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第五話 懐中時計




「セレーネ様に?」


セラフィは、難しい顔で額の皺を深くした。


「……あの方は弱っておられる。今、刺激を与えるのは——」


言いかけて、ふと視線が止まる。


「……其方」


ゆっくりと、アヤカの手元を見る。


「カイルから聞いたが、珍しい懐中時計を持っておるそうだな」


一拍、置いて。


「少し、見せてはくれぬか」


「……はい」


アヤカは、そっと差し出した。


セラフィの手に渡った瞬間——


その動きが、止まる。


「……まさか」


かすれた声。


指先が、わずかに震える。


「其方……どこで、これを」


「おじいちゃんに貰ったんです」


言いながら、少しだけ懐かしさが胸に広がる。


「祖父が、生前とても大切にしていたもので……」


「亡くなる前の日に、私にって」


「……亡くなる前の日に……」


セラフィが、小さく繰り返す。


その目が、大きく揺れた。


「……そうか」


ぽつりと落ちる。


だが——


次の瞬間、小さく首を振った。


「……いや」


かすかに、息を吐く。


「……まさか、そんな……」


それでも、


視線は懐中時計から離れない。



「アヤカ。」


ゆっくりと顔を上げる。


「其方の祖父は……どのような人じゃった」


「……おじいちゃんは——」


言いかけて、言葉が止まる。


ふと、記憶がよみがえる。





「ねえ、おじいちゃん」


「どうして、いつも海を見ているの?」


波の音。


夕焼けの海。



答えたのは、おばあちゃんだった。


「記憶がないのよ」


「昔、海で漂流していたのを漁師に助けられてね」


「自分の名前も、どこから来たのかも……何も覚えていなかったの」


「手がかりは——あの懐中時計だけだった」



波が、静かに揺れる。



「……あの人はね、いつも海を見ていたの」


「寂しそうな背中だったわ」


「きっと、帰りたい場所があったのね」


「でも、それすら思い出せなかったのよ」





「……おじいちゃんは」


現実に戻る。


「優しくて……」


「怒ったところなんて、見たことなくて」


少しだけ、笑う。


「いつも、優しく笑っている人でした」


「海が好きで……」


「よく、海を見ていました」


視線を落とす。


「その背中が、少し寂しそうで……」


一瞬の沈黙。



「髪は少し色素の薄い茶色で——」


「……グレーの瞳が、とても綺麗で」



その瞬間。


セラフィの指が、ぴくりと止まる。


「……いや」


小さく、首を振る。


「そんなはずは……」


だが——


「……その男は」


低く、震える声。


「……左の肩に、古い傷はなかったか」


「……え」


不意の問いに、記憶を辿る。


「……ありました」


「……傷のことは、本人も覚えていなかったって」



沈黙。


そして——


セラフィの肩が、わずかに落ちる。



「……やはり、そうか」


「……あの」


思わず、声をかける。


セラフィは、懐中時計を強く握りしめたまま、呟いた。


「まさかとは思っておった」


「ツキヨミの巫女は、ルイーゼで途絶えたはずじゃった」


「……じゃが」


顔を上げる。


「ロイ様が、おった」


「……ロイ様?」


アヤカの胸が、大きく鳴る。


「……あの日」


セラフィの目が、遠くを見る。


「ロイ様の気配が、この世界から消えた日」


「ワシは確かに感じたのじゃ」


「ここではない、どこかへと繋がる“気配”を」


「……だが」


苦く、笑う。


「そんなこと、あり得ぬと……思っておった」


静かに、視線を戻す。


「……やはり、生きておったのじゃな」


その言葉は、確信だった。


「……っ」



(もしかして——)


(おじいちゃんは)


(この世界の人……?)


(ロイ様っていう人が——)


(……おじいちゃん?)



息が、浅くなる。


でも、


怖くて、それ以上考えられない。


アンが、わずかに息を呑む。


カイルの視線が、静かに動く。


そして——


セラフィが、そっと懐中時計を差し出した。



それを受け取った瞬間、


手が、震えた。


その震えを押さえ込むように、


ぎゅっと握りしめる。



「……セレーネ様は、今どこに?」


「……王都の外れだ」


「……え?」


思わず、聞き返す。


「海に最も近い場所に、屋敷を構えておられる」


その言葉に——


胸が、大きく鳴る。


わずかな沈黙。


セラフィは、ゆっくりと目を閉じた。



「……ずっと」


その声は、静かだった。


「待ち続けておられた」


一度、言葉が途切れる。


「……あの方は」


かすれる声。


「一度も……疑わなかった」


「ロイ様が、帰ってくることを」



静寂。


長い、長い時間の重さ。 



「50年経っても……」


「更に時が過ぎても……」


「ずっと、あの場所で……」



胸が、痛い。


セラフィが、ゆっくりと目を開く。



「……会わせよう」


言いかけて——


小さく、首を振る。


違う、と。


その言葉ではない、と。



そして——



「……会ってあげてくれ」



その声は、


願いだった。


祈りだった。


そして——



赦しのようでもあった。












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