男爵令嬢の不幸な一日
~主人公からの前書き~
ページを開いていただきましてありがとうございます。
こちらは、作者の初投稿作品にして初めて書いた小説でございます。
拙い点もあるかと存じますが、なにとぞ広~いお心で読み進めていただけましたら幸いです。
……ときに皆様、『お代は見てのお帰り』という言葉をご存知でいらっしゃいますでしょうか?中身を見て気に入ったら帰る時にお金を払ってください、という意味でございますね。
いえいえいえ!決して評価ポイントやブックマークをおねだりするものではございませんのよ?
出口で怖いオニイサンが待ち構えているようなこともございませんので、安心して読み始めてくださいませ。ウフフフフ……
それでは――『転生娼婦の身売り婚』はじまりはじまり~
「ロバート・グレイ伯爵ご夫妻!」
案内係が呼び上げた名に、眩しいほどに煌びやかな舞踏会の会場に集う着飾った人々の間にざわめきが広がった。
頬を薔薇色に上気させた貴婦人は隣に立つ夫の姿を見上げる。
差し出された腕に手をかけると、瞳を煌めかせてこぼれるような笑みを浮かべた。
「さあ、旦那様。楽しい茶番の始まりですわ」
◇◆◇
「おなか、すいた……」
凍えそうに寒い部屋の中、古くて重いだけの布団に包まり、掠れた声で呟いた。
電気は数日前に止められており、冬の早い日没とともに室内はみるみる暗くなる。
布団と自分の体温だけが暖を取る唯一の手段だったが、手も足も氷のように冷たい。先ほどまでは震えが止まらなかったのだが、もはやその体力も尽きたのか、今はただ、ぼんやりと眠い。
空腹による胃がちぎれそうな痛みも、脱水による割れるような頭の痛みも、もうまったく感じなかった。
(おなかが、すいたなぁ……)
すでに空腹も感じてはいなかったが、途切れ途切れになる意識を繋ぐよすがのように、心のなかで繰り返し呟く。
やがて呼吸が浅くなっていき、閉じた瞼から一筋流れた涙が、薄く開いた唇をわずかに濡らした。
「お腹、空いた……」
そう呟く声が聞こえ、目を閉じたままうんざりとする。
死にたいわけではなかったが、あの身体の冷たさを、命が尽きていくのを感じる虚しいような恐怖を、まだ味わわなければならないのかと思うとやり切れない気分だった。
(ん……?)
違和感を覚えて、力の入らない手をわずかに動かす。空腹ではあるのだが寒さは幾分、いや、かなりマシになったように思う。ごわごわと肌触りの悪い湿った布団の感触を思い描いて動かした手に心地よい手触りを感じ、驚いて目を開いた。
「…………ここ、どこ?」
一瞬、誰かが通報してくれて救急搬送された病院なのかと思ったが、それは違うと思い直した。たとえここが――本当にそんなものがあるのかどうかは知らないが、小説やドラマに出てくるお偉いさん専用のVIPルームだとしても、フリルをふんだんに使った天蓋付きのベッドにまでする必要はないだろう。いや、実際はどうだか知らないけれど。
視線を左右に動かすと、室内もベッドの雰囲気に合った、童話に出てくるお姫様の部屋のような内装や家具で統一されている。
「……っ!?」
思わず身体を起こしたが、体力どころか生命力が尽きかけた状態で急に起き上がるのは無茶だったようで、貧血を起こした時のように目が回り、ふたたびベッドに倒れ込んだ。チカチカする視界の端に、ベッドサイドのテーブルに置かれた古風なピッチャーとグラスが映り、這うようにして近寄ると震える手で取り上げた。力が入らず、しかも置いてあったのがなぜかワイングラスのような華奢な器だったため、半分以上は零してしまった気がするが、なんとかグラスに水を注ぐと貪るように飲み干した。
「~~~~~~っ!」
空っぽの胃に水が沁みキリキリと痛むのを、お腹を押さえてやり過ごしていると、視界の端でなにかが動いたような気配がした。
ギョッとして、痛みも忘れてそちらを向くと、淡い色の金髪を長く伸ばし、青い目をした人形のように綺麗な外国人の女の子がこちらを見ている。
驚いてグラスを落としてしまい、ベッドの下でガラスの砕ける音がした。
身体をすくめ、少女の方に目を向けると、怯えた表情を浮かべている。
「あ、あの……」
言葉が通じるのか分からなかったが、とりあえず声をかけてみると、少女もこちらに向かって同じように口を開いた。
「え……?あ、鏡か…………え?鏡!?」
驚愕のあまり思わず大きな声が出る。
その時、部屋の扉が開き、同時にガシャンと音がした。
「お、お嬢様っ……!気がつかれたのですね!お嬢様!」
手に持っていた洗面器のような物を落として叫んだのは、裾の長いスカートのワンピースに白いエプロンを着け、フリルの付いた帽子のようなものを頭に載せた、古風なメイド服姿の若い女性だった。
「え……あ、メ、メアリ……?」
自分の口から知らない名前が自然に出てきたその瞬間、脳内に『存在しない記憶』が溢れ出した。スマホのOSがアップデートされる時のように、頭の中に新しい『記憶』がものすごいスピードで書き込まれていく。
経験したことのない異様な感覚に頭を抱えてベッドにうずくまっていると、駆け寄ってきたメアリがひざまずいて顔を覗き込む。
