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第四話 その、名前




「自己紹介がまだだったな。」


「俺の名はカイル。この国の王女に仕える騎士だ」


「王女様……?」


聞き慣れない言葉に、小さく首を傾げる。


「セラフィ様から、お前のことは丁重に扱えと言われている」


カイルは腕を組んだまま、淡々と続けた。


「本来なら、どこから来たかもわからない者など城に入れることはあり得ない」


一瞬だけ、視線がこちらに向く。


「……だが、お前は例外だ」


「……どうして?」


思わず、問い返す。


少しだけ、間が空いた。


「あの……」


言葉を選びながら、続ける。


「私、昨日……セラフィ様に聞かれたこと、何も答えられてないと思うんです」



"其方は未来が見えるのか。"



「それでも……特別なんですか?」


沈黙。


カイルは、しばらく何も言わなかった。


やがて——


小さく息を吐く。


「ついて来い。」


それだけ言って部屋を出るカイルの後を慌てて追う。


「あの……どこに?」


カイルは歩みを止めないまま、言った。


「陛下に会ってもらう。」


「陛下?」


「この国の国王陛下だ。お前の国には王はいなかったのか?」


カイルは不思議そうに眉を顰める。


「……日本にはいなかった。外国には……いたけど。」


「ニホン?ガイコク?おまえの国の名か?聞いたことがないな。」


そんな話をしながら長い廊下を進む。


重厚な扉の前でカイルが足を止めた。



「失礼します。」


「入りなさい。」


ギィ、と重たい音を立てて扉が開く。



「国王陛下にご挨拶申し上げます。」


部屋に入ると、カイルは腰を低く落として、そう言った。


そこにいたのは、国王と、その隣に私と同じくらいの年の少女。


カイルがその少女をまっすぐに見た。


その視線に気づいた少女が、ほんのわずかに頷いたように見えた。


そしてその反対側には、綺麗だけどどこか冷たい目をした女性と、その隣にもう1人、少し幼い少年がいた。


女性は、国王よりも豪奢なドレスを纏っていた。


場にそぐわないほどに。


——最初の、違和感。



「其方がアヤカか。セラフィから話は聞いている。」


王がそう言って、私を近くに呼んだ。


「陛下、いくら先先代の元側近だったとはいえ——あんな老いぼれの言葉を信じるのですか?こんなどこから来たかもわからないような女がツキヨミの巫女?馬鹿馬鹿しい。」


ツキヨミの巫女?


聞き慣れない言葉がまた、増える。


「……伯母様、セラフィ様は……」


「お黙りなさい。私に口答えですか?私は王太子の母ですよ。」


王の隣にいた少女の言葉を、女性が遮る。


また、違和感が、強くなる。


何かがおかしい。そう思った。



「ドルジェ、王太子の手前其方にも同席してもらったが、まだ私が国王だ。そしてアンは私の娘。いくら其方でも私の前でアンを侮辱するのは許さんぞ。」


国王の声が低くなる。


ドルジェと呼ばれた女性は、私をギロリと睨むとそれ以上何も言わなかった。


「すまなかった。」


「いえ。」


王は、一呼吸置くと、優しい目で私を見た。


「アルドと、村の少年を助けてくれたそうだな。感謝する。時に、其方は行くところがないと聞いた。」


「城に部屋を用意しよう。」



王の言葉に、息を呑む。


ドルジェの表情が、険しくなる。


「……は?」


「セラフィは先先代の最側近だった男だ。私も先代も何度も助けられた。」


「私はセラフィの言葉を信じている。」


その場にいた誰もが、無言だった。


(城に、部屋を?)


