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ツキヨミの巫女は未来を選ぶ 〜選ばれなかった未来とともに〜  作者: 凛花


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第九話 過去の終わり、未来の始まり



翌朝、アンと二人で朝食を取っていた。



その食卓には、温かいスープと、柔らかいパン。


それでも、王家の食事にしては、とても質素なものだった。


続く厄災のせいで、野菜も小麦も、不作が続いているのが原因だ。


国王であれば、自分だけ豪華な食事を用意させることだってできるだろうに。


それをせず、国民と同じものを口にする。


肉や魚が並ぶことはない。


それだけでなく、アヤカが気を使うだろうと言って食卓を別に用意してくれた。



「優しい人なのね。国王様は」


向かいに座るアンに、そう言う。


アンは、穏やかに微笑んだ。


「ええ。お父様は、とても」


あの日。


"城に部屋を用意しよう"


そう言ってくれた、あの姿が浮かぶ。




「……ねえ、アン。聞いてもいい?」


「なに?」


「どうしてあなたは王の娘なのに……あの人の息子が王太子なの?」


空気が、わずかに張り詰める。


アンの瞳が揺れた。


触れてはいけないことかもしれない。


それでも——


(知らなきゃいけない)


あの時見えた光景が、頭から離れない。


ドルジェ。


“人ではない何か”と話していた姿。


「……いいわ」


やがて、アンは静かに口を開いた。


「これは、昔、お母様から聞いた話よ」


一度だけ、小さく息をつく。


「この国には、古い伝統があるの」


「——王位は、男系で継承される」


アヤカの胸が、わずかにざわつく。


「血の正統性を守るため——そう信じられてきたわ」


「でも」


アンの声が、少しだけ低くなる。


「昔、それを変えようとした人がいた」


「え?」


「……先先代の国王陛下……」


「その方って……」


アンは、小さく頷く。


「セレーネ様のお父様よ」


「性別に関係なく、長子が王になるべきだと」


「その意思は、セレーネ様に託されていたの」


ドクン、と心臓が鳴る。


「……女性で、初めての王に」


静かな重みが落ちる。



「でも——そんな時だった」


アンの表情が曇る。


「すべてが崩れたのは」


空気が、冷たくなる。


「ルイーゼ様には、未来を見る力があった」


「でも……自分のことだけは、見えなかった」


それは、セラフィから聞いた話と同じだった。


「騎士団長ロイド様とルイーゼ様は——事故で亡くなった」


沈黙。


「ロイ様は、王家に引き取られたの」


「王妃様は……あの方を、本当の子どものように可愛がっていたそうよ」


「そして、いつか——」


「セレーネ様と共に、この国を支える存在になると信じていた」


胸が、わずかに痛む。



「でも」


その一言で、空気が変わる。


「あの日」


波の音が、遠くで響いた気がした。


「すべてが、壊れた」


「まるで——」


言葉を選ぶように、間が空く。


「ツキヨミの力そのものが、拒まれたみたいに」


「排除されるように」


沈黙。



「ルイーゼ様が亡くなり、ロイ様もいなくなった」


アンの手が、墓石に触れる。


「セレーネ様は、あの体で……ずっと探し続けた」


その声は、静かだった。


「王も王妃様も、深く落ち込んで」


「女性を王にしようとした“呪い”だと言う者まで現れた」


アヤカは、息を呑む。


「反発していた貴族たちは、その流れに乗ったの」


「レイス家の力を恐れていた人たちが——一気に声を強めた」


「……じゃあ」


「——伯母様の父上は、その中心にいた方よ」


言葉が、詰まる。


(じゃあ、あの人は——)



「…… 王妃様……アンのお母様は?」


ふと、口をついて出た。


アンは、少しだけ目を伏せる。


「……亡くなったわ。私が小さい頃に」


「病で」


短い言葉。


でも、その重さは伝わる。


「……ごめん」


自然と、言葉がこぼれる。


「いいの」


アンは、ゆっくりと顔を上げた。


「今は寂しくないわ」


「お父様もいるし……カイルもいる」


その微笑みに、


強さが滲んでいた。




その時。


——胸の奥が、ざわついた。


「……っ」


息を呑む。


視界が、歪む。


「どうしたの?」


「……来る」


震える声。


「街が……」


見える。


黒い影。


牙。


壊される建物。


「……アン、街に出よう!」


顔を上げる。


「カイルに伝えて!兵を動かして!」


「魔獣が来る!」






***


壊れた街の中。


瓦礫の間を、人々が行き交う。


その中を——


アヤカは歩いていた。


「……いた」


足が、止まる。


人混みの向こう。


ひとりの少女。


長い髪。


不思議な瞳。


夢で見た姿、そのまま。


「……ノア」


名前を呼ぶ。


少女が、ゆっくり振り返る。


その瞬間——


周囲の音が、遠のいた。


「……やっと来た」


小さな声。


ノアは、微かに笑う。


まるで——


ずっと、待っていたかのように。







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