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「おう、懐かしい顔よ。」


「あぁ。名前は覚えていないがな。酒場以来か。」


どちらも名前を一生懸命思い出している最中なのだろう。手を握りつぶし合い、優位を見せようとする以外は。


「レッハ嬢との飲み比べで30戦したヤツ。」


「そのレッハ嬢をかっさらったヤツ。」


それで通じるのだ。


「で、本心は?」


「さっさと嬢を譲りやがれ。あのパンを元に護衛の為にしゃしゃり出てやった。あのパンを持ち込んだのはおまえだったからなぁ。」


「ほう。記憶は鈍っていないと。」


パン屋と60才前後の男が日常会話をしているのだ。村の住民もおもしろがって見ている。


「俺は冒険者ギルドの所長となったキーリンという。街の安全も任せてくれ!」


大声で左手を肩より高い位置で手を振る。右手は未だに解かれていない。


「さて、疲れたから終わろうか。」


「勝ち逃げする歳でも無かろう。」


お互いが手を離すと軽く手を振った。


「「相変わらずだ」」


「ギルドの酒場にパンを納めてくれ。金も粉も塩も出す。いいだろ?」


「酒は付いてこないのか?」


「それは稼ぎから出せよ。持ちつ持たれつだ。」


「では、嬢を派遣しよう」


「ま、まて。そんなに酒樽は多くない。嬢なら一晩じゃないか。」


「そのうちに顔を出すさ。」




夜の食卓であの商店が冒険者ギルドになる。妻のよく知る男が所長だと伝えると、心なしか嬉しそうだった。


「そうねぇ。彼一人で私の年収を超える売り上げだったからねぇ。」


目を細め懐かしそうにほほえむ妻は正しく女神だった。


「母様、その話を詳しく。」


「ギャレットがお酒を飲めるようになったらね。」


そうして、真夜中に近く閉所時間寸前に美女がギルドに現れる噂は密やかに流れる。


所長がその美女の隣に座り、


「いつ久しく、お美しさは変わりなく」


「あ、良い良い。そんな歯が浮く台詞は要らないわ。」


「まだ酒樽が少ないので、飲み比べは出来ませんが、ようこそ我が砦へ。」


「ミレファンから聞いたわ。どこにでもいるただの女なの。手を出されない限りは。」


「はははっ。これは手厳しい。ミレファンのどこがいいのですか?」


「そういうことを聞かないところ。」


「のろけですねぇ。」


「えぇ。悪くないでしょう?」


「であれば、この地も以前のような要塞に?」


「要塞ねぇ、それって必要?」


「そうですねぇ。ギルド内部では再度捜索が行われるのでは無いか?という噂は聞きます。です。」


「ありがとう。じゃあ、この砦も堅牢にする必要があるわね。地下牢とか。」


「酒場に地下牢。何のジョークですか。喜んで受け取りますが。」


「あれがあったから助かったのよ。冗談でも無く。」


「ならば、籠もってい」


「襲われたわ。だから安全はもう無いと思うの。」


「では、お送り致しましょう。」


「お気持ちだけ。愛する者が迎えに来ていますから。」


「それは残念だ。」


酒場は閉店となり、全ての客が出ると灯りは消された。




「女神よ、今日も美しいと、言われたかい?」


「えぇ。変わりなくいつも通りね。」


酒におぼれることの無い妻を抱きかかえ帰宅する。


「母様、地下は3重に。」


「では、明日からはギルドに協力しなさい。所長は籠城戦に関しては特別に優秀ですから。」


お姫様だっこされた母を見て何も想わない子どもたち。


「母様。夜食、たべる?」


「まずはお父様に味を見てもらいなさい。」


妻を下ろすと、ルシエが調理した皿を手に取る。見た目は芋を蒸しただけ。臭いも悪くない。


ミレファンは一口かじるとむせた訳でも無く吹き出した。糖蜜に漬けたように甘ったるく、塩気が効き過ぎていた。


「これは茹でたのか。大量の蜜と塩で。そうか。そうか。だが、これからは水も大事にしなくてはならないぞ」


「水なら地下に沢山ある。」


「あら、お酒の後の甘味としては美味しいですわ。」


どうやら妻も娘も舌は絶望的感覚なのだと身にしみる夜だが、ギルドの介入が嬉しくもある一日だった。




「さて、今夜は盛るのかい?」


「だめ?」


静かな浴室で二人は燃え上がり、明け方まで宴を行うのであった。

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