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第八話 レイス家




セレーネ様の葬儀が終わった。



屋敷の建っていた丘の上に、墓が築かれた。


それは——セレーネ様自身の願いでもあった。


墓の前で、静かに手を合わせる。



「……仲の良いお二人じゃった」


背後で、セラフィがぽつりと呟いた。


「ロイ様は近衛騎士団長と、ツキヨミの巫女として王妃に仕えていたルイーゼとの間に生まれ、幼い頃から城で育った」


「セレーネ様とは兄妹のように仲が良く——いや、それ以上に、強い絆で結ばれておった」


遠くを見るような声。


「ロイ様は穏やかな人でな。声を荒げる姿など、一度も見たことがない」


静かな笑み。


「あの日……城を出る時の、あの嬉しそうなセレーネ様と、ロイ様の姿は——今でも目に焼き付いておる」


――『今日はどちらへ?』

――『市場へ行くの!それと、海にもね!』


無邪気に笑うセレーネ。


その姿を、優しく見つめるロイ。


「あの日を最後に——ロイ様の姿を見ることは、二度となかった……」


セラフィは、一度視線を落とし、小さく息を吐いた。



「……『いってきます』と」


「……あの声が、今でも聞こえてくるようじゃ」



風が、静かに吹き抜ける。




 

「……教えてください」


ゆっくりと、振り返る。


「この世界で、今なにが起きているんですか」


「私は……何をすればいいんですか」


その問いに、セラフィは静かに目を閉じた。


そして——


「……そうじゃな」


ゆっくりと、口を開く。


「まずは、王家とレイス家。そして——ツキヨミの巫女について、知ってもらう必要があるじゃろう」


「場所を移そう。ついてきなさい」



案内されたのは、城の奥にある一室だった。


「ここは……」


「王家の記録庫じゃ」


薄暗い室内。


壁一面に並ぶ書物と古い資料。


空気はひんやりとしていて、重い。


「……其方に見てもらいたいものがある」


差し出された一冊の本。


古い。


ひどく古びている。


表紙には見慣れない文字——


それなのに。


「……読める……」


思わず、呟く。


「……レイス家、記録……」


自分の声に、自分で驚く。


「……読めるのじゃな」


「……どうして……」


知らないはずなのに。


意味が、自然に入ってくる。


ページをめくる。


そこに描かれていたのは——


ひとりの女性。


どこか神聖な雰囲気を纏った、その姿。


その下に記された言葉。


——ツキヨミの巫女


(……似てる)


脳裏に浮かぶ、あの少女。


『見つけた』


夢の中の声が、重なる。



「その絵の女性は、“始まりの巫女”とされる方じゃ」


(始まりの……巫女)


「ツキヨミの巫女については、どこまで聞いた?」


「アンに少し……」


「……そうか」


セラフィの声が、わずかに揺れた。


「では、レイス家については?」


レイス家。


あの時、アルドが口にした名前。


「ルイーゼの旧姓は、ルイーゼ・レイス。そして——わしはセラフィ・レイスじゃ」


体が、震える。


「レイス家の女性は代々、“未来を見る力”を持っておる」


「……っ」


胸が、ざわつく。


「良き未来も、悪しき未来も。それは血によって受け継がれ——」


「時に国を救い、時に——」


言葉が途切れる。


ページをめくる手が止まらない。


そこに記されていたのは——


災い


崩壊。


そして——未来。



「……同じだ」


小さく、呟く。


「……私と」


「……そうじゃ」


静かな肯定。


「其方が見てきたものはすべて——ツキヨミの力が見せた未来じゃ」


喉が鳴る。


「そして今、この国は——厄災に呑まれようとしておる」


沈黙。


怖い。


逃げたい。


でも——


浮かぶのは。


おじいちゃんの笑顔。


セレーネ様の「ありがとう」。


ぎゅっと、拳を握る。


——海。


——港。


——背中。


一瞬、また映像がよぎる。


「……っ」


「……感じておるはずじゃ」


セラフィの声。


「其方の中にある“記憶”を」


「……記憶」


かすれる声。



「……おじいちゃんとセレーネ様が引き離されたのも、厄災が関係しているんですか?」


セラフィの表情が、わずかに険しくなる。


「厄災は——ルイーゼが亡くなった日から、少しずつ始まっておった」


胸が、痛む。


「彼女はレイス家に生まれ、ツキヨミの巫女として王妃に仕え——多くの災いを、未然に防いできた」


一瞬の間。


「……だが」


静かな声。


「ルイーゼは——自らに降りかかる災いを視ることはできなかった」


「……っ」


「それが理由で、命を落とした」


重い沈黙。


「……じゃあ」


気づけば、口が動いていた。


「もし……自分の未来も見えていたら」


声が震える。


「……死ななかったんですか?」


沈黙。


やがて——


「……可能性は、あっただろう」


それだけを、静かに言った。


胸が、強く締めつけられる。



「……私は」


喉が乾く。


「……見えました。自分の未来が」


セラフィの目が、わずかに見開かれる。


「あの時……」


雨。


血。


倒れている自分。


「……自分のことも」


「……そうか」


小さな呟き。


そこには、隠しきれない感情が滲んでいた。



「レイス家は代々王家に仕えてきた。男は王の側近として、女は——ツキヨミの巫女として王妃に仕える」


「わしは先先代に仕えておった」


「現国王アレン様の代になってからも、必要に応じて城に出入りしておったが——」


一瞬、言葉が止まる。


「アレン様の弟、ヘレン様の妻……ドルジェが王太子を産んでから、状況が変わった」


ドルジェ。


あの日、王の隣にいた女性。


ズキ、と胸が痛む。


その瞬間——


映像が、流れ込んだ。



(ドルジェが……何かと話してる)


(でも——そこには、人がいない)


黒い靄。


形を持たない“何か”。


それが——


こちらを見ていた。



「……っ」


背筋が、冷える。



セラフィが言葉を止めた。


「……今日はここまでじゃ。休みなさい」




その夜。


なかなか、眠れなかった。


頭が冴えている。



レイス家。


ツキヨミの巫女。


ルイーゼ。


おじいちゃんとセレーネ様。


そして——ドルジェの“あれ”。



(おじいちゃんは、この世界で生まれた人だった)


なら。


(私がここにいるのも——意味がある)


ぎゅっと、目を閉じる。


(未来が見える力)


(その血が、私にあるのなら——)



遠くで、波の音が響いていた。







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