王は、優しそうだ。


だけど、何かがおかしい。


先ほどから感じている違和感。


まだ王の言葉を信じきれない不安。



「アン。部屋に案内してあげなさい。年も近いようだし、其方も年寄り相手よりは気が楽だろう。」


アン、と呼ばれた少女は、一度躊躇した後、ゆっくりと一歩前に出た。


「承知しました。」




「ついてきて。」


部屋を出て、アンの後ろを歩く。


その後ろから、カイルが続いた。


「……。」


「……。」


誰も、言葉を発さない。


やがて、ある部屋の前でアンは足を止めた。


「ここよ。」


「入って。」



先に部屋に入ったアンは、ゆっくり振り返る。


その顔は、さっき王と謁見した部屋にいた時とは、まるで違う。


解けた表情で、微笑んだ。


「はじめまして」


穏やかな声。


けれど、その奥にあるものは——


簡単に言葉にできない何かだった。


「私はアン。……この国の、王の娘です」


「……」


言葉が出ない。


王女。


なのに。


なぜか、その響きに違和感を覚えた。


「驚いた顔をしているわね」


ふ、とアンが微笑む。


「無理もないわ。突然こんな場所に連れてこられて、巫女だなんて言われて」


その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。


「……信じてないです」


思わず、そう言っていた。


「私、そんなすごい力なんて——」


「そうね」


アンは、あっさりと頷いた。


「すぐに信じろなんて、言わないわ」


その言葉に、思わず顔を上げる。


「……でも」


アンの視線が、まっすぐにこちらを捉える。


「見えているのでしょう?」


「……っ」


息が詰まる。


「厄災が起きる前の光景が」


否定できない。



「……少し、話をしてもいいかしら」


アンは静かに言う。


「あなたもきっと、気になっていることよ。」


差し出された椅子に座る。


カイルは、腕を組み、壁際に静かに控えている。


アンは一冊の古い書物を手に取った。



「昔、この国には、ツキヨミの巫女と呼ばれる存在がいたわ。」


「……ツキヨミの巫女」


さっき、あのドルジェ、と呼ばれていた女性から発せられた、その名前。


「今となっては、伝説になりつつある。」


「未来を見る力を持つ巫女」


淡々とした口調。


でも——


どこか、

簡単に口にしてはいけないもののように聞こえた。



「その最後の巫女は……」


わずかに、言葉を選ぶような間。


「ロイ様の母上、ルイーゼ様。」


「……ルイーゼ」



その名を聞いた瞬間、


体が、ぴくりと反応した。



『……ルイーゼ』



昨日、


セラフィが初めて私を見た時に、溢した名前。



そして——


胸の奥に、かすかなざわめき。



「……ロイ様?」


自然と、その名前が口からこぼれる。


初めて聞くはずなのに。


どこか、懐かしい。


切ない。


説明できない感覚が、胸に広がる。


アンは、一瞬だけ視線を伏せた。


「……私も会ったことはないわ。」


「だけど……。」


ほんのわずかに、アンの声が低くなった。



「この国の元王女——セレーネ様の婚約者だった方よ。」



ドクン。



心臓が、強く鳴る。



ロイ。


セレーネ。



その二つの名前が、


頭の中で重なる。



ドクン。


ドクン。



脈が、早くなる。



「……だった?」


かすれた声で、


問い返す。


「ええ。」


短く、答える。


「今はもう、いない」


「……セレーネ様も?」


思わず、続ける。


アンは首を振った。


「いいえ。あの方は、生きておられるわ。」


ほんの一瞬、


言葉を選ぶようにしてから——


「……けれど、もう長くはないと聞いているわ。」


その言葉が、胸に落ちる。


静かに、重く。


「……そう」


小さく、呟く。


理由は、わからない。


わからないのに——


胸が、締め付けられる。



「……あの。」


気づけば、


口が動いていた。


「……会えますか?」


アンが、驚いたように瞳を揺らした。


「……誰に?」


「セレーネ様に」


迷いはなかった。


自分でも、驚くほどに。


「……どうして?」


当然の問い。


「……わからない」


正直に答える。


「でも」


ぎゅっと、懐中時計を握る。


「……さっきから、ずっと苦しくて」


アンが、わずかに眉を寄せる。


「ロイ様って名前を聞いた時も」


「セレーネ様って名前を聞いた時も」


息を、吐く。


「……理由はわからないのに」


胸を押さえる。


「ここが、痛くなるんです」


沈黙。


「だから——」


視線を上げる。


「会わなきゃ、いけない気がする」



静かな沈黙。


アンは、しばらくアヤカを見つめていた。


その目は、何かを測るようで。


そして——


小さく、息を吐く。



「……そうね。」


アンの表情が、わずかに緩んだ。


「いいわ。セラフィ様に話を通してみる。」



胸の奥で、


何かが軋む。


止まっていたものが、


ゆっくりと動き出す。



——そんな気がしていた。











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