評判らしい目を見開いて眺める。

 多少、灰色がかった部分を残しつつも、ほぼ白くなった髪は綺麗に撫でつけられている。外見の一番の特徴といえる立派な髭もほとんどが真っ白だ。瞳の色はミレディアナよりも濃い青色で、先ほどまでは好々爺然とした様子に細められていたのだが、今のように真顔になると正直いって目付きは悪い。

(いや、でもこれ……)

 髭を除いて、皺を消し、髪色を仮に黒として脳内で補正をかけてみる。

(コレ、昔は結構なイケメンだったんじゃないのかな?)

 噂によると若いころから素行はかなり悪かったようだが、大金持ちのイケメン貴族か……

(五十年……いや、四十年早ければ、この子も案外喜んで結婚したかもしれないけどねぇ)

 幸せな結婚生活になったかどうかは知らないが。

 とはいえ、現実に目の前にいるのは五十年が経過した元・イケメンの老人だ。十七歳の純粋無垢な美少女を毒牙にかけようとしている光景は、傍から見ればさぞグロテスクなことだろう。

(まあ、不満は申しませんとも)

 中級以下の風俗嬢としてやってきた身だ。客の選り好みなんてできるはずもなく、もっと生理的嫌悪感を抱くような相手にだって好き放題にされてきた。それに比べれば、お金持ちの貴族だけあって清潔感に問題はなく、危惧したほどの加齢臭や口臭もない。性病……については分からないが、ご本人がこの歳まで元気に過ごしているのだから、ある程度は信頼しても大丈夫だろう。そのうえ部屋は暖かく、フカフカで清潔な布団まで整っているときては文句の付けようもない。お好きにどうぞ、という気分だった。

「んうっ!」

 達観の境地で考えを巡らせていると、唐突に唇を塞がれ、いきなり舌がねじ込まれた。ヌルリとした舌は遠慮なく口中を弄《まさぐ》り、ミレディアナの舌を啜るように深く絡められる。

(この野郎!ファーストキスもまだのこの子に、いきなりなんてことを……!)

 腹が立って伯爵の胸をドンドンと叩くが意に介する様子もなく、口づけは息継ぎの配慮もされぬままに続けられ、ようやく唇が離れた時にはほとんど酸欠の状態でベッドの上にへたり込んだ。

 口を開くと貴族令嬢らしからぬ罵詈雑言を浴びせてしまいそうだったので、無言でジジイを睨みつけたが、酸欠状態の涙目で美少女が睨むというのは変態様には逆効果だったようで、ニタリと嫌な顔で笑った伯爵が身体に這い上がってきた。

「ようやく己の立場に気付いたか。――今さら拒んでももう遅いがな」

 見当外れのセリフを吐いて、ミレディアナの華奢な身体に覆いかぶさった伯爵の手が胸元のリボンを解いて胸を弄《まさぐ》り、年若い新妻への気遣いの欠片も感じられない雑な手つきでネグリジェがはだけられた――


 ◇◆◇

 

 新月の夜。星明りだけが伯爵邸の静かな庭を照らしている。

 情事のあとの寝室には、気怠く淫らな空気が漂って……は、いなかった。

「一体、おまえは何《なん》なのだ!?」

 驚きも怒りも突き抜けたのか、もはやどこか呆れた口調で伯爵が詰問してくる。

 だが、ベッドに突っ伏したミレディアナは言葉を返さなかった。いや、正確にいうと返せなかった。

(いっ…………たぁぁぁぁぁっ!)

 そう。うっかり忘れていたのだがミレディアナは処女だった。

 以前の自分の身体でないことは重々理解しているつもりだったが、なにせ処女だったのもウン十年近く前のことなので、その辺りの対策も覚悟も頭からすっかり抜け落ちていた。

(そもそも前の時って、こんなに痛かった記憶ないんだけど!?)

 破瓜の痛みなど人によって違うものではあるのだろうが、同じコトしてここまで違うか!?と思うほど、今回の痛みは酷いものだった。

「男を口で悦ばせる生娘なんぞ聞いたこともないわ!」

(言われなくてもわかってるよ!)

 初夜の床でミレディアナは大いにやらかした。ただ、それにはちゃんと理由がある。

 男女の性的な行為に対する経験も知識もない、清純な貴族令嬢として不自然でないように、伯爵に押し倒されたあとは、ただひたすらにおとなしく怯えたふうを装っていた。よほどの行為に及ばない限り好きなようにさせればいいや、と考えていたのだが、このジイさん、言葉責めが趣味なのか性格が悪いのかは知らないが、なにかと言葉で辱《はずかし》めてくる。癇には触るが直接の害があるわけでなし、と聞き流していたのだが、マグロに徹するミレディアナに興が醒《さ》めたのか「やはり貴族の女はつまらんな。丸太のように転がるだけでまったくもって面白くもない。これならば場末の娼婦でも相手にしているほうがいくらかマシだ」とぬかしたのだ。

(仮にも新婚初夜の場で、十七歳の新妻に向かって、場末の娼婦のほうがマシ、だと?)

 『ミレディアナ』として目を覚ましてからの一ヶ月間、彼女の存在を感じたこともなければ、夢の中で出会ったこともない。それでも毎日、鏡の中で顔を合わせ、幼いころからの記憶を共有している幼気な美少女には多少の親しみを抱くようになっていた。

(ミレディアナを、私のかわいいミレディを侮辱してただで済むと思うなよ?――まかせて、ミレディ!私がこのクソジジイのプライドをへし折ってあげるから……!)

 と、まあそんな感じで、ちょっぴりブチギレた勢いに乗って前世で身につけたテクニックを駆使してしまい、伯爵の詰問のような次第となったというわけだった。

 そこまではよかったのだが(本当はよくないけど)、新妻の豹変に呆然としている様をうっかり鼻で笑ってしまい、我に返った伯爵は、小娘に与えられた屈辱に当然のように激怒した。

 怒りにまかせて乱暴に組み敷いてきた伯爵だったが、キレているのはこちらも同じ。腹上死させてやろうかこのジジイ、と半ば本気で考えながら、伯爵を迎え撃つべく気合いを入れた。だが、頭に血が上っていたこともあり、ミレディアナが処女だという点に思い至ることができなかったのが敗因だった。

 苦痛の涙を浮かべ、呻き声をあげるミレディアナに伯爵は、「しらじらしい」とでも言いたげな表情を浮かべていたが、行為後に先ほどまで交わっていたその部分から滲み出す血液交じりの体液に気がつくと、目を見開いて絶句した。


「一体、コーラル男爵家は、娘にどのような教育をしておったのだ!?」

 いたって平凡な令嬢教育です……と言っても信じてはもらえないだろうし、正直、口を開くのも億劫なほどに疲労困憊していたため、伯爵の言葉をすべて無視して柔らかな布団に身を委ねた。目が覚めたらやっかいなことになっていそうな気もするが、とりあえず今はどうでもいい。後は野となれ……山となれ…………だ……

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