寿命
あれからも多少の襲撃はあり、その度に無傷の冒険者達の物語や、ここを離れないキーリンと他ギルドの重鎮の攻防、村ではなく国王からの従国自由都市の承認と激動の時代を体験した。我が家族は変わりなく歳を重ねたが。
パンはミシェルが焼いている。あれから黒パンは更に進化している。我が家の豊富なお湯を利用し、茹でた生地を木灰の上澄み液に浸けた後に焼く重いパンが人気だ。これを黒パンと呼んではならないと国王からの命令があった。すごいだろう?
それもあり、今やこの技術を習いに来る職人も増えて大忙しという状況で、俺は病に伏せている。呼吸がうまく繋がらないのだ。
それでも、妻には感謝しかない。しがない傭兵崩れが、宿とパン屋だけで暮らせたのだ。彼女が聖女?そんなことはどうでもいい。
私にとって女神そのものだった。彼女の側で、彼女の健康を願い、それが叶えられた。それ以上の歓びは無いだろう。
今、妻は横に居る。こればかりは魔法でも薬でもどうにかなるものではないらしい。十分だ。
「妻。いや、酒場の給女レッハであり。魔法薬師メイラであり。魔導の狩人アルシアであり。冒険者ギルド副長ルティアンであり。レハティー・イルグーセスと捨てた名を使い分けた女傑の人よ。ありがとう。そして君と居られた人生はとても素晴らしかった。悔やむべきは我が容姿くらいだ。そこは笑ってくれ。」
繋がらない呼吸を懸命に繋げ、言葉を絞り出す。あぁ、なんてもどかしいんだ。
彼女の容姿はほとんど変わりない。こればかりは仕方が無い。
「残念だが俺もそろそろだろう。だから、ひと思いに」
「出来るわけ無いでしょう!」
とっても悲しい顔で、思いっきり顔を叩かれた。
「そうだね。今日が最後になるかもしれない。君との最後の口づけを。」
骨がきしむくらいの強さで、彼女の口はとても柔らかいままだった。
「ミレファン、あなたが居ない世界で何処を目指せば良いのよ。もう聖女として求められていない世界で、あなただけが私を導いていたの。だから、また会いに来て。そしてもう一度あなたと2度目の生活をしましょう。捨てた国の神もそれぐらいお許しになるわ。」
再び口づけを行うと、
「あなたが戻るまで。この街にいるから。きっと。約束ですよ?」
そんなやりとりを毎日していた。
きっと、妻は祈りを捧げていたんだろう。それでも。やはり。
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「母様、父様が。旅立たれました。」
「えぇ。私たちを見つける旅に。」
「叶うのでしょうか?」
「私たちを裏切ったことの無い父ですよ?それこそあり得ない。そう思わなくて?」
「失礼しました。そうですね。」
「ギャレット、あなたも叔父になるのですから早くお嫁さ」
彼は素早く逃げた。
どうやらこの家はまだまだ安泰である。
ミレファンがレハティー・イルグーセスと出会えるかどうかは、神のみぞ知る別のお話で。
短文小説におつきあいありがとうございました。