「お嬢様!お苦しいのですか!?――お医者様……っ!すぐに、お医者様を呼んでまいります!」
「ま、待っ、て…………!」
怒涛のように記憶が更新されるなか声を出すのも難しかったが、なんとか手を伸ばして、駆け出そうとするメアリの袖を捕まえる。
「ハァ……ハァ……」
時間にすればほんの数十秒のことだっただろうが、尋常ではなく体力を消耗した気がする。荒い呼吸をする姿を泣きそうな顔で見ていたメアリが、恐る恐る声を上げる。
「お、お嬢様……?」
「……もう、大丈夫。――今は、お医者様はいいわ。それよりも……そうね、なにか食べる物を持ってきてくれる?」
なんとか微笑みを浮かべてそう言ってもメアリはまだ不安そうな表情を浮かべていたが、安心させるように頷いてみせると「かしこまりました」と返事をし、気遣わしげに振り返りながら部屋を出ていった。
「ふーーーっ……」
フカフカの枕を背に当ててベッドに半身を起こし、正面の壁に据えられている大きな鏡にふたたび目を向けた。
割ってしまったグラスやメアリの落とした洗面器の存在が気になったが、記憶が戻った今、それを自分で片づけてはいけないことは理解できていた。
『私』の今の名前は、ミレディアナ。
ミレディアナ・ジョアナ・カトリーヌ・コーラル。長い名前だが要するに、コーラルさんちのミレディアナちゃんといったところか。
寝起きにもかかわらず、淡い色の金髪は緩く波打ち、水色に近い青の瞳は宝石をはめ込んだと言われても納得してしまいそうなほどに美しい。今は血の気の薄い頬には染み一つなく、唇はさくらんぼのように艶やかだ。
「すっごい美少女ねー。……自分で言うのもなんだけど」
鏡から目を離すと、ベッドの天蓋を仰いで目を閉じ、記憶を整理する。
二人分の記憶が違和感なく成立し、どちらの『私』も自分であると認識しているこの状況はどう考えても異常だったが、パニックを起こさずに済んでいることはありがたい。
(とりあえず……あっちの私は死んじゃったのかな?……まあ、死んだんだろうなぁ)
あの状況から奇跡の復活を遂げられたとは思えない。
(ひとまず、これが夢じゃないとして……昔の時代にタイムスリップしたってこと?それとも、なんていったっけ……そう、異世界転生)
深夜に放映されていたテレビアニメで見たことがある。ここが自分の知っている世界なのか未知の世界なのか、まだ情報が少なすぎて分からないが、ミレディアナの記憶をたどる限り以前の世界ではないように思えた。
それはさておき、急いで考えをまとめなくてはいけないのは現在の状況だ。
ミレディアナは――絶望していた。
あまり裕福ではない男爵家に生まれたミレディアナだったが、それなりに恵まれた幼少期を過ごしてきた。
爵位を持たない下位の貴族であった父は、優しげな美貌と穏やかで控えめな気性をしており、男爵家の一人娘であった母と出会い、思いを寄せられた末に婿入りをした。母も、両親に甘やかされて育ったことがよく分かる世間知らずなお嬢様ではあったものの、結婚後も誠実な夫の庇護の元、娘時代と同様に不自由なく過ごしてきた。
状況が一変したのは、二年前に父が事故で亡くなってからのことだった。
先代である祖父母はすでに亡くなり、頼りにできる親類もいない。元来、生活力もなく、領地経営の知識もなにひとつ身につけてこなかった母親は、親切を装って近づいてくる詐欺師まがいの者たちや、愛想よくすり寄ってくる悪徳商人どもにあっという間に財産を毟り取られていった。父が亡くなって一年が経つころには資産の大半を失っており、今では領地すら借金の抵当に入っているという話であった。
資産を失っただけの時点であれば、幼いころからその愛らしい外見が評判になっていたミレディアナのことを、たとえそれが容姿目当てのものであれ望んでくれる貴族もあったかもしれないが、領地まで抵当に入っていることが噂になって広がっている今となっては手を差し伸べてくれる奇特な者もおらず、母娘は困窮の一途をたどっていった。
そんなところへ降って湧いたように申し込まれた縁談は、母に希望を、ミレディアナに絶望を与えた。
――ロバート・グレイ伯爵。
若いころからその度が過ぎた遊蕩で社交界に悪名を馳せ、子を生さぬ間に妻を亡くしたあとは、後添いも取らずに悪所通いや悪い遊びを数十年にわたって続けている。年齢は、当年とって六十七歳。ミレディアナとの年齢差はなんと五十歳にもなる。
父親どころか祖父にも勝る年齢の老伯爵との縁談を、年相応に素敵な貴公子との恋を夢見ていたミレディアナは涙を流して拒んだが、母親はそれを許さず、なだめすかし、叱りつけ、泣いて懇願してミレディアナに無理強いた。
どう足掻いても逃れられないと悟ったミレディアナは数日間、食事も摂らずに泣き続け、とうとう昨日、意識を失うに至ったのだった。
(つまり、このままだと一ヶ月も経たないうちに私は五十離れた好色ジジイと結婚させられるハメになる……ってことか)
閉じた瞼の裏で、悪夢のように急転した可憐な少女の人生と、今後の自分の境遇に思いを馳せ終え、カッと目を見開いた。
(問題なし!)
まったくもって問題はない。
なにしろ、前世……というのかどうか定かではないが、先ほどまで生きてきた世界――現代日本と呼ばれる場所で、『私』は風俗嬢として生きてきたのだから。
最低限の生活環境と教育しか与えられずに成長し、親の遺した借金というオマケまでついてしまった無芸無能の女には、多少の努力をしてみたところで底辺の人生しか残されてはいなかった。
十人並みの外見と、華奢といえば聞こえはいいが間違っても豊満とはいえない貧相な身体しかもたず、毎月の利息を返すとギリギリの生活を送るのが精一杯。綱渡りのような暮らしを何年にも渡って続けてきたが、うっかり一度体調を崩してしまってからは、ドミノが倒れていくように、為す術もなく生活は成り立たなくなっていった。
(それに比べりゃジジイとはいえ大金持ち。なんの不満があるっていうのよ)
フンッ!と鼻息を鳴らしたが、それでも『元』のミレディアナに心の中で話しかけた。
(貴族のお嬢様としてこんなにかわいく生まれたのにね。お互い運のないことで)
同情しつつもどこか冷静に、たかが数日食事を摂らなかったくらいで命を落とすほどに衰弱するものだろうか、と疑問には思ったが、以前テレビかなにかで昔の貴族の奥様が夫の戦死の報せを受けてショック死したという「それくらいで!?」と思うようなエピソードがあったことを思い出し、そういうものかと一応は納得する。貴族って繊細なんだなぁ。
そこまで考えをまとめたところで、ちょうど扉がノックされ、ふた付きの陶器の器をトレーに乗せたメアリが、部屋へと入ってきたのだった。
「…………これはなに?」
現代日本の庶民には馴染みがないが、メアリは運んできた食事をベッドの上で食べられるように配膳してくれた。
生前の自分とは別の身体とはいえ、数日の絶食を経て空腹が限界に達していたのは同じであるため、ウキウキと器のふたを開いたのだが、中身を見て絶句した。
「パン粥ですが……なにか問題でも……?」
そう、パン粥。ミレディアナの記憶をなぞれば、問題なく思い出せる。ちぎったパンを牛乳と少しの砂糖で煮込んだ、お腹に優しい回復食。今のミレディアナに食べさせるには、最適といっていいメニューだろう。それは確かにそうなのだが……
不味い……というのは正確ではない。食文化の違い、ただそれだけに尽きるのだが、牛乳でフニャフニャに煮込まれたパンは致命的にミレディアナの口に合わなかった。
食べ物を残してなるものか、という貧乏人の根性のみで一口残さず食べ切ると、涙目で布団に潜り込む。
(異国だか異世界だか知らないけど、美味しいごはんはあるのかなぁ……)
他にもっと心配するべきことがあるだろう、という話だが、前世では子供の頃から食べ物に事欠きっぱなしの人生だった。生まれ変わってまで食べるもので苦労するのは勘弁してほしいというのが、掛け値なしの本音だった。
「ミレディアナ!わたくしのかわいい娘!ようやく母の想いをわかってくれたのですね!」
翌朝になると歩ける程度には体力が回復していたので、結婚を承諾する旨を母親に伝えに行った。
痛ましげな表情を浮かべるメアリと比べ、母親は満面の笑みを浮かべて娘の決断を喜んでいる。
「ああ、これで……伯爵様からのご援助で、以前のように暮らしていけるわ」
安堵したように微笑む母親の目には、娘に詫びる気持ちはない。
(結局、ここでも毒親か……)
娘の浮かべた冷ややかな笑みに、母親が気付くことはついぞなかった。
~主人公からの後書き~
第一話を最後までお読みくださり誠にありがとうございます。
といってもまだ導入部分でございまして、わたくしの結婚生活は次話よりようやく始まります。
持参金は不要なようでございますが、いざというときのヘソクリ代わりにポイントとブクマを……
――ゴスッ!
いたっ!あ、相澤!痛いじゃない!私はあんたのために……!
え?みっともないからやめろ?
ヌルいこと言ってんじゃないわよ!そんなことでこの群雄割拠の小説投稿界隈を渡っていけると……
あーーー!どこに連れて行く気よーーー!はーーーなーーーしーーーてーーー…………
※主人公行方不明のため『転生娼婦の身売り婚』は打ち切りとなりました。ご愛読ありがとうございました。